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第二章「疑惑の関係」(2)


 基本的にこの邸宅内のルールは、『自由』である。格式ばった決まりもなければ、他の邸宅にならありそうな面倒ごともほとんどない。その代わり、外には他言できない秘密を抱えているわけなのだが、それも慣れてしまえばむしろ過ごしやすいというもので。

 午前中に合成獣達の吐血による清掃を終えたイアナは、食後に行う彼等との遊びの時間をどうするか考えながら食事をしていた。

 その様子を面白そうに対面の席から眺めていたツヴァイは、その口元は緩んだままに、しかしその目だけは時折見せる鋭い視線で廊下へ繋がる扉の方を向いた。

「どうした? 用事があるなら入れ。そう扉越しに魔力を放たれたら、妻との時間を楽しめないだろう」

「……っ」

 軍人というものは、本当に気配に敏感な生き物だ。まるでイアナ達一般人とは、種族としても違うのではないかというような感覚を、夫は時折見せるのだった。

 イアナには、扉の向こうにあるであろう気配なんてものは感じられない。そこにいる存在が、いかに魔力を放とうとも、きっとイアナ一人ではわからなかっただろう。

――魔力ということは敵、ってことよね? でも、まさか……こんなところで戦うなんて、ないわよね?

 イアナはツヴァイの戦う姿を見たことはない。だが、彼がどう死闘を演じたかは毎日見上げている。大広間に残された彼と主の抜け殻には、何物にも勝る戦いの気配が残されていた。その時、その場にいなかったイアナでさえも、そこで流された血の匂いまでをも嗅ぎ取れるかのようだった。

 コンコンコン……

 遠慮を感じさせない音を立てて、扉が外側からノックされた。それから数秒の沈黙の後、扉が外から押し開けられる。

 ノックと同じく遠慮もなにも感じない態度で姿を見せたのは、イアナともほとんど年齢の変わらないであろう若い男だった。

「失礼いたします。本部より参りました『ケント』と言います。地下の……アレ等に関する件で、魔術的なバックアップをするようにと仰せつかってます」

 南部特有のイントネーションが目立つ男――ケントは、しかしその見た目からは南部の血を感じさせなかった。

 ここ南部地方は砂漠地帯を中心とした特異な気候で、古くからここらに住む者の多くが、茶髪に褐色の肌を有していた。イアナの茶髪もこの血からくるもので、色白の肌を持っているのはおそらく父親からの遺伝だろう。

 閉じられた扉の前に立つケントの肌はイアナと同じく透き通るような白さを持ち、肩まであろうかという長髪は眩しいまでの金色をしていた。今はその髪を後ろで束ねていて、先程自らが口にしていた魔術というよりは、どことなく兵士の空気に近いものを持った男だった。

 ケントは名乗り終え、しかし一礼することすらしない。口元に笑みこそ浮かべているが、その獣を彷彿とさせる深い青の瞳のせいか、顔の造り自体が粗暴な印象を与える。見た目の特徴だけなら東部や中央部のような雰囲気だが、その身を包む魔術師団共通の制服であるローブからは彼の出身地は読み取れなかった。

「……本部からは何も聞いていないが?」

 席から立ち上がったツヴァイが、訝しげにそう問う。その反応は当たり前だった。

 ツヴァイはこの男を警戒している。

 これまで、何人か本部からの客を招いているが、その誰もがツヴァイのことを『豪商の息子』として表面上は扱っていた。対外的に不自然にならないように、邸宅を訪れる客に扮し軍事的なやり取りを行っていたのだ。もちろんそれには、礼節も含まれる。

 規律に厳しい本部の軍人が、あんないい加減な態度でこの場に立つことは有り得ない。ましてや彼はフルネームを名乗ってもいない。本部において本名を名乗らない部隊は、レイルが所属する特務部隊のみだ。どちらにしても、胡散臭いことに変わりはなかった。

「極秘の企みにございまして」

 獣のような笑みを浮かべて、ケントはにぃと口元を吊り上げた。途端に彼から発せられる威圧感が強くなり、それに応ずるようにツヴァイからの気配も強くなる。これはきっと、殺気というやつなのだろう。

「……俺は言葉遊びは好まない。用件だけを聞こう。この邸宅に『本部』が絡んでいることは重々承知の上だろうが、お前は……何が目的だ?」

「この部屋にはツヴァイ様と奥様のみ、で間違いないんでしょうか?」

 南部の訛りがここまで耳障りに感じたのは初めてだ。

「ああ。聞いてやる。話せ」

 纏う気配はそのままに、ツヴァイが先を促す。ケントと静かに睨み合う夫の横で、イアナは二人の威圧感に心臓が圧し潰されそうだった。現にイアナは、今も席から立ち上がることができていない。ツヴァイがイアナを守るように傍にきてくれていなければ、不安で震えていただろう。

「地下のアレ等……俺の魔術で“元の形で”生き返らせれるんです、って言うたらどうですか?」

「……地下の者達は皆、死んでなどいないが?」

「あー、すんません。俺の言葉が悪かったですわ。“貴方と同じ”、人間おるでしょ? 地下に。その“人”、動かしたろか思たんです。もちろん、“貴方”のことも元に戻せますけど? 俺なら」

「……そんな技術は聞いていないな……」

 ツヴァイの声に、緊張が混じった。

 地下に人がいるのは本当だ。ただし、それは死体である。

 魔力は野生モンスターよりも人間の方が強い傾向があり、合成獣の強化のために数人の人間が犠牲になったらしい。魔力を生み出す源である心臓を抜かれたその人間達は、機械に繋がれて生命活動こそ続けてはいるが、その状態は『生きている』とは到底言えるものではなかった。特務部隊との戦闘での損傷もあり、まともに残ってる部分の方が少ないからと、イアナは実際に目にすることも許されていない。

 この事実を知る者は、この邸宅内以外では本部のごく一部の人間だけのはず。それならば、やはりこの胡散臭い男も本部の関係者ということになるが……

「本部でも極秘の企みにございまして」

 先程も聞いたセリフをもう一度、更に胡散臭さに輪をかけてケントが繰り返す。それに対してツヴァイもまた――

「――そんな技術は聞いていないな」

 と繰り返し、それを確認するために、背後に突然気配を現したレイルに目をやった。

「私も知らねえな。特務部隊にも極秘ってのは、いったいどういう計画なんだろうな?」

 闇が突然沸き上がったかのような彼女の気配に、目の前のケントが一瞬怯んだように生唾を呑んだ。扉も窓も、どこにも開いた気配はなかった。本当に、突然現れたレイルに、イアナも面食らってしまった。

――いったいどこから入って来たの? それより、いったいいつからいたの?

 彼女は常に漆黒のダークスーツを身に纏い、狂気に満ちた気配を放っている。体格こそ小柄だが、美しい赤髪にその美貌も合わさり、その場を支配するかのような存在感を常に纏っていた。

 だが、彼女は軍の裏側を担当する特務部隊だった。闇に寄り添うように気配を消して、獲物の隙にかぶりつく。イアナに見せる普段の姿からは真逆である、ある意味彼女にとっての“普段”の顔を、たった今、初めて見せられた気分だった。

 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべて挑発的な返答をするレイルに、ツヴァイがその隣に並ぶ。これによりイアナは二人の背に守られる形になったが、なんだか心がモヤモヤしてしまった。

――私はツヴァイにとって守られる存在だけど……レイルはきっと、頼りになる戦友、なのよね……

 こんな時に何を考えているんだと、思い至って自分を恥じる。

 この感情は嫉妬だと、イアナはレイルとのこれまでのやり取りの中で自覚していた。

 レイルはこの一か月で二度、ツヴァイの薬を届けに来てくれていた。滞在時間は半日程だが、その間ツヴァイはずっと彼女と二人で執務室にこもってしまう。本部との重要なパイプラインであるレイルと密に情報のやり取りを行っているのだろうとわかってはいるのだが、それでもイアナの心には仄暗い疑惑も浮かんでしまって。

 扉も窓も閉め切られたその密室で、男女二人でいったい何をしているのか……

 要人の暗殺などの任務を担当する特務部隊に所属するレイルは、その見た目も武器にできる美貌をもっている。街を歩けば男の視線を釘付けにできるであろう美女の隣に立つ夫は、妻のイアナから見ても『お似合い』という言葉が浮かんでしまって。

 そんな彼女は単純な戦闘能力だけならば、どうやら夫以上の強さだという。ここまでくるとどちらが『獣』で『バケモノ』なのか問い質したくなる程だ。

「これはこれは……特務部隊のケダモノさん。噂通りお美しい……思った通りや。まあ、それ以外にも『仕事』は任されてるんで、しばらくよろしゅうお願いします。もちろん、さっき言うたことはツヴァイ様や奥様から依頼されたらすぐにでも取り掛かれますんで、どうかお気軽にー」

「答えないつもりか……ならば俺達からの願いはひとつだ。さっさと本部からの仕事を終わらせて帰ってくれ」

 ふざけた態度を崩さないケントに対し、ツヴァイはそう言い捨てた。その隣でレイルも続ける。

「さすがに定期報告を邪魔するわけにはいかねえからな。特務部隊からもあんたの上には“報告”させてもらうぜ」

 二人の尋常ではない圧を軽く受け流すように笑って、ケントは「そりゃどうもー」と最後までふざけた態度を貫いた。


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