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大規模災害救助隊

 夜が明けようとする午前五時。

「きたぞ」

 大型画面を見つめている僧侶が言った。

「天井開けろっ!」

 東の彼方から白い飛行体が次々と大きく映っていった。それは自立型攻撃無人機だ。

 教会天井開口部で隊列を組みホバリングしていたが天井が開口するとゆっくりと下降する。僧侶は矢継ぎ早に指示を出す。

「各自機体損傷確認」

「動作異常点検確認。火炎弾、銃器の残数認、および補充」

「次期作戦に備え燃料補給。自爆型ドローンの点検も怠るな」

「ヒサシ坊弁撻大僧正、六機被弾しておりますッ」

「修理班、至急不具合箇所確認修理」

 次々に指令が飛ぶ。指令に基づき慌ただしく男女が動き回る。

「申し上げます、ヒサシ坊弁撻大僧正。大型ドローン三機帰還してませんっ。風の影響が凄く思った以上に燃料を消費、燃料切れを起こし墜落したものと人工知能は解析しておりますっ」

 ここの教会の全権を握っているヒサシ坊弁撻大僧正は問いかけた。

「場所は特定できているんだろうな?」

「測位システムにて場所は特定できてます」

 ヒサシ坊は決定を下す。

「急遽捜索隊を編成し機体の回収だ。急げ」

「かしこまりましたッ」



 夜が明けても東京の中枢はごうごうと燃え盛る火の海だった。上空では消防ヘリが、地上では大勢の消防車と消防隊員が必死の消火活動を行っている。しかし一向に火の勢いは収まらない。

 火災現場をまとめようと奮闘しているタチバナ総合消防指令だったが、二次災害を防ぐように指示を出すしかなかった。

 悩んでいるタチバナに副司令官の声が轟いた。

「タチバナ消防司令、防衛省より大規模災害救助隊が到着しましたっ」

 その声に振り向くと、自衛隊輸送大型トラックが次々と到着するのが見えた。

『ようやくきたか』

 先頭の大型トラックから火災を背景にした、すらりとした女が司令官の下にやってきた。黒いスーツに身を包みフルフェイスのヘルメットを小脇に抱えている。

「大規模災害救助隊長、神室七恵です」

 神室は敬礼した。

タチバナ消防指令は言う。

「ご苦労。首相官邸に設置してある非常用発電機の燃料が引火し爆発を繰り返していて消防隊員も近づけない状態だ。自然鎮火を待つしかないと判断するが、二次被害も出ている。消火計画と実行を急いでほしい」

 背後で爆発音が響き、タチバナは身を竦めた。

 神室は振り向きながら答えた。

「わかりました」

 神室はそう言うとヘルメットを被った。タチバナはヘルメット内部から小型のマイクが降りてきたのを認めた。

 神室が言う。

「花子一号より三号、出動」

 神室の声に大型トラックの荷台から人影が躍り出ると、神室のすぐ後ろで次の命令を待つかのように整列した。一糸乱れぬ行動だ。

 全員銀色の一体型スーツに身を包み頭はフルフェイスヘルメットを被っている。顔が隠れていて表情は全く伺いしれない。

「至急、現状確認、最適消火作業策定せよ」

 神室の命令を受け取った花子たちは素早い動きであっという間に散開した。

 タチバナは不思議そうな顔をした。

「花子? レクチャではロボットと聞かされているのだが性別があるのか」

 神室は振り向いた。

「開発した博士が便宜上つけただけで特に意味はないそうです。それに人型ロボットよりもっと高度なことをこなすアンドロイド、それがGドロイドです」

 神室がまた不思議なことをマイクに向かって言った。

「次郎小隊、消火弾装填、三郎小隊、放水用タンク接続。花子より指示を待て」

「花子の次は次郎と三郎?」

 タチバナの疑問に神室が答える。

「消火作業Gドロイドです」

 軍用トラック荷台のシャッターが開き、中から出てきたGドロイドにタチバナは目を剥いた。

 長方形のロケットランチャーを組み込んだ四角い金属の箱に六本の足がついている奇妙な格好をしたGドロイドが降りてきたのだ。しかしその動きはスムーズである。

 四角く角張った前方には何かを発射できるような九つの穴がある。複数の次郎が降りると次に、連結された大きな丸いタンクとともに整列を始め、隊列が整うとピタリと動かなくなった。

 まるで誰かの指示を待っているかのようだった。

「なんて奇妙な形だ。関係資料には目を通していたが実物を見るのははじめてだ」

「形はどうであれ人間以上の働きをします」

 またもや爆発音が数回、後方で轟いた。

 タチバナは気が気ではない。消火が遅れるとさらに被害が広がる恐れがある。

 突然神室が大声を上げた。

「了解、直ちに消火活動開始せよ」

 それが合図かのように次郎たちは一斉に前進し始めた。ウィーン……というような機械音がすると、器用に角度を変え、九つの穴から次々とバスケットの玉のような物体が放物線を描きながら目標に飛んでゆく。それは最新の消火弾だ。

 消火弾の先頭が爆発し、粘着性のドロリとした消化液が炎めがけて襲いかかった。消化液が付着すると炎はたちまち鎮火し、白煙を吐き出す。

 的確に放たれた消火弾が火中に撃ち込まれ次々と白煙を上げ、業火の勢いが止まりはじめた。

 後方から三郎達が九つの穴からうねるように消火ホースを出してきた。その独立した動きはまるで生き物だ。

 微妙に角度を変えながら放水作業をはじめる。

 その膨大な水量は鍛え抜かれた消防士でも制御することは不可能な勢いだ。水量に負けずに踏ん張る三郎のホースはうねり、散らばって蔓延る火種に圧倒的な水圧で容赦なく放水を始めた。

 消火弾を発射する次郎とそれを補うように放水する三郎。

 両者は完全に連携しており、タチバナは唖然とした表情で消火作業を見つめる。

「凄い……」

 消防指令は息を呑む。

「生身の人間では決して制御できない消火作業を行います。花子の指令をもとに独自の判断で動作します」

 炎が消え始めると次郎たちはゆっくりと歩を進めた。消火弾を発砲する次郎と放水する三郎が一体となって消火作業をこなしていくと、次に次郎たちは散開し始めた。

「一体どういう構造になってるんだ……」

 タチバナの言葉に神室は微笑む。

「花子が現状を把握し、消火計画書を策定します。それを通信回路を使って次郎たちに命令を出しています」

「そんなことを」

「そうです、計画案は圧縮した形で送り、次郎は瞬時に解凍し計画を把握します。それも現場の状況で通信はひっきりなしに行われております……今……花子三号より通知が来ました。……残念ながら生存者はいないようです」

 神室は残念そうに首を振った。

「それも圧縮してくるのか?」

「これは言葉として発信してきます。……了解。花子は増員を求めてきました。三体では手一杯のようです。――花子第二部隊投入」

 後方の軍用トラックより三体の花子が降りてきた。その滑らかな歩き方は人間と遜色ない。

 三体は一斉に敬礼した。完全にシンクロしている。

「よし、先遣隊と交信、六体で作業にかかれ」

 指示された花子たちは軽やかな足取りで一斉に動き出した。

「かなり高温状態だぞ。大丈夫なのか?」

「花子のボディは六百度の高温に耐えられる設計になってます」

 ふとタチバナは狼狽した。

「――君もGドロイドか……?」

 その言葉に神室は笑う。

「私は人間です」

 さらに神室は続けた。「普通とはちょっと違いますけど」

 タチバナが所持しているマイクから副司令の言葉が飛んできた。

「火災の勢いが止まりはじめました」

 タチバナはマイクを取り上げ声を上げた。

「大規模災害救助隊の後に続け。消火作業および生存者の確認、救助だ」

「了解」

 スピーカーから各消防隊の声が轟く。

 タチバナは振り向き神室を見つめる。

「関係資料を読んだ際にはある程度理解していたつもりだったが、実際の活動を見るのは初めてだ」

「そうでしょうね。私達もこんな形で初出動になるとは思っても見ませんでした。我が国においては自然災害の脅威に晒され、特に近年においては災害規模が拡大されている傾向が顕著です」

「確かに」

「そこで政府が防衛省内に災害対応の部署を立ち上げました」

「そうだ。そのようにレクチャは受けていたが、大災害が発生した事案により自衛隊、消防、警察が連携を密にして事態に当たり、その中での大規模災害救助組織、と理解しているが」

「どの機関でも人間が中心ですよね」

「そうだ」

「端的に言って、人間の人知を超えた存在がGドロイドです」

 タチバナは首を振った。

「意味がわからん――」

「近い内に公になりますよ」

 神室はタチバナの顔を見つめた。

「この現場もそうですが、ここは生身の人間では太刀打ち出来ない大規模火災です。そこを補うのが大規模災害救助隊の本領です」

「人間の代わりに君たちが活躍するというのか?」

「わが日本において少子化は喫緊の課題です。いつまでも六十代の消防士に頼ってばかりでは、どう、お考えになりますか」

 後方では火災が下火になってきている。神室はそれを見やった。

「人間に替わる者が必要でしょう?」

 神室のヘルメットから男の声が響いてきた。

「織姫、聞こえるか」

 声の主は法源浩一郎だ。

「バッチリよ。彦星のほうは?」

「消火作業は終盤に差し掛かった。花子は生存者の確認、太郎は瓦礫の撤去処理だ」

「生存者は?」

「今のところ、皆無だね。何しろ男女の区別もつかないぐらい酷い有様だ。そっちはどうだ」

「ようやく消火活動が進みだしたところ。花子の報告だとこちらでも生存者はいないようね」

「そうか……」



 午前七時。全員が出社しているスケロク商事事務所一階。

 事務所のテレビが大災害を映し出し、全員無言で大規模火災を眺めていた。

 映像を見ながら杉田は呑気に呟いた。

「随分と派手にやってくれたなあ」

 のんびりと見つめる杉田に対し黒川と管弦、天馬は電話の受け答えに忙しい。

「デコ山邸の板塀補修、今日は中止にしてほしい、と」

「のうとん牛小屋清掃、キャンセルの電話が」

「ちりめん建装より本日の派遣は中止にしてほしい、と」

「困ったぞ社長。仕事のキャンセルが続々入ってる、どうする?」

 和道の言葉に杉田は妙に冷静だった。

「日本が混乱している今の状況では仕方ないさ。まあ、依頼が来れば動けるように全員待機して貰うしかないかなあ」

「何とかならないのかしら……」

 愚痴るように蔵前は俯き呟いた。

「何時になれば落ち着くか」

 そう言いながら祖父江は薄いサングラスを外した。

「でも何でまた国会議員ばっかりなんで狙ってるんでやんすかねえ」

 アナウンサーの口調に越狩が疑問を口にする。

「奴らには奴らの考えがあるんだろう」

 杉田は両手をかかげ背伸びした。

「でもボス、何とかしないと」

「といってもなあ……世間が落ち着かないことにはなあ」

「ありゃ?」

 願成寺が素っ頓狂な声をあげた。

「どうした」

 テレビ画像が乱れたかと思うと、青い袈裟を纏った坊主頭の老人がいきなり出現したのだった。

「日本の国民諸君――我々は腐りきった日本政府を根本的にやり直すため、国政に関わる人間を根絶やしにし、新政府を樹立する革命を起こした天地真理革命軍隊長アズチ坊海真と申す。新しい日本国家を作り上げるための革命だが、我が天地真理革命軍は日本国同胞には何の危害を加えることはない。我々は新しい日本、美しい日本国家を樹立するために決起したのだ……」

 どのチャンネルを見ても同じ映像が流れている。

 各放送局は大騒ぎになった。

「誰だ、こんな放送を流すのはっ」

「放送網が乗っ取られているぞっ」

「至急、非常放送に切り替えろ」

 どの放送局も映像が消え、真っ暗になった。

  伊東銀次は唖然として口を開けた。

「何だべ」

「革命を起こすってどういうことかサ?」

 伊東と管弦に杉田は腕を組んだ。

「とうとう天誅教会は本性を現したな」

 しかし見えない黒川は冷静だ。

「社長、天地真理革命軍と名告っています。天誅教会とは言ってないですよ」

「相変わらず鋭いな黒川探偵」

 杉田は皮肉っぽく言う。

「天地真理革命軍と言ってるが、裏では間違いなく天誅教会が動いている」

「証拠は?」

 追求する黒川に杉田は手を上げた。

「分かった分かった。想像でものを言っても証拠がないからなあ、降参だ」

「でも、生き残っている議員さんもいるんでしょう? 何処でどうしてんのかねえ。革命なんて……何とかして欲しいよ」

 願成寺は諦めた言い方をした。


 警察の治安活動と消防の消火作業は独自で動いていたが、テロと位置づけるにも国会の承認が必要であり、現国会が機能不全に陥っている以上、自衛隊等国防に対応する指揮命令がなされない以上すぐには動けないのである。

 そのため緊急避難的な処置を施せるよう相互に連絡を取り始めるようになるが――。


 各国から派遣されている報道機関が一斉に東京の惨状を報じると、金融市場は日本経済の動向を見極めるかのよう乱高下し、神経質で粗い相場が展開された。

 また、突然の出来事で世界各国は日本の動向を注視するかのように声明を出したが、米国だけは日本のクーデターが発生したと結論付け、ある決断を下す――。


 鳴り止んでいたスケロク商事事務所に電話が鳴った。

「また、キャンセル電話かい」

 うんざりした口調の和道に黒川が言う。

「全ての依頼はキャンセルになってますから、これは違うのでは?」

 電話は何回もコールを続けているが、誰も電話を取ることはなかった。

 天馬が手を伸ばした時、意を決した管弦が受話器を取った。

「大変お待たせしました。心に寄り添うスケロク商事でございます……はい、何でも承りますわ。ご依頼でございますか。……はい、これから、でございますか? 責任者と代わりますので、お待ちくださいませ」

 管弦が保留ボタンを押した。

「椎茸収穫を手伝ってくれってサ、社長どうする?」

 突然の依頼に杉田は目を丸くする。

「椎茸の収穫? こんな状況でか?」

「じゃ、断る?」

 杉田は慌てた。

「まあまあ、出る出る」

 杉田が電話を替わり、依頼を伺い暫く話したあと電話を切った。

 全員、杉田の言動を固唾を呑んで待った。

 杉田は全員を見回した。

「いいかみんな。有り難いことに仕事が入った。椎茸の刈り取りを手伝いって欲しいとの依頼だ。九十過ぎの父親が一人で行っていたそうだが、転倒して動けなくなったと言う。必要機材などはクライアントで手配するので体一つ出来てほしい、と。口頭で見積を出したが、時期を逃すと大損になるのでそれで良いからできるだけ早く来てほしいということだ。話の内容で四人派遣することにした」

「随分と切羽詰まっているようですね?」

 天馬は言う。

「そうだ、何しろ今日明日中に全部収穫しないとならないようだ。とても一人や二人では追いつかない量のらしいぞ」

「イクイクイク~」

 突如、天馬と仲が悪い管弦が真っ先に手を上げた。

「瑠那は電話番だぞ」と和道が口を挟むが管弦は意に介さない。

「電話番なら黒川さんと天馬で何とかなるでしょ? 社長、お・ね・が・い」

 乞い願うように管弦が両手を組んだ。それほど天馬と一緒に仕事するのが苦痛なのだった。

 杉田は人選した。

「和道君、見積書請求書、領収書すぐ作成してくれ。それを持ってケンジと的場、サヤカ、瑠那、行ってくれ。他は事務所待機だ」

「椎茸狩りかあ……」

 手持ち無沙汰の願成寺は物憂げに言う。

「大昔じっちゃの山で手伝ったことがあるんだ」

 杉田はニンマリした。

「それはもってこいだな」

「でもすんげえ大変だった、と記憶しかないんだよなあ」



 午前十時。

 横浜市金沢区にある椎茸栽培農家宅に四人は到着した。

 開発著しい横浜にあって山林があるという事自体、珍しい風景だ。

「直ぐおいで頂けるとは思ってもいませんでしたネ。有り難いことで。この山は新珠あらたま家の私有地で代々受け継いでおります。僕は父、新珠下駄造あらたまげたぞうの息子で乱蔵と申します」

 六十すぎの小柄な新珠乱蔵あらたまらんぞうは頭を下げた。

 入り口付近には『私有地に付き立ち入り禁止』の立て看板が設置されている。話によると私有地と知らずに入り込む人間がいると言うことだ。

「何しろ、山菜やきのこ、栗、銀餡などけっこう豊富に取れますんでネ」

「スゲ、横浜でもこういう場所があるんだ」と管弦は感激した面持ちだった。

 新珠乱蔵は説明する。

「隣は釜利谷大自然森林山道公園ですネ、横浜屈指の登山道がありまして、切り通しを抜けると鎌倉ですよ。境界線が曖昧なところもありましてネ登山者が迷い込んでくるんですネ。で、さっそくですがご案内いたします。くれぐれも足元には注意してくださいネ」

 各々ハサミや鎌、大きな竹籠を背負い、獣道のように細く、足元が悪いなか進みだした。

 かなり荒れた土地だ。その中でも遠くから車が行き交う音がする。

「ああ、横浜横須賀道路が近くを走ってますんでネ」

 愚痴るような口調の新珠に願成寺が答えた。

「どこも人手不足だけど、自然はあるほうが、いんじゃない?」

 先頭の乱蔵が振り向く。

「都会の人はそう言いますがネ、僕ら一家では維持も大変なんですよ。売るにしても不動産関係では値がつきませんし、横浜市や神奈川県にもお願いしたんですがネ、どこも色よい返事がないんですネ……。おまけに父は先祖伝来の山を手放すなんて以ての外だ、と怒る始末で。父は二日ほど前に足を踏み外し、沢に転落しましてネ。動けなくなったんでございますよ。収穫を目前に控えどうしたもんだろうと思ってたところ、取っておいたチラシを思い出しましてネ、それで連絡差し上げたわけです」

 一行はこんもりとした林の中、新珠のあとを付いていく。杉の大木や楢の巨木が乱立している。とある一角で不自然な形で円形に刈り取られた場所があった。地面は黒く変色している。

「あそこは、昨年の雷で燃えたんですよ。山火事ですネ。消防にきてもらったんですがネ、新聞やらマスコミで一時ごった返しエライ騒ぎでしたよ」

 歩きながら乱蔵はぼやいた。

 所どころへし折られた木々も散見された。

「数年前の豪雪で折れてしまったんですネ」

「横浜で豪雪?」

 祖父江の声に新珠が答える。

「ここは平地とは違いますんでネ。そうそう、狸とか蛇とかもでますネ。流石に熊は出ませんけどネ」

 そう言うと何故か乱蔵は笑った。しかし冗談としてもなにか獣が飛び出してくるような気配を感じられる森林空間だ。

「南山村を思い出すね」

 願成寺に的場は返事をする。

「まったくでがす」

 しばらく山道を登っていると全員の額から汗が落ちる。結構過酷な道だ。道、というより獣道に近い。

 途中汗を拭った願成寺が立ち止まり声を出した。

「あの白いのなに?」

 山の中腹でかなり大きな白い物体を見つけた。近寄ってみるとひっくり返った飛行体だ。

 新珠が声をあげる。

「うわ、こんな大型のドローン、見たことがありません」

 祖父江が注意深くドローンを見る。

「新珠さん何故これがドローンと?」

 祖父江に対し新珠家が首を振る。

「山林管理のためのドローンの講習会が農業組合主催であったんで参加したんですネ。何しろ農薬を撒くと言っても、おわかりの通り僕らだけでは到底出来ません。そこで人手不足解消と思って構造や操作方法やら学んだんですが、その時のドローンはこんな大型じゃなかったですネ」

 管弦は不思議だった。

「なんでまたこんな所にあるンかさ。第一こんなんでどぉやってここまで来たんかサ」

「分かりませんネ……二回目の農薬を撒く講習会で、プログラムを組んで自動的に動くドローンと散布のムラをなくすための手動操作ドローンを学んだんですがネ、自立型ドローンは正確にこなすけれど決められたプログラムでないと動けないんで。風向きの影響もあったりして完全ではありません。それを補うために手動操作も必要、ということですネ」

「そうなんですかい」

「決まり切ったことをやらせるには自動型のほうが人でも少なく出来るし手間無しなんですネ。でも実際自動で動くのを見た時びっくらこいたもんですよ。でも弱ったなあ、警察に連絡して処分して貰わんとなりませんネ。全く……これから勝負って時に事情を聞かれたりして時間が取られるなんて――手間が増える一方だ。イヤだイヤだ」

 新珠は首を振った。

 しかし祖父江は違った見方をしていた。

「見ろここに銃座がある。こいつは東京を滅茶苦茶にしたドローンじゃないか」

「でもサ、なんでこんなところ転がってるワケ?」

「墜落したんでがすかねえ」

 管弦と的場が話している最中、祖父江は林からぬっと現れた藍色の衣を着た集団に気付いた。

「ここは私有地だぞ」

 気がついた新珠は叫んだ。しかし動ずることもなく、威嚇するように無言で錫杖を大地に打ち続けた。

 不気味な光景に祖父江はあたりを見回した。

『囲われた? ――こいつら一体?』


 

 午後七時。

「連絡はまだか」と杉田。

「呼び出しているけど反応ないよ社長」

 受話器を手にした和道が答える。

「いくらなんでも遅すぎる。それに連絡がない、のもおかしい。なにかあったか?」

 そう言うといきなり杉田は立ち上がった。

「現場へ行ってくる」

「これからかね? 社長」

 和道の言葉を後ろに車の鍵をひったくり出ていった。



「入れ」

 目隠しをとられた五人は窓一つない巨大な倉庫に閉じ込められた。頑丈な鉄製の格子戸は破られそうにない。

 めいめい所在なげに冷たい床に座り込んだ。

「寒っ」

 あまりの冷たさに願成寺は立ちあがり、両腕を抱え、震えた。

「あ~あ」

 管弦は愚痴る。

「ナイフもケータイも取られちゃって、これからどーすんかサ」

 祖父江は冷静だった。

「俺たちが見つけた物体は間違いなく天地真理革命軍のドローンだ」

「ッて事はとはここ、ナントカ革命隊の中?」

 祖父江の言葉に瑠那はキョロキョロした。

「目隠しされていたからな、ここはどこだか分からん」

 祖父江は腕を組む。

「なんてこった。せっかくの収穫だったのに……」

 新珠は愚痴る。

「しかし何だよ、ここは。留置場の方がましだぜ」

 祖父江に対し願成寺が答えた。

「寒くってさあ、凍えるよ。なんか倉庫みたいだし閉じ込めるように作ってないんじゃないの?」

 願成寺の言葉に的場が無言で立ち上がり錠前を見つめた。内側でも錠前には手が届き、ひっくり返したり試すがめす弄っていた。

「で、さあ、これからどうなんのかサ」

 管弦は言う。

「目撃者として」と祖父江。「生きちゃ帰さんだろう」

「そんな……」

 新珠は恐れおののくように身震いした。

「孫娘の成長も見たいし、山林の手入れもあるし……」

 話をしている間、何を思ったかいきなり的場は願成寺と管弦を交互に見つめた。

「姉御さん達、ヘヤピンなんぞお持ちで」

「え? あるけど……」

「単純な南京錠でさあ。開けられるかもしんないんでがす」

「髪の毛、ばらけちゃうけどなあ」

 そう言いながら願成寺と管弦はヘアピンを差し出した。

 的場は提供されたヘアピンを器用にねじ曲げ、錠前に突っ込みガチャガチャやり出した。

 数本が無駄になったが――とうとう「カチャリ」と乾いた音が響いた。

「開いたでがす」

 的場は大型の南京錠を手に掲げた。

「ヤッター」喜ぶ管弦。「逃げよ逃げよ」

「待て待て。見えるところにはクソ坊主どもはいないがこの先はどうなっているか分からん。ゆっくり出るぞ」

 そう言いながら祖父江が先頭に立ち部屋を出た。

 注意深く進む五人の一行。物音ひとつしない人気がないな廊下をゆっくりと進んでいくと左側に明かりが漏れている部屋があった。

 その部屋ではなにやらぼそぼそと喋っている声が聞こえる。

 ドアには鍵がかけられていない。

 ケンジはしゃがみそっとドアを開け内部を覗くと、坊主頭の男が小型の液晶画面を見ながら話している後ろ姿があった。

「空になった弾薬倉庫に閉じ込めておりますが、導師様、如何取り計らいましょう」

「墜落したドローンは見られているのだな?」

「はい」

「そうなれば硫酸の海にぶち込むしかない。そこには中型バスがあったな、今晩中に埼玉教会へ運べ」

「かしこまりました」

 僧侶はマイクを握った。

「バスの用意だ。今晩中に奴らを埼玉教会の処刑場へ奴らを送り込むんだ。ゼンジ坊平楽、直ぐ出られるようにエンジンかけとけ」

「わかりましたっ」

 息を潜めて祖父江はそのやり取りを聞いていた。

『処刑場だと? やっぱり……』

 坊主男は祖父江に気がついていない。

「尊師様、手配、終わりました」

「よし、急げ」

「かしこまりました」

 通信を終えた男が立ち上がった。

 祖父江はその瞬間を逃さず、男に襲いかかった。

 強烈な右パンチが男の脇腹を剔る。

 坊主は呻いた『げへるな』

 同時に目にも止まらぬ早業で顔面を殴打! 突然の出来事で坊主の男は為す術無くもんどりうった。さらに祖父江は腹目掛けて強烈な蹴りを見舞った。

 坊主は苦の悶の表情を浮かべ身を縮めるように転がった。

 部屋の隅に数本の錫杖が立てかけられてあるのを見つけ、祖父江はひったくり、錫杖の一本を願成寺に渡した。

「くそ坊主どもがやってきたら、コイツでぶん殴れ」

「分かった。でも何であたしが?」

 祖父江はウィンクした。

「一番腕っぷしがいいからさ」

「なにそれ」

「アイツ、ふんじばったほうが良くネ?」

 うめく男を見やりながら瑠那はケンジに言う。

「ほっとけ。逃げるのが先だ」

 突き当たりに階段がありその先には鉄製の扉がある。ゆっくり開けると目の前に飛び込んできた光景に一同はビックリした。

 ただっ広い空間にかなりの数のドローンがそこに鎮座していたからだ。

 それを囲むように数人の信者が何か作業に取り組んでいる。誰も逃亡者たちに気がついていないようで作業に没頭しているようだ。

 突き当たりから信者が箱を抱えながら出入りしているのが見て取れた。

「よし」

 グズグズしている暇はない。祖父江は決断した。

「彼処まで走るぞ。サヤカ、錫杖振り回せ」

「わかった」

 突如、脅かすように祖父江は甲高い奇声を上げた。同時に錫杖を振り回し走り始めた。祖父江のあとに的場たちが続く。

 突然の出来事に僧侶達は悲鳴を上げ逃げ惑い、ドローンを蹴飛ばし、尻餅をつく。整然とならんでいたドローンがたちまち形を崩していった。

 奇声を上げながらさながら鬼神のように祖父江の錫杖が僧侶達をなぎ倒し突き進む。

「だ……脱走だっ」

 叫ぶ坊主に祖父江の錫杖が当たる。

「コンニャロウ」と叫びながら願成寺も振り回す。

「うわ」

 願成寺の勢いに数人がなぎ倒される。広い体育館に悲鳴が上がる。

「走れ走れッ」

 全員の息があがる。しかし余裕などない。祖父江は声をかけ続け、出入り口にたどり着いた。

 出た先は闇夜が広がる空間だ。外に出られたのだ。

「あっちに車ッ」

 めざとく瑠那が叫び指をさす。そこにはエンジンがかかっている中型バスがあった。

「任せなッ」

 錫杖を放りだし願成寺が誰もいない運転席に飛び込む。

「乗れ乗れィ~~」

 願成寺は叫び、スライドドアから次々と飛び込んでいった。

「皆、捕まれー、それー、いくぞー」

 アクセルを目一杯踏み込んだ願成寺の、あまりの勢いに全員ひっくり返えっりそうになった。

 唖然と見送る僧侶達を尻目にクルマは夜道を転がるように発進した。未舗装の下り坂で車体は激しく上下したが、構うこと無く突き進んでいった。

「ここはどこだ?」

「分かんないよう。なんでもいいから逃げなくっちゃっ」

 祖父江の問いかけに願成寺は必死になってハンドルを握り操作する。

 突然的場が叫んだ。

「てえへんでがすっ。うしろからドローンが追っかけてきやしたぜ」

 後方の窓から二機のドローンがグングンと迫ってきた。銃口が動き中型バスに狙いを定めた。

 天井がガンガンと派手な音が響き、天井を貫いた一発が管弦の足元に跳ね上がった。

「きゃッ!」

「うわっ!」

 願成寺が左右にハンドルを切る。切る度ごとに全員の身体が派手に揺さぶられる。

 二発目……三発目が天井に大穴を開ける。

 突然的場が叫んだ。見ると右腕から迸る血しぶきが――。

「的場っ!」

 咄嗟に管弦が的場に覆い被さった。

「血を……血を止めなきゃ」

 揺れ動く車の中、作業服を裂き止血しようと管弦は焦った。

 一機が背面に迫ってきた。

「伏せてッ!」

 願成寺はハンドルを切りながら叫ぶ。

 同時に発射された弾丸が後部ガラスを突き破りフロントガラスを粉々に砕く。

 猛烈な風が飛び込み吹き荒れ、全員の頭の中に『絶望』が木霊する。

 突如、タイヤがパンクし車体が激しく左右に揺れた。タイヤがちぎれ、ホイールが荒れた大地を激しくこすり始めたかと思うと道路脇の大木にぶつかりようやくバスが止まった。

 全員、一瞬意識が飛ぶ。

 車内にガソリンの匂いが充満する。

「爆発するぞっ! 外へでろッ」

 意識を取り戻した祖父江が頭を振りながら叫んだ。

 願成寺がスライドドアを力いっぱい引いた。

「的場さんッ、しっかりッ」

 扉がスライドし、気を失っている的場を管弦は後ろから押し出し、祖父江が引っ張り出す。

 バスの後方が赤々と火が灯り始めた。

 這々の体で全員が脱出すると、数回バスが爆発し始め燃え上がる炎がバスを包み込む――。

「離れろッ」

 祖父江の叫びにもんどり打ちながら逃げるが――固まった全員の前に、獲物を逃すまいと二機のドローンが立ちふさがった。

 祖父江は目を見開いた。

 ホバリングしているドローンの筒先が微妙に獲物に狙いを定めるべく動き始めた。

『これまでかっ』



 顔面を赤黒く異様に腫らしたヒサシ坊弁撻大僧正が端末を使って尊師と話し込んでいる。

「……逃げられました」

「その顔を見れば分かる」

 尊師と呼ばれた男が端末画面に浮かび上がっている。

「手動ドローンで追いかけております。しかし、如何致しましょう……」

歪んだ顔の僧侶は不安げな表情を浮かべた。

「新政府が樹立し法律を改正すれば問題はない。しかし新政府樹立にはもう少し時間がかかる」

「警察からの捜査が入れば教会の立場も危うくります」

 尊師は力強く言い放った。

「安心しろ。こんなこともあろうかと手をうってある。まず壁に埋め込まれているテンキーとその隣に鉄製の扉があるのがわかるか」

「はい」

「これから暗証番号を教える。暗証番号を打つと壁の扉が自動で開き、そこに黒いボタンがある。お前達には教えていなかったが、それを押せば裏庭に続く秘密の地下道の扉が開く。出たところで待機しろ。近隣教会に手配する――確認だ。暗証番号、復唱しろ。……そうだ」

 そう言われた大僧正は壁に埋め込まれている操作パネルに暗証番号を打ち込むと、扉が開き黒い大型のボタンが出現した。

「これですか」

「そうだ」

 尊師の言葉にヒサシ坊弁撻はなんの躊躇いもなくボタンを押した。――突如、尊師の端末画面が光り、瞬時にして画面が黒くなり――通信が途絶えた。

 尊師は暗転した画面をじっと見つめ、ゆっくりと指を組んだ。そしてブツブツと聞き取れない声で念仏を唱えたのであった。



 獲物を捉えたドローンが、まさに仕留めん、とばかりに銃口を向けた時、突然コントロールを失い地面に落下し始めた。

 一機は林に転がり込込みながら爆発、林の中は火に包まれた。

 祖父江たちには何が起きたのかわからなかった。

「どういうこと?」

 管弦は唖然とした。

「なんでもいいから逃げようっ」

願成寺が的場を背負った。

「的場さん、しっかりっ」

「か……かすり傷でさぁ」

 的場はそう返事を返すのが精一杯だった。



 横須賀南部警察署取調室。

 祖父江と新珠の二人が刑事三人と共に供述調書が取られていた。

「君たちはそのドローンを見たわけだね」

「そうです」と新珠。

「証拠になるような写真とかは無いかな?」

「逃げるのに精一杯だったんだっ」

 刑事の問いかけに祖父江は声を荒げ、続けた。

「信用できないなら早く現場検証しろよ。彼処は間違いなく天地真理革命軍のアジトに違いねえっ」

 祖父江の言葉に刑事は対応を求めるように振り向いた。

 突っ立っている刑事が手を広げるのを認め、振り返ると二人に話し出した。

「君たちが脱出した建物は天地真理革命軍では無い。天誅教横須賀教会だ」

「え」

 祖父江と新珠は予期しない言葉にびっくりした。

「さらに横須賀教会は大爆発を起こした」

 二人は顔を見合わせた。

「今、消防が消火作業を進めている。火災現場はかなり広範囲に及び、周辺の民家にも飛び火している。現状立ち入ることが出来ない状態だ」

「爆発だって?」

 刑事は続けた。

「原因は鎮火のあとになる。いずれにしても君たちの証言は天誅教会が国家転覆を謀ったとの最重要証言だ。しかし先程、テロを起こした一味――いやテロと言う生易しい問題ではない。これは国家転覆を図ったクーデターだ。その一味が新政府樹立をするとの予告が入った。絶対に許すべきものではない。現在、日本政府は麻痺状態だが、未だ法律は有効だ。警察と自衛隊それに駐留米国軍が一体となって、市民の安全を守る」

「なんだかすごい話ですネ。収穫は諦めるかないですネ……」

 新珠乱蔵は大きくため息をついた。


 願成寺と管弦は泥酔者を一時預かりの留置場、通称『トラ箱』にいた。

「的場さん、大丈夫なンかさ」

 警察署から与えられた毛布を頭から被り、ホットコーヒーを飲みながら管弦が呟く。

「右腕を十針ほど縫うほどの重傷、と聞いたけどね、付き添いも出来ないし、その先は分からないよ」

 願成寺が答えた。

「利き腕だろ? 下手すると泥棒稼業は卒業だネ」

「スケロク商事で仕事がある限り泥棒には戻らないんじゃない?」

「そーかなァ。この前のチラシ配りの時『この家は防犯意識がない』とか『ここは入りにくいぞ』とかブツブツ言ってたよ。チラシを撒きながらなんか物色していたんかなあ。でもなんで墜落したんだろ……あれがミサイルだったりしたらあたしらイチコロだったね」

「わかんないけどね、命拾い出来ただけ儲けもんだね」

 サヤカと瑠那が話し合っている時、入口付近で「こちらです……」と、人の声が聞こえ、警官の後ろから男が顔を出した。

「お前ら無事か?」

 声の主は――杉田だった。




 天誅教会と現政府の戦いが始まります。さらに在日米国が独自の動きがあり、物流関係が悪化します。

 さらに日本の国際的立場が危うくなっていきます。

 それを救うべく大規模災害救助隊が動き出します。大規模災害を鎮圧するのが役目ですが、その裏では……。


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