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恐怖の催眠音楽

 爆走天使の奏でる音の秘密をスケロク商事和道の努力で徐々に明らかになっていくが、肝心の野来下茂の行方は掴めてはいない。

 そこで野来下茂の行方を探るべく、杉田が天誅教会に乗り込むのであった、それはしかし天誅教会の恐るべき陰謀を知るよしとなった。

 その一方で宝来警察も殺人犯を追うべく精力的に動き出した。

 宝来警察署とスケロク商事は別々の方向ではあるが、天誅教会の秘密に近づいていくのであった。


 宝来警察署三階会議室。

 横濱電力電纜株式会社設計部上原作之助製造課長とデューク内藤の殺人事件はその手口からして同一犯によるものと見なされ、合同殺人事件として取り扱われることになった。加藤副署長以下刑事四十名が会議室に召集された。

「いずれの殺人事件は当所轄管内で起きた。市民に与える恐怖は計り知れない。迅速な行動で容疑者を特定逮捕し、早期事件の解明と共に市民に安全を確保する」

 加藤副署長は敬礼し全職員はこれに答えた。

「警視庁からも応援が入っている。重伝琴葉警部補だ。そして早速有力情報をもたらせてくれた。重伝君、早速報告してもらいたい」

「了解です」

 そう言いながら立ち上がり捜査資料を手にした。

「詳細はお手元の捜査資料を一読して頂きたいのですが、私たちは図面強奪犯を追っていました。その中で強奪した図面を犯人、音成兵五がこの天誅教会川崎に持ち込んだことが判明しました。しかし強奪した図面を何故天誅教会に持ち込んだのか、は不明です。この図面は世界各国が競っている核融合炉設計図です」

 ほう……と言う声がさんざめいた。

「少なくとも国家機密にもあたる重大な図面が天誅教会に渡ったのです。教会の目的は何か? 持ち込んだ図面をどうするのか? 全く不明ですが全て捜査に関わってきます。それもさることながら天誅教会では役割分担があり、強奪命令を出す聖モーリンと呼ばれる上原作之助と下人音成兵五との関係性が判明しました」

 加藤が口を挟む。

「その聖なんとやらは何かね」

 重伝は答えた。

「ハンドルネームのようにお互いの存在を現しております。図面強奪の命令を出したのが聖モーリン、実行役は下人ガンケル。ただ今回は顔を合わせることでお互いの姓名が分かり犯行に及んだのですが、何か得体の知れない騒動を巻き起こすような雰囲気があります。なんとしても実体の解明が急がれます」

 加藤が重伝に尋ねる。

「強奪を命令した被害者と実行した被害者、何故天誅教会に殺害されたと思うのか」

 加藤に対し、きっぱりと言った。

「口封じ、では無いか、と」

 一呼吸置いた重伝は一同を見回し、続けた。

「今回の事件に関わることになるかと思われる事案に天誅教会にはヒットマンの存在があります。それは音成兵五の口から出ました。相当腕の立つヒットマンのようで音成兵五は怯えていました。共通した荒々しい手口からすると犯人は恐らく同一犯。本件と天誅教会の関連あるのでは無いかと」

「それは射殺専門の人物が天誅教会にはいるというのか」と加藤。

「そうです。捜査線上に本件と天誅教会と接点が浮かび上がれば、これは組織的な犯罪と言ってよい」

 重伝の報告に加藤が言い放った。

「諸君奮励努力せよ。君たち宝来警察の底力で事件を解明だ」

「了解!」

 全員が敬礼し持ち場に散っていった。


 スケロク商事事務所二階倉庫兼会議室。

「そうか……そうだったのか」

 古びた木造の建物に「ブゥオーン、ブゥオーン……」と果てしなく響く音があった。その音の前で和道がディスプレイを見てヘッドフォンのマイクに話しかけている。

 画面には数人の男女が映っている。

「だとおもいますよ」

 中年女性の声がヘッドフォンに響く。

「それにしても不愉快な音だよなあ」

 別の男性が発言し和道が総括する。

「これまでの分析により歌詞に意味は無い事は分かった。極低音とメインボーカル、さらにコーラスが加わることにより人間の脳に直接訴えかけた……これだね」

「さらに……」

 女性が捕捉した。

「聴いた人間の感じ方は人それぞれでそうなると限らないわね。人間の深層に合致した人間だけが催眠状態になる――全員がそうならないのはそう言うわけなんだけど。その中でも自ら呪縛を解いた人間もいると思われるよ」

 和道は言う。

「それまで解明するのは困難だよ。しかし君たちの努力でここまで明らかになった事には感謝する」

「イヤナニ」

 男の声がヘッドフォンに谺した。

「それより、音の解析に誰もが大枚叩いて機材やパーツを買い込んでる。報酬のほう、宜しくな」

 和道は全員に語りかける。

「ああ。上の方から金額は問わないと言われているから、全員遠慮無く請求してほしい。……さて、一応の結論が出たところだし、これで一度チーム和道は解散する。みな、お疲れ様。また何かあれば手伝って貰いたい」

「さようなら」

「あばよ」

「御機嫌よう」

 男女が口々に言うと和道のディスプレイが暗転し、回線が切れた。


 和道がかき集めた人物達と協議している間、一階の事務所ではドアが開かれ願成寺と蔵前、御手洗が帰社した。

「今どき下水道のドブさらいなんてぇ、こんなに酷い仕事なんて思わなかったわぁ。下水の臭い、染みついたらやってられないよぉ」

 帰社するなり鼻を鳴らすように雄馬が不満をぶちまけた。

「手は荒れるし、未来の舞台俳優が台無しだわ」

「まあそう言うなって。結構な実入りだったんだからさあ。楓チャ~ン、はい売り上げだわさ」

 上機嫌でサヤカは売上金を天馬に渡した。

「ご苦労さん」

 杉田が声をかけると杉田に向かい合うように背を向けている一人の男が書類にサインしている姿を見つけた。

「誰?」

 訝しげな願成寺の視線に気がつくと杉田は言った。

「我が社の新入社員だ。紹介しよう。越狩武春こしかりたけはる君だ」

 男は振り返り立ち上がった。

「越狩武春でやんす。以後お見知りおきを」

 男は向かい合うと頭を下げた。若そうに見えるが伊東銀次同様、結構小柄な男だ。

 上から下まで値踏みするようにサヤカはジロジロ見た。越狩は微笑んだまま無言で拝むように両手を合わせた。

「それだけ?」

 次の言葉を待っていたサヤカは不満そうだった。

「もうちょっとなんかさあ、自己紹介ってないの」

 越狩は杉田を見た。杉田はどうぞ、というように手を上げた。

 すると越狩は堰を切ったように喋り始めた。

「森上サーカス団ってご存じでやんすか。日本最大級のサーカス団でやんすよ。そこで玉乗りピエロをやってたんでやんす。大きな球の上でバランスをとりながらお手玉したり縄跳びしたりバク転したり、と、結構ハラハラドキドキの演技をしていたんでやんす。子供達には結構人気があったんでやんすが、ある時練習中にしくじっちまいましてねえ、背中から地面にどっすーんと……。痛いのなんの、右太腿の骨を折るわ、背骨にひびが入るわ、イヤハヤ大変な思いをしたでやんす。それ以後玉乗りがすっかり怖くなってしまいやんしてねえ。そこで思い切って森上サーカス団をやめたんでやんすが、生きていくには嫁せがなならんでやんす。生活保護を受けようと思ったんでやんすが、役所は渋ちんでねえ、『君は未だ若い、いくらでも仕事はある』とかなんとか言われ、けんもほろろでやんして、でも生活は苦しくなるばかりで、そうこうするうちに生活のためとは言いながら置き引きや自転車泥棒なんかに手を染めたんでやんす。そして闇バイトにまで手を出しちまって……」

 杉田がゴホンと咳払いをした。

「あ……話が長くなってすまんでやんす。何たってお前は口から先に生まれたんじゃないのか、と両親から言われたことがあるんでやんすが、まま、そんな話はこっちにおいといて、捕まってムショにぶち込まれたんでやんす。ところがそこの看守さんがえらくよい人でやんして仮出所の時『お前いくとないんだろ、だったらここに行け』と言われましてね、それがここ、スケロク商事さんだったというわけでやんす。これこの通り入社祝い金も頂いて、ここで一からやり直そう、と心に決めたんでやんす。こんなしがないおいらでやんすが、以後お見知りおきを」

 願成寺は長台詞に呆れた顔をしていた。

「よくまあベラベラと。アンタ、落語家になれるんじゃん」

 越狩はぽんと額を叩いた。

「でへへ……そうでやんすか」

 直美は吃驚した顔をした。

「玉乗りピエロってあなただったの? 森上サーカス団には私しもいたんだよ」

 越狩はニヤついた。

「世間は広いようでせまいでやんすな。全然わからんかったでやんすよ。何せ森上サーカス団の人員は三百人はいたそうでやんすから。おらもピエロの格好をしてドーラン塗っていたんでやんすから分からないのも同然でやんす」

 二人のやり取りとは別に杉田は管弦に部屋の鍵を渡した。

「瑠那、的場の隣が空いてる。部屋を案内しろ。越狩君は今日は好きにして良いぞ」

「分かった。武春、こっち来て」

 管弦より年が上の越狩だが、瑠那はため口だ。

「いやーこんな若い美人に案内してもらえるなんて、これからの人生、バラ色でやんす」

 その言い方にカチン、ときた瑠那はシュッと言う音と同時に右袖からナイフを飛び出させた。

「うひゃあ……」

 越狩は腰を抜かし尻餅をついた。管弦はナイフを尻餅をついている越狩の頬にあてた。

「いいか、二階は女子専用だよ。二階会議室以外、彷徨いたら袋だたきになるからな、覚えとけ」

「わ……分かりましたでやんす」

「やれやれ……瑠那ちゃん相変わらずネェ」

 雄馬は二人の後ろ姿を見やりながら嘆いた。

「男に対しては虚勢を張るのはトラウマだ。……それはそれとして茂の所在を早いところ確定しないと次の行動に移せんぞ」

「雫さんの話では川崎の天誅教会にいるんでは?」

 楓の声に杉田は答える。

「本当にそう思うのか、楓」

 杉田は天馬の顔を覗き込んだ。

「あくまでも雫の言葉だけで確証はない。まず、居場所を特定しないと救出も何もない。教会に寝泊まりしているのか、はたまた通っているのか、それとも別の教会にいるのか」

 そう言いながら杉田は掛けてある上着を取り上げた。

「どちらへ?」

 天馬の問いに杉田は答えた。

「天誅教会川崎を探ってくる」

 直美が言う。

「あたしたちは?」

「今日の仕事は終わりだ、好きにしろ」

 サヤカは両手を叩く。

「みなとみらいのスーパー銭湯に行こうっと」

 サヤカが言うと「ボクも連れてってー」と雄馬はせがんだ。

 杉田は出しなに振り返った。

「それと和道君には小型カメラをいくつか用意するように伝えてくれ」

 黒川が言う。

「二階会議室では妙な音が響いていますね」

 杉田は事務所のドアを開けながら言う。

「爆弾天使の音を分析を急がせているんだ」

 楓は杉田の後ろ姿に声をかけた。

「爆弾じゃなくて爆走ですっ」

 聞こえたか聞こえなかったのか定かでは無いが、事務所を出た杉田はスケロク二号車のエンジンをかけた。


 スケロク二号車は国道十五号線を川崎方面に走っていた。多摩川の手前の交差点を右折すると川崎競輪場を横に通称富士見通りを東に進んでいった。

 いくつかの交差点を抜け左折すると住宅街が建ち並んでいる場所の一角にひときわ大きな建物がそびえている。

 それが天誅教会だった。

 出入り口には門など無く出入り自由な駐車場の空間にスケロク二号車を停車させた。

「住宅街の中によくこんな建物を作ったもんだ……」

 杉田はライトバンの車内から教会を見回した。

 住宅街にありながら周囲の住宅には似合わない建物だ。建物の基礎が異様に高くそれも景観を台無しにしている要素だ。茶色く塗られた三角形の教会の屋根には何やらモニュメントが載っているが、何を意味しているのか真意を測りかねる奇妙な造形だ。

 恐らくここに教会を建てる際には周囲から反対の声が上がったのではないか、と杉田は思った。

「さて、取り合えず正攻法でいくか」

 御手洗から借り受けていたトレンチハットに黒縁眼鏡をかけ、鼻の下には付け髭をつけ変装している杉田は呟きながら、天誅教会川崎支部のドアを開けた。

 建てて間もないのだろうか白を基調とした清潔感漂う内装で、とても教会とは思えない作りだ。ドアの正面に受付があり、着座している女性に杉田は偽の名刺を差し出した。

「腹黒探偵社の黒江兵藤様……探偵ですか」

 闖入者に驚いた受付嬢だったが名刺を見やり「お待ちください」と言いながら席を立った。

 その間杉田は教会内部を見回す。

『正面左右には事務室か、磨りガラス戸の向こう側はなんだろう。教会なら礼拝堂か……』

 探っていると事務長なる男が姿を現した。

「事務長の近藤だ。当教会に何のようだ」

 威嚇するような野太い声だ。それに身長も高く恰幅のよい体格をしている。

「とある人物を探して欲しいという依頼を受け調査を進めていたところ、当該者がここにあるとの情報を掴み、確認のため来た」

 近藤は獲物を狙う鷹の目のように杉田を訝しげに見つめ続けた。

「探している人物の名前は?」

 柔和な眼で杉田は言った。

「野来下茂、と言う男だ」

 名前を聞いた近藤は一瞬眼を細めた。

「野来下茂……? 聞いたことがない名前だ」

 杉田は黒縁眼鏡をズリあげた。

「ほう、聞いたことがないと……しかし当社の調査ではここに信者さんとして在籍していると確信している」

 近藤は繰り返した。

「ここには五十名以上の信者がいるがね、聞いたことはない。もしいたとしたらどうするつもりか?」

「会って依頼者からの伝言を伝える」

「依頼者は誰だ」

 これは杉田と近藤の火花を散らすバトルだ。

「守秘義務がありそれは答えられない」

 押し問答、と悟った近藤は言った。

「ちょと待て。名簿を確認する」

 そう言うと近藤は事務室に戻っていった。

 ややあって近藤が姿を現した。

「名簿を確認したがそのような人物はここにはいない」

 素っ気ない言い方だ。

「いない?」

 杉田は疑わしげな目つきで近藤の顔を見た。

「そうだ」

「名簿を拝見したい」

 近藤は強く否定する。

「駄目だ。探偵ごときに見せるわけにはいかん。お引き取り願おうッ」

「本当にいないんだね?」

 近藤は憤慨した。

「くどいっ!」

 変装している杉田はトレンチハットを目深に被り直した。

「分かった。だがもしいたらその時は覚えておくんだな……」

 そう言うと杉田は踵を返した。

『なんて言い草だ』

 近藤は苦々しく思った。

 「塩、撒いとけっ」

 腹立たしそうに受付に言うと近藤は事務所の一角に設けられている事務長専用の部屋に入った。二畳ほどの狭い部屋には机と椅子、タブレット端末がおいてあるだけの質素な部屋だ。

 近藤は入るなりドアの鍵をかけ、端末に電源を入れた。端末には青いフードを目深に被った男が浮かび上がった。

「お忙しいところ申し訳ありません、尊師様」

 尊師と言われた青いフードの男が言う。

「どうした聖セバスチャ」

「いまさっき探偵と名乗る男が下僕シーゲルと面会したいとやってきました」

「それで?」

「そんな男はいない、と突っぱねますと直ぐに出ていきました」

「ふむ」

 考え込んだのか、少しの間が空いたあと尊師と呼ばれた青フードの男は答えた。

「聖ワドムからの報告によると警察による極秘捜査が始まったようだ」

 近藤は驚いた顔をした。

「なんですとっ」

「詳細はこれからの報告による。もしかするとその探偵とやらは公安かもしれない……至急対策を練るが十分注意しろ。ことがしれたら計画は全て台無しだ。分かる限りその探偵を調べろ。何かあれば直ぐに呼べ」

「はっ」


 杉田が帰社すると机の上に掌サイズの四角い小型カメラが数台置いてあった。

「もうできたのか」

「これぐらいなら朝飯前だよ」

 和道は鼻高々で自慢げだ。しかし杉田は不満げな顔をした。

「未だ大きい。もっと小さく」

 杉田の言葉に和道は反論する。

「しかしだね、レンズと映像、集音器、メモリ、電波発信システムを考えるとこれが限界だよ、社長」

 和道の言葉に杉田は無情にも首を横に振る。

「音はいらん、映像が分かれば良い。バッテリーもボタン電池なんかで一日かそこら持てば良いんだ。そうだな……ちょっと大きめなサイコロのような感じだな」

「やれやれ作り直しか……しかし金かかるぞ、社長」

 杉田はにやりとする。

「君なら出来る。この前も言ったとおりこの件に関しては金に糸目はつけないぜ」

 黒川が口を挟んだ。

「これは茂救出作戦に使うつもりでしょうか」

「聞いているだけで悟ったのはさすが黒川君だな」

「教会の方はなにか収穫あったかね?」と和道。

「思った通り野来下茂はいない、とさ。当然そう言うに決まっていると予想していたから直ぐに引き返してきたんだ」

「社長にしちゃあ、あっさりジャン」と管弦が言う。

「何か策でもあるのでしょうか」と黒川。

「まあな。超小型映像発信器は最低でも五個は作って欲しい。和道君のカメラが整い次第、作戦会議を行う」

 和道は肩をすくめた。

「音の解析とカメラの作成かね、まあ、何かと忙しいことだな」

「そうそう解析状況はどうだ」

「それなんだがね……ちょっと二階会議室に来てくれるかね、社長」

 言われるまま杉田は会議室に入った。一角に大小様々なマシンが所狭しと並べられている。

「いつの間に?」

「音の解析には必要なマシンばかりだよ。……さてどこから説明しようか」

「と言うことは何か分かったのかい?」

 期待した杉田の目が輝く。

「そうだな、まずこれを聴いて貰おうか」

 キーボードを忙しなく叩くとスピーカーから低い音が流れた。抑揚もなく一定した音だ。

「これは極低音を奏でるキーボードの音を昇圧して可聴化したものだよ」

「フン、それで?」

「ここにメインボーカルの音程を重ねる。歌詞には意味が無いことが分かっているのでそれは除去している」

 音色が変化した。

「ほうほう」

「重ねた音響にコーラスと二台のキーボード、パーカッション、ドラムその他の音程を積み上げると……」

「ん?」

「どうだね、社長」

 杉田は腕を組むと心象がぞわぞわしてきた。

「何か人の声のようが微かに響いているが……? なんだか分からん」

 和道は答える。

「そう。まずこれがオープニングに使われている曲『天使の激走』だ。二曲目と三曲目にはこの様な音の要素はない。重要なのは四曲目『マンゴー大爆発』。同じように音源を重ねてみる」

 その音を聞いた杉田は「何か頭がクラクラしてきた」と言った。

 和道はにんまりとした。

「そうだろ? この音、これこそが人間の脳に訴えている。ま、余り聞き続けるとそれこそ相手の術中にはまってしまうので、次からは言葉で説明するがね、爆走天使の連中は徐々に人間の脳波に催眠作用のサウンドを送り出しているのが分かったのだよ、社長」

 杉田は和道に尋ねる。

「それでどうなるんだ」

 和道は得意げだ。

「これらの音が総合的に人間のシータ波に語りかけ催眠作用を施すことが判明したんだよ社長。さらに驚いたことがある。いまから最終音源に切り替える。何か聞こえるかな」

 スピーカーから何かぶつぶつと音がする。

「何も分からんが……」

「では音量を上げることにするか」

 和道は徐々に音量を上げていった。最初は理解できない音だったが、最終的にはっきりと言葉となっていった……。

「どうだね、社長」

 自信満々の和道だ。

「……聞こえる……聞こえるぞ……迷える子羊たちよ、我が御手に集え……教会に来るがよい……さすれば……」

 危うい顔をする杉田に和道は笑いながら音源を切った。

「社長も術中にハマったようだね。つまり催眠作用を施され深層心理を揺すぶられた瑠那はその命令に従い、天誅教会に向かった、と推察するが、どうだね、社長」

 和道の言葉にはっとし正気を取り戻した杉田は言った。

「凄いぞ、和道。よくそこまで分かったな」

 興奮した杉田は珍しく和道を褒めた。

「だが一人で分析するのはとてもじゃないが出来なかった。そこでチーム和道として腕利きを頼んだのだよ」

「チーム和道?」

「そうだよ、大学関係者や音楽関連の腕利きをダークサイトからかき集めた混合チームだ」

 和道の言葉に杉田は和からにと言いたげに首を振った。

「……混合チーム? どういう事かな。まさかボランティアを集めたとか?」

 和道はにっこりと微笑む。

「そんな訳無いだろう、社長。混合チームでようやく分かった次第だよ」

「金がかかるのか?」

 杉田に和道はウィンクした。

「金に糸目はつけないんだろう? 社長」


 後日途方もない金額が請求され杉田は頭を抱えることになるが、彼はそれを知るよしもなかった。


 数日後の宝来警察。

 数十枚の写真が収められたアルバムを重伝と神崎、池内が交互に見ていた。

「上手い具合に教会の向かい側に空きビルがあって川崎港湾署で借り受けたそうです」

 神崎が報告する。

「色々な人物が頻繁に出入りしていることが分かりますね。これら信者ですかね」

 天誅教会の向かいの空きビルの一室で川崎港湾署の刑事達が出入りする人間の写真を日夜丹念に撮っていた。その写真が宝来警察にも届けられていたのだった。

 一枚一枚を確認するかのようにゆっくりと捲っていた重伝だがアルバムから一枚の写真を取り出し、写し出されている男の横顔をじっと見つめた。右下には日付と時刻が印刷されている。

「何か知った人物でも写っておりますか」

 神崎は重伝を見つめた。

「……確かこの男……どこかで……」

 そう言いながら重伝は何かを思い出すかのように腕を組んだ。

「重要参考人、発見ですか」と池内は色めき立った。

「その線は未だ薄いけどね、確認したいことがある人物だ。この男、変装しているね」

「何故そう思いますか」

「この写真と見比べてご覧。髭の位置が微妙に違うと思わない?」

 神崎は見比べる。

「ホントですね。目の付け所が違います。流石エー……」

 言い替えて神崎は口をつぐむ。

「どうにかして変装とること出来ないかなあ」

 重伝は呟き両手を頭に乗せた。少し間をおいて神崎が言う。

「宝来警察鑑識課にデジタルにやたら詳しい遠藤というものがおりますよ。連絡取ってみましょう」

 鑑識課の遠藤はデジタル画像の加工編集に詳しい。

「遠藤さん、この男の髭、消すこと出来ないかな」

 男の写真を見せるとニヤついた。

「かたぐるしい言い方は止めてエンちゃんでいいですよ。この男の髭を消す? お安いご用だぁ」

 遠藤は写真をスキャナーで取り込み、映し出された画面から男の髭をあっさりと消した。

 重伝は目を見張る。

「たいした技術ね。眼鏡取れる?」

「朝飯前だぁ。ついでに帽子も取ってみよっかぁ。――これを頭部の3D画像に当てはめてみましょうかね……どうだあ、これで男の頭部画像の出来上がりッてぇもんだぁ」

 編集された男の顔を見た重伝は確信した。

「やっぱりこの男……」

「やはり重要参考人でしょうか」

 池内は重伝の顔を覗き込む。

「いや、そうとも言えない」

 重伝は腕組みしながら3D画像――杉田の顔を見つめ続けた。

『スケロク商事の社長? なんでまた……』

 遠藤が考え込んでいる重伝に声をかける。

「どうするかぁ、この画像保存すっかねぇ」

「イヤその必要は無い。消してください」

「了解でさぁ」

 遠藤は画像を消した。

『楓も何か知っているはずだ……』

 神崎は時計を見た。

「警部補、そろそろ会議の時間です」

 重伝は現実に引き戻されたかのようにはっとなった。

「そうか、ではいこう」


 午後八時。天馬のマンション。

 不自由ながらも天馬はフライパンと格闘していた。「ただいま~」という声と共に重伝が帰宅した。

「遅かったねえ」

 天馬の声かけに重伝は答える。

「何たって事件の解明に時間がかかってるんでね。ああ……良い香り……」

 重伝は鼻をひくつかせた。

「アンタの好きな青椒肉絲よ」

「そりゃあいい」

 そう言いながら琴葉は冷蔵庫開けた。

「お、ビール冷えてるじゃん」

 重伝は断りもせず勝手に冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出し口を開けた。

「ひや~うめ~」

「ちょっと……勝手に開けないで。風呂沸かしてあるから先に風呂入ってよ。食事の支度未だかかるんだから」

「すまねえなあ、なにからなにまで。明後日公休日だから、調理に洗濯風呂洗いに布団干し、任せて」

 にこやかに話した琴葉だったが、急に真面目な顔をした。

「とある場所で変装したアンタの社長を見つけたわ」

「とある場所?」

 思いがけない重伝の言葉に天馬はコンロの火を止めた。

「捜査関係上言えないけどね……。楓、正直に答えてくれない? アンタの社長は何を探っているのさ?」

 天馬は惚けるように言った。

「探っているって、何のことかしら」

「とぼけるなっ」

 強い口調の重伝は捜査官の顔をしていた。

「同僚と一緒にスケロク商事に袖口にナイフを忍ばせていたやさぐれ女子に事情を聞きに行ったことがあった。あの時は体よくはぐらかされたけどね。アンタの社長にも対面したから覚えてるんだ。数日前の午後二時頃アンタの社長を見つけた捜査員が証拠として写真を撮った。変装しているところを見ると、かなり怪しい。何を企んでる? 正直に答えろ、楓。答えによっては……」

「答えによってはッてなによ?」

 重伝は疑問に満ちた面持ちだ。

「直ぐにここを出て告発する……友情もこれっきりだよっ!」

 それを聞いた天馬は目を瞑りふっとため息をついた。

「まるで尋問ね」

 重伝は持っていた缶ビールをぐいっとあおり、袖口で口を拭った。

「どうしてもこんな口調になるのは職業病だね。それより楓、そこに行った理由を話してくれよ」

 重伝は冷ややかな目つきでじっと天馬の答えを待った。

 楓は琴葉の尋問に興奮を抑えるように少し間をおき、ゆっくりと話し出した。

「ウチの会社にお兄様を連れ戻して欲しいと奇妙な依頼が入ってね。それでウチの社長が現場を調査に行ったというわけ。それが琴葉となんの関係が?」

「捜査上それは言えない」

 重伝はきっぱりと言ったが天馬はすでに分かっていた。

「じゃ今度は私から尋問ね、琴葉。とある場所って……川崎の天誅教会でしょ? 社長と天誅教会がグルになって何か共謀してるって思ってるんでしょ。残念だけどそれは違うわ」

 天馬の言葉に重伝は残りをぐっとあおり柔和な顔をした。

「は~、やっぱ、旨めえなあ。ちょっくら風呂に入るわ」


 天誅教会川崎支部歩道脇のマンホール前。

「場所からするとここでげすな」

 作業服に身を包んでいる的場はマンホール見つめた。

「手早くな」

 同じく作業服に身を固めた和道が促す。

「武ちゃんこれ」

 手鉤を越狩に渡すと二人でマンホールを持ち上げた。

 そこには本管から枝分かれした水道管が走っている……。


 近藤は投函されたチラシを暫く眺めていたが興味なく丸めるとゴミ箱に放り込んだ。

「事務長」

 女性が事務室に入り込んできた。

「女子トイレの水がでないんです」

「なんだと」

 男の事務員も顔を出した。

「男子トイレも水が出ないんですが」

「どう言うことだ」

 近藤は憤然とした。男子トイレに赴き流そうとレバーを捻ったが肝心の水がチョロチョロ出るだけだった。

「なんて事だ。断水か? 困るぞ全く。今夜は声明しょうみょうがある。鈴木、至急水道局に連絡を取れ。それとメンテナンス会社にも連絡をいれろっ」

「はい」

 女子事務員の鈴木は連絡を入れたが、急な事でもあり直ぐには迎えない、と言う返事だった。メンテナンス会社は最短でも明日、ということだった。

 男子事務員も施工業者に連絡を入れたがたらい回しにされ、埒が開かないようだ。

『マズいぞ……』

 焦った近藤はふと思い出しゴミ箱を漁り始めた。

『あった……』

 近藤は丸めたチラシを広げ、そこに書かれていた電話番号に電話を入れた。

 直ぐに男が対応した。

「チラシを見て電話したんだが急に水が流れなくなってな」

 男が尋ねる。

「場所はどちらで? ああ……その場所なら近くで作業をしている者がいますので、終わり次第向かわせますよ。……そうですね、三十分後には訪問できると思います」

「そうか、早くしてくれ」

 男の声に安堵したかのように近藤は電話を切った。

 受話器を置いた男――杉田の口元がにやっと笑った。

「ここまでは作戦通りだ」


 事務長室のインカムが鳴った。

「スケロク商事と言う方々が来ておりますが」

「分かった直ぐ行く」

 時計を見ると電話してから五分と経っていなかった。

『随分早いな……』

 疑問に思ったが事は急を要する。

 玄関には作業服を着た三名の男がいる。和道と的場、越狩だ。

「トイレが詰まったとかで伺いましたが現場は何処でしょうか?」

「こっちだ」

 近藤は三人を案内した。

 ごそごそと越狩は女子トイレを探った。

「何か詰まっているようでやんすかねえ。調べるには配管全体を調べないとならないとならないでやんす。図面をお借りできますでやんすか」

「ここには無い」

「図面がないと配管とか建物全部調査しないとなりませんぜ」

 的場が追い打ちをかけた。

「鈴木、教会を案内しろ」

 近藤は鈴木に声をかけた。

「はい」

 三十近くの女性が答える。

「建物全体の水の流れが悪くなっていて困ってます」

 鈴木は困った顔をしている。

「とりあえず上下水道を調べたいんでがす、床下とか入れる場所ありやすか」

 的場の問いかけに鈴木は建屋裏を案内した。

『なんだ? 基礎が異常に高いぞ。社長が言ってたのはこれかいな』

 三人は思った。

「ここから建物の下に入ることが出来ます」

 鈴木は持っていた鍵束を弄ると点検口にもうけられていた南京錠の鍵を開けた。

 開けられた点検口から中に入ると人間が立っているような高さだ。

 的場と越狩は配管を探している振りをしているが、その目は辺りを覗っている。

「どこにつけようか」

 薄暗い中、上から光の漏れている場所がある。

「あそこにレンズを向けよう」

 位置関係を調べサイコロ発信器を配管に貼り付けた。

 越狩は腰道具からスパナを取り出し、調べるようにわざと配管を叩く。カンカンと響く音に鈴木は驚く。

「何してます?」

 鈴木は顔を出す。

「イヤー、叩いた音で判断するんでやんす。何か詰まっているようでやんすな」

 和道が小声で言う。

「早くしよう。水道局が来てばれたら困る。時間との勝負だよ」

 潜っていた三人は這い出ると次に教会内部に手をつけ始めた。

「ここが事務所です」

「この先は?」

「礼拝堂です」

「中を拝見するんでやんす」

 すると事務所の近藤が怒鳴った。

「ここは信者の集まる聖なる場所だ。入るなッ」

 近藤の怒鳴り声は尋常ではない。見られたら困ると言いたげだ。

「点検口を開けて中を調べたいでがす」

「天井に水道管があるわけ無いだろうッ」

 近藤はさらに声を荒げた。

 二人のやり取りの間に越狩は素早く発信器を柱に貼り付ける。

「こちらは?」

「そこは男子トイレ、向かいは女子トイレです」

 鈴木のあとに近藤がついて回った。

 両方ともチョロチョロしか水が流れない。

「流れないでやんす」

 近藤はイラついた。

「さっきから言っているんだろが。大丈夫かお前らッ」

 近藤はイライラしっぱなしだ。

「事務長、本部からお電話です」

 事務員の男から声がかかると三人を睨みながら事務所に戻った。

「すっかり怒らせてしまったんでやんすな」

「しょぼくれても仕方ない。早くしないと水道局が来るぞ」

 和道は腕時計を見た。

「何か何処かで詰まっているようでやんす。兎に角吸いださんとならないでやんす」

「バキュームをとってくるぜえ」

 的場はそう言いながら教会の外へ出ると、水道管のマンホールを開け閉じていた水道管の弁を開けた。

 そう。的場は水道管の弁に細工していたのだった。

 バキュームを車から降ろしている最中に水道局の車が近づいてくるのを的場は認めた。

『間に合ったぜぇ』

 バキュームを転がしながら的場は言う。

「またせたなあ」

「ここはおいら一人に任せて貰いたいんでやんす」

 女子トイレの扉を閉めた越狩は便座に腰を下ろし、さも作業をしている風を装う。バキュームに電源を入れると騒々しい音が谺する。

「だれだぁこんなもん流したの」

 そう大声を上げガンガンと配管を叩く音が谺する。

 越狩はバキュームを操作している風を装い、便座に腰掛けるとポケットからタバコを取り出し優雅に吹かし始めた。

「いやーてえへんでやんす」

 音を聞いている鈴木は気が気では無い。

「女子トイレここだけなんですから壊さないでくださいっ」

 金切り声を上げる鈴木に的場は冷静に言う。

「彼はベテランでがす」

 タバコを吹かし終わり便座に捨てるとバキュームを振り回し煙を吸い上げ終わると電源を切った。

 あれほど騒々しかった音が瞬時に消え同時にレバーを操作し吸い殻を流した。

「終わりましたでやんす」

 越狩は女子トイレから出てきた。

「確認してください」と和道が鈴木を促した。

「あらホント、直ったわ。事務長直りました」

 鈴木の言葉に近藤は顔を出し、流れるのを見た。

「他はどうだ」

「流れてました。蛇口からも水が出てます」

 近藤は報告を聞いて少し安堵したが疑問も感じていた。

『しかしこいつら、信用できるのか?』

「作業は終わりましたので、お支払いのほう、お願いします」

 そう言いながら和道は見積書と請求書を印刷し近藤に差し出した。

「一万円?」

「それで――」

 請求書を見て金庫から現金を出すよう鈴木に命令する。

「弊社のことを何処で知りました?」

 和道が近藤に聞くとくしゃくしゃに丸められていたチラシを見せた。

 和道は言う。

「このチラシですか。でしたら料金は十パーセント引、九千円にします」

 近藤は呆れた顔をした。

「丸めたんだが、良いのか」

「値引きしたんでこれがないと本社に申し訳が立ちません。それとこれからもどうぞご贔屓に」

 和道はにっこり笑って領収書を切った。

『何がご贔屓に、だ。調子のいい奴らめ。まあ間に合ったからヨシとするか』

 三人が出るのと同時に水道局の局員が顔を出した。

「ああ、すまんな、もう直ったよ」

 次に近藤は三々五々集会所に集まり始めたのを確認すると、準備を始めるよう慌ただしく部下に指示を出した。

 和道達が教会を出るのと同時に願成寺が運転する大型トラックが教会に近づいてきた。そして路肩にエンジンをかけたまま停車する。

 荷室では杉田がモニターを見ている。

「何か映ってる?」

 スピーカーから聞こえたサヤカの声に杉田はマイクを握って答えた。

「ああ、バッチリだ。これで茂の所在が分かる」

 各所に設置したサイコロ型カメラが退屈そうな映像を液晶画面に映し出している。

 杉田はマイクを掴む。

「サヤカ、長くなりそうだぜ」

 サヤカは不満そうに鼻を鳴らした。

「腹減るなァ」

「文句言うなよ。帰ったら奢るぜ」


 午後七時。

 いままで変化のなかった退屈な映像に変化があった。設置した超小型カメラに人間の姿が多数映り込まれたからだ。

『ここに茂の姿があればいいんだが……』

 しかしそれは杉田が思っていた以上の光景が映っていた。

『教会だが法衣を纏った坊主がいる? 西洋と東洋の融合? なんだこの光景は……』

 杉田は録画し成り行きを見守っていたが尋常ではない映像が写し出された。

『そんな馬鹿な……』

 映像を見ている杉田は驚いた。


 午後九時半。トラックがスケロク商事の駐車場に到着した。

 杉田の願成寺の帰りを全員が事務所で待っていた。

「なんだ、お前たち。明日の仕事に支障を来すぞ。早く戻れよ」

 杉田の命令に背くように直美は言う。

「皆、社長の帰りを待ってたんですよ」

「そうだよ、なんか分かったのかって相談していたんだヨ」

「何か分かりました?」

「情報は共有したいと思っているのだよ、社長」

 口々に言い合い、杉田とサヤカの帰りを待ちわびていたのであった。

 杉田は驚いた。

「楓もいるのか」

 杉田の問いかけに楓はにっこりした。

「居候、今晩は帰れないって連絡がありましたから」

 杉田は全員を見回した。

「よし分かった、皆二階に集まれ」

 倉庫兼会議室には六十インチ以上の画面が置いてある。会議用だがもちろん中古である。

 大きい画面に映し出された画質は必要最低限の映像しか撮されていないので荒いが、判別できないことはない。的場達が教会の大広間に設置したカメラには大勢の白装束に身を固めた信者の後ろ姿とか色々な映像が写し出され、その後ろには普段着姿の男女が続いている。

「社長は、天誅教会に行ったんじゃ無いのぉ?」

 雄馬が疑問を口にする。

「ああそうだ、天誅教会に行ったんだ」

「でも教会って、仏教なのぉ?」

 杉田は断じた。

「教会とは名ばかりだ。牧師の代わりに袈裟を着た僧侶ってあり得ん。どう見ても白装束の人間は密教徒の格好をしている。これで信者とは笑わせるぜ。神を冒涜したいかさま集団だ」

「これ、見覚えあるヨ」

 見ていた瑠那が呟いた。

 大広間に全員が正座をしたかと思うと白装束達が一斉に錫杖を上下させている。これから始まる儀式の象徴だ。

 倉庫兼会議室ではみながその映像を見守っていた。

「人が浮いた?」

「ええっ?」

「そんな」

 女子連中は口に手を当て、男共は唖然と口を開けた。

 そして着座した瞬間僧侶が消えた。

 サヤカは素っ頓狂な声をあげた。

「これってなんなのよ?」

 見ていた管弦は突然ガタガタと震えだし両手で頭を抱え蹲った。冷や汗が流れる。

 フラッシュバックだ。

「どうした瑠那ッ」

 突然の変化にケンジが心配するかのように声をかけた。

「ア、アタシ、これ見た光景だ……鉦や太鼓で念仏をとく光景を……奇跡が起こったあと、周りを囲んでいた坊主どもの目が光りだし……ああッ」

 突然、瑠那は椅子から転げ落ちた。わっと全員が取り囲む。

「肝心な時にドクターがいないなんてッ。ボス、何とかしてくれ」

 しかし映像を見ていた越狩一人だけは冷静だった。

「奇跡でも何でもないでやんすよ」

 当たり前かのような越狩の言動に瑠那を取り囲んでいた一同は吃驚した。

「奇跡でねってどった事だが?」

 銀次が越狩の顔を見る。

「サーカスにいた時、奇術師がやってやんした。つまり、火を噴いたり動物を操ったりブランコで妙技を披露したり玉乗りピエロだけじゃあ、観客も吃驚しなくなるんでやんす。そこで奇術師が目先を変えるんでやんす。宙に浮いたりすれば観客もさらに吃驚するんで、次のショーに続くんでやんす。極細の鋼鉄糸を腰につけ、宙に浮くように見せるための奇術でやんす」

「消えたのはどうして?」

 瑠那を介抱している直美の問いかけに越狩は困った顔した。

「それはわからんでやんす」

「その答は次の映像だ」と杉田はきっぱりと言った。

 舞台での映像が切り替わり、次には突然、褌姿の男が落ちてきた映像が映し出された。滑稽な姿の僧侶は急ぐように右端に消えた。

 越狩はぽんと手を打った。

「分かったでやんす。直ぐ脱げる法衣を羽織っていたんでやんすよ。ストンと落ちて褌一丁で消えた、と言うことでやんす」

「そうでげすか、基礎が高いのはそのせいかあ」

 信念に満ちた越狩の言葉に妙に納得する的場達だった。

 杉田が繋げる。

「ここで分かることは信者を集めると言うことだ。天誅教会としてはなんとしても信者を集めないとならない」

「どういう意味でしょうか」

 黒川の問いに杉田は確信する。

「催眠にかけられ騙された善良な男女がこの教会に集まらされ、さらに正常な判断を狂わせるために詠唱を聞かせた。トランス状態なった俄信者をここで信者と確定させる。これは天誅教会の策略だ。信者を増やすことが目的なのだ」

「信者を増やす理由はなんでしょうか」

 楓は杉田に問いかけた。

「新興宗教だから早くに信者を集めよう躍起になっているとしか思えない。しかし理由はどうでもいい。こんなインチキ宗教を暴くのが目的じゃないんだぜ。こっちは茂を探すのが目的だ」

 それらを全て理解したケンジは憤慨した。

「畜生。奇跡を起こしたように見せかけるなんて卑怯なやり方だぜ。瑠那はまんまとはまっちまったんだ。可哀想だぜ、瑠那」

「うう……」直美に介抱されていた瑠那が目を開けた。

「気がついたか、瑠那」

 ケンジが瑠那に声をかける。

「茂、どご?」

「映像では野来下茂を確認できなかった。ひょっとするとこの教会にはいないのかもしれない。今回の収穫はここには茂はいないと言うことだよな」

 杉田は困ったように両手を挙げ柱時計を見た。

「二十三時だ。あしたに障るからみんな自室に戻れ」

「瑠那ちゃん、立てる?」

「う、うん……」

 直美に抱きかかえられた瑠那が答えた。

 杉田の言葉に三々五々部屋に戻っていったが、興奮状態では寝られるはずもなかった。


 マスコミ各社は爆走天使を競うように書き立てている。その中でも「週刊多瀧売」はデューク内藤の殺人事件と爆走天使を絡めたスキャンダラスな記事を書き続けている。

 記事を打ち込むキーボードの音やレイアウトを編集している編集者が無言で作業している傍らで、コーヒーを飲みながら部屋の隅で談笑している数人の男女がいて混沌とした事務所だ。紙の媒体が廃れている中でも事務所は雑然とした雰囲気が漂っている。

 ざわめいた社内の中一人の男が編集長に呼び止められた。

「おう、佐々木。その後爆走天使の連中の動きが分かったか」

 編集長に呼び止められた佐々木は、降参と言いたげに両手を挙げた。

「てっきりハワイで遊んでいると思っていたんですがね、どうやらハワイから何処かに移動したようです。――行き先ですか? 現地の旅行会社なんかに打診していますが、未だ何処に行ったか見当も付いてませんや」

「人気絶頂の最中に突然の解散劇だ。いくら音楽の方向性の違いとはいえ、唐突すぎだ。さらにデューク内藤が殺害された原因も未だに警察でも掴めていないようだしな、身の危険の感じてハワイに逃げたとしか考えられんがな。なんとも謎が多いグループだぜ、なあ佐々木」

「警察からの報道はないんですかい」

「ああ、別働隊を張り付かせているが、発表はない。何か掴んでいても公表できないのか、それとも掴められない能なし警察か」

 佐々木はにやりとした。

「能なしってぇのは酷い言い方ですぜ」

「俺は昔から口が悪いのは知ってんだろ」

 その編集長の言葉に佐々木は言う。

「それとは別に国立帝都大学の音響准教授、友寄金子女史からネタを仕入れてきましたぜ。友寄金子准教授が言うには爆走天使の作曲にカラクリがありそうだ、っていうんですよ」

「ほう、それは何よりだ」

「これから面白おかしく仕立てますんで、待っててくだせえ」

「分かった期待するぞ」


 十日後。

『精神を破壊するコード進行の戦慄! 爆走天使の大いなる謎が今』と見出しがつけられた「週刊田滝瓜」が発売された。

 記事にしたのは佐々木だ。たわいない内容で推論しか書かれていないが、予想外に週刊誌は、売れた。

 和道もその記事を読んでいた。仕事の割り振りが終わり一段落しているところで和道が内容を説明した。

「ふん、同じ事を考えてる人間がいるんだな」

 杉田はふんぞり返った。ギシギシと椅子が悲鳴を上げる。

「この准教授はコード進行に目をつけたが、間違ってるな。だがそのうちこの准教授も音源そのものに気がつくのも時間の問題だろうぜ」

 和道が言う。

「私の解析した構造について週刊誌にたれ込もうかね。我が社の売り上げになるぞ、社長」

 ニヒヒと笑う和道に杉田は言う。

「止めとけ」

 ふんぞり返った杉田は両手を頭に当てる。

「ナンデだね?」

「スケロク商事共同出資者に危ない目に遭わせたくないからな」

 意外な杉田の言葉に和道は驚く。

「どういう意味かね、社長」

「あくまでも俺らの仕事は行方不明の茂を探し、妹さんに帰すことだ。音の分析が目的ではない。まあ、今に分かるさ」

 杉田の言葉に理解できないと多いたげな和道だった。



 印刷された記事を見た青いフードの男は用紙を床にたたきつけ足で踏みにじった。

 黄色いフードの女が宥める。

「この記事の女は我々が心血注いで開発した催眠音楽の秘密を解き明かそうとしている。危険人物だ。どんなことでも危険因子は徹底的に排除する」

「分かりました。下僕シーゲルに始末させます」

 青いフードの男は怒りを隠し切れない。

「記事を真に受けるヤツもいるかもしれん。信者は大分集まった。信者集めは一時中止だ。全国の教会に通達を出す。次の計画、資金集めの宝石強奪計画は進んでいるのか」

 緑のフードの男が言う。

「近々計画を行う」

「早くしろ。人員の次は資金だ」


 国立帝都大学情報音楽科の友寄金子准教授は自宅マンションに向かって歩いていた。

 音響関係を追求する余り五十を過ぎても結婚するという意識はなかった。それほど音の探究心に溢れていたのである。

 角を曲がった時、車のブレーキ音が友寄の耳に入った。

「友寄金子だな」

 不意に後ろから声をかけられた友寄は振り向いた。

 そこには赤いフードと同色のジャケットを着込んだ男を認めた。

「誰、あなた?」

「天誅」

 そう呟いた男は懐から拳銃をり出し、続けざまに三発の銃弾を浴びせた。

 衝撃でもんどり打った友寄金子は植栽の中に身体ごと突っ込んだ。額から流れ出る夥しい血が白いブラウスを真っ赤に染まる……。

 確かめることもなく赤いフードの男は黒い車の助手席に転がり込むと、勢いよく車が走り去った。


午前六時杉田の自室。

 ベッドで横になりながら画面を見ている杉田の目にはニュースが映っている。人工知能のアナウンサーが感情もなく話している。

「昨夜午後九時頃埼玉県川口市宮部の路上で国立帝都大学情報音楽科友寄金子准教授の射殺体が発見されました……」

 杉田は呟いた。

「やっぱりそうなったか」


第五話 天誅教その2 完 その3に続く


 催眠音楽手法が明らかになるにつれ教会は次なる手を打とうとしている。天誅教会は何を狙っているのか。催眠をかけられ信者に仕立てられた男女はどうなるのか。

 教会とヒットマンの関係が疑われる中、警察では宝来警察を主として躍起となってその正体を探ろうとする捜査活動が続けられる。

 杉田はあくまでも野来下茂の捜索に躍起となっている。そして杉田は次なる手を打とうとしている。しかしそれはひとつ間違えればスケロク商事の社員に犠牲を強いる可能性を秘めている恐ろしい手立てだった。

 果たして雫の元に茂を帰す事が出来るのか。

 さらに政府を巻き込んで行く一大事件に発展するのであった。

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