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44.閑話~いわゆる悪役令息のひとりごと

カイル・デリート視点の補足話です。

 私は、カイル・デリートという。


 デリート侯爵家は、北の要衝地を治め、北の大国との交易を一手に握っている。

 とはいえ、『北の都』と呼ばれる領都、街道沿いの宿場都市はそれなりに人が行き交う一方で、広大なその領地の大部分が山岳地でもあり、けして有り余るほどに裕福というわけではない。


 3代前の当主が、北部戦線で大きな働きをしてこの地を与えられてから後、武人寄りの曽祖父から父に至るまで、厳格で質素、それが我が家のモットーだ。


 その気質からか、これまでのデリート家は、武と交易頼み、大きな産業を興すこともなく、資産を切り崩しながらの領政だった。

 つまり、美しき『北の都』は内実『張りぼて』で、多くの領民はとても質素な暮らしである。


 そして、その『北の都』へ、皇都貴族から嫁いできた母は、いつも小言ばかり。

 田舎生活で、華やかさの欠片もない生活は、母には耐え難い苦痛のようだった。


 母は私に常々言った。

「お前も私も、こんなところで終わる人物じゃないわ。必ず、皇都で成功するのよ、いいわね? そのために、お前を育ててやっているのだから。」


 その言葉を糧に、私は領地で学び、それから皇都のアカデミーに進学した。


 私の成績はいつも優秀だった。

 周りから天才だと評され、母とその派閥の家臣からは、大きな期待を寄せられるようになっていった。



 

 アカデミー時代、私は、当時専攻していた植物学・地質学・商学の知識を生かし、領地でしか咲かない希少な薬草を使ったビジネスを始めた。

 それが軌道に乗ると、私は学生には余るほどの資金を手に入れて、その資金の一部を領地へと回していた。


 そしてその頃、領都から従者として連れてきていた男が、独立する。

 彼は利に敏い男で、薬草ビジネスに便乗して儲けたいと望み、私も領政と距離を置いた事業展開を望んでいたため、これを快諾した。

 そうして男は、デリート領の老舗であるピソラ商会に入って、皇都での実権を握るようになる。


 そんな私たちはお互いにいい関係だったと思う。


 男は、デリートの製品から利益率の高い二次製品を新たに作って、手広く売っていった。私は、出資者としてその利益の一部を手に入れ、また、デリートの名が付くと面倒な仕事を男に頼んだ。

 男は何かと融通が効いて、都合が良かった。


 その頃の私は、何をしても自分が思い描いたとおりの結果が得られた。

 手元の資金も増え、『カイル・デリート』という名が、成功の代名詞のように囁かれるのを聞くと、途方もなく幸福だった。


 ここまでの優秀さを示せば、私は将来、ただの田舎の一領主ではなく、この皇都で、中央で、高い地位を得て、帝国にデリートあり、そんな未来ももう見えていたのだ。


 そんな私がアカデミーの最高学年になった年、歴代最高とも言われた私の成績が、悉く塗り替えられていることを知る。

 新入生のソウル第二皇子殿下とその側近のハロルド・イゼンブルだった。

 第二皇子と言えば、皇族としての血筋は悪いが実力は高く、将来政治の中心を担っていくだろうと、陰ながら噂をされている人物だ。


 心が躍った。

 それほど優秀な人物ならば、この私の才能を生かせるのではないか、――いや、私が、その皇子をして、この帝国を動かすのはどうだろうか。


 皇子殿下が私を見つけたら、喜んで彼の力になろう。

 私には期待に応える能力があるし、その準備はできている。


 なのに、その皇子が傍に置くのは、宰相家のハロルド・イゼンブル以外、どう見ても二流以下だ。

 護衛騎士は、弱小ランカスト騎士団の、小さい頃ひ弱だったあのユーディ・ランカスト。暇職の皇弟殿下がいつ作ったかもしれない私生児イス・ド・メルゼィも、外見は美しいが、優秀さの欠片も聞いたことがない。


 そんなものばかりを周りに置くあの方は、才能を無駄にしているとしか思えない。

 なぜ、この私を選ばないのか。




 だが結局、あの方から声はかからぬまま、私はアカデミーを卒業し、領地へと戻る。


 領地は、以前とは比べものにならないほど、豊かになっている。

 それでも母は、「本当に期待外れよ。結局お前はあの田舎者の息子だもの、ここがお似合いのようね。」と、冷たく言い放ち、私を認めることはない。


 期待外れは私ではない。私の才能に気づかない中央の者たちなのだ。


 そのため私は、自分の能力を示すため、ピソラ商会を使って、事業を拡大させることにした。


 ピソラ商会が、『デリート領でしか育たない霊薬草』という謳い文句で、価格を吊上げて高利益を得るという手法で商売をしていることは耳には入っていたが、資金源を切るのはまだ早いと思った。

 もう少し・・・切るのはいつでもできるからと静観し、私は皇都と領都を往復しながら、周辺貴族らと友好を深め、さらに事業買収で販路を拡大していった。




 そんな私を、中央も無視できなくなったようだ。

 ある時、皇太子の側近らが私のことを探っているのに気が付いた。

 自分が認められたようで嬉しかったが、役不足だろう。

 追手を交わすその『ゲーム』は、私は負け知らずだった。


 そしていつしか、追手が第二皇子に変わると、今までにない高揚感を感じた。

 「お前には敵わない。」あの方がそう言ってくれる時を想像して、興奮した。


 ああ、だが気に入らないことはある。

 ただの石ころ(がらくたばかり)を集めるあの方の悪い癖は、ひどくなる一方だ。

 それは、最近新しく傍にいる者のことだ。

 貴族なのに音楽なんていうくだらないものに費やしているシュー・ホランドに、何のとりえもなさそうなタシエ伯爵の末子、それと、たかが子爵令嬢。


 そうだな、どうせ邪魔なのだから、いっそ彼らを利用して揺さぶってみようか。


 隣国から手に入れた魔術具を使ってダイナー侯爵を焚き付け、シュー・ホランドを追い詰めたりもした。もう少しで、ソウル殿下の元からいなくなるはずだったのに。



 ―――どうも、おかしい。最近、急にすべてのことがうまく行かなくなった。


 今思えば、このシュー・ホランドの件が失敗したことがきっかけかもしれない。


 押収された魔術具の入手経路の隠ぺいに対応しているうちに、市場にはカトレット産の健康食品が大量に溢れ、ピソラ商会は一気に経営が悪化。

 それに引きずられて、私の、デリートの領産品からも顧客が離れていく。

 友好的だった貴族らも波が引くように離れ、社交場でも距離を置かれた。


 それは、私のタウンハウスに生活の拠点を移して、皇都の貴族家のパーティに頻繁に出入りしていた母も同じで、母は私を見つけると、すごい剣幕で「この出来損ない!」と騒ぎ立ててくる。


 こうなったのもすべて、カトレットのせいだ。

 人を見る目のない皇子殿下は、かの悪女に篭絡され、操られてしまっている。

 それに、情報では、がらくた共が集まって、何かよく分からない『アイドル活動』とかいうものをしているというではないか。


 彼らを一刻も早く皇子殿下から切り離して、私が代わりを務めなければならない。


 焦りは感じつつ、私は皇都のデリートの直轄事業を縮小・整理しつつ、立て直しを図るための機を伺う。

 シュー・ホランドとイス・ド・メルゼィに接触したら、ホランドは私を避けるが、メルゼィは、私の言葉に容易に動き、いくらか情報を流してくれるようになった。―――挽回はまだ可能だ。


 そんな折、ピソラ商会が、短絡的なあの男が、カトレットに妨害行為をしたと聞いた。

 あいつは、何をやっているんだ。あの馬鹿が。勝手に動いて評判を落とすならば、もう潮時だ。早く手を切らなければならない。




 そして、カトレット店で暴動が起こった夜、私の元にイス・ド・メルゼィがやってきた。

 街中のバーまで行って、話を聞いて頭痛がしていた私に、イス・ド・メルゼィは「君も大変だねぇ」と薄く笑った。


 その晩の彼は、これまでとどこか雰囲気が違っていた。


 聞けば、タシエとカトレットが来て変わってしまったあの方の元は居心地が悪いのだ、と言う。

 「よく分かるよ」と彼を慰めつつ、私は思う。


 才能はなくとも、あの方が大切にしている宝物(おもちゃ)だ。

 手元に置いても損はないだろう。


「イス様が協力してくれるのなら、私も協力しよう」

 そう声をかけながら、私は、邪魔になったピソラ商会の情報をイス・ド・メルゼィに渡した。

読んでいただき、ありがとうございます!


カイル・デリートのバックヤードは・・・はい、

急遽、設定から叩き起した閑話です。

承認欲求が満たされず、自らの力を過信してエスカレートし

挫折によって焦りが続いて、滅びの道へと進み行く

そんなお話でした。


彼は、これにて退場

次話は、ぶっ倒れたヒイロとユメのお話に戻ります。

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