6.最強アイドル伯爵令息と納豆狂い子爵令嬢の迷コンビ
お互い、今世の自己紹介をしあったところで、俺たちはまたベンチに横並びに座り、噴水を眺めた。
なんだか改まって沈黙してしまった俺らに、チチチという鳥の囀りが、バックミュージックだ。
脳内の『女の子図鑑』の新しいページが開き、
【ユーミラン・カトレット子爵令嬢】
茶髪、黒眼、美肌、身長163cm、B75、W63
涙もろいが案外図太い、納豆好きの転生者(元神居結愛、陽のファン)・・・
というような情報がつらつらと埋まっていった。
今日も、ほんと、いい働きをしてくれる。
と、ほくほくしていると、隣から声がかかる。
「ところで、ヒイロさまは、ここで何をしてたんですか?」
ああ、そうだった。
結愛の衝撃で、忘れるところだった。
「――実はさ、俺、こっちの世界のアイドル活動にね、ご令嬢たちに話を聞こうと思って、この中庭に来たんだけど・・・」
俺の顔を見て、相槌を打ちながら、耳を傾けてくれる結愛が心地よくて、俺は舌が滑り出した。
そして、ソウル殿下の執務室で『陽』の意識を取り戻してから、今までの出来事を、すっかり全部、結愛に話してしまった。
「そういうわけでね、俺は、ソウル殿下たちを、アイドルユニットとしてプロデュースしてさ、今度こそ、世界制覇、したいんだよね。そしたら、ハルに『まず企画書を出せ』って言われてさぁ。」
一気に話し終えたところで、真剣に話を聞いていた結愛が、なぜか悲しそうな顔をしているのに気づく。
「ん? 何? ユメちゃん、どうした?」
調子に乗って、しゃべりすぎたか・・?
焦って尋ねると、結愛はふるふると首を振る。
「推しのすることを全面的に応援するのが、真のファンですよね? でも、ごめんなさい! やっぱり、これだけは、言わせてください!」
え、何だろう!?
結愛の真顔にどきっとして、俺は姿勢を正した。
「私は、やっぱり、ヒイロさまに、アイドルでいてほしいです!!」
「ユメちゃん・・・。」
「たとえ、この世界では、地味顔だったとしても、たとえ、ソウル殿下たちに色々と及ばなくっても、」
「あ、ああ・・・。」
「たとえ、今は、ご令嬢たちにキモがられて総引きだったとしても、」
「う・・・っ。それ、正直、言い過ぎ・・・」
なかなか、抉ってくれる結愛である。
けれど結愛は、気にもせず俺の手を取ると、両手で包み込んで真っ赤な顔で見上げた。
「押すのが私ひとりだって構いません。この世界でだって、ヒイロさまなら、絶対に大丈夫です!! だって、ヒイロさまは、史上最強のアイドルではないですか!」
「ユメちゃん・・・!!」
そうだ!
俺だって、まだまだ、現役のアイドルなんだ!!
絶対的な味方の存在に俺の心がうち震えている隙に、結愛が「だって、ファン1号だなんて、美味しすぎる・・・じゅるっ。」と呟いたのを聞き逃してしまったのは、さておき・・・。
続く結愛の発言に、俺は固まることになる。
「私、流行りの異世界転生をしたんだって気づいた時、てっきりこれって『子爵令嬢の成り上がりストーリー』かと思って、前世日本の知識で、領地でお父様と色々やっちゃいました。――でも、それは間違いだったって、今、分かりました。
これは、ヒイロさま、あなたが主役の物語だったんです!! だから、脇役の私は、ヒイロさまのサクセスストーリーのために、力の限り、そして稼ぎあげた財力の限り、全力で応援します!
ようし、こうなったら、さっそく納豆の開発ですわ!」
ここは、目標を定めたもの同士、スポ魂ドラマさながらに、手を取り合うところじゃないだろうか。
そう思って伸ばしていた手が、ぴたりと止まった。
「・・・・・え? なぜに、納豆?」
「だって、ヒイロさまと私の繋がり、と言えば、納豆でしょう!?」
いいや、そんなもので繋がりたくない。
粘って離れられなくなりそうだ。
「ヒイロさまの応援、といえば納豆! 朝ご飯の前には、推し壇に納豆ご飯をお供えして・・・、それが、前世の推し活のルーティーンだったってこと、私、思い出したんです!」
そんなことをしていたのか・・・。
というか、そんなこと、思い出してほしくなかった。
「それに、何て言っても、納豆は健康な胃腸に最適なソウルフードですし。だから――――、ねっ?」
「ね?って言われても・・・・・、いや、俺は知らない! って、そんなことよりも!!」
結愛のペース、こえぇ。
このままじゃあ、いつの間にか、納豆教(狂)信者になってしまう。
『女の子図鑑』のユーミランのページの、『納豆好き』が『納豆狂い』に上書きされた。
納豆愛を中断されて少し物足りなげに口を開けたままの結愛に、話を切り替えた俺は、かぶせて言う。
「そんなことより、企画書を作成するのに、女の子の意見を聞かせてくれよ。・・・っていうか、企画書って、なんだよ? 何を書けばいいんだ?」
後半、俺が頭を抱えると、結愛の表情は自信に溢れた笑みに変わった。
「あ、『企画書』。そうでした。それは、ぜひ、私にお任せください! こう見えて、前世の私、ちゃんとした社会人なのですよ。」
頼れるお姉さんの顔に変わった結愛に、俺はちょっとほっとして、話を続ける。
「へぇ、何のお仕事?」
「知育玩具メーカー勤務です。商品開発部所属だったので、新商品の企画書はたくさん作りました。」
「『知育玩具』――ってあれだよね? なんか、子どもの頭を良くする、みたいなやつ。」
俺の持ってる結愛のイメージと違って、ずいぶんちゃんとした仕事だと、興味が湧く。
「――ええ。子どもの頭を良くする、ってゆうか、私の場合は、『情緒と感受性を促す』ってテーマで取り組んでたんですけど。」
おおっ、なんか、真面目だ。
これは、いいかもしれない!
「それで、どんな企画を? 商品化されたの?」
「いえ、それは残念ながら、全滅なのですが・・・。」
「全、滅。」
・・・なんだか、雲行きが怪しくなってきたぞ。
「いえっ。全滅というか、企画書が悪かったわけじゃなくて、だんだん、私のしたいことが、会社の方針からずれてしまったのでしょうね。もともと、企画書を携えて、ほかのメーカーに移るか、自分で起業するか、考えていたところだったのです。」
なんだか、評価されない新入社員のようなことを言い始めた結愛だが、本人はいたって本気のようだ。
「いや、ユメちゃんさぁ、需要に合わないものを提供したってだめだ、って、俺の尊敬する某プロデューサーも言ってたぞ?」
俺は結愛の人生のことが心配になって、おそるおそる諭すが、結愛はにこりと笑った。
「需要は掴んでたんですよ。だって、試しにネットで個人販売したものは、完売だったんですから!」
「え? どういうこと?」
「要は、知育玩具っていう枠組から、私の興味対象が外れてしまっただけなんで。ヒイロさまがいけないんですよ!? 入社したばかりの私の心を鷲掴みにしてしまうのだから♥」
「え? 俺? 話の流れが、よく分からない!!」
きらきらした目で見上げる結愛に、頭を抱えると、結愛は恥ずかしそうに下を向いて、両手で顔を覆った。
「入社後に先輩に連れてってもらった『アルテミア』のライブ――。そこで、私はヒイロさまに、心を撃ち抜かれ――、そして、発想と意欲の源が、すっかり『アルテミア』と『本庄陽』という人に、染め変えられてしまったのです。それで、新商品の企画にも影響があってですね・・・。」
結愛は、顔を覆っていた両手を下ろし、膝の上で大きな輪をつくる。
「小さな子どもとお父さん、お母さん、身近なコミュニティと環境、その中で育まれる豊かな感情。そこに、『アルテミア』爆弾を、ど~~んと投下。」
そう言って結愛は、膝の上の輪をぱっと崩した。
いや、それは、ダメなやつだろう?
「どうです?これ。煌めくような衝撃と感情。それを知ってほしくて、色々考えたんですけど、・・・まぁ、お子様にはまだ早かったようです。」
「普通に考えれば、そうだろうな。」
膝上で、飛び散った砂を集めて山を作るように手を動かす結愛に、俺は呆れを通り越して、申し訳なくなってきた。
「なんか、ごめんな。」
そう言う俺に、結愛は我に返ったように、ふるふると首を振った。
「いいえ・・・そんなこと! やっぱり、ヒイロさまは優しいです。ほんと大好きです。ヒイロさまのことを考えて作った企画書は、前世バージョンでたくさんあります。もちろんヒットの実績付で。だから、ヒイロさまのアイドル活動のための企画書案だって、この私に作らせてください!」
どんと胸を張る結愛に、正直まだまだ不安はある。
だけど、この心強い味方に、俺はにっと笑って、右手を差し出した。
「ユメちゃん、いや、ユーミラン嬢。ありがとう、心強いよ。俺と一緒に、アイドル活動をプロデュースしよう! これから、よろしくな!」
結愛もにこりと笑って、それに右手を重ねた。
「はい、喜んでっ。もちろん、ヒイロさま自身のアイドル活動も込みで、お願いします!」
そしてここに、元最強アイドルの伯爵令息ヒーロクリフと、元アイドルオタクの納豆狂子爵令嬢ユーミランの迷コンビが、誕生した。
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