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5.ファンクラブ会員No71058のユメ

 茶髪に大きな黒眼、卵肌で凹凸の少ない、なんともなつかしい風貌。


 うわぁ、前世の日本人みたいだな。


 転生したと言っても、俺自身も、見た目は、本庄陽そのままの黒髪黒目だから、ふたり並ぶと日本にいるみたいだろう。

 そして、目の前の彼女も、たしかにどこかで見たことがある、どこだっけ・・。


 俺は、脳内の『女の子図鑑』を捲っていく。


 すると、驚いたことに、前世の図鑑のだいぶ後ろのページが、ぱっと開いた。


 そうだ、この子は―――――。


「ユメちゃん!」

 指さしてそう言うと、彼女の黒糖を溶かしたような瞳が明るさを増し、上気して頬がピンクに染まった。


「そうです!! ファンクラブ会員No71058番、通称『納豆ごはん』の神居(かみい)結愛(ゆめ)です!! こんなところで、ヒイロさまにお会いできるなんて、まるで夢のようです!!」


 そう言って彼女は、ここが握手会の会場であるかのように、深々と頭を下げる。

 そしてぴょこんと顔を上げた彼女の、大きな黒糖の目と、きれいな白肌にかかる一房の茶色の巻き毛と、はっきりとしたえくぼ。

 それと『納豆ごはん』のパワーワードに、俺に、ある記憶がよみがえってきた。


「そう、『納豆ごはん』のユメちゃん、ね。・・・1年前の握手会、そう言って、君の持ってきた『納豆ご飯』で、大変なことになったんだよ・・・。」



 花束とか、手紙とか、メンカラグッズとか、手作りのマスコットとか、クッキーとか―――、握手会ではそう言ったプレゼントを受け取ることもある。


 だけども、だ。


 列に並ぶ彼女の周りには、何故か妙な空間ができてて。

 彼女がテントに入った瞬間、かぐわしい香りがして。


 嫌な予感がした。


 そしたら―――、

 手に持った紙袋から、透明なフィルムと水玉ピンクのリボンでパッケージされた『納豆ご飯』が出てきた。


 ・・・引いた。

(糸じゃなくて、いや、糸も引いてたかも分からんけど・・。)

 どん引きだ!!!


 人込みに、『納豆』という、ある意味、有害物質(匂い的に)を持ってくるかな? 普通。


 そうして、彼女は、運営から『1年間の出禁』というイエローカードが与えられることになったのだが。

 というか、先に止めろよ、運営!!


「そ、その節は、たいへん、たいへん!!ご迷惑をおかけしました。たぶん、ヒイロさまにお会いできると思うと数日前から眠れなくって、超ハイテンションになってた故に、正常な判断ができなかったのだと推察します!」

 早口でそう言って、再度、深々と頭を下げる結愛の頭は、地面に届きそうだ。


 そのドレス姿で、よくそんな姿勢ができるものだ。


「あ~~、もういいよ。俺、死んじゃってるし。・・・てゆうか、死んだんだよな? ユメちゃん、ドームツアーの最終日、ライブ来た? 俺、その時、ステージの奈落に落ちたんだけ・・・、わわっ!」


 目の前の結愛の両眼には洪水のように涙が溢れ、あっというまに顔がびしゃびしゃになった。


「ヒイロさま~~~!!! (ノД`)・゜・。」

「な、何? ちょっと、落ち着いてっ! ほらっ、ここ座って。」


 ベンチの横を少し空けると、結愛は、はじっこのはじっこにちょこんと座り、すみません、と言って、また、わあぁ、と泣き出した。

 放ってもおけず、少し傍によって、とんとんと背中をたたく。

 すると、結愛は益々肩を震わせた。


「わあぁ、・・・私、ヒイロさまに慰めてもらってるぅ・・・・・。」


 あぁ、もう、ユメちゃんも、女の子だなぁ。


 落ち着くまでとんとんとしていると、しばらくして、結愛はぐすんと鼻をならした。


「ありがとう・・、ございましたっ。このことは、一生の宝物にします。」

「・・・ああ、うん。ありがとう。・・・ところで、さっきの続き、なんだけど。」


 大丈夫かな?と思って、ちらりと横を見ると、結構すごい顔になっていた。

 ・・・とりあえず、かわいそうだから、もうしばらく見ないであげよう、と正面の植込に目を向けて、話を続ける。


「俺が奈落に落ちた後、会場がどうなったか、ユメちゃん、知ってる?」

「・・ぐすん。はい。ヒイロさまが落ちたって、会場中大騒ぎでした。『アルテミア』の皆様も必死な様子でした。私、わりと前の席だったので、思い余ってステージに駆け寄ったら、後ろの人込みに押されて・・・。えっと、記憶はそこまでです、ぐすん。」


 記憶は、そこまで?


「!? じゃあ、ユメちゃんも? 死んじゃった・・・ってこと?」


「・・・ええ、たぶん、おそらく、はい。 で、でも! まさか、こうやって、またヒイロさまにお会いできてお話できるなんてっ! 死んでよかったぁ。本当に、夢のようです!・・・あれ?夢なのかな?」


 そう言って、結愛は、むぎゅっと頬をつねっているようで、いたっ、いたっと聞こえる。


 そろっと横に目をやると、泣き上げた顔はまだ真っ赤で、頬のつねった部分がさらに一段赤い。


 もう、しょうがないなぁ、と俺は、胸ポケットに入っていた白いハンカチをそっと手渡した。

「う~~ん。じゃあ、俺らは、あのライブ会場で死んで、そして、この世界に転生した。・・・とりあえず、そういうことで続きの話をしよう。」


 結愛(ゆめ)は、俺のハンカチをしゅっと受け取ると、ポケットにしまい、別のハンカチを出して、涙を拭った。


 ・・・まぁ、いいけどね。


「転生して、今の俺は、ヒーロクリフ・タシエという。タシエ伯爵の四男だ。年は19になる。君は・・・。」


 結愛(ゆめ)は、すっと立ち上がり、若草色のデイドレスをつまむと、優雅に腰を折った。

「私は、カトレット子爵嫡女、ユーミランと申します。お初にお目にかかります。」

続けて読んでいただき、ありがとうございます

やっと、もう一人の主人公、ユーミラン(結愛)登場です

ここまで読んでいただいた方、あと、もう一話、ぜひお楽しみください


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