クラスメイトの氷の女王が、猫耳メイド喫茶でバイトしている現場に遭遇してしまった!?
「なあなあ、これからみんなでカラオケでも行こーぜ」
「「「いいねー!」」」
とある放課後。
今日も陽キャの坪井が、同じく陽キャの連中をカラオケに誘っている。
まったく、なんで陽キャはこんなにカラオケが好きなのだろうか?
人前で歌うのが苦手な俺には、正気の沙汰とは思えない。
カラオケに行くくらいなら、家でVTuberのカラオケ配信でも観ているほうがよほど有意義だ。
「ねえ、音霧さんも一緒に行こーよ」
――!
坪井が音霧さんのことも誘いやがった。
だが――。
「ごめんなさい、私これから、用事あるから」
「――! そ、そっか」
フッ、ほらな。
やっぱり断られた。
音霧さんは男女ともに魅了する、絶世の美貌を誇っていながらも、誰に対しても常に冷たい態度しか取らないことから、『氷の女王』と呼ばれている孤高の存在。
お前みたいなチャラい男の誘いになんて、乗るわけがないだろう。
さて、と、こうしちゃいられない。
俺も今日は、大事な用事があるんだ。
鞄を手にした俺は、鼻歌交じりに教室を後にした。
「よし」
自転車でわざわざ隣町までやって来た俺は、とあるファンシーな店の前で自転車を停めた。
この店こそが、俺の目的地である、猫耳メイド喫茶の『ニャッポリート』。
俺はニャッポリートの常連なのである。
軽く一つ深呼吸してから店の扉を開けると、そこには今日もフワフワモコモコの、夢の世界が広がっていた。
「おかえりにゃさいませご主人たま! お待ちしておりましたにゃ!」
そんな俺のことを、店長であるモカちゃんが出迎えてくれた。
モカちゃんは小学校高学年くらいにしか見えないが、れっきとした大人である。
つまりは合法ロリ!!
フリフリのメイド服と、モフモフの猫耳が実に愛らしい。
合法ロリの猫耳メイドに出迎えてもらえるなんて、それだけでもこの店に来てよかったと、じんわり感動を嚙み締める。
最近はよく、メイド喫茶はオワコンだなんて声を聞くが、俺に言わせれば、メイド喫茶はオワコンになったのではなく、日常になったのだ。
百年後の日本にも、メイド喫茶という文化がきっと残っているであろうことを、一メイド喫茶ファンとして、俺は誇らしく思う――。
「ご主人たま、今日はどの娘にご奉仕してもらいたいですかにゃ?」
「うーん、そうですねぇ」
前回来た時はモカちゃんにご奉仕してもらったが、さて、どうするか。
この誰を指名するか悩んでいる時間も、メイド喫茶の醍醐味と言えよう。
「実は今日から、新人のメイドが配属になったのですにゃ」
「――!」
な、何ですと……!?
「プリンちゃんていうとっても可愛い女の子にゃんですが、どうですかにゃ?」
「……」
今日が猫耳メイドデビューの、可愛いプリンちゃん――!
そんなのもう――いくしかないじゃないかッ!
「では、プリンちゃんでお願いします」
「ニャッポリート! 承知しましたにゃ! ではお席にご案内しますにゃー」
さて、プリンちゃん、いったいどんな娘なのかな――。
「ニャッポリート! ご指名ありがとうございますにゃ! 新人メイドの、プリンですにゃ~。にゃにゃにゃにゃ~ん! ………………あ」
「――!!!」
席に現れたプリンちゃんを見て、俺は思わず絶句した。
何とそれは――氷の女王こと、音霧さんその人だったのである――!
なにィイイイイイイ!?!?!?
「ふ、藤沢君……、なんでここに……」
「あ、いや、その……」
まさかクラスメイトが来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
完全に猫耳メイドキャラを忘れた音霧さんは、耳まで真っ赤になりながら、プルプル震えている。
いや、これはこれで可愛いな!?
アリよりのアリよりのアリよりのアリだな!?
これがギャップ萌えってやつか……。
「コラコラプリンちゃん、今はご奉仕中ですにゃ。ちゃんとご主人たまからご注文をお伺いするのですにゃ」
モカちゃんが注意しに来た。
モカちゃん――!
店長としては正しい対応かもしれませんが、流石にこの状況でプリンちゃん――いや、音霧さんにそれは酷では……!?
「――! わ、わかりました、にゃ。が、頑張ります、にゃ。――ご主人たま、ご注文は、何になさいますかにゃ?」
「――!!」
ほんのり照れが残っていながらも、前屈みになっていじらしく上目遣いを向けてくる音霧さん――いや、プリンちゃん――!
アッッッッッッッ――!!
「あー、じゃあこの、最高級にゃんにゃんオムライスを一つ」
こいつぁ参ったぜプリンちゃん。
君の猫耳メイドとしての門出を祝して、最高級にゃんにゃんオムライスを捧げようじゃないか――。
「ニャッポリート! ありがとうございますにゃ~。こちらのご主人たまから、最高級にゃんにゃんオムライスをご注文いただきましたにゃ~」
「「「ニャッポリート!」」」
店中の猫耳メイドたちから、俺の注文が祝福される。
ふふ、こりゃ明日から俺も、ここに通うために今以上にバイト頑張らないとな。
「お待たせいたしましたにゃ~。最高級にゃんにゃんオムライスですにゃ~」
「おお」
プリンちゃんが持って来た、最高級にゃんにゃんオムライスに思わず感嘆の声が漏れる。
最高級にゃんにゃんオムライスは俺も久しぶりに注文したが、相変わらず見た目のゴージャス感がパないな。
エッフェル塔みたいなオブジェが突き刺さってるし、金箔までまぶされている。
だが、最高級にゃんにゃんオムライスの真骨頂はこれからだ――。
「で、では今から、オムライスがもっと美味しくにゃるように、魔法をかけますにゃ」
「――!」
緊張した面持ちで、プリンちゃんが両手でハート型を作る。
頑張って、プリンちゃん――!
「お、美味しくにゃ~れ。美味しくにゃ~れ。萌え萌えにゃんにゃん。にゃにゃにゃにゃにゃ~ん!」
「――!!」
弧を描くようにハートを回転させた後、最後にハートをギュンとオムライスに突き出す。
見事にプリンちゃんの、萌え萌えにゃんにゃんが決まった――!!
……凄いよプリンちゃん。
きっとプリンちゃんはこの萌え萌えにゃんにゃんを成功させるため、今日まで裏で血の滲むような研鑽を積んできたんだね……!
君のご主人たまとして、俺は本当に誇らしいよ――。
「そ、それではごゆっくり、オムライスをお楽しみくださいませにゃ~」
「う、うん、ありがとう」
照れくさそうにトテトテ下がって行くプリンちゃんの背中を、俺は目を細めながら見つめていた。
「藤沢君、ちょっと今いいかしら? 話があるんだけど」
「「「――!!」」」
そして迎えた翌朝。
教室に入って自分の席に着くなり、プリンちゃん――いや、音霧さんから声を掛けられた。
あー、うん、多分昨日のことだよね?
氷の女王である音霧さんから誰かに声を掛けたことなど一度もなかったので、クラス中が騒然としている。
陽キャの坪井なんて、「う、噓だろ……」と、彼女をNTRれたかのような顔をしている。
いや、音霧さんはお前の彼女でも何でもないぞ?
「う、うん、いいよ」
「……ここじゃ何だから、一緒に来て」
「あ、うん」
まあ、確かにここじゃ話せないよね。
二人で教室を出て行く俺たちの背中から、坪井の「噓だああああああ!!!!」という絶叫が響いた。
「えーと、話っていうのは、昨日のことだよね?」
誰もいない屋上に来た俺と音霧さん。
そこで俺は、自分から切り出した。
「ええ、そのことなんだけど……」
「あっ、もちろん音霧さんがニャッポリートでバイトしてることは、誰にも言ってないから安心して!」
「そ、そう……。ありがとう、助かるわ。私もまだ正直、知り合いにバレるのは避けたかったから」
うん、さもありなんだよ。
音霧さんが猫耳メイド喫茶でバイトしてるなんてことが知れ渡ったら、誇張なしで学校中が大騒ぎになること必至。
今はこの情報は、俺の胸だけに仕舞っておくのが最善だ。
「でも、ビックリしたよ。まさか音霧さんが、ニャッポリートで働いてるなんてさ」
「……軽蔑したでしょ?」
「――!」
音霧さんは握った拳を震わせながら、俯いた。
音霧さん――!
「自分でもわかってるのよ、キャラじゃないって。でも、私は――」
「け、軽蔑なんてするわけないじゃないかッ!!」
「っ!?」
この瞬間、氷の女王の冷たい瞳に、確かな光が宿ったのを、俺は見た。
「音霧さんのプリンちゃん、すっっっごく可愛かったよッ!!!」
「にゃっ!?」
音霧さんが茹でダコみたいに、ボフンと真っ赤になった。
ああもう、こういうところもメッチャ萌えるぜ!!
「俺にはわかるよ、音霧さんは、猫耳メイドに憧れてたんだよね?」
「なっ、なんでそれを……!」
「ふふ、そりゃ見てればわかるさ」
昨日のプリンちゃんのご奉仕からは、この仕事が楽しいという想いがひしひしと伝わってきた。
俺もニャッポリートに通ってからは長い。
仕事として仕方なくやっている人と、心の底から好きでやっている人の違いくらいは、一目でわかる。
「そ、そうなの……。私普段はこんなだけど、本当は可愛いものが大好きで……。子どもの頃から、猫耳メイドとして働くのがずっと夢だったのよ……、うぅ……!」
「音霧さん……」
感極まった音霧さんは、両手で顔を覆って嗚咽した。
「うん、素晴らしいじゃないか音霧さん! 何も恥じることはないよ! 少なくとも昨日俺は、プリンちゃんのお陰で最高のひとときを過ごすことができた。もっと音霧さんは、自分の仕事に誇りを持っていいんだよ」
「――! あ、嗚呼、ありがとう……! ありがとう、藤沢くんんんんん……!!」
わんわんと泣く音霧さんのことを、俺は落ち着くまで無言で見守っていた。
こうしてこの日から俺と音霧さんの間で、二人だけの秘密が出来たのであった――。
「美味しくにゃ~れ。美味しくにゃ~れ。萌え萌えにゃんにゃん。にゃにゃにゃにゃにゃ~ん!」
あれから一ヶ月。
最初の頃はどこかぎこちなかったプリンちゃんの萌え萌えにゃんにゃんも、今ではすっかりベテランの域にまで達していた。
数々の萌え萌えにゃんにゃんを見てきた俺だからわかる。
プリンちゃんの萌え萌えにゃんにゃんは、今や世界が狙えるレベルだ――。
「それではごゆっくり、オムライスをお楽しみくださいませにゃ~」
「うん、ありがとう」
さて、と、今日もいただきますか、プリンちゃんの愛がふんだんに詰まった、最高級にゃんにゃんオムライスを!(倒置法)
「ここだよここ!」
「オイオイ、マジかよ坪井~」
――!!
その時だった。
耳障りな甲高い声が、入り口から響いた。
そ、そんな、バカな――!
――そこにいたのは坪井率いる、クラスの陽キャ連中だった。
な、なんであいつらが、ここに……。
この店は学校からも大分離れてるし、そもそもあの手の連中が自分からこういう店に来るとは思えないのだが……。
「あ、あぁ……」
坪井たちに気付いたプリンちゃんが、顔面蒼白になって絶句する。
プリンちゃん――!
「おかえりにゃさいませご主人たま! お待ちしておりましたにゃ!」
が、事情を知る由もないモカちゃんは、いつも通り坪井たちを出迎えてしまう……。
「ギャハハ! おかえりにゃさいませだってよ! マジウケるんだけど!」
くっ、テメェ!
真剣にやっている猫耳メイドを笑うなら、今すぐ帰りやがれ!!
が、そこはプロ中のプロであるモカちゃん。
顔色一つ変えずに、「にゃはは~、ご主人たまに笑ってもらえて嬉しいですにゃん」と、曇りのない営業スマイルで応じている。
モカちゃん――!!
「あっ、いたいたッ! オイ、見ろよお前ら! マジで音霧さんだろ!?」
「――!」
嗚呼、遂に坪井に見付かってしまった……。
「うーわマジじゃん! アハハ、あの音霧さんが、マジ信じらんねー!」
「だろだろー? ダチが音霧さんらしい人がこの店に入ってくとこ見たって言うからよー。まさかと思って来てみたら、ビンゴってわけよ!」
チッ、そういうことだったのか……!
いつかはバレてしまうこととはいえ、多分まだ音霧さんの中で心の準備はできていなかったはず。
「う、あ……」
案の定音霧さんは、ガタガタと震えながら、化け物を見るような目を坪井たちに向けている。
「ご主人たま、今日はどの娘にご奉仕してもらいたいですかにゃ?」
「あー? そんなんもちろん、そこでウケる格好してる音霧さんに決まってんだろーが! よお音霧さん、今日はタップリ、俺らにご奉仕してくれよな?」
クッ、この野郎ッ!
俺はこういう、メイド喫茶でイキってる連中が大嫌いなんだッ!
俺たちはあくまで、メイドさんにご奉仕していただいている立場だということすらわからんのかッ!
「ニャッポリート! 承知しましたにゃ! ではプリンちゃん、こちらのご主人たまたちを、お席にご案内してくださいにゃ」
「あ……、は、はいです……にゃ。こちらのお席にどうぞです……にゃ」
嗚呼、プリンちゃん――!
君は本当に偉いね。
こんな状況でも、仕事を全うしようとするなんて――。
「ギャハハ! 聞いたかよお前ら! 『はいですにゃ』だってよッ! あの音霧さんがだぜ!?」
「――!」
クッ、坪井テメェ……!!
それ以上プリンちゃんのことを侮辱したら、タダじゃおかねーぞッ!
「ご、ご主人たま、ご注文は、何になさいますか、にゃ」
それでもプリンちゃんはプロとして、ガサツに席に着いた坪井たちに、必死の営業スマイルでご奉仕する。
嗚呼、プリンちゃん……!
俺は本当に、君のことが誇らしいよ――。
「あー、注文ねー。それよりもまずはさ、あれやってくれよ。こういう店はよくあるじゃん、『萌え萌えにゃんにゃん』とか言いながら、手でハート作るやつ」
「ああ、あるある! 俺も見てーわ、音霧さんの萌え萌えにゃんにゃん!」
「俺も俺も!」
ハァッ!?
フザけんのもいい加減にしろよ!?
猫耳メイドさんの萌え萌えにゃんにゃんは、そんなお通し感覚で見れるほど軽いもんじゃねーんだよッ!
どうしても見たいんだったら、まずはちゃんと注文しやがれッ!
「え、でも……それは……」
「いーじゃんいーじゃん減るもんじゃねーんだからよー。ホラ、早く早く」
「っ!」
坪井はスマホを録画モードにしながら、それをプリンちゃんに向けた。
――この瞬間、俺の中で何かがブツンと切れた。
「やめろよッッ!!!」
「「「――!!」」」
気が付くと俺は立ち上がって、坪井たちに怒鳴っていた。
「ご、ご主人たま……」
「ああ? ハッ、何だ藤沢じゃねーか。いたのかよお前。影が薄すぎて気付かなかったぜ」
悪かったな。
どーせ俺は、存在感ゼロのド陰キャだよ。
「あー、なるほどな、謎が解けたぜ。あの日お前が音霧さんから呼び出されたのは、ここでバイトしてることを口止めするためだったんだな」
「だったら何だって言うんだよ。いいか、よく聞け、メイドさんたちはお前らの奴隷じゃないんだ。ご奉仕してもらいたいんだったら、ちゃんと対価を払ったうえで、誠実な態度で接しろ。それがメイド喫茶における、最低限のマナーってもんだ」
「アァン!? 何ダサ坊がイキがってんだテメェ!? この俺とやろうってのか、アァッ!?」
「っ!」
坪井が鬼のような形相で、俺に詰め寄って来る。
――が、俺は一歩も退かない。
震える足をグッと踏ん張り、坪井と真っ向から睨み合う。
音霧さんのためにも、こいつのことだけは絶対に許さんッ!
「チッ、何だよ藤沢のくせに、その反抗的な目は……! ――ん?」
「――!」
その時だった。
俺以外のお客さん全員も、一斉に立ち上がって、無言で坪井たちのことを睨みつけたのである――。
み、みなさん……!
「クッ、い、陰キャ共が群れやがって。お前らなんか、群れなきゃ何もできねー底辺のクセに……!」
その言葉、そっくりそのままお前らにお返しするよ。
「はいはい、そこまでですにゃー」
「「「――!!」」」
モカちゃんがパンパンと手を叩きながら、俺たちの間に割って入って来た。
モカちゃん――!?
「にゃはは、どうやらご主人たまたちは、今日は他にご用事があるようですにゃ」
モカちゃんが営業スマイルを崩さずに、坪井たちに向き合う。
「は? いや、俺は別に、用事なんて……」
「とても残念ではありにゃすが、またのお帰りをお待ちしておりますにゃ。――ああでも、ここは特殊な結界で守られておりにゃすので、ひょっとしたら二度とご主人たまたちは、ここには戻って来れにゃいかもしれませんにゃー」
「なっ……!?」
おお!
流石店長!
世界観を崩さず、スマートに坪井たちに出禁を言い渡すとは!
そこにシビれる!
あこがれるゥ!
「……クッ、クソが! オ、オイ、帰るぞ、お前ら」
「あ、ああ」
気まずそうに背中を丸めながら、トボトボと店から出て行く坪井一行。
ふん、ざまぁねーぜ。
「あ、ありがとうございました店長……。助かりました……」
店長に深く頭を下げる音霧さん。
「にゃはは、私は自分の仕事をしただけにゃ。――それよりも、お礼ならプリンちゃんのご主人たまに言ったほうがいいと思うにゃ」
「「――!」」
店長は可愛くパチンとウィンクをしながら、俺に目線を向けた。
て、店長おおおおおお!!!
「あ、そ、そうですにゃ。――ご主人たま、さっきは本当にありがとうございましたにゃ」
「っ!」
プリンちゃんは思わず蕩けそうになるくらいの、甘い笑みを浮かべながら俺にコテンと頭を下げた。
アッッッッッッッッッッッッッッ――!!!!
この瞬間、完全に俺の萌えスカウターは限界を突破し、木端微塵に大破した――。
「あ、あの、ご主人たま」
「え?」
プリンちゃんが俺の耳元に口を寄せ、そっと耳打ちしてきた。
プ、プリンちゃん……?
「私もう少しで仕事終わるんで、できれば外で待っててほしいですにゃ。ご、ご主人たまにお話があるのですにゃ」
「あ、うん。い、いいけど」
「ふふ、では後でですにゃ」
スキップでもしそうなくらいご機嫌な態度で、プリンちゃんは仕事に戻っていった。
はて?
話とは、いったい……?
「……改めてお礼を言うわ。さっきは本当にありがとう、藤沢君」
ニャッポリートの近くにある、人気のない公園のベンチに腰を下ろした俺と音霧さん。
そこで俺は音霧さんから、折り目正しく頭を下げられた。
ううむ、相変わらずプリンちゃんの時とのギャップに、頭がバグりそうになるな。
「顔を上げてよ音霧さん。俺は単に、坪井たちのことが許せなかったから、怒っただけなんだからさ」
「でも、私はそれが凄く嬉しかったの……! 藤沢君は、私のヒーローよ」
「お、音霧さん……!?」
不意に音霧さんが、俺の右手を両手で包み込むようにギュッと握ってきた。
宝石みたいな瞳は潤んでいるし、頬もほんのり桃色に染まっている。
音霧さん????
「……ねえ、藤沢君、藤沢君に、お願いがあるの」
「え……?」
音霧さんがもじもじしながら、上目遣いを向けてくる。
お願い、とは……??
「……これからはプライベートでも、藤沢君に、私のご主人たまになってほしいの」
「――!!?」
なにィイイイイイイ!?!?
「ダメかしら? もう私の生涯のご主人たまは、藤沢君以外考えられないのよ」
「いや、それは、その……」
どういうこと???
今何が起きているの???
『生涯のご主人たま』って、いったいどういう意味なの音霧さん???
「……ねえ、お願いしますにゃ。私の、ご主人たまになってほしいです、にゃ」
「――!」
嗚呼――!
そんな、縋るような瞳で見つめられたら――!!
「――わかったよ。俺、なるよ、音霧さんの、生涯のご主人たまに」
倒置法――!
「――! ほ、本当ですかにゃ!? や、やったー!! 嬉しいですにゃあああああ!!!」
「ぬあっ!?」
音霧さんに抱きつかれ、スリスリと頬擦りされた。
ふおおおおおおおおおおお!?!?
――こうしてこの日俺に、生涯の猫耳メイドが出来たのである。
拙作、『「私たちは友達ですもんね」が口癖の男爵令嬢 』のコミカライズ化が決定いたしました。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)
発売日やレーベル等は、告知タイミングが来次第ご報告いたします。