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38.フェルメント帝国の秘宝⑦~長い一日・始

 翌朝の執務室、俺は、ソウルとハロルドに、昨晩の酒場で見たイスとカイル・デリートのことを報告した。




 あの後、結愛(ゆめ)は、俺の手を振り切って、果敢にも二人が消えた個室の前に向かったものの、小袋を受け取ったウエイターにあっさりと追い払われてしまった。


「いいんですか!? ヒイロさまっ! 引き抜き、断固、反対っ!!」

「や、そういう問題じゃないんだって。どう考えたって、危険だからさ。出直そう、な?」


 周りからの視線が刺さるし、まだまだ好奇心でうずうずしている結愛をなんとか屋外に連れ出したものの、イスのことも心配で、俺らは暫くそこに残っていた。


 でも、結局イスに会うことはできなかったんだ。

 クローズの看板を出す従業員に詰め寄ると、とうに裏口から出て行ったらしい。


「もう! もう! 気づいたときに行動しなきゃ、手遅れになっちゃうことだってあるんですよ!? イスさまが、いなくなっちゃっても、いいんですか?」

 真っ赤な顔で、結愛は言い募ったけど。


「ごめん。君が危険に巻き込まれるのは、やだったんだ。」


「――――・・・・・・・。じゃあ、もう、いいですぅ。」

 謝る俺にそれ以上何も言えなくなったのか、結愛はぷいと頬を膨らませて横を向いてしまった。


 正直その頃には、お互いに疲れてぐだぐだで、もちろん、もう『恋の話』に戻る空気にもならなくて、そして、ふらふらと眠る寸前の結愛を送り届けたのが、今朝の未明のことだ。



 俺はその後、重い足のままに、ここに来たのだった。






「―――そうか、イスが。」


 徹夜明けのけだるさを抑えて、なんとか報告した俺に、ソウルがくれた言葉はそれだけだったが、その眉根には、ここ一番というくらいに深い皺が刻まれている。


 仲間内ではいつも甘いソウ様だから、こういうことがあると、人一倍きついだろうな。


 その心の内を思って口を閉ざしていると、執務室外の守衛から、来客を告げる声があった。

「ソウル殿下、ルシアナ皇女殿下がお見えです。」


「姉上が・・・? ―――わかった。」

 低い声で応えると、ソウルはさっと身を起こして自ら扉外へと向かう。


 ハロルドが机上の書類を整えて、お茶の準備にとりかかり、残った俺がソファ近くをさっと整えて、壁際に移動したところで、ソウルに手を引かれたルシアナ殿下が現れた。


「どうぞこちらにおかけください、姉上。」

「まあ、ありがとう。ソウル。」


 薄紫色のドレスに身を包み、ソウルのエスコートで、流れるように腰を下ろすルシアナは、今日もとても麗しい。

 そして、優雅な視線で部屋の中を見回した彼女は、俺に目を留めると、にこりと微笑んだ。


「まあ、ヒイロさんも、いらしてるのね?」

「は、はい。先日は、ありがとうございました。」


 くっ。こんな朝に、そんな眩しい笑顔で、名前を呼ぶなんて、反則だ!

 ユーディの気持ちがよく分かる―――って、そうじゃなくて。

 報告を終えたらすぐ帰って寝ようと思ってたのに―――ああ、どうしよう?

 先日の茶会も妙な感じだったし、彼女は何を言いにここへ来たんだろう?

 気になるじゃないか。


「ああ、そういえば。先日、ユーディたちとお茶をご馳走になったと言っていたな。」

 ソウルは頷いて彼女の向かいに座る。

 はい、そうなんですと、流れのままに残ることになってしまった。


 俺はソウルの後ろに立ち、そんな俺の隣にはハロルドが、ルシアナ殿下の後ろには、侍女二人が控えた。



 ハロルドの淹れた特上のお茶を嗜むルシアナは、そのささいな仕草さえも美しい。

 凝視しちゃうのはどうしようもないよな、なんて、ぼんやりしていると、ソウルが口火を切った。


「ところで、姉上。本日は、どのようなご用事で?」

「―――聞いたわ。カトレットのお店が大変だったんですってね?」

「ええ。ご心配いただき、ありがとうございます。」

 淡々と言葉を返すソウルに、彼女は少し考えるように間を置くと、笑顔のままに首を傾げた。

「―――あのね、ソウル。ユーディと、()()()は大丈夫だったのかしら?」


 ()()()・・・。ユメちゃんのことかな?

 と、一瞬思ったけど、どうも違うようだ。


 じっとソウルを見つめたままのルシアナに、ソウルは変わらず静かに答える。

「ユーディを含め、負傷者は、おりません。()()も、無事だと聞いています。」

「そう・・・、なの。」


 そう呟いたルシアナは不安げに表情を曇らせて、カップから離した手を所在投げに漂わせた。

 ソウルの背が一瞬びくと動き、俺の喉が、ごくりと動く。


 よくわかんないけど、なんか、緊張感、やべぇ。

 ・・・だけど、そうか。『あの子』って、イス様か?

 ってことは、ルシアナ殿下がお茶会で気にしてたのも、イス様のこと、だったのかな?


 (こわ)ばったソウルの肩から視線を戻すと、ルシアナはずっと落ち着かない様子で、両手の重ねを幾度も替えている。見かねた侍女の一人が「ルシアナ様」と小声で何かを耳打ちし、ルシアナはほぅと小さく息を漏らして、微笑んだ。


「そう、無事だったのなら、いいの。―――それで、あの子は、ここには、いないの?」

 ふわり微笑みを戻したルシアナに、ソウルの背が、またびくと震える。

「―――ねえ、ソウル。わたしを、あの子に会わせてもらえないかしら?」


「・・・姉上」


「あの子が、昔からわたしを避けているのは知っているわ。それに、ソウルがあの子をわたしから遠ざけていることも。でも、もう、いいでしょう? わたしは、あの子が危険かもしれないと思って、心配な、だけなのよ。ソウルは優しいし、分かって、くれるでしょう? ね、わたしに意地悪をしないで?」


 そう言って、にこり、と、首を傾けたルシアナに咄嗟に応えたのは、でも、ソウルではなくて、ハロルドだった。

「殿下! それは・・・!」


「ハル!!」

 そんなハロルドを、ソウルは手を挙げて制すると、きっぱりとした口調で言った。

「姉上。イスは、ここにはおりません。―――どうか、お引き取りください。」

「ソウル・・・、どうして?」

 ルシアナの瞳がじわりと潤む。


 ソウ様って普段も、必要以上に女性には近寄らないけど、実の姉にも、こんなに厳しいのか・・・。

 いや、ソウ様が皇族の中で複雑な立場にあるっていうのは知ってる。

 だけど、先日のお茶会で、ルシアナ殿下はソウ様のことを気にかけていたし、彼女とはちょっと違うのかなって、勝手に思ってたんだ。


 なのに、涙ぐむルシアナを見てもソウルは動じる様子もないし、頼りのハロルドは、なぜか横で静かに怒りを募らせているし、かといって、向かいにいるルシアナの侍女らも彼女をなだめる様子はない。


 俺はひとり、おろおろと視線を彷徨わせた。


 徹夜明けで完全第三者の俺に、この状況は荷が勝たん!

 ああっ、変な好奇心を、持つんじゃなくて、すぐに帰ればよかった!


と言っても、後の祭りである。

 制御の利かない頭で、ぶつぶつ文句を口走りそうになって、逃げたい気持ちで出口を見た俺は、そのとき、ちょうど音もなく開いたドアの隙間に、見ちゃいけない人影を見てしまった。


「・・・イ(ス様)」

 寸前で止まった口を褒めてほしい。


 なのに、耳敏いハロルドが目を止めてしまった。

 それからソウルも、そして、ソウルの視線を追ったルシアナも振り返って―――

 皆の視線の中ドアは開き、すたすたと歩いてきたイスが、ソウルの横に投げやりに座る。

 イスは、ふてぶてしさ全開といった態度で、その長い脚を大きく組んだ。


「イス、お前・・・。」

 ソウルが低く唸る。


 一方で、ルシアナはその一挙手一投足を瞬きもせずに追っていたが、徐々に、その瞳からは、ぽろぽろぽろぽろと、真珠のような涙がこぼれ始めた。


「ああ、イス・・・ほんとうに? どうして・・・こんなに、似ているなんて・・・」


 ぽろぽろと流れるままに、ついに両手で顔を覆ったルシアナを、イスは表情も変えず静かに見ていた。  


 やがて、この場には似合わない妙に張った声で言った。

「あのさぁ。そうやって悲劇ぶって、ソウルの気持ちを逆撫ですんの、もう、やめてくんないかな?」


「・・・イス?」

 顔を上げたルシアナの瞳が、ふるっと震える。


「それと、どうせ僕はもう、ここには来ないからさ。貴女も、もう来ないでよね。今日は、それを言いに来ただけだから。」

「イス、何を・・・」

 組んでいた脚をほどいてすっと立ち上がったイスの手を、ソウルが咄嗟に掴む。


「ごめんね、ソウル()()()。」

 イスはそう言って、にこりと、笑顔でソウルの手を振りほどくと、そのまま振り返らずに出口へと向かう。


 それは別に早足でも何でもなかったけれど、気持ちがまるで追いつかないスローモーションの俺らを振り切っていく。

 そして、ばたんと、ドアの閉まる音がして。まるで魔法が解けるように、部屋の中の時間が動き出した。


 わっと手で顔を覆うルシアナと、それを慰める侍女ら。

 青ざめて立ち上がったソウルをハロルドが引き留めて首を振り、そんなハロルドと俺は目が合った。


「行け、頼む」と。


 ―――俺は頷いて、イスの消えたドアを飛び出した。

毎度、読んでいただき、ありがとうございます!

次話、お楽しみに。

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