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 王子妃教育が進むうち、王宮の図書室に入る許可をもらえるようになりました。もちろん閲覧に制限はありますが、私が見られる範囲だけでも貴重な古書や他国の文献が揃っていて興味は尽きません。

 講義が終わり、パーヴェル様との約束まで時間がある時は図書室で過ごすことが増えています。王子妃教育とも学院の勉強とも関係ない本を読んで気分転換をするのですが、学ぶ目的でなく気ままに選ぶ読書は楽しいものです。

 遡る前は、ヴェロニカ様もここで過ごされたのかしら…

 私はふと思いました。パーヴェル様の婚約者だったのなら、その時は王宮に通われていたはずです。以前王子妃教育の話になったとき、王宮の内部や教師についてもやはりご存知でした。

 学院で首席だったヴェロニカ様の成績は、最近徐々に落ちてきました。先日の考査では私が少し順位を上げヴェロニカ様を抜いたのですが、「前回はこの頃から、殿下とラリサの様子が気になって勉強が手につかなくなったので」と悔しそうな素振りもありませんでした。

 今回は私の心配が先に立って勉強どころではないのでしょうか?私のことは気にしなくていいですから、とたびたびお伝えしているのですが…それでなくともヴェロニカ様はこのところ元気がなく、おひとりで考え込んでいることが増えています。私を見てどこか悲しそうな表情になったり、パーヴェル様の姿を真剣な目で追っていることもあります。

 ヴェロニカ様がお好きだとおっしゃっていた他国の神話や伝承に関する書物が集められている棚に気付いて、私はそこから何冊か抜き取りました。そこで見つけた本に没頭しているうちに、危うくパーヴェル様とのお茶の時間に遅れそうになってしまったのでした。


 それからしばらく経った頃、学院の中庭でベンチに座り考え事をしていた時に偶然レオニート様にお会いしました。

 「…アベリツェフ公爵領が?」

 「うん、あそこはここ数年で以前に増して豊かになっただろう?作物の備蓄を狙った連中が流れてきたり、高価な香辛料の畑に盗みに入る者があとを絶たなくて大変らしいよ。もちろん警備体制も強化されてるはずだけど、今のところまだ後手に回ることが多いみたいで…」

 ヴェロニカ様が最近沈んだ様子でいらしたのは、ご実家の心配をされていたのでしょうか。レオニート様は私がヴェロニカ様と親しいので話題にされたようですが、ヴェロニカ様からは何も聞いていません。

 レオニート様が去った後ふと視線を感じて顔を向けると、少し離れたところからヴェロニカ様がこちらを見ていらっしゃいました。

 噂をしているのを聞かれてしまったのでしょうか?謝罪しなければ、と近付くとヴェロニカ様は話が耳に入っていなかったようで、自らの思考に浸りきって「やっぱりそうなんだわ…正しい形…戻すべき」などと呟いています。

 「ヴェロニカ様…?」

 「大丈夫ですわアドリアーナ様、すぐに正しますから、ええ、大丈夫です」

 …なんのことかはわかりませんが、全く大丈夫な気がしません。


 王宮で夜会が行われる日、私はパーヴェル様のエスコートを受けてホールに入場しました。王妃殿下の生誕祭ということで、貴族のほとんどが招待されている大規模な催しです。

 今夜はラリサさんも出席しています。提出した課題が認められ、卒業後は国立機関の建築部門に迎えられることが決まったのです。今では尊敬する友人となったラリサさんのため、私はお祝いにドレスを贈りました。お揃いの意匠にしようとしたのですが、私のドレスは「婚約者として、アドリアーナのドレスは私と揃えないと」とパーヴェル様が用意してくださったものです。

 婚約者のいないレオニート様がパートナーを引き受けてくださったためかなり注目されているのですが、ラリサさん本人は王宮の造りに興味津々のようで、大きな目を丸くして柱の装飾や窓の形状を熱心に観察しているのが可愛らしく思えます。

 ヴェロニカ様ももちろんいらしています。エスコートはお兄様である公爵家のご長男です。場にそぐわない昏い目をされていて、挨拶をした時も気もそぞろな様子だったことが心配でした。

 「…これほど規模の大きな夜会に出るのは初めてです。出席者もこんなに大勢…警備も厳重にされているのでしょうね」

 「夜会では大なり小なりトラブルが起こるのは想定済みだからね。酔った勢いでの揉め事、不貞が発覚しての修羅場、高価な装飾品の紛失…騎士たちにとってはもっとも神経を使う、面倒な行事のひとつだろうな」

 でも城の騎士は優秀だから、王族を狙う暗殺者もアドリアーナを狙う不埒な輩も近付けないから大丈夫。パーヴェル様はそう付け足して笑いました。

 ダンスの間も私たちは会話を続け、その後パーヴェル様は王宮の者に指示を出すため会場を離れました。私が次期王子妃として必要な相手に挨拶回りをしている間、会場の隅を数人の騎士が慌しく行き来しているのが目に入ります。

 …それからしばらく経った頃、壇上の国王陛下が玉座より立ち上がられたことで会場の喧騒が止みました。

 「皆、落ち着いて聞いてくれ。先ほど城の奥で火災が発生したようだ」

 静まった会場内は陛下のお言葉で大きくどよめき、早くも逃げ出そうと入り口に身体を向ける者もいました。陛下は宥めるように続けます。「案ずるな。騎士が迅速に対応したため、既に収まりつつある。この広間まで被害が及ぶことはないが、念のため少し早いが閉会とさせてもらう」

 騎士たちの誘導により、人々は恐慌状態に陥ることもなく順番に退出していきます。学友の令嬢たちと忙しなく挨拶をして別れ、「王宮の防火設備…」と興味をひかれたらしいラリサさんをレオニート様にお任せして、私はパーヴェル様からの伝言を受けて入り口ではなく広間の奥…王宮の内部に向かいました。

 ヴェロニカ様のお兄様も騎士に案内され、青い顔で同じ方向に歩いてこられます。ですがヴェロニカ様の姿はどこにも見当たりません。


 「…アドリアーナ様…」

 王宮の一室、知らなければ簡素な客室とも見えるような部屋にヴェロニカ様はいらっしゃいました。

 簡素とはいえ王宮の部屋です。調度は上質なものでまとめられていますが、花瓶や壁の飾り物などは見当たりません。武器や凶器となり得るものが排除されているからです。…ここは高位貴族が拘留される、貴賓牢ともいうべき場所なのですから。

 ──ヴェロニカ様は王宮に火を放った容疑で、宝物庫に侵入しようとしたところを拘束されました。

 「ヴェロニカ様…“時の石”を盗み出そうとされたのですね?

 …もう一度、遡るために」

 私の言葉に、蒼白い顔をしたヴェロニカ様は目を見張りました。

 「気付いていたの?私が前回、同じことをして…“時の石”の力で遡ってきたことを…」

 「確信があったわけではありません。王宮の図書室で、遡る方法が書かれた禁書を偶然発見して…もしかしたら、と思ったのです」

 前回はパーヴェル様の婚約者として、王宮の図書室に出入り可能だったヴェロニカ様。お好きな系統の本が揃った棚で、あえて隠されていたのか誰かのとんでもないミスによってそこにあったのか、遡りの禁術について書かれた書物を見つけた可能性はあると思ったのです。

 同じように偶然見つけてしまった私が、パーヴェル様との約束に遅れそうなほど驚いて考え込んでしまったのはそのことでした。王族の血を引くヴェロニカ様ならば、書物に記された術式を展開できる魔力があります。そして今もその術式を覚えているのなら、遡った現在は元通り宝物庫に保管されている“時の石”さえ手に入れれば…また遡りを起こすことができるのです。

 「どうしてなのですか、ヴェロニカ様…?今回はお望みどおり、婚約を避けて公爵家も安泰となりました。ずっと心配してくださっていた私にしても、今日まで問題なく過ごすことができています。それなのに何故、今…」

 「…やっぱりアドリアーナ様はレオニート様と結ばれる、それが正しい形だからよ!この前お二人でいるところを見てあらためて思ったの。だから私のせいで捻じ曲げてしまった運命を、私が戻さなければと…」

 「…ヴェロニカ様が遡る前のことは存じませんが、今の私とカラシン公爵令息様には、お互い特別な気持ちはありません。ヴェロニカ様が遡ったことによりその世界がなかったことになったのですから、むしろ運命ではなかったということではありませんか?」

 できるだけ穏やかに語りかけているつもりでしたが、ヴェロニカ様はだんだんと表情を歪ませていき、私の言葉に感情を溢れさせました。

 「そんな…そんなはずないわ!私が神の意向に関係なく遡ったせいで、歪みが出てしまったのよ。やり直すの。遡ってもう一度…私が殿下の、パーヴェル様の婚約者になるのよ!アドリアーナ様のように振る舞えば、今度は解消もされず、パーヴェル様と結婚できるんだもの!」

 …ヴェロニカ様…やはり貴女は、パーヴェル様を愛していらしたのですね。


 取調べに先立って拘束されたヴェロニカ様と話したい、という希望は当然なかなか受け入れてはいただけませんでしたが、パーヴェル様の口利きでわずかな時間ですが許可が下りました。私が多少事情を知っていること、それを後ほどきちんと説明する約束があってのことです。

 部屋を出た私は、同時に隣室から出てこられたパーヴェル様と顔を見合わせました。

 後ほど説明するだけでは許可が下りず、会話を聞くことができる構造の隣室でパーヴェル様が控えていることが条件だったのです。

 「アドリアーナ…全て話してくれるね?」

 パーヴェル様に頭を下げることで、私はこみ上げてくる涙を隠しました。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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