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36.フェルメント帝国の秘宝⑤~守るべきもの

前話のつづき、ソウル回想の2話目 になります

お忘れの方は、前話を読んでください

 ほんの少し前の穏やかな空気を壊す、その泣き声に、僕は胸の痛みを忘れて、目の前の大きな扉を押し開けた。



 部屋の中では――――

 一人掛けの椅子に座り込むルシアナ姉上は、両手で顔を覆っていて、その足元には、額から血を流したイスが、ギャンギャンと大泣きしている。


 その状況に、あまり想像したくない情景を思い浮かべてしまい、僕はぶんぶんと頭を振って、イスに駆け寄った。


「イス!? 姉上、いったい、何が・・?」


 そうっと背中を抱き寄せると、イスは、泣いているせいか、身体がひどく熱い。

 そして、抱き寄せた僕に訴えるかのように、ますます、けたたましく泣きあげる。


 一方の姉上は、顔を覆っていた両手をそうっと下ろし、そして僕と目が合うと、大きくびくっと肩を震わせ、その瞳に恐怖の色を浮かべた。


「ご・・・、ごめんなさい、ごめんなさい! わ・・・わたし・・・。」

「謝らないでください、姉上。僕は、大丈夫ですから、」


 ぶるぶると震え始めた姉に、とまどいながら手を伸ばす。

 なのに、姉上は「ひっ」と短く叫んで、僕の手から遠ざかった。

 そして、がくがくと震え始める。


「い・・・や! 嫌です!! 許して、ください! お願い!! もう、会ったりなんて、しないから・・・! だから――――、連れてか、ない、で!」


 そのあとも、「お願い、お願い」と繰り返して言いながら、体を小さくしていく様子に、僕はただ、腕の中のイスをぎゅうっと抱きしめた。


 姉上・・は、僕の向こうに、僕じゃない誰かを見ているのかな。


 そう気づいてしまって、だんだんと頭が冷えてくる。

 まるで夢と現実、舞台と観客席のように、見えない壁がそこにあるみたいだ。


 見上げると、舞台の上のルシアナ姉上は、ぽろぽろと涙を流しつづけている。


 きっと、このまま僕たちがここにいても、姉上は泣き止まない。


 ――――僕は、泣くイスを抱きかかえて、姉上の部屋を後にした。




 

 早く、姉上の部屋が見えないところに。


 駆け足で廊下の角を曲がる。

 曲がったら詰めていた息がふぅと出てきて、僕は抱えていたイスを、よいしょと抱え直した。

 幸いイスは泣き止んで、僕の首にぎゅっとしがみついている。


 あったかい。


 イスの体温と腕の重みが、そのときの僕の拠り所だった。


 イスの怪我を見てもらわないと・・・!

 どうしよう? どこに行けば・・・。


 姉上のことは秘密にしなきゃならない。

 医者に聞かれたら、何て答えたらいいのかな。


 僕はやっぱり子どもで、どうしたらいいか分からなくて、その時、頭に浮かんだのは、いつも厳しいことを言う宰相の顔で・・・。


 そうして、無意識に辿り着いたのは、通い慣れた宰相室だった。


 けれど、執務室の扉を開けた先に、宰相はいなくて、代わりにいたのが、ハロルドだった。


「ソウルさま? えっ、一体どうなさったのですか?」

 僕は、ハロルドの声を聞いて、イスを抱えたまま、その場で座り込んでしまった。


 宰相の息子のハロルドは、1年ほど前から宰相に連れられて、皇宮に来ている。

 彼の兄のレオナルドが、誰とでも気軽に話しているのとは逆に、ハロルドはいつも下を向いていて、誰かと話しているのを、僕は見たことがなかった。

 でもそれだけでもなくて、いつも、周りをじっと観察していて、なのに、僕の視線に気づくと、すぐにまた下を向いてしまう。


 だから、このとき、まともにその赤い目を向けられ、子どもにしては少し低い声で僕の名を呼ばれて、でも叫ぶでも慌てるでもなく冷静な態度の彼に、なぜか安心してしまったみたいだ。


「公爵家のイスさまですよね?」

 ハロルドが首を傾げて覗き込む僕の腕の中では、その頃には泣き疲れてしまったのか、イスが目を閉じ眠っていた。


 ほっとして、でも言葉もでなくて、顔を上げる。

 すると、すぐ近くにあるハロルドの赤い瞳と、もう一度目が合った。


 ハロルドは、そんな僕の視界から無言でいなくなると、しばらくして、隣の仮眠室から大きなクッションを抱えてきた。

 そして、僕の横に置いてくれたその上に、イスをそうっと降ろして、僕は、やっと大きく息を吐くことができたのだった。


「よく、眠っておられますね。」

「うん・・・。そうだね。」


 眠るイスの額には、こすれたような血の跡が残っていた。

 閉じた綺麗な金色のまつげも朱にそまっていて、そっと指でこすると、イスは逃げるように頭を動かす。


「それではいけません。少しお待ちください。」

「ああ・・・、うん。」


 ハロルドが立ち上がったのを見送って、またイスを見ると、動いた先ですやすやと寝息をたてていた。

 額と前髪に残る血の生々しさを除けば、ふっくらとした頬と唇には血色も戻り、大事はなさそうに見える。


 手を伸ばして、そうっと髪に触れる。

 イスのひだまりみたいな金髪は、遠くから眺めて想像していたより、ずっとずっとふわふわで柔らかかった。


「ソウルさま、こちらを。」

「・・・ありがとう。」


 湯を張った桶と手拭き布を受け取り、そっと額を拭うと、イスの表情が緩む。

 出血の量に比べると、けがの大きさは小さくて、ハロルドの差し出す綺麗な布を当て、動かないように固定した。


「ソウルさまも、お着替えください。」

 ついで見計らったかのように、綺麗に畳まれた洋服を差し出す彼の視線をたどった先――僕の肩は、イスの涙と血で、白いシャツが薄く赤色に染まっていた。


 ああ、こんなことにも気づかないほど、必死だったんだなぁ。


と、なんだか可笑しさがこみあげてきて、その場に足を投げ出した。


「ありがとう、ハロルド。・・・君がいてくれて、嬉しかった。」

 そう言ってみたら、ハロルドは一瞬眉を寄せ、それから年相応に子どもっぽい笑顔になる。

 それが何故か嬉しくて、だから、僕は、そのついでにと、その時心に浮かんだことを、そのままに口に出すことにしたんだ。


「僕はこれから、イスを、僕の特別に・・・。大切に守りたいんだ。優しくしてあげたい。」

「――――そうですか。それでは、私もそうします。」


 そう言ってくれたハロルドに、俺は自然と頬が緩んだ。



----------------------------------------------------------------------



 それからの俺は、誰かに認められることを期待するのはやめた。


 ハロルドは、大人がいるときはやっぱり言葉を話さないけど、時々ふと彼の視線を感じると、とても心強かった。そして、従弟のイスは皇宮に来ると必ず俺のもとへやってくる。

 この小さな存在を守るために俺は力をつけるのだ、そう決心すると、諦めようと思っていた気持ちも消えて、自分の意見を通すためにはどうしたらいいのかと、考えるようになった。



 それは宰相室を離れて、俺の執務室を得てからも続いている。


 ハロルドは、家族とのしがらみもあっただろうに、今は俺の一番の理解者として、ここにいてくれる。

 独立した直後から俺についてくれているユーディ、舞踏会の夜に迷い猫のように震えていたシュー、俺を使って欲しいと必死な顔でやってきたヒーロクリフ。

 いつの間にか人数が増えてしまったけれど、俺はこの手の中に入れた特別な彼らを、力の限り守りたいと、いつも思っている。


 もちろんイスは今も特別に大切な存在で、特殊な生い立ちに起因する、ガラスのように繊細なあの子のことを、守らなければ、と思う。

 そして、願わくば、何物にも代えられない存在なのだと、気付いてほしい。

 いや、正しく言えば、気づいたからこそ投げやりになっているのだろう。

 それを見ているのは心苦しいから・・・。

 以前のイスのように、もっと愛されても愛してもいいのだ、と理解(わか)ってほしい。



 そう思うのだ。

いつも、読んでいただき、ありがとうございます

年齢紹介 第5弾です


【あとがき小話】

ハロルド「やっと私たちの番ですね、ソウ様。」

ソウル 「ああ、そうだな。ハル、何か説明するか?」

ハロルド「・・・そうですねぇ。では、一言。

     子どものソウ様は、そうは言いますけど、お母上譲りの容姿で、

     私なんて目も合わせられないほどの麗しさだったのですよ?

     これ、ほんと。

     それから、見た目に反する思慮深さ! さらに!

     俺が手助けしなきゃと思わせる脆さも垣間見えて

     ・・・<以下、省略>」

ソウル 「――ハルは、親しくなるほどに、饒舌になるのな?」

ハロルド「・・・・・。」


ハロルドが押し黙ったところで、ソウルとハロルドは同い年の22歳。です。

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