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41.フェルメント帝国の秘宝⑩〜チェイサー1

 ソファから立ち上がったメルゼィ公爵は、マントルピースの前まで行くと、一枚の姿絵をそっとなぞった。そして振り返ると、眉尻を大きく下げる。


「幸い皇宮内ではなかったから、ランカスト侯爵の協力で、私たちは、秘密裏にルシアナをここに移し、出産を迎えたんだ。その時の彼女は、愛する人をなくしたばかりで、それに、身体だって、変わっていくだろう?それを、なかなか受け入れることができなかった。当たり前だよね、ルシアナだってまだ子どもなのだから。・・・だから、生まれてきた子は、私が引き取って、育てることにしたんだよ。」


「その子が、イス様なんですね。」

 俺の言葉に、公爵は、ふっと頼りなげに笑った。


「ルシアナも、イスも、―――私は愛しているのに、なかなか上手くいかない。ここで過ごした期間、ルシアナの症状は改善しなかった。だから、二人を離すことにしたんだ。皇宮の離宮で暮らすようになって、ルシアナは落ち着きを見せるようになった。だから、時々イスを連れて行って、彼女に会わせていたのだけど、母か姉のように懐いていたイスが、物心が付く頃には一切寄りつかなくなってしまったんだ。―――それからは、今のとおりだよ。」


 公爵の話を聞いて、俺は、今日の執務室でのこと、それからイスのことを思った。


 公爵の言うとおり、ルシアナ殿下は、今になってやっと、イスと向き合いたくなったのだろう・・・、でも、イスは・・・。


「―――だからイス様は、いつもあんなに、自分に価値がないみたいな・・・、周りに何も期待してないみたいな、言い方をされるのでしょうか。」


 ずっと俺には違和感があったのだ。

 『毒にも薬にもならない血筋』とか『暇な人生』とか

 恵まれているはずのイスが発する言葉の数々に。


 俺の呟きに、公爵は不思議そうに目を瞬いた。

「イスが、かい? ルシアナとは違って、イスは落ち着いているし、とても素直な、いい子じゃないかい?」


 それを聞いて、俺はまた言葉に詰まる。


 俺でさえ分かる。公爵にとっての大事は、カリナさんとルシアナ殿下なのだ。

 こんなんじゃあ、イスだって、きっと気づいただろう、自分の存在の曖昧さに。

 そうしたら、周りが信じられなくなって、自分の居場所がないような気持ちにも、なってしまうんじゃないかな?


 そう考えると、胸がすごく苦しくなった。


「―――あのっ!! 私がこんなこと言うのはおかしいですけど、公爵はイス様のこと、ちゃんと見てますか? イス様は、公爵の言うような落ち着きなんて全然なくて、不安定で・・・、気づいたらいなくなっちゃってた、とかそんなこと、後で言っても遅いんですよ・・・。」


 口にしたら、するすると出てきた言葉。


 不敬にも程があるし、こんなの、今朝、ユメちゃんが言ってたことと同じだし、単なる俺の八つ当たりじゃん。あああ!どう考えたって、言い過ぎだよ!


 これはもう逃げよう。俺は席を立ち、唖然としている公爵に、大きく頭を下げる。

「申し訳ありませんでした! 俺っ、もう失礼します!!」


「―――待ちなさい!」


 ドアノブに手をかけたところで、呼び止められ、恐る恐ると振り返る。

 ―――すると、公爵は、驚くほどに情けなく眉を下げていた。


「イスは・・・・・・、今朝、初めて私のことを『()()()。』と、そう呼んだんだ。・・・・・すまない。こんなことを言うことさえ、もう遅いかもしれないが、・・・ヒーロクリフくん。あの子のことを、どうか、よろしく頼む。」


 深く頭を下げた公爵を前にして、俺は、表現できない歯痒さをぎりっと噛みしめて、部屋を出た。

 ちょうど準備が終わって玄関先に乗り付けてあった公爵家の馬車に飛び乗り、行き先を告げた。



 ここから皇都までは約1時間。

 整理しなきゃいけないことばかりだ。


 カトレット店のことだろ?

 カイル・デリートのことだろ?

 それにまずは、やっぱりイス様のことだ。


 正直、ここまで時間が空いてしまったら、もうイス様と遭うのも難しいかもしれない。

 でも、御者のおっちゃんが「カトレット店に寄って、赤髪の騎士と話してた。」つってたから。

 ユーディが何か聞いてるかもしれないし、と俺はイスの足取りを辿ることにしたんだ。





 そうして馬車に揺られ、皇都の大通りに戻った頃には、もう日が傾き掛けていた。


 整備された石畳を、かたたかたかたと、小刻みに揺れる馬車から、家路を急ぐ人たちを眺めていると、独り言が口を突いて出てくる。

「はあ、みんな、家に帰れて、いいなぁ・・・・・・・!! あっ!」


 人混みの中、早足で歩く、頭ひとつ飛び抜けた体格のいい男、夕日で更に燃え立つような赤い髪が目立っている。


「おぅ~~い! ユーディィ!!」

 車窓から顔を出して、大きく手を振った。


 すると、赤髪の男―――ソウル殿下の騎士、ユーディ・ランカストは、俺の声にざざっと首を回し、停車した馬車に向かって、ずんずん大股で近づいてくる。


 そうして窓外に立った彼は、馬車に乗ったままの俺と目線が同じ高さだ。

 いつもと違う角度から間近に見る、形のいい額と眉と、彫の深い緑の瞳がきれいだなと見とれていたら、ユーディが性急に声を発した。

「なんだ? ヒーロクリフ。」


「お~~う、待って待って!」

 慌てて飛び降りて馬車を返してから、いつもの馴染んだ高さのユーディを見上げる。

「ユーディを探してたんだよ。どこに行こうとしてたんだ?」


 すると、ユーディは腰に佩いた剣束に左手を添えて、誇らしげに笑った。

「皇宮に戻るところだ。昨日の実行犯を捕らえたから、詰所に引き渡してきた。これから、ソウル殿下に報告する予定だ。」


「捕まえたのか!? こんな早く、すげえな。―――やっぱり、ピソラ商会だったのか?」

「ああ、ピソラ商会から依頼を受けた破落戸(ごろつき)だったよ。イス様が、犯人のいるアジトの場所を教えてくれたんだ。」

「イス様が・・・?」


 その名を聞いて、俺はつい渋面になる。


 ユーディの太い腕をぐいと押して、路地へと連れ込んだ。


「なぜ、イス様がそんな情報を・・・? いったい、どんな話をしたんだ?」

 ひそりと話す俺の剣呑さに、ユーディも声を潜める。


「特に、話、ということもないけど・・・、今日の昼前、イス様がカトレット店にやって来たんだ。」

「ああ、知ってる。」


「―――そうか。イス様は、馬車を降りて俺のところに来ると、胸ポケットから小さな紙片を差し出したんだ。『ここに、行ってみて。お目当ての人物がいるはずだから』って。それには、裏通りのある道具屋の名前が書いてあった。それから、イス様は『置き土産だよ。』って言って笑った。それで、俺はすぐに向かって―――。」


 道具屋に踏み入ったら、本当に、イスの言ったとおり、昨日カトレット店で暴れた男がいて、その場にいた者を全て連行したのだ、という。


「ソウル殿下に報告した後は、おそらく、ハロルドと一緒に、事情聴取とその店の調査に入ることになるだろうな。そこから、ピソラ商会の余罪や、デリート家の関与も、分かればいいのだが・・・。」


「そうか・・・、お前も大変だったんだな。」

「・・・ヒーロクリフも、ずいぶんと顔色が悪いな。大丈夫か?」

 俺がぼそりと言った言葉に対し、ユーディは俺の体調を気にしてくれる。


 先日のファッションショー以来、ユーディの変化はとても大きかった。

 いつも厳しい顔で立っていて、必要以上に口を開かなかった彼が、自分からしゃべるようになった。

 それに、なんてゆうか、言葉や顔色から相手の状況を察知するのが、すごく得意みたいだ。


「うん、今のところはなんとか・・・、サンキューな。・・・えっと、ところで、その後、イス様がどこに行ったか、知ってるか?」


 ダメ元で聞いたけど、やっぱりユーディは、その後の行方を知らないらしい。





 皇宮に戻るユーディと別れて、俺は天を仰ぐ。


 ユーディからは有意義な情報をもらえたけど、イスの行き先については途絶えてしまった。


 さて、ユーディと会った後のイスに声をかけた人物が、もうひとりいたはずだ。

 誰だろうな・・・。昨夜、カイル・デリートと秘密裏に会っていたことを考えると、なんとなくその線が濃厚かもしれない。

 ―――とりあえず、そこから探ろうか。


 昨日のバルで情報収集をしようかと、俺は懐の残金を確認した。

 それから、大通りを渡るために、くるりと足先を変えると―――。


「わっ、いてぇ!! なんだ?」


 ちょうど胸元に目がけて、何かがどんと、ぶち当たってきた。

 倒れそうになるのを何とか踏ん張って見下ろすと、俺の胸元すぐ近くには、柔らかそうな茶色の巻き毛と、俺を見上げる黒糖色の瞳がある。


「あたたっ。ヒイロさまってば、もう、急に振り向くなんて! 驚かせようと思ったのに!」



 それは今朝ぶりに見る結愛だった。

読んでいただき、ありがとうございます!

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