43.フェルメント帝国の秘宝⑫~長い一日・終
お久しぶりです
年始年末たっぷりお休みしました
今日から再開いたします
「は? なんで、そんな危険なことを言うんだ!?」
そう言った俺の言葉は、すぐに周りの男たちの喧噪に掻き消された。
話の場を、昨夜のバルに移した俺と結愛は、ビア酒と肉盛りを前にして、イスの話を続けている。
「今日も来たのか?まあ、がんばれよ?」というウェイターの生暖かい配慮か、昨日と同じテーブルだ。
ここにユメちゃんがいるってことは、別に何もなかった、ってことだけど・・でもなぁ。
安心していいのか、心配しなきゃいけないのか、分からない俺の前で、結愛は冷たいビア酒をぐいと飲み干すと、少し赤くなった頬で、「聞いてくださいよ!ヒイロさま~」と話を続けた。
「イスさまってば、ひどいんですよ? せっかく私も行くって言ってるのに、『やだやだ』って言って、ずっと私のこと、振り払おうとするんです。」
「それは、まぁ・・・そうかもなぁ。あっ、じゃあ、イス様が、なんとか止めてくれたのか。」
一縷の希望で聞いたけれど、そんなわけないか、結愛はにまりと笑う。
「いいえ! もっちろん着いて行きましたよ! 振り払っても離れない技は、私、日々、納豆菌で研究してますからね! こう、ふわっと力を逃しつつ、斜め45度に―――」
そう言いながら、結愛は空中に向かって、何かを抱き締めるように両腕を伸ばした。
そのしなやかな腕の先が、俺の腕にからみついて・・・、あ、やべぇ、想像した。
俺はぶんぶんと首を振ると、妄想ごと、ごくりと一口、ビア酒を喉奥へと流し込む。
1日ぶりの発酵酒は、やけに喉に染みた。
「くぅっ・・・それは(イス様が)大変だったろう。ん・・・ところで、カイル・デリートには会ったのか? いったいどんな話を。」
「―――はい。イスさまと私が待ち合わせ場所に行くと、デリートさまは、私のことを、とても歓迎してくれたんです。」
そう言って、結愛にしては珍しく苦々しい顔をした。
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「やあ、イス様。早速、カトレット令嬢をお連れなんて、素敵な手土産ですね?」
にっと笑うカイル・デリートの黄銅色の眼には、明らかな横柄さが見て取れた。
「・・・・・。」
それでも、イスさまは無言で、私が掴んだままの腕がぐっと力むと、ちらと私を垣間見る。
「ご令嬢。ご令嬢には、店があんなことになり、さぞご不安でしょうね。」
そんなことを優しげな口調で言うカイル・デリートにぞわりとした。
そのため、ぶるりと震えた私に、彼は気をよくしたのか、柔らかく微笑んだ。
「ああ、思い出すと怖くなりましたか? 大丈夫ですよ。ご令嬢には、知っていることを、ちょっとばかり、話していただけたら、ちゃんとお帰りいただけます。そうですよね、イス様。」
「ほ・・・、本当に?」
震える声でイスさまの腕にぎゅっと縋れば、イスさまはびくっとして固まった。
ちょっと! イスさま!!
合わせてくれたっていいのに、何、その演技!? ボウなの?
一方のカイル・デリートは、まるで、檻の中の獲物を見る目だ。
「ははぁ! 変わってるって情報だったけど、普通の娘、じゃないか。うぅん、だったら、知ってることは、案外少ないのかな。 ―――ねえ、ご令嬢。カトレットは、飛ぶ鳥落とす勢いだね? 貴女は皇都で何をしろと、お父上に言われているの? もしかして、たかが一令嬢ごときで、第二皇子殿下を惑わせようとでも?」
じりじりと近づく彼に、私は、イスさまの後ろに身を隠す。
「な・・・、何も・・。」
ああ、信じらんない、この人。相手が女だからって、完全に下に見てない?
モラハラもいいとこね。
そんな私の前で、イスさまは、はぁとため息を吐くと、私を守るように、軽く腕を広げた。
「カイル・デリート。見てらんないな。もう、そのくらいにしたら?」
「あれ、今更いい顔でもしようというの?」
その言葉で、イスさまの腕に、ぐっと力が入るのが分かった。
「ねえ、ご令嬢。彼はね、ピソラ商会の情報と引き換えに、カトレットを売るんだよ。そんな男、信用できないでしょ?」
「・・・イス、さま? ・・・どういうこと?」
「ふっ。残念だけど、ご令嬢はこの公子様に騙されてるんだ。だからね。ここを無事に出たければ、素直に話すのがいいと思うよ。私も貴女に怖い思いなんてひとつもしてほしくないんだ。分かるでしょ?」
そう言ってカイル・デリートは、一歩前に出ると、私の毛先を掬うように手に取って、ぎゅっと握りつぶし、それから、その手をぱんぱんと払った。
うっわ~、ほんと、ムカつくわー!!
あっちの世界だったら、案件もので、大炎上よ!!
怒りで背筋が逆立ちそうだったけど、なんとかぎり、押し留めた私、がんばった!!
震える声で、彼が納得しそうな、カトレットの広報戦略と売出済の製品情報を明かしてみる。
はあ、このくらいなら、どうせもう皆知ってることだし、構わない。
「たいした情報は持ってないか・・・、残念だね。あの方が近くにいることを許すくらいなら、もう少しマシかと思ったけど、そうでもなかったな。やはり、あの方は見る目がない。―――やはり、私が傍に。」
最後は独り言のようにそう言って、カイル・デリートは、また柔和な微笑みを浮かべた。
「素直に話してくれた令嬢に感謝を表して、今日はこのまま解放しよう。だが、私はあの方との戦いを穢されたくないんだ。だから、勝手なことをしたピソラ商会も、カトレットもいらない。今度また、私の視界に入ったら―――分かるよね? そう、君のお父上にも伝えてよ。田舎に引っ込んでいるように、ってね。」
それだけ言うと、カイル・デリートは興味を失ったのか、私たちに背を向けてしまった。
「ほら、今のうちに行くんだ。」
イスさまは、その背を睨みつける私の腕を引いて外に連れ出た。
「君がどうしてもって言うから、ここまで連れてきた。あれだけ言われて、言い返さなかったのは、立派だけど―――あいつの言うとおり、君は、暫く離れてた方がいい。」
「そういうイスさまこそっ! なんで、こんなところに、いるんですかっ!?」
ほんとは誰よりも優しいイスさまに似合わない、こんなところに。
あんな風に言われてまで、どうして。
なのに、イスさまは、ただ首を振るだけだった。
「あいつはソウルに執着してる。・・・嫌なんだ。僕を守ろうと、ソウルが悪意に晒されるのは。」
「だからって。ここにいる必要なんて」
思わず否定の言葉が出てしまって、慌てて口を閉じた。
「イスさまのことを否定しない」って言ってたのに。
両手で口を塞ぐ私に、イスさまはいつものニヒルな笑みを浮かべている。
「ソウルのところに僕がいたって、皆を腐らせるだけだ。・・・だから、僕は、僕の使い道を決めたんだよ。」
ちっとも、納得がいかなかった。
そんなことを言うイスさまに。
許されるなら、ほんと、殴りたいけど。
でもそれは、私の役割じゃないから。
ただ、ひとつだけ、これだけは絶対に言わないといけない!
「腐ることの、何がダメなんですかっ!? 納豆だって、豆腐だって、ヤーグルだって! 腐って変化することで、あんなに美味しくて、身体にいいものになるんです! ―――ようは! 腐り方次第、なんですから! イスさまだって、おんなじなんですからっ!!」
「・・・・・???」
唸る私に、イスさまは大きく首を傾げた。
でもすぐに、何か考え込んでいるようだ。
そうよね!
私が、こんなに一生懸命に力説したのだ!それも、カイル・デリートには言わなかったカトレット産品の秘密を暴露してまで、こんなに分かりやすくね!
絶対に、心にずしんと響いてるに違いない。
だから私は、そんなお地蔵さんみたいなイスさまを残して戻ったのだけど、なんとそこにご褒美が!
まさか、ヒイロさまに逢えるなんて思ってなかった。
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「まあ、そんなわけでぇ、イスさまは、きっと、大丈夫です。」
だいぶ温くなっていたグラスの残りを、ツーと飲み干して、結愛は、ハーと息を吐いた。
「えええ~~・・・。なんだよ、それぇ。」
緊張の続く話の最後に、何ていうか、結愛らしい発言を聞いて、俺はぐったりと机に額を置いた。
「ヒイロさま、ヒイロさま。」と肩をつつかれて、のっそりと頭を上げると、邪気のない笑顔が目に入る。
「本当のイスさまは、ずっと優しくて、ずっと強い人でした。ヒイロさまが信じてるとおりです。」
着いたばかりの冷たいビア酒を俺の手元に置いて、結愛はかちんとグラスを合わせる。
「さ、昨日の続きですよ。今日は飲みましょう!」
「―――ああ、そうだな。」
結愛に大丈夫と言われて、俺ももっとイスを信じようと思った。
思い返してみれば、とても疲れた長い一日だったけど、そんなに悪くなかったかもしれない。
イスを辿る時間を過ごしてきて、そこで、色んな人から話を聞いた。
イスを思う人たちの記憶に触れて、前にハロルドが言った言葉が、戻ってくる。
『イス様も、本当は変わることを望んでいる』
シューが変わって、ハルも変わって、ユーディも。
それが間違いなく、イスにも影響があって、それから、良くも悪くも、ルシアナ殿下のこともあって―――、イスはどう変わるんだろうか。
「きっと、お日様みたいなんだろうなぁ。」
優しい金色と、温かなコーラルブルー。
わだかまりが溶けて、心から微笑むイスの姿を想像した。
「んぅ? お日さま?」
「いいや、なんでもない。」
口をモグモグさせながら、色づいた顔を向ける結愛に、俺は軽く首を振った。
「―――なあ、ところで、ユメちゃん、さぁ。」
「んぅ? 何ですか?」
「カイル・デリートに会って、牽制されたんだろ? これから、どうするんだ?」
危険なことからは離れていてほしいけど、俺からは離れて欲しくないなぁ。
俺はそんな気持ちで、ねだるように聞いたのだけど。
結愛は、モグモグごくんと、口の中のものを吞み込んで、事務的に言った。
「そうですねぇ。デリートさまのことは別にしても、カトレット店の復旧の目処が立ったら、その後は領地に戻るつもりです。ちょっと、やりたいことがあるので。それまでに、イスさまのことが、決着が着けばいいなぁ、とは思っています。」
「・・・・・そう、なんだ。」
ユメちゃんがいなくなっちゃうかもしれない? そんな・・・。
転生に気づいて、ユメちゃんに会って、振り回されながらも、長い時間を過ごしてきて、今ここにいる。
アイドル活動も、ユメちゃんの企画で、ハルたちに理解ってもらえて、ユリアンさんたちの協力もあって、ファンになってくれそうな女の子たちだっている。今のごたごたが終われば、本格的な活動だってできるのに、ほんとに投げ出してしまうんだろうか。
いや、そういうんじゃあなくて、俺のことを、過去の陽だった俺も含めて、分かってくれてるユメちゃんが、やっぱり傍にいてくれないと、俺は・・・。
・・・ああ、もう、だめだ。
・・・・・・・・・
俺はすくっと立ち上がると、昨日と同じ、弦楽器を奏でている奏者のところへと向かった。
「ヒイロさま?」という結愛の声が聞こえる。
俺の頭はひどくぐだぐだだし、
それに、どれだけ言葉にしても、結愛にはちゃんと伝わらない気がした。
でも、俺はどうしても、今、伝えたいと思ったんだ。
異国風の織布で作られた帽子を目深にかぶっていた奏者は、前に立つ俺の影に気づくと、音調を変えて、視線を上げる。
帽子から覗く顔は、昨夜も思ったとおり、まだ若く20代半ばくらいに見える。
顔周りの少し長めの薄茶色の毛先が、しんなりと額にかかり、垂れ目がちな赤茶色の瞳が、俺の影でわずかに翳った。
ラ・ララ・ラ~ラ・ラ
俺が音程とリズムを口ずさむと、彼は持っていた弦楽器で、スムーズにそれを復唱する。
それは、たった一発の音取りだった。
「俺に合わせて。」
そう言うと、彼は軽く頷き、さっき鳴らしたフレーズに伴奏をつけて弾き始める。
『アルテミア』のバラード曲『ツクヨミ』。
やっと漕ぎつけた初デートの帰り道、憧れの女性への愛を歌った曲だ。
奈落に落ちたあの日―――ファンに向けて歌ったのは、あの一度きりだった。
♪.♫~ ♩~♪ ♪
あなたをひと目 見て数えた イクヨのツキ
願っていた すれちがうヨルに 燦々と
あなたが 僕の夜にいる この奇跡を
昨日の僕も 今日の僕も あなたはイイと言う
明日の僕が好きと言って?
僕はあなたを愛してる このヨルが止まればいいのに
♪.♫~ ♩~♪ ♪
最後のBメロを歌い上げた俺と、きららかに伴奏を施す奏者の、ふわと微笑みが交わる。
店内を見回すと、そこかしこのテーブルで酒を酌み交わしていた客たちが皆、自慢でもなく、俺の歌と彼の演奏に聴き入っていた。
そして、一際明るい照明の中にいる結愛の、その大きな瞳が潤み、溢れた。
紅潮した頬を流れる一筋の涙が、ぽたりと彼女の左手に落ちる。
ああ、もういい、これで。
そうして、ふぅと大きな息を吐き、天井を見上げた俺の視界は、ぐるりと反転した。
読んでいただき、ありがとうございます!
また、変わらずのご愛顧をありがとうございます
本作を書き始めたときは、50話程度
年明けで終了予定だったのですが
完全に押しちゃってますね;;
途中にエピソード追加してったり
話数ももう幾分伸びそうです
でも ほんの少しでも良くなるよう試行錯誤しながら
練り練りしてるので
ゆったりと読み進めてもらえると、嬉しいかな
最後は、年明けなので、気分も新たに、アピールタイムします
今年もよい年でありますように!
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よろしくお願いします^^