尾川の決断
色とりどりのフードまとった男女が円卓を囲んでいた。
青いフードの男はテーブルを人差し指で忙しなく叩いている。
「思わぬ形で米軍が出てきたな」
青い男はイライラを隠せないようだ。
「確かに。権力闘争に手を出すことは無いと思っていたが、他国からの侵略計画とは想定外だ」
黒いフードの男、聖天使と呼ばれる男が唸った。
「でも、米軍はそちらにかかりっきりになるので新政府樹立には影響は無いわ」
「そう思うか、教祖」
「違うの?」
白いフードを被った男が言う。
「ゴタゴタしているうちに旧政府を叩いちまった方がよい」
「確かにそうだが正大師、叩きようによっては天地真理革命軍が危うきになる。この権力抗争は、ネット上でも天地真理革命軍は武力で討伐する過激軍団、と思われている日本人が多数いる。すべからく国民の洗脳をアズチ坊にも指示を出しているが、中々難しい状態だ」
正大師は反論する。
「首相になっている尾川紀三郎を殺害すれば旧政府はガタガタになる」
尊師は腕を組みふんぞり返った。
「生き残っている政府間関係者か。だがあいつら何処に潜んでいるんだ?」
緑の開祖が言う。
「捜査信者の報告では、東京都庁の地下に潜んでいる。だが暗殺を恐れて、姿は見せない」
「表に出ることはないのか?」
「暗殺を恐れているからな。どうやら中で生活しているようだ」
「ふん、どんな場所だか分からんが、さぞ不便を被っているだろう。普段なら豪邸に住み優雅に暮らしていただろうが、国民を愚弄した罰だ。これからは我らが理想郷を作る。そのためにも革命を成功しなければならない」
枢機卿が発言した。
「ドローンで東京都庁を破壊しよう」
尊師が額に皺を寄せた。
「今回の作戦では計画に対して予想以上にミサイルや銃弾を消耗した。現地で補充するにも、もう少し時間がかかる」
「貨物船二隻を倉庫代わりにして日本の排他的経済水域外ギリギリから直接、東京を叩くのは?」
枢機卿の言葉に青い男は考え込むように腕を組んだ。
「それも考慮のうちだが、ここから出港しても時間がかかる。現地調達がよいのだが――」
聖天使が言う。
「この問題は継続審議とする。次に、音響洗脳計画は進んでいるのか?」
「横浜で一機、墜落した。原因不明。それ以外は順調に信者を獲得しているわ」
枢機卿の返答に導師はいう。
「ふん、全てが洗脳できる訳では無い。逃げ出した信者もいるが、幸い今のところ一人残らず捕らえ、処刑場に送って始末している。次――道場建設の方はどうだ」
聖天使は肩をすくめた。
「在日米軍のおかげで建設機材の搬入が遅れている」
開祖は苛立った様子だ。
「ドンドン洗脳しなければ計画が台無しになる」
聖天使が提言した。
「我ら六聖人が乗り込んだらどうか。祈念一心効果が期待できるぞ」
しかし青い男は首を横に振った。
「未だ早い」
いつものように、在日米軍数名が高速道路の状況を確認しながら、見回していた。
「たった数回離着陸しただけでタガタになるものかい」
青い瞳の係官が呆れたような口調で言うと、安全帽の端から銀髪を覗かせている男が答えた。
「仕方ないさ。大型輸送機の重量に耐える作りになってないんだからな」
滑走路として利用している高速道路は上下線とも複数の轍の跡が残っている。
「ニッポン政府には再三、頑丈に作れ、と申し合わせていたらしいがね。大型輸送機の離発着は想定してなかったんだろう。計画ではあと八機の離発着があるが、そこまでは維持出来そうもない。計画の中止を上層部に進言するしかないぞ」
銀髪の男の言い分に図抜けた高身長の男がため息交じりに言った。
「しかし数キロにおよぶ直線道路はそんなにないぜ」
銀髪の男が言う。
「こんな状態では米国人の安全は保障できない。早いところ見切りを付け、この区間の通行止めを解除し引き払う」
唯一の女が口を挟んだ。
「使うだけ使ってパーキングエリアも高速道路も、このままにするつもり?」
高身長の男が女の言葉に振り返った。
「俺たちはニッポンを守ってやってるんだ。補修費用はニッポン政府の役目だ」
「泣きついてくるんじゃないかしら」
きっぱりとした口調で銀髪の男は言う。
「我々は一切関知しない」
横浜市神奈川区在日米軍住宅公舎。
一人の女性が入口の守衛に身分証を提示した。
「よし通れ」
確認した守衛は女を通した。
女は野来下雫だった。
ほとんど空き家になりひっそりとしている住宅街を通り抜けるが、意外にもまだ明かりが灯っている住宅も点在している。
これから支度をするのか、順番を待っているのか――。
そう考えながら野来下は、これから旅立つエマーソン家の住宅に向かって歩みを進めている。
エマーソン一家は荷造りに励んでいた。小学生の二人の男の子も自分たちの荷造りに励んでいた。
「友達と分かれるのはイヤだよ。隣のエマンスなんか、ここにいるって言ってる。どうして僕らは行かなきゃならないの?」
一人がだだをこねた。
「お隣はお隣の事情があるのよ」
「パパは?」
夫人は男の子の前にしゃがみ、頭を撫でた。
「パパはね、お仕事で離れられないの」
「友達もパパもいないなんてヤダ」
「仕方ないの。非常事態が無くなればまたここで暮らせるのよ。それまで頑張らないと」
呼び鈴が鳴った。
インターホンの画像には野来下雫が佇んでいた。雫は英語力を買われエマーソン一家のお世話をしていたのだ。
マイカ・エマーソンは抱擁した。
「シズー、当分お別れね。でも必ず帰ってくるからどこにも行かないで」
「せっかく日本の生活に慣れたのに。私も悲しいわ。でも数組の家族はここに留まるって聞いたわ。本当に?」
「そこは全体で動くニッポン人との気質の違いね」
二人の男の子は野来下雫に抱きついた。「一緒に行こうよー」
雫は腰を下ろし二人の頭を交互に撫でつけた。
「エディ、ヤードン……一緒には行けないの。でもあなたたちを待ってるわ」
「シズー別れるなんてヤダよー」
下の男の子は泣いたが上の男の子は気丈だった。
「泣くなヤードン、絶対シズーと遊べる日がきっと来るから」
「約束だよー」
「二人とも小指を出して」
野来下の声に二人は怪訝そうな顔をして指をさしだすと、雫は指を絡ませた。
「ユビキリゲンマン、ウソツイタラ……」
二人の男の子には初めて聞く言葉は呪文のようだった。
数時間後、エマーソン一家を乗せた大型輸送機がパーキングを出た。機内には数組の家族が同乗している。
機長は無線でパーキングと連絡を取りながら、ガタガタと大きく振動し高速道路に進入し離陸体制に入った。
道路が悲鳴を上げる――。
揺れる機体がさらに激しく揺れ、ちいさな悲鳴があちこちから上がった。
「ママ、怖いっ」
幼子二人は母親にしがみついた。
「大丈夫よ……」
永遠に続かと思われるような長い時間が過ぎ、気丈に振る舞うがエマーソンの心臓が高鳴り、不安が高まった。
最高潮に達した時――薄暮の中、ふわっと輸送機が離陸した。
あちこちで安堵のため息が木霊し、期せずして拍手が起こった。しかしこれから先の生活とニッポンの将来を思うと、素直に喜べないエマーソンだった――。
天地真理革命軍が根城としている相模原市の山奥。
三階建ての鉄筋コンクリートの建物の前を、政府代表の一団は天地真理革命軍の門が開くのを待っていた。
後方には報道関係者が陣取っている。
しかし門の前は無人だった。
「誰もいないのか」
突然どこからともなく偉ぶった男の声が響いた。
「貴君らの訪問を歓迎する。さあ、入り給え」
招き入れるように自動的に門の扉が開いた。さらに建物に近づくと大きな扉が自動的に開く。
あたりを伺いながら一行が進んでいくと、天井から巨大な鉄の檻が激しい音ともに落下してきた。
「どういうことだっ?」
突然の出来事に一行は混乱した。
「わしは天地真理革命軍を率いるアズチ坊海真じゃ」
どこからともなく天地真理革命軍アズチ坊の声だけが響く。
あたりを伺いながら縞田麻理恵が叫ぶ。
「姿を見せなさいっ。こんな仕打ちを受けるために来たのでは無いっ」
しかし高らかな笑い声だけが響くだけだ。
「なんとでも言うが良い。我が天地真理革命軍に一切の権限を与えるよう、尾川に申し伝えよ。今から二日間の猶予を与える。それまでに決断せよ、と尾川に伝えよ」
「我々は話し合いに来たんだ。それを一方的に遮るのか?」
無視するようにアズチ坊の声が響く。
「話し合いなど必要ない。日本の命運はわが天地心理革命軍の手中にある。足掻いても無駄だ」
建物内部の至る所に監視カメラが設置してあり、アズチ坊は操作室でそれをモニターに映し出していた。
勝ち誇るようなアズチ坊海真の笑い声が響くと、いきなり音声が途切れ、同時にゆっくりと檻が上昇し、一行は開放された……。
尾川は後ろに手を組み熊のように室内を彷徨いていた。
「失礼します」
ドアが叩かれ事務官数名が入室し、尾川の間に突っ立った。
「おお、どうだった?」
尾川は振り向き一同を見つめた。
「残念ながら話し合いは拒否されました。箸にも棒にもかかりません……彼らが申すには、政治に関するの全権を天地真理革命軍に渡せ、と、一方的な発言です」
報告を聞いていた尾川は無言で天井に顔を向けた。
「聞く耳を持たんというのか……」
新たに任命された総務大臣が憤る。
「何が天地真理革命軍だ。こいつらは極悪非道な野蛮人だ。日本は法治国家ですぞ、首相」
事務官が決然と尾川に促した。
「交渉決裂ならば革命軍を叩くべきです。未だ自衛隊の出動権限は我々にあります。国民の生活は在日米軍の蛮行で酷い有様です。ここで革命軍を封じ込めれば、在日米軍も考えを新たにするでしょう。諸外国の侵略も防げるのです。それにこの問題が片付けば、こんな部屋から抜け出せるのです、尾川総理」
「――こんな場所か。言葉を謹んでくれ。あるだけでも感謝しなければならん。陸自を突入させれば撃破できるだろうが、天地真理革命軍といえども、我が同胞。日本人同士、争うことになる。しかし、これは避けたい、それに辺境連邦帝国と中央漢エイジア国の対応で手一杯と聞いている」
しかし総務大臣は執拗に食い下がった。
「ですが総理、北の帝国と漢エイジアの対応は空自と海自ですみます。陸自は空いてます。相手の脅威はドローン攻撃だけです。圧倒的な火力を誇る陸自では、最小の犠牲者ですみ、短時間に制圧できます。今一度、陸自に申し入れをご決断下さいっ」
新たに任命された各閣僚以下だが、腹の底では尾川に責任を押しつけるような言い方だ――。
他国からの侵略……予期せぬ米軍の暴挙……そして天地真理革命軍……。
小異を捨て大同につくか?
尾川は天を仰ぎ深くため息をついた。そして一同を見回し切り替えした。
「二日の猶予がある。それまでに知恵を絞ろうじゃないか、閣僚諸君」
横須賀南部病院の医局長の前に願乗寺が巨体を揺らしていた。
「社長から医療薬品を集めるために病院に応援に行ってほしいと連絡が入りましてね」
しかしその申し出に医局長は当惑した。
「応援、と言われましてもね」
「大型輸送車できました。薬剤、大量に運べます」
「でもですね……同行できる職員がいないのですよ」
どうして良いか医局長は願成寺の前で考え込むように腕を組み呻吟したが……医局長の後方から突然声があがった。
「私が同行する」
振り向くとそれは理事長だった。
「ええ? 理事長、それは……」
恰幅の良い理事長は言い放った。
「患者の命が危ういときに、できないというのはなんのための救急医療か。私も医者の端くれだ。役に立つなら私が行く。至急購入リストを作れ。でき次第、願成寺さん、お願いする」
横須賀南部病院では絶対的な手腕を振るう理事長だ。慌てるように医局長は薬品倉庫へ走って行った。
明くる日の朝、今にも降り出しそうな雲行きの午前九時。
「只今より緊急会議を開きます。司会を勤めますヤマユリです。尾川首相から重大な発言があります」
厳重な警戒を敷かれている会議室で尾川は厳かに話し始めた。
「諸君、私は天地真理革命軍司令部と天誅教会総本山の殲滅を決断する」
おお……と言う声と共に言いようのない緊張感が全員を包んだ。
「何故ここに私が独断で決めたのか。ここに披露する。その前に前提とした調査がある。警視庁防災課及び国家安全保障局指揮司令より説明がある」
「緒川臨時総理の要請により、我々は横須賀教会三次元復元図を作成した。天誅教会は完全に破壊したと思っているであろうが、我々の調査により多数の無人攻撃機が格納されていたことが判明した。ここで使用された無人機は五百から六百。首相官邸を破壊したのはここから飛来した無人機だ」
「何故そのようなことが言えるんだね?」
「民間人がとらわれとなって、必死に脱出を試みた際の証言だ」
「当てになるのか、その証言とやらは」
通訳がライス副司令に話しているとライスは手を上げた。
通訳が言う。
「我が国の偵察衛星がニッポンの排他的経済水域外で未確認飛行物体を多数確認している。それが今回とどう結びつけるか検証しているが防空網をかいくぐった中で数機を追跡できた。恐らく大型の無人機なので発見できたと思っているが、到着した場所はヨコスカ教会と判明した」
「つまり――」
尾川が後を継ぐ。
「天誅教会は一種類では無い。タイプAの洗脳専門とする教会とタイプBの無人機を格納する教会があるのだ」
警視庁防災課指令が手上げ発言した。
「首相のお話通り警察、消防、公安庁と合同で秘密裏に調査した結果、タイプAは各都道府県に複数設置されている。彼らは宗教法人の資格を持っているので迂闊に手を出すわけにはいかなかった。タイプBはの代表は横須賀教会だ。報告ではその数七箇所。諸君これを見て欲しい」
巨大液晶画面に赤い点が示されている。
「タイプBで特に重要と思われる教会は三箇所。天地真理革命軍総本部攻撃と同時にここも叩く。攻める箇所は合計四箇所だ」
財務省末永は安堵する。
「そうか、とうとう自衛隊の出動を」
「イヤ違う」と即座に尾川は否定した。
ライス副司令の通訳が手を上げた。
「在日米軍と自衛隊は辺境連邦帝国からの驚異で手一杯だ。さらに中央漢エイジアもレアメタルを狙っている。手を貸すわけにはいかない」
「今の発言でお解りの通り、自衛隊の出動は難しい」
尾川が言う。
「よって、攻撃主軸は警察とする」
しかし尾川の提案には議員が次々と反対を唱え始めた。
「相手はドローンや武器を扱うテロ集団だ。火力は警察をはるかに上回る。太刀打ちできるのは陸自の戦車ではないか? 無理を承知で陸自だけでも協力して貰わないと、国民の不安は募るばかりだ」
「国民の生活が脅かされている現状、短時間で叩き潰さねばならない。警察の手でなんとかできる状態ではない、と考える」
そうだ……そうだ……議員はあわせるように声をあげた。
国民のためとは表向きで、その裏には各議員の思惑が見え隠れしている。自分たちの身の保障が先なのだ。
尾川が静止するように手を上げた。
「諸君、落ち着いて聞いてくれ。指揮命令系統は警察だが」
尾川は一瞬の沈黙後、顔を上げ、言い放った。
「攻撃主体は大規模災害救助隊とする」
「なんと首相、大規模災害救助隊ですと?」
さらに全体から言い淀むような声がした。
「災害救助を目的とした組織を何故、投入させるのか」
「狂気じみたテロ集団に破壊されるのがオチだ」
「大規模災害救助隊に武器を持たせるつもりか。無謀だ」
「国民は納得せんぞ」
口々に議員は喚いた。
「黙れっ!!」
腕を組んでじっと聞いていた白衣を纏った老人が突如立ち上がり、全員を一括するように大声を上げた。
その声の迫力に一同は沈黙した。それほど力のこもった恫喝だった。
「ワシはGドロイドの生みの親、横取と申す。今回の計画は防衛省を役割として我が大規模災害救助隊が首相に進言したのだ」
「何、大規模災害救助隊の提案だと? アンタ、自衛隊に勝ると思っているのか」
不遜な言い方の議員に横取は睨みつけた。
「見くびってはいかんぞ。自衛隊に勝るチカラがあると確信しておるっ」
それからの数時間、議会は紛糾したのだが……。
午後一時半。
東京都庁の玄関前には多数の報道陣が入口を取り囲みごった返し、それを警察職員が規制している。
警察職員は怒鳴る。
「報道関係者はロビーから退去してくださいっ。撮影は遠慮願いますっ。然るべきときに報道関係者に正式に発表されますので、それまでお待ち下さいっ」
しばらくすると自衛隊幹部数名が報道陣の前を横切り、更に職員数名が慌ただしく行き交った。
都庁入り口前に陣取っている報道陣各社の中に、帝国日々新聞社の佐野が目を光らせるように佇んでいた。
佐野は金髪の体格の良い外国人が数人の幹部と日本人を従え、無言で通過したのを見た。
「たしか……彼は――」
周囲でも気がついた各社がぼそぼそと話し込んでいた中で、顔見知りのKHK局員が佐野に近づいてきた。
「佐野さんご無沙汰だね。あの人、在日米軍副司令官じゃない?」
声をかけられた佐野は近松を確かめるように見つめた。
「ああ、近松さん? 俺もそうだろうと思ったよ」
近松はドアの向こう側に消えていった大柄の金髪男性を認めながら言った。
「在日米軍は手は貸さない、と言ってたけど、方針を変えたのか?」
「それはどうだろうな。日本を守ると言いながら、やりたい放題の在日米軍だ。我が国を米国の五十一番目の州するつもりじゃないか」
佐野は腕を組んだ。
「主権国家の日本を、か?」
近松は佐野の目を見つめる。
「日本を守るとか言っても、こんだけの騒ぎを起こしてるんだ、次に何が起きるか想像もできないねえ」
二人のひそひそ話の傍らを背中が大きく瘤のように盛り上がって、白衣を身にまとった白髪の老人と六十代の男性、見慣れない格好の制服を着込んだ男女二人が続いてやってきた。その後ろには同じ制服を着込んだ人物が続く。
「アイツラは、一体?」
近松の声に佐野の頭の中がグルグルと回り、最後に確信した。
「尾川は――やる気だ」
それからさらに数時間後、夕方にさしかかる時間帯。
地下深く身を沈めていた尾川は、報道各社に宣言を出した。
「話し合いにも応じない天地真理革命軍に告ぐ。政府は断じて革命軍の言いなりにはならない。国難を収拾すべく私は決断する」
色とりどりのフードまとった男女が円卓を囲んでいた。
「とうとう尾川は天地真理革命軍に宣戦布告したな」
青い男が口火を切る。
「馬鹿なヤツだ。今までぬるま湯につかっていた日本に何ができるというのか」
「ここにきて解ったんじゃないの? 国民の生き血をすすり続けた吸血鬼が」
「どう足掻いても天地真理革命軍は勝つ。その時わが六聖人が日本に降臨するのだ」
「自衛隊の出動を決定したのか?」
「いや。侵略阻止で自衛隊はそれどころではないはずだ。ホッカイドウ近海に辺境連邦帝国軍の戦艦が集結しつつある、と信者からの報告が来ている」
「そう言うが、阻止活動は海自と空自がもっぱらだ。その点陸自は余裕がある。そこで俺の見立てでは陸自を使い天地真理革命軍本部の攻撃だろう」
「確かに考えられるな……しかし多少のことでは本部は破壊されることはない」
「しかし大型ミサイルや戦車での一斉攻撃には耐えられないだろう」
「まあ待て。いくら尾川が陸自に命令しても即応には時間がかかるはずだ。我々の組閣人事は出来上がっている。こちらが組閣すれば旧政府の出番はない。所詮負け犬の遠吠えだ」
六聖人は口々に尾川を罵り始めた。
「天誅教会のドローンで反対勢力を駆逐する。どうせ天誅教会と天地真理革命軍の関係はしれているはず。もはやこうなれば隠し立てはせず、尾川をはじめ旧政府の人員を血祭りにあげろ」
「それで日本国民は納得するのか?」
「二日間の猶予を与えたのは我々の汚点だった。もう悠長なことは言ってられない。即行動だ」
深夜午前二時、天地真理革命軍居城前。
広大な森林が広がる中、不自然に切り開かれた一角に巨大な建物が異彩を放っている。
雑木林の間から数人の人影が映った。数人はめいめい、木の幹に取り付き、素早く登っていった。
――その影は、木々の間から天誅教会の総本山をじっと眺め、建物内部を探知していった。別働隊が建物の裏に侵入し、索敵活動を行う。
後方に貼られたテントには神室と大規模災害救助隊隊員数名、警察司令官とその部下達が息を潜めていた。その後方には屈強な体格の機動隊員が突撃車の中で待機している。
双眼鏡を覗き込んでいた警察司令兵藤が目を離す。
「相手は未だ気がついていないようだ」
呟く兵藤に対し神室はテーブルに置かれ薄暗く灯っている大型ディスプレをじっと見ている。
その画面に何やら白線が縦横無尽に走り出した。
「彼女たちはほうぼうから算出したデータを持ち寄って建物内部の構造を合成してます。ご覧下さい」
画面のバラバラだった白線が徐々に形をなして――そしてそれらがまとまりはじめた。
「三階建ての構造で中央には空間がいくつか仕切られています。空間の中には数機のドローンがあるようです。その中央を取り巻くように部屋が仕切られ信者たちがいます。どうやら武器を持っている様子です」
「そんな事までわかるのか?」
兵藤は驚いた。
「それが花子と梅子の使命です。災害が起き建物内部に残された被害者を救出すべく製造された彼女たちですから」
そういう神室は無表情だった。
「この情報を下に次郎と三郎が放水作業を開始し、太郎と四郎が突入します」
テントの横を相手に悟られないようにゆっくりと進んでいく巨体があった。太郎と四郎の部隊だ。
「すべてGドロイドが、人間の手を借りず作戦を立案します。私たちはその作戦に決定を下すだけです」
兵藤は呟く。
「どんな原理で動いているのだ? まあ、それは二の次として、作戦の立案は正しいのか」
兵藤の呟くような声に神室は答える。
「Gドロイドでも間違いを起こす可能性があります。そこで私たち人間は修正すべく動きます。今回の作戦は反撃を喰らう恐れが多分にあり、失敗は許せません。さらに各所で同様な作戦が立案され、一斉突入を図ります」
「機動隊の突入はどのタイミングで行動させるか」
神室は兵藤の言葉を遮った。
「機動隊の突入はGドロイドの作戦終了後ですよ」
「主体は人間と話していただろう? Gドロイドが始末しながら我々が一斉逮捕に向かう」
功を焦るような兵藤の言い方に神室は冷静に言葉を添えた。
「主体はヒトですが機動隊に犠牲を出してはなりません。これは在日米軍が犠牲を出さないように各地を占有しているのと同じです」
「フン、同じ? 多少の犠牲を厭わない。警察官の本懐だ」
「たとえ破壊されてもGドロイドは修理が利きます。しかし人間は修理がきかない。それは『死』を意味します」
「私を含め全警察官は国民の安全を願うため、それは覚悟の上だ」
言い争うような二人だが、兵藤の言葉を遮るかのように神室は手を広げた。
「議論している間にGドロイドの作戦が決定されました」
大規模災害救助隊の声が神室の通信ヘルメット内部に次々と報告が入った。
「桃太郎、突入準備終了」
「乙姫、準備完了」
「同じく浅田隊、突入準備完了」
天地真理革命軍の建物を急襲する他に、無人飛行機が格納されている天誅教会四箇所に同時行動作戦を展開するのだ。
神室はヘルメット内部のマイクに向かって言った。
「金太郎、状況は」
コードネーム金太郎、法源浩一郎の声が聞こえた。
「金太郎、準備完了。タイプBと同じ作りだ。こっちはドローンの攻撃機能を不能して信者の逮捕だが、防衛機能そのものは低い。かぐや姫、アンタの作戦が一番きついぞ。こっちでも確認したがタイプAのそっちは、ドローンの数より武器攻撃での抵抗が激しいと見えるがね」
乙姫が返答する。
「金太郎はそう言うけどドローンの数が半端じゃないわ」
金太郎の声が響く。
「Gドロイドの計画ではドローンの機能さえ制御不能にすればこっちの勝利さ」
神室が言う。
「随分と余裕のある言い方ね。浅田隊、何かあります?」
「今のところ問題なし。突入の可否を問うだけだ」
大規模災害救助隊の総指揮官は神室だ。神室は腕時計を見た。
「よし、予定通り午前二時半、行動開始」
兵藤はマイクに口を近づけた。
「各部隊、午前二時半作戦行動開始。しくじるな。やり損なえば作戦は全て水の泡だ」
自立している気中開閉器の前に高圧防護手袋を装備して立っている電力会社の人間のあとに警察官が辺りを警戒している。
警察官の無線機が鳴った。
「作戦命令確認。電源遮断ッ」
「遮断します」
鉄製の箱を開けると天誅教に通じている開閉器を力任せに引き下ろした。
ガタン、と言う音共に天理真理革命軍建屋が一斉に真っ暗になった。だが数十秒もしないうちに建屋にほんのりと明かりが灯った。
「自家発電が動いたな」
しかしそれは建物全体が薄暗く灯るだけで、建屋全域を灯すに様な能力は無い。
花子一号機が指示を出す。
『目標、放水開始』
暗闇の中、花子の指示に天誅教総本山を取り囲んでいた複数の三郎が普段の三倍の水流を一斉に放出した。強烈は水流は総本山に襲いかかり、四方八方から、窓を、扉を、破壊しはじめた。
異変を感じた自立型ドローンにエンジンがかかった。しかし破壊された窓からものすごい勢いの水流が複数のドローンに襲いかかり、たちまち壊されていった。
正面の鉄扉はその膨大な水流に耐えかね徐々にひしゃげ、挙げ句に吹き飛んだ。
破壊すると同時に複数の次郎が建物内部に侵入した。膨大な水流が龍の如く二階三階と襲いかかった。
警戒していたはずの天誅教会の信者だが、予想だにしていなかった水流に驚き、悲鳴や怒号が教会を包んだ。そして闇雲の響く発砲音――。
怯むこと無く三郎は淡々と水流を迸る――。
水量を確認している大規模災害救助隊の一人が叫ぶ。
「三郎一号、二号タンクが空になりましたッ」
「よし次」
三郎一号、二号が後退すると待機していた三郎三台が六本の足を巧みに操り後を継ぐ。
「タンク注水。急げっ」
交代した三郎に消防隊が注水を開始する。
破壊された窓から花子と梅子が続々建物内部に侵入し、天井から迸るように落ちてくる滝のような水流をものともせず機敏な動きで索敵活動を行う。
『太郎、四郎、行動開始』
花子と梅子の指示により、閃光弾や煙幕弾を込めた銃を腰だめに構えた数体の太郎と次郎が動き始めた。
破壊された窓に向け、躊躇すること無く閃光弾と煙幕弾を次々と発射する。
閃光と煙幕――喚きながら涙を流し耳を塞ぐ信者が転がり出る。
そして無機質な太郎と四郎は次々と窓を乗り越え、二者一体となったGドロイドが部屋の中に閃光弾と煙幕弾を発射する。
煙幕の間から闇雲に打ちまくる銃声が轟く。連続発砲音をものともせず、Gドロイド達は進軍する。
数発銃弾が太郎達の胸元や腰に銃弾が当たる。しかし救助活動主体のために頑丈に作られている上に防弾服を身に纏っているGドロイドには効果が無い。
弾薬が空になり引き下がると間断なく次の部隊と入れ替わる。機械とはいえ無駄のない動きだ。
次々と部屋から信者が転がり出す。
放水するGドロイドが建屋に入り込み六本の放水銃を自在に操る。ものすごい勢いの水量でドアが吹き飛び、たちまち水浸しと化した。
銃弾が谺する。
しかし閃光弾と煙幕弾で部屋の中では武器を放り出した信者がのたうち回った。
一階を制覇し二階……三階……と突き進んで行く。
「機動隊出動。反乱軍の逮捕に向かえ」
兵藤はマイクを手に取り命令を下した。
神室の通信ヘルメットに梅子六号機から報告が入った。
「待ってくださいッ、梅子六号機より不審物を発見しましたッ」
外部スピーカーに切り替えスタンドマイクに向かって神室は叫んだ。
「至急確認」
梅子から一瞬の沈黙があった。そして――『半地下ニ爆発物発見』
「爆発物?」
兵藤小型モニターを神室と一緒に覗き込んだ。そこには半分埋め込まれた巨大な黒い物体が映し出されている。
それを見たとき兵藤は唸った。
「これはひょっとして――横須賀教会を木っ端微塵にした爆発物か?」
「横須賀教会?」
スピーカーから別の音声が響いた。
「こちら浅田隊、花子四号機が爆発物を発見しましたッ。かなりの大きさです」
兵藤の額に汗が滲んだ。
「やはり――違いない」
神室は兵藤に問いただした。
「違いない、とはどういう意味ですか?」
「横須賀協会が爆発した原因調査で消防と警察、自衛隊合同で直径十メートル深さ三メートルの巨大な穴を確認している。当初、大穴が空いた原因は掴めなかったが、これを見て確信した。横須賀教会を破壊した原因はこれだ」
後方で控えている大規模災害救助隊の一人が神室に緊迫した口調で言う。
「神室司令官、犠牲が出る前に作戦を中止しましょうッ」
兵藤は顔を向けた。
「中止です、神室指令」
「機動隊は反乱軍の確保に向かっている。今更中止など出来ん」
神室は怒鳴った。
「何処でスイッチを入れるか場所も特定できない以上、作戦は中止です」
兵藤はやおらマイクを手に取った。
「爆発処理班、こっちへ」
「兵藤司令、なんてことを。作戦中止です」
二人のやり取りの際に爆発物処理班がやってきた。
「乙坂処理班、入室しますっ」
数人の機動隊員が敬礼をした。
兵藤が神室を見つめる。
「神室司令官、梅子六号機に爆弾の配線関係を映し出すように命令してくれ」
驚く神室。
「無茶です」
背後ではGドロイド達が次々と各階を制覇している。ガスマスクを付けた機動隊が転がっている反乱軍に次々と手錠をかけ、連行している。
神室は兵藤を睨んだ。
「Ḡドロイドはともかく機動隊は撤収させなくては」
「我々は厭わん――どうだ乙坂、なにかわかるか」
モニターを見ていた乙坂は言う。
「たしかに巨大な爆発物のようですが――画像だけでは判別不能です。現場に向かいます」
「できるんだな」
「ボックスから八本の線が出ています。そのうちのどれかが起爆線であります。起爆線を探し出しそれを切断すれば爆発阻止できます」
「もし間違えて爆発したら多大な損害になる」
「それは理解しています」
その緊迫したやり取りに神室の頭は混乱した。
兵藤は冷静だった。
「乙坂処理班、突入せよ」
「了解であります」
神室は叫ぶ。
「何いってんの!」
兵藤は振り向きざま、神室に言う。
「これは我々の仕事だ。各爆発処理班につぐ。革命軍のアジトで巨大爆発物を確認した。各部隊、慎重に行動せよ」
了解……声がスピーカーから谺する。
神室は振り向いた。
機動隊はガスマスクを被り盾を振りかざしている。ゲホゲホと咳き込みゆらゆら揺れる坊主頭が次々と護送車に連行されていることを神室は認めた。
さらにスピーカーから各部隊から続々と報告が響く。
「桃太郎、機動隊連行中」
「乙姫、建屋侵入成功、機動隊突入」
神室は、もはや後退りできない、と悟った。
「私も突入します」
神室の声に兵藤は驚く。
「指令隊長が何を言うんだ? 君はここで待機し、各部隊の報告をまとめるのが役目だろう」
「いや、行きます」
ヘルメットから防塵防毒マスクが自動的に下がったかと思うと、忽然と神室の姿が消えた。
兵藤は唖然とした。
『アンタ、一体何者だ?』
二階、三階と索敵活動をしている花子と梅子に銃弾が襲いかかった。乱射する信者の攻撃をかわしながら、太郎達に指示を出し次の部屋の索敵活動に入った。
太郎達は乱射に憶することなく、閃光弾と煙幕弾を撒く。
銃を放り出し喚く信者。
猛然と走り込んできた神室は数人の信者がのたうち回っているのを確認した。
そこに機動隊員が突入し、次々と手錠をかけ、信者を部屋から引っ張り出す。
そして最上階。
ドン……ドン……と重厚な響きが谺する。それは信者が発射する銃声とは明らかに違う、重厚な音だ。
最上階の扉前のフロアには上半身を破壊された数体の花子と梅子が転がっている。
『なんて事』
最上階には自動センチネルが目標目掛け砲撃をしていた。
『マズいッ』
目の当たりにした神室は素早い動作で跳躍し、センチネルの後方に陣取り、強烈な右腕をセンチネルに見舞った。
派手な音と閃光が飛び散り、白煙を吐き出すセンチネル――。
それを認めた向かい側に鎮座していたセンチネルが神室を捉えた。ドン、ドン、と砲撃を開始する。
トラックを破壊出来る威力砲弾が神室を襲う。咄嗟に避けたが神室の左腕を襲った。
「あっ」
瞬時にして左腕が粉砕され、飛び散った。衝撃を感じたが、痛みはない。
しかし衝撃で神室は三階フロアに叩きつけられた。しかし――起き上がると勢いよく向かい側に跳躍し、右腕でセンチネルをたたき壊した。破壊されたセンチネルが白煙を上げ銃声が止まった。
正面には鉄の扉。その中にアズチ坊海信がいるはずだ。
神室は右脚を振り上げ鉄扉を強烈な力で叩き込んでいった。一発……二発……。歪む鉄扉。
そしてその扉の向こう側。
「枢機卿。どうでしたらよいのでしょう……」
革命軍首領アズチ坊海信がタブレットに向かって話していた。
「このままでは扉が破壊され機動隊が――」
「慌てるな」
紫のフードを纏った枢機卿の声はくぐもって聞こえた。
「壁を見ろ。テンキーがある。今から暗証番号を言う。復唱せよ」
「はい」
「そうだ。そこに黒いボタンがあるだろう? それを押せ。さすれば秘密の地下通路が出現する。そこに飛びこめ。案ずることはない。外に出られる。近隣の教会に手配をする。さすればアズチ坊、立て直しが出来る。さあ、押し給え」
アズチ坊の顔が引きつった。あの威勢のよかった時とは全く違う怯えた表情だ。
「で……ですが枢機卿……」
「押すのだ」
問答の最中、派手な音共に鉄扉が吹き飛んだ。ガラガラと音を立て拉げた扉がアズチ坊の足元を襲う。
「ひや」
すんでの所で交わしたアズチ坊は黒い影を認めた。黒い影が言う。
「観念しなさいッ」
声は神室だ。
アズチ坊はガタガタと震えた。最早あの勢いがない顔だ。
抑揚のない枢機卿の声が谺する。
「押せ」
アズチ坊は脂汗を流した。
次々と機動隊員が飛び込んできた。
「アズチ坊海信、逮捕する」
機動隊の声に観念したアズチ坊は、力強くボタンを押した。
同時にタブレットを見つめていた枢機卿は念仏を唱えるかのように指を組んだ。
しかし――枢機卿は顔を上げ画面を見た。
怯えた顔のアズチ坊が映っているだけだ。
枢機卿はうめいた。
『爆発しない? 馬鹿な』
神室は素早く正常な右手でアズチ坊から端末を取り上げた。そこには紫のフードを目深にし顔を隠している姿が映し出されている。
「アンタ、誰?」
いきなり端末が暗転した。
「アズチ坊、誰と話していた?」
震えるアズチ坊は無言だった。
そこに機動隊がなだれ込んでアズチ坊に手錠をかけた。
「三時十五分、容疑者確保っ」
爆発が免れたのは数分前だった。
攻防が続く建屋内部、半地下に鎮座している黒光りの爆弾の前に防毒マスクと防護服に身を包んだ乙坂たちがしゃがみ込んでいた。
「ボックス内部赤、青、黄色、白のスケア線各二本づつ確認」
そこには八本の細い信号線が並行するようにボックスから爆弾に繋がれている。
「一般的な構造なら赤はプラス白は反り線だが、黄色と青は?」
覗き込んでいるもう一人が言う。
「隊長、もしかすると振動で動作する起爆線では?」
乙坂は思った。
「そうか、振動爆発か。考えられるな。とすれば、赤線をまず端子台から抜去だ」
「本官、やります」
そう言うと端子台から撤去すべく強化プラスチック製ドライバーを腰袋から取り出した。
「短絡させるな、慎重に」
「了解」
十文字ドライバーをゆっくりと回し始めた。
判断は正しいのか? 緊張の一瞬――端子台から赤い線を引き抜いた。
ふう……と乙坂は安堵のため息を付いた。
「切断すると自動的に起爆するタイプもあるが、どうやらこれはそんな構造ではないな」
「黄色と青線はどうのように処理をしますか」
乙坂は決断した。
「俺がやる」
横須賀中央病院、集中治療室前。
ガラス越しに杉田と願成寺が身動きしない的場を見つめていた。
平井が言う。
「手遅れにならなくてすみましたよ――とは言え、まだ予断は許しませんがね……」
杉田は平井に顔を向けた。
「たとえ車椅子生活となっても、私は命さえあれば一生面倒を見るつもりだ」
平井は杉田の顔を見つめる。
「そうまで言い切るには何か理由は?」
「大切な従業員だからな」
言い切る杉田の言葉に願成寺は不思議な気持ちだった。
『そうまで従業員を大切にする社長の本心はなんだろう?』
神室が垣間見た男女とも区別がつかない紫のフードの人物など、まだ謎は残りますがひとまず天誅教会との攻防はここで終わりになります。
政府は宗教としての天誅教を権利剥奪及び危険思想集団として監視を強めます。警察及び諸官庁は天地真理革命軍の実像を暴くべく奮闘します。
その裏では残党が国家転覆を画策するため新たに政党を作ります。その名を「天地革命党、略称天命党」と名乗り正解に打って出ようとする動きがあり、予断を許さない状況が続くのです。
それに伴いスケロク商事も否応もなく絡んでいきます。