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7.シュー・ホランドの憂鬱①~プレリュード:俺はきれいなものと生きていく~

逢七です

こんばんは


今回から、

可愛い系美少年、シュー・ホランドのお話になります

ややシリアスな始まりとなりますが、

ぜひお楽しみください

 今宵、帝国首都にあるダイナー侯爵家別邸のホールでは、演奏会のためのサロンが開催されている。


 俺、シュー・ホランドは、きらびやかなシャンデリアの下、ホール中央に置かれた真っ黒なピアノの前に立ち、腰を折って紳士の礼をした。

 たっぷりと時間をとってから、身体をゆっくりと戻して微笑むと、周囲を囲む人々から、ほぅという吐息が漏れる。


「まあ、今宵のホランド卿は、ひときわお美しいこと!」

「いつもの天使のようなシュー様もお綺麗ですけれど、今日は大人の装いですわね。」

「ええ、装いが変わっただけで、なんだか大人の男の色香が漂うのね。」


 演奏を前に耳が過敏になっているのか、ざわざわした中の小声も拾ってしまう。

 ――――正直、耳障りだ。


 今日の俺は、いつもと違う、艶のある黒の夜会服だ。

 中のシャツとクラバットも黒で揃え、タイピンとカフスなどの装身具には、ゴールドとダイアモンド、それと俺の色である明るい橙色の石でデザインしたものを選んだ。

 普段は隠している耳に厚めの前髪を掛けて留めたヘアピンと、複数付けしたイヤーカフも、同じデザインで揃えてある。


 今日は、『天使のような』いつもの明るい装いは、どうしてもできなかった。

 今の心のままに黒に身を包んだ結果、彼女たちが言う『大人の色気』と見られてしまうのは、皮肉めいていて、俺は心の中で苦笑いをした。


 初めて人前で演奏した時から、俺の評価がまず容姿だということに、嫌気が差しているのに、それでも音楽を演奏する機会を得るために、飾り立てる自分がほんとうに嫌いだ。

 そして、今日の俺は特に。


 ああ、この中の一体何人が、純粋に、容姿じゃない、俺の音楽をちゃんと聴いてくれるのだろう。


 いまさら、縋りつきたい思いにもなる。


 俺は、きれいなものの中で生きていたい。

 でも、それももう無理かもな。

 だって、今日は、俺こそが醜い世俗に塗れてしまって、そんな資格を失ってしまうから。


 俺は、俺をぐるりと取り囲む人々を見回す。


 今日の観客は、だいたい50人ほどだろうか。

 主催者に合わせて、やや年齢層が高い。

 男女問わず、少し流行遅れの豪華絢爛な衣装と派手な装身具に身を包んだ貴族たちが、座り心地の良さそうな豪華な椅子にゆったりと腰掛けている。


 壁際には、その子息や令嬢と思われる年代くらいの若い男女が数ペア、それから、既に演奏を終えた俺よりも若い演者が数名、立ち見をしている。


 座の中央には、今日の主催であるダイナー侯爵夫妻が大きく陣取っていた。

 きれいに形を整えられた髭の下の色づいた厚い唇と、赤紫色の扇の奥の化粧で艶めいている眼球。


 俺は、こみ上げてくるものを我慢して、視線を外すと、楽譜台に広げられた紙面に意識を寄せた。


ピアノソナタ4番 序曲プレリュード


 きれいなカリグラファーで書かれたそれに指を滑らせると、自然と濃橙色に光る指輪の石が視界に入り、気分も落ち着いてきた。

 俺はいつものようにその指輪に口づけ、上着の裾をさっと払ってから、ピアノの前の椅子に浅く腰掛けた。


 20年ほど前に、隣国で有名だったピアノ奏者が作曲したこの曲は、彼が故郷を離れた心情を読んだものである。

 別名『美しきは故郷』。

 そして、プレリュードは続く主題の提示にふさわしく、和音を響かせたメロディーラインの美しい構成となっている。


 今日この曲を選んだのは、侯爵夫人がかの国出身で、この曲を定期的にリクエストするからということもあるが、俺自身にとっても、今日はこの曲がふさわしいと考えた。


 鍵盤にふわと右手を置き身体を前傾すると、導入部の一音目が音になる。


 ああ、今日もいい音だ。

 繊細に調律されたピアノが俺の動きに素直に応えてくれる。


 続くアルペジオをゆるやかに奏でながら、左手で和音を載せていくと、目の前に美しい湖面が広がっていくようだ。


 深く、深く、透明な音

 そして湖面を弾むような軽やかな音


 俺は、左半身に視線と重心を置きながら、ペダルを踏み、時に右に身体を流し、背中や腕全体を使って、3オクターブに渡るメロディーを紡いで、ホール全体に涼やかな景色を織り上げていく。


 ああ、とても、きれいだ。


 明日になって、穢れてしまった俺の奏でる音楽は、今と同じ音を響かせることが出来るだろうか。

 きれいな音に包まれた俺の心が、こんな直前になって、嫌だと怯えている。


 だけど、もう遅いのだ。


 フォルテッシモで音を重ねながら、いつの間にか、汗が滴り落ちる眉間に、俺はついと皺を寄せた。


 こんなに美しい音を聴けるのは、もう少しだけなのだから、思い残すことのないように。


 もっと響け。

 もっとだ。


 最後の瞬間まで、きれいなものに満たされていたい。


 俺は目の前の鍵盤から広がる景色に集中する。

 俺の右手が鳥になって、湖畔へと舞い降りていく。

 美しき故郷の街並みと人々の息吹。


 0.0001秒、寸分の狂いなく、ここしかないというタイミングで、タ・タ・ターン♪と連続した音が入っていく。


 明るい笑顔の人々を抜け、辿り着く先に、俺の愛する家。俺の愛する家族。


 ふわっと包み込むように、優しく重なる和音の中へと、俺はのめり込んで行く。

読んでいただき、ありがとうございます

次話より、ピアノの音をBGMにした

シューの回想をお楽しみください

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