45.フェルメント帝国の秘宝⑬ 〜これは、特別な朝
久しぶりの投稿、逢七です
時間が経ってお忘れの方
2話前『43.フェルメント帝国の秘宝⑫~長い一日・終』の続きです
「んん・・・、あれ? ここ、どこだ?」
明るい光を感じて目を開くと、シンプルなベッドの上に、俺はどうやら眠っていたようだ。
腰を起こすと、クイーンサイズの清潔な白い寝具が眩しい。
ふ~~っと腹から息を吐くと、使い切った体がすげぇすっきりした。
そう感じる朝も、すげぇ久しぶりのことだ。
「昨日のツアーライブ、やばくねぇ? 気持ち良かったよな~。」
そう、たしか昨日は五大ドームツアーで、新曲の『ツクヨミ』を歌って、俺の全部を出し切って、このホテルの大きなベッドに突っ伏したんだっけ?
・・・・・あれ? なんか、ちがうような・・・。
きょろきょろと周りを見回すと、この部屋は確かにシティホテルのリッチな部屋ほどに広くて綺麗だけど、ナチュラルな木の家具が並べられ全体的に素朴な印象は、俺には見覚えのない景色だった。
ベッドから抜け出して窓辺に寄る。
手触りの良いライム色のカーテンと木製の出窓を開けると、眼下には薄灰色の石畳の広場があって、何台かの馬車が、その広場に面した屋敷に横付けされていた。
「やあ、ジン。今日はずいぶん念入りじゃないか、どこに行くんだい?」
「やあ、サム。今日はうちの奥様を・・・伯爵夫人の茶会にお送りするのさ。」
御者同士のそんな会話が、きらきらとした日差しの下で朗らかなリズムを持って、耳に入ってくる。
きんとした冷たい風が寝起きの身体を急激に冷やして、俺はさっと窓を閉めると室内を見回した。
「いや、俺はヒーロクリフ、だな。昨日・・・、なんだっけ?」
なんか、ふわふわと、超いい気分だった気がするんだけど。
ベッドの向こう、この窓と反対側の、多分この屋敷の廊下へと続くドアをじっと見る。
その右手、背の低い書棚には多くの本が並び、同列で、数多、並んでいるもの。
それは、前世でよく見た俺、アイドル『本庄陽』のメンバーカラーを纏ったマスコット的な大小のあれやこれ。『推しグッズ』か!?
それに、書棚の横、なんか仏壇的なものに人の姿を彫り込んだ木製の板が飾られている。
仏像?・・・いや、あのポーズ、陽の定番ポーズじゃん!?
ってことは、アクリルスタンドならぬ木製スタンドか!?
ひっ、これはまさかの『推し壇』か!?
思わず奇声が出そうになった口を右手でがっと覆うと、冷えた身体に急激に熱が籠もった気がした。
『ここ』がどこなのか、もう予想がついてしまう。
そうだ! そうだった!!
俺、昨日、ユメちゃんとバルで飲んでて、それでぶっ倒れたんだった―――疲れて、お酒に酔って、いい気分で告白、した後に・・・。
待てよ、告白!? ・・・告白しちゃったのか?
昨夜のことを一気に思い出してかぁっと熱が上がった瞬間、がちゃりとドアが開いた。
「ヒイロさまっ!?」
こんな最悪、気まずいタイミングで、ドア開けなくても!?
「・・・あの、ユメちゃ・・・」
彼女の目に映る俺を想像したら、恥ずかしすぎる!
躊躇いなく室内に入ってくる結愛に一歩後ずさり、若干裏返ってしまった俺の声に、結愛の言葉が重なった。
「ヒイロさまぁっ!! よ、よか、ったぁ!」
彼女の両眼からは、決壊したかのようにぶわっと涙が溢れ出す。
「よかった、ですぅ。私、あのときの、最後のライブみたいにぃ、ヒイロさまが倒れて、ここから、ヒイロさまがいなくなっちゃうんじゃないか、って、思ってぇ。ほんとうに、怖くってぇ。」
ひくつきながら目元をこする結愛に、ついさっきまで告白だ何だと浮ついてた俺の心は、すんと沈んだ。
そうだよなぁ。
ユメちゃんは陽の大ファンだし、あの夜の『陽の事件』は、大きな衝撃だっただろうし、俺が倒れるって似た場面を見てしまったんだから、不安だったろう。
そもそも、告白つっても、結局俺は歌を歌っただけなんだし、ユメちゃんにとっては、告白でもなんでもないんじゃないか?
そうだ、よく考えれば焦る必要もないのか。
そう思うと、急に申し訳なくて
「―――ごめんな。俺、ずっと寝てなくて、倒れちゃってさ。心配かけてごめん。」
とんとんとんと彼女の震える背中を慰める。
「大丈夫。俺は、ちゃんと、ここにいるよ。昨日も、今日も、明日も。」
そうだよ。君の傍にいるんだ。だから、安心して。
心の声を飲み込んで、俺は結愛の望む『アイドル陽』の言葉を紡ぐ。
それで結愛が「ほんとに!?嬉しいっ!ヒイロさま♥」って言ったら、
俺は「ありがとう。」って言って笑うんだ。
―――そう準備してたのに。
結愛は、ばっと俺を見上げて、ぷくりと頬を膨らませた。
その勢いで、溢れた涙が一粒ぽろりと流れ、赤くなった頬が濡れる。
あれ? ・・・なんか、怒ってる?
「ユメちゃん?」
どうしたんだ?
「・・・・・・」
結愛は顔を真っ赤にして、無言のまま俺を見つめる。
「えっと、俺をここまで連れてくるの、大変だっただろ? 迷惑かけて、怒ってるんだったら、ごめん。」
結愛はぷるぷると首を振った。
「えっ、違う?・・・じゃあ、慰めが足りなかった? ・・・えっと、じゃあ、このハンカチ・・・」
いつかのように胸ポケットから白いハンカチを取り出すと、結愛はそれをさっと掴んで、自分のポケットに入れた。そして、さっきよりも大きく、ぶんぶんと首を振る。
「えっ、違う? じゃあ、あの『推しグッズ』と『推し壇』についてだけど―――」
俺が指差すと、きらり★と結愛の瞳が輝いた、気がしたけど、なぜか結愛は両手で顔を覆ってしまった。
わっ、また、泣かせちゃったのか!? なんで!?
慌てて、彼女を慰めようと伸ばした俺の手が、彼女の肩に触れる直前、しかし、隠した両手の隙間から、ようやく彼女の声が漏れてきた。
「あれに気づいてもらえたのは、ほんと、嬉しいんですけど、そうじゃなくて!!」
違うんか~~い!!
じゃあいったい、ユメちゃんは、何を言おうとしてるのか。
「ヒイロさま。昨夜のあの歌・・・あれは、あの日の歌、ですよね。」
「え・・・う、歌?」
彼女にしては珍しい歯切れの悪さで投げ込まれた言葉と、俺を見上げた顔の赤さ。
なんだ?
「・・・あ、う、そうだ、な。ツアーの最後で歌った『ツクヨミ』な?」
「そうです。ヒイロさまのツクヨミが―――」
俺を見上げる真剣な顔の結愛に、頭がぐるぐるする。
ああ・・・。その歌に、寝不足ハイだった昨夜の俺は、俺の気持ちを上乗せして、完全に吐き出してしまったんだ。
最初は、この世界で同じ記憶を持つユメちゃんと出会えたのが、奇跡みたいで。
それから一緒にいる間に、君の個性に、だんだんと目が離せなくなって。
認識してしまったら、前世よりも今。昨日より今日。今日よりも明日―――。
俺は君を好きになっていくばかりだから。
それはもう、君がいなきゃダメなほどに。
―――やばい、やばい、やばい!!
息を詰める俺を見つめる結愛の瞳が潤んで、唇がゆっくりと動いてゆく。
嫌だ! 嫌だ!! ここで、またはぐらかされるのは!
「ユメちゃん! ごめん、俺―――!!」
「ヒイロさまが大好きです。私も!!」
奇しくも、二人の言葉はきれいに重なった。
「「えっ」」
俺らは目を見開いて、お互いに見つめ合う。
目の前の彼女の顔は瞬く間に、真っ赤に染まった。
その視界に、さっきの『好き』がリフレインして
俺の心臓が、ばくんばくんと大きく鼓動する。
「え・・・、なんで・・?」
だけど、咄嗟に出てきたのはそんな間抜けな声で、我ながら、残念すぎる。
でも、昨日まで、さっきまで、そんな空気なんて、なかったじゃないか。
これって、いつもの彼女の『うっかりしてたら勘違いしてしまう』やつかもしれないし、と心が警戒していた。
一方の結愛は、俺の思いも知らず、真っ赤な頬を両手で挟み込んで、こくこくと頷いている。
「なぜ、って―――。私、昨日の夜、ツクヨミを聴いた時、ああ、これって、推しが私だけに歌ってくれる夢イベントで、ファンだったら皆が夢見る最高の時間だって、そう思って。」
それを聞いて、ほら、やっぱりかと、鼓動が息苦しくなる。
だけど結愛は、ぱぱっと瞬きをすると、今までに見たことのない大人っぽい目で俺を見たんだ。
「―――だけど、私に向けられたヒイロさまの視線が、声が、遠慮なく突き刺さってきて、ああ、これはそんなんじゃない!ってなったんです。ヒイロさまはずっと、ファンの前のアイドルじゃなくて、ここに、私の前にいる対等な人で、今まで、私は何をしてたのかって。―――そうしたら、ツクヨミの歌詞が、私とヒイロさまが一緒にいて、ヒイロさまが私に気持ちを向けてくれる、そんな奇跡が、じわじわと広がって、なんていうか―――ひん。」
そこまで一気に言って感極まった結愛は、ずずっと息を吸い込んだ。
一方の俺は俺で、昨日の俺を表現される羞恥に固まっていた。
だけど幸いにも、そんな俺には気づかずに、結愛は言葉を続ける。
「それで、さっき、ヒイロさまが、昨日も今日も明日もここにいるよ、って言ってくれて―――えっと。」
かあっとまた赤くなった頬を、結愛はぎゅっと両手で包み込む。
「昨日『明日の僕が好きと言って?』ヒイロさまがそう歌ってた―――だから。こんな私が言ってもいいんだったら―――」
いいのか!? これ、聞いてもいいのか!?
血の上った頭に、ユメちゃんの声が天の声みたいに降りてくる。
どこか逃げたいのに動けなくて、俺の耳は彼女の声を捉えようと必死になって恥ずかしい。
そんな俺に、真っ赤な顔の結愛は、はっきりとした口調で告げた。
「私は、ヒイロさまが、本当に、大好き!!!」
からん、ころん、から~~ん
頭の中で、特別な鐘が鳴ってる。
えっ、ほんとに!? これ、俺の気持ちが、ちゃんと伝わったの!?
そして、ユメちゃんも、俺のことが・・・、好き?
まだ真っ赤な彼女の頬に、恐る恐る手を伸ばす。
すると、彼女は、ぱちぱちと瞬きをして、初めて見るような、すごく恥ずかしそうで嬉しそうな―――そんな顔でふわりと笑った。
毎度読んでいただき、ありがとうございます!
イスの行方は、ひとまず(だいぶ?)置いといて
ユメを見ると、他のことが飛んでいってしまう
案外に堪え性のないヒイロが、報われた?回です
ジャンル「恋愛」にふさわしい感じで
次話も、お楽しみに!