4.俺の特技は膨大な『女の子図鑑』と『決めポーズ』。なのに、まさかのドン引きとか?
企画書、かぁ。まぁ、いい。
とりあえず、分かることから始めよう。
ソウル殿下の執務室の前で、俺は、しばらくうろうろして、そう結論づけた。
前世で、『アルテミア』のプロデューサーが、言ってたじゃないか。
あれ、だよ。 あれ! そう!!
「そうだ、『マーケティング調査』だ!」
いわゆる市場調査ってやつだ。
「いいか?ヒイロ。需要に合わないものを提供したって売れるはずがない、よく見て、需要の少し先をいつも考えろ」と、鬼デューサーが言ってたわ・・・。
そして、『イケメン市場』といえば、なんと言っても世の女性たちだ。
この世界の女性たちの望みを、まず知らないとな。
よし、行こう。
そうして、皇宮の廊下を歩いて俺が向かった先は、皇子宮の庭園だ。
俺はちゃんと知ってる。
この国は、前世日本のように平和主義だ。
貴族名簿や取引業者名簿に名が載ってさえいれば、各宮の庭園を自由に出入りできるほどに、この国は平和で、そして、皇宮は寛容なのだ。
そのため、年ごろのご令嬢たちが、まだ独身の皇子たちとの偶然の出会いを期待して、連日、皇子宮の庭園につめかけているのだ。
庭園には案の定、なんとも見目麗しいご令嬢たちが、沸いていた。色とりどりに着飾った女性たちが。
俺は庭園をぐるりと見回すと、知己のあるご令嬢たちをピックアップしていく。
まずはアジェンダ侯爵令嬢、次にモレジア伯爵令嬢、それから―――。
さて、実は、俺には、前世で培った、ある『特技』がある。
それは、転生後のヒーロクリフにも、同じように備わっている基本スペックらしい。
なんと!
俺は、一度会った女の子の顔と名前、特徴を瞬時に記憶できてしまうのだ。
そして、きっかけさえあれば、ちゃんと記憶の中から引き出すことも容易い。
この『特技』は、前世のアイドル活動で、とても役に立った。
ライブや握手会で俺は自然に、彼女らの名前を言うことができたし、記憶を紐解いて、「〇〇が好きだったよね?」なんて話しかけると、みんな嬉しそうに話をしてくれた。
「陽さまの神対応」なんて、ファンの子たちは言ってくれていたっけ。
だから、そう、俺はファンクラブの女の子たち、約10万人、脳内にインプット済みなのだ。
俺は、この脳内のインプット情報を『女の子図鑑』と呼んでいる。
そして、この世界のご令嬢で、記憶が戻る前のヒーロクリフの会った子たちも、今世バージョンで記憶されている。
その容姿、色合い、人によっては好き嫌いや特技まで。
この『図鑑』を、ヒーロクリフは、時々ソウルたちへの情報源に使っていたみたいだけど、もっともっと活用できるはずだ、前世の陽のように。
俺は、庭園の入り口近く、ガセボにいる4人の令嬢に歩み寄ると、声を掛けた。
「アジェンダ侯爵令嬢、少しお時間、よろしいでしょうか?」
すると、楽しそうにしていた令嬢たちは、さっとおしゃべりを中断して、一斉に俺に視線を向ける。
このグループの中心人物でもあるアジェンダ嬢は、ぴくりと眉を小さく動かして口元に扇を広げた。
「まぁ、・・・たしか、タシエ卿、だったかしら? ソウル殿下のところの。」
不機嫌そうに見えたのは、印象の薄い俺の名前を、なんとか引っ張り出していたのだろう。
会ったのは、ひと月ほど前の夜会で、ソウル殿下の取り巻きとして挨拶をした一度きりだ。
名前を憶えているだけ、すごい。
こういっちゃなんだけど、ヒーロクリフは地味だしな。
「俺のことを覚えてくれているなんて、ああ、嬉しいな!」
俺は感激して、つい、前世アイドル時代の握手会の如く、彼女の手をぎゅっと握った。
そして流れで、『決めポーズ』をする。
視線の前でご令嬢の手をもう一度きゅっと握り、頭部を約5度左に傾け、わずかにふっと吐く息で前髪を揺らすと同時に、緩やかに瞳を細めて、口元を緩めつつ口角を約2mm上げる。
これをマスターするのに、デビュー前、鏡の前で散々研究し、そして練習したっけ。
今では、もう自然体でできるほどに。
そして、握手会で、ファンの女の子たちは、自分の手の先にある俺の瞳と目が合うと、俺がパチンとウインクすると、ぽっと頬を赤らめてたなぁ。
みんな、かわいかったなぁ。
――――だが、しかし。
今、視線の先にあるアジェンダ嬢の瞳にあるのは・・・、どう見ても、とまどっている? とゆうより、引いてる・・・!?
やばっ。
プライドの高い(と、ヒーロクリフが言う)この世界のご令嬢に、俺はいきなり何をした!?
顔には出ないが、焦りの汗が一気に噴き出した。
そもそも、常に取り巻きに守られているような高位の令嬢が、下位貴族の独身子息の呼びかけに応じてくれることだって、ソウル殿下の存在あってのものだ。
なのに、許しも得ないで直接触れてしまった。
この世界の男女の常識では、なんて言っても、行き過ぎた行為だ!
俺の手が緩むと、その隙に、アジェンダ嬢はぱっと手を引いて、すっと、あとずさった。
そして、取り巻きと共に去って行く。
ああ! まさかのドン引きだ・・・。
そのあと、ほかのご令嬢の集団に近づいても――全敗だった。
えええ~~、なんで・・・?
同じシーンをひたすら繰り返して、人生史上初と言っていいほど、打ちのめされた俺は、人気のなくなった庭園の噴水脇のベンチにもたれかかった。
こんなんじゃあ、調査どころじゃないじゃん。
『陽』を足すことで少し存在感の増してしまったヒーロクリフは、この世界の女の子たちには、全く受けないのか・・・。
むしろ、空気のように扱われてたヒーロクリフだけの方が、まだ、ましだったかもしれない・・・。
噴水の水音と鳥の鳴き声が、やけに寒々しく感じる。
すると、そこに、救世主――――ひとりの令嬢が、現れた。
「あのう・・・。」
少し震えた声で、俺に話しかける令嬢――――
俺の図鑑に、載っていない子だな。
・・・いや、でも、なんとなく、見たことがある?
「・・・あのう、もしかして、ヒイロさまですか?」
続けて読んでいただき、ありがとうございます
次話も、どうぞ
【あとがき小話】
人の顔と名前を覚えるのが、得意な人って、尊敬します
逢七は、ほんと苦手で、「ほらほら、あの人。髪がこのくらいで、顔が芸能人の誰々に似てて、こないだ○○って言ってた人〜」とか、よくあります
人の名前を覚えられない人は、他人に興味がない人、なんて聞いたこともありますが、ほんとでしょーか?