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35.フェルメント帝国の秘宝④~従弟

今回次回と、ソウル視点→回想 でのお届けです

 執務室に報告に来た騎士の他10人ほどを連れて、俺、ソウル・ド・フェルメントは店に到着した。


 通りに面した店先には、挙動不審にぷるぷると揺れているカトレット嬢と、その横に跪いたヒーロクリフが見えた。


 あいつら、こんな時に何やってるんだ? あれに関わるのは嫌だな、と一瞬思ったが、仕方ない。

 事件の収拾はしなくてはならない。


「ヒーロ、早かったな。どうなってる?」


 とっくに俺らの気配を察してるだろうヒーロクリフにそう声をかけ、すっと令嬢らしい顔つきに戻ったカトレット嬢と、建物付近から駆けつけてきたユーディから状況を聞く。


「ちょうどお昼の時間に、昨日の男が来たんです。また何を言うつもりかしらと前に出たら、店の製品を壊して騒ぎ始めて、それで止めようとしたら、急に店中のガラスが破裂するみたいにバンと飛び散って―――。」

「客の安全を確保した後、数名、調査に出しました。店を休業にして、居合わせた客と従業員から状況を聞いたところです。カトレット嬢の言う男は騒ぎの中で逃がしてしまい、まだ捕えていません。」


「・・・そうか。」


 二人とも心身のダメージは少なそうだ。

 ただ、カトレット嬢の白い頬に走る傷跡が目に付いた。

 守ってやれなかったか、と俺の力不足にまた気持ちが引き締まる。


「・・・ご令嬢に、傷を・・・。申し訳ない。」

「いえ、こんなの、すぐ治りますから!」


 彼女は健気にもにこりと笑う。

 その表情に曇りはないけれど、彼女も年ごろの令嬢だし、カトレット子爵の一人娘だ。

 預かっている俺の責任は重い。


「・・・すまない。後で、必ず、医師に見せてくれ。」


 俺の言葉に頷くカトレット嬢のすぐ後ろでは、ヒーロクリフが、どこか気まずそうに後ろに手を回した。

 俺は、心の中で、くすりと笑う。


「ユーディは引き続き情報収集にあたってくれ。何かつかんだら、ハロルドに。ヒーロクリフは、今日はこのままカトレット嬢の傍にいるように。」


 ぴくりと肩が動いて、ぱっと顔を上げる様子は、かわいい弟を見ているようだ。

 そして、その『素直な弟』とは反対、もうひとりの弟分、イスがここにいないことに、不安を覚えた。


「ユーディ。――――イスはどこにいる?」

「イス様は、暴動の後、すぐに外に出られまして、―――行き先は、まだ分かっていません。」


 深く頭を下げるユーディに申し訳なく思う。

 眉間がきりきりとしてくる。


 あいつは、何故こうも、軽々しい行動に出るのか。

 周りの心配を他所に、自分の身をないがしろにしようとするのか。

 本来なら、あいつは、俺よりもずっと――!


「ユーディ、早く、犯人を確保しよう。イスも、だ。」

 俺は、軽く首を振って、ユーディにそう指示をした。






---------------------------------------------


 俺は、このフェルメント皇室の第二皇子として生を受けた。

 第二皇子と言いながらも、母親は身分が低く、そして俺を産んですぐに逝ってしまったため、俺自身には後ろ盾というものがない。

 生まれながらに『力のない皇子』であった。


 そのためなのだろう、俺には、兄上と同じいわゆる帝王教育を施されることはなく、5つになる頃には、宰相や文官のいる部屋に連れていかれて、「皇太子の臣下として力を果たすのだ」と教えられた。


 宰相室で行われる政治や経済の話、そこにある歴史書や法律書、そういったことを知るのは面白かったし、俺が質問すると彼らはとても丁寧に教えてくれた。

 でも、俺が「もっとこうすればどうか」と意見を言えば、「殿下の意見は叶いません。」と、繰り返し繰り返し、機械のように諭された。


 そうしているうちに、俺も、だんだんと諦めがついて、相手に求められたことを卒なくこなす、『とても聞き分けの良い子ども』になっていた。

 力を抑えて多くを望まなければ、皇宮の人々は皆優しく、生活は平和で、俺の心は穏やかだった。



 だけど、父である皇帝の前だけは、別だ。


 俺と同じ、冷たいアイスブルーの眼が、俺をじろりと見る。

 皇帝の眼には何の感情もなくて、それは、ただの道具を見る目だ。

 そんな皇帝の眼に映る俺の姿が嫌で、俺は視線を外す。

 そのくせ、皇帝が離れていくと、その背中が見えなくなるまで、ただじっと見てしまうのだった。

 

 ――そう。俺は、よく、皇帝の背中を見ていた。


 皇太子や、ほかの皇子皇女に会うと、皇帝は、少しその背を丸けて、身をかがめる。

 そんな時、皇帝の冷たい眼差しには、ほのかに光が宿った。


 俺はちゃんと分かっていた。

 それは、俺には決して向けられない希望で、皇太子たちと俺は違う存在なのだという、ただ、その事実があるにすぎない。


 そして、皇帝には、もっと『特別』があった。

 それは、従弟のイス・ド・メルゼィの存在だ。


 ときどき叔父のメルゼィ公爵に連れられて皇宮にやって来るイスは、日だまりのような淡い金髪に、温かな春の海の瞳、笑えば天使みたいで、泣くのさえ真珠みたいに綺麗な、4つ年下の男の子だ。


 にこにこしながら、大人たちの中をぽてぽてと歩いてくるイス。

 それを見る皇帝の瞳は、無条件の愛情がこもった『特別』な眼で、皇帝のあの冷たさは、とたんに溶けてしまう。


 ――――――俺は、それを遠くから見ていた。




 そして、宰相室に通うようになって3年ほど経った、ある晴れた日のこと。


 少し重い本を抱えて皇宮の廊下を歩いていると、その先をひとり歩くイスの後ろ姿を見つけた。

 5歳になったばかりのイスは、弾むような軽い足取りで皇宮の奥へと向かっていく。


 どこに行くんだろう? ひとりで大丈夫なのか?


 気になって、少し離れて後を追う。

 イスは、それが通いなれた道であるかのように、迷いなく進んでいく。


 そうして、ある部屋の前に辿り着くと、大きな扉を身体全体で押して、自分一人が通れる隙間から、するりと中に入って行った。


 そうっと近づいて、閉まり切っていないドアの向こうを覗く。

 そこに見えたのは、姉のルシアナの膝に抱き着くイスの姿だった。




 ルシアナ姉上は、きらきら輝く宝石みたいに誰よりも綺麗な人で、そして、立場の弱いこんな俺にも、優しく話しかけてくれる人だった。


「まあ、今日もお仕事なの? まだ小さいのに、大変なのね。」

 鈴の鳴るような声でそんな風に言っては、にこにこしながら俺の手をとり、さわさわと撫でる。


「姉上は、どうして俺に優しくしてくれるのですか?」

「・・・そうねぇ、何故なのかしら?」

 あるとき、つい口から出てしまったその質問に、彼女はきょとんと首を傾げ、それからすぐに、いつものふわふわした顔で笑う。


「姉上は何がお好きですか?」

「・・・そうねぇ、わたしの好きなもの・・・、何だったかしら?・・・そうだわ。歌うのは好きよ。・・・いいえ、やっぱり、大嫌い。」

 あるとき、姉上のことをもっと知りたくて聞いたら、彼女はそう言って、やはりふわふわとした顔で笑った。


 捉えどころがなくて、大人なのに子どもみたいな人、それでも、妖精みたいにきれいで大好きな僕の姉上だ。




 そんなルシアナ姉上が、駆け寄った小さなイスを、白く細い腕で抱き上げている。

 僕はその光景を見て、胸がぎゅうっと痛くなった。


 もう、イスは大丈夫なんだから離れないと――――。

 そう思うのに、足がちっとも動かない。

 動いてよ!僕の足――――!!


 下を向くと、少し足先がすり減った革靴がゆれた。

 そのとき、部屋の中から微かに、優しくて涼やかな唄声が聞こえてきたのだ。



 ル~ ラララ~

 わたしの かわいいこ

 きらきら おほしさま

 ふわふわ くものうえ

 おやすみ おやすみ



 足元を見る目の奥がじわりとしてきて、急いで目元をこする。


 ――――見たくなかった。ついて来なければよかった。

 イスはみんなの特別で、僕は誰かの特別になんか、なれない。


 この唄を、きっと僕は忘れない。

 そうして思い出すたびにまた、胸がこんなに痛くなるのかな。


 そう思うと怖くなって、僕は音をたてないように、ドアから一歩後ずさった。


 だがそのとき、どすんと何かが落ちるような音がして――

 「ぎゃあっ」と泣き叫ぶ子供の声がした。

毎度、読んでいただき、ありがとうございます

年齢紹介 第4弾です


【あとがき小話】

ソウル「今日も姉上はとても綺麗です。」

ルシー「まあ、大人みたい。お世辞がとっても上手だわ。」

ソウル「そんなんじゃ、ありません。ほんとうに綺麗で、僕・・・。」

ルシー「ふふっ。でも、わたしはもう20なのよ? あなたは今いくつなの?」

ソウル「僕はもうすぐ9歳になります。」

ルシー「・・・・そうなの?」

ってことで、当時、ソウルは8歳、イスは5歳、ルシーは20歳。でした。

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