34.フェルメント帝国の秘宝③~皇都カトレット店2
皇都カトレット店は、皇宮の正門から東へと真っ直ぐに延びた大通りの一角にある。
皇宮からも比較的近いそこに、俺は駆け足で向かっていた。
人波に逆流するように、かき分けて進む。
「カトレット店は、今日臨時休業ですって。」
「さっき店の前に行ったんだけど、大変そうだったわ。ほんと、ひどいことをする人もいるわね。」
いつの時代も、火事場のなんちゃらというように、さっきまで野次馬が集まっていたようだ。
『カトレット』という単語が、その人波の至る所から聞こえてくる。
ユメちゃんは――――、店のみんなは大丈夫だろうか。
知らず、不安な気持ちが募っていく。
だから、店に着いて、その店先に立つ結愛が目に入ってきたとき、俺は安堵のため息を漏らして、しゃがみこむしかなかった。
「ヒイロさま!?」
そんな俺を見つけて、結愛が駆け寄ってくる。
良かった! 無事だった!
「どうしたんですか? ヒイロさま! すごい汗が――!!」
そう言われて、俺は初めて白い舗装に滴り落ちる汗に気づいて、袖口でぐっと額を拭った。
困惑しているのか、俺と店を交互にきょろきょろ見ている結愛に、見上げるように視線を合わせると、結愛はぴっと動きを止めて、一歩後ずさった。
「暴動が、あった、って、さっき、聞いて。」
思いのほか、息が切れる自分にちょっとびっくりだ。
激しいダンスをしながら歌うために、肺活量だって鍛えてあるはずなんだけど、どんだけ必死だったんだ、と、こんな時なのになんだかおかしくなって、うっかり笑ってしまった。
それにつられたのか、彼女もふっと笑って、俺は「あ~~」と、喉から変な声が出る。
「嬉しいです。心配してもらえるなんて。・・・えっと、ちょっと窓が割られちゃって、びっくりしましたけど。」
店の方を振り返りつつ、結愛がそう言うので、俺もその視線を辿る。
通りに面したショーウインドウや窓のほぼ全面のガラスが割れ落ちていて、店の従業員やユーディが引き連れてきた騎士らが、片付けをしていた。
落ち着いて見ると、結愛も、いつもは降ろしている髪を無造作に束ね、袖口とスカートの裾を絞っていて、とても貴族令嬢という装いではない。
「はぁ、昨日のクレーマーの仕業だと思います。最近、色んなことがあまりにもうまく行ってたから、私も調子に乗っちゃってたんですよね。ひとまず、けが人も出なくて、良か・・・・・いっ、たぁ。」
へにゃりと情けない笑顔を浮かべて頬を掻いた結愛は、瞬間、ぎゅっと眉をしかめて、手を止めた。
「どう、した?――――血が出てるじゃないかっ!」
俺はすかさず彼女の手を握ってどけると、顔を近づける。
彼女の白い頬には、うっすらとだが、3cm程の細い線が真っ直ぐに走り、そこから2箇所、ぷくりと玉状の赤い液体が浮いていた。
素早く、ぐっと白い袖口を押し当てると、じわりと赤く滲む。
「・・・ダメです! ヒイロさま」
「いいから! ちょっと、じっと、してなって!」
腕に結愛の手が掛かって離れようとするけど、俺は離されるものか、と彼女の顔が動かないように、反対の手で後頭部を押さえて、ぐっと手首を押し当てた。
「ダメ、です、ってぇ・・・。汚れちゃい、ます、から。」
とてもしゃべりにくそうにして、嫌がる結愛と目が一瞬合って、あ、と俺は思い出す。
「ご、ごめん! 俺が汗を拭ったのじゃあ、汚れちゃう、よな?」
「そう、じゃぁ、なく、ってぇ!」
ふと緩んだ俺の腕を、結愛はぐいと押しやって、ああっ! と袖をたぐり寄せた。
「ヒイロさまのご衣装を! 私なんかの血で――・・・。」
なんか、と言われてむっとした。
俺は、さっきまで結愛の頭を押さえていた手で、彼女の側頭部をぐいと撫でる。
その俺の強引さに、何か感じるところがあったのかもしれない。
結愛は俺を見上げると、はっとした顔をして、口を閉じた。
「とても、心配、だったんだ。」
「・・・はい。」
「頼むから、あまり、危ないことはしないでほしい。」
「はい・・・。でも、これは! ・・事件の時じゃなくって、さっき、片付けの時に、破片に掠ったんだけで――――。」
「・・・そうか、分かった。でも、傷ついてほしくないんだ。」
頬の出血は止まったようだけど、細い筋はまだ赤く痛々しい。
洋服のところどころについたままの透明なカケラが気になって、俺はそれらをさっと払った。
「いいです、大丈夫です! ヒイロさまの手が!」
って言うけど、ガン無視だ。
そうしてると、結愛は動けないままに俺の傍にいてくれたから、俺はそれをいいことに、通りの方からばたばたと駆け寄ってくる集団が近くに来るまで、それを続けていた。
読んでいただき、ありがとうございます
年齢紹介 第3弾も、お楽しみください!
【あとがき小話】
ヒイロ「ユメちゃん、えっと・・・、ちょっと聞きたいんだけどさ。」
ユメ 「はい! なんですか? ヒイロさま!」
ヒイロ「プロフのここ、『ユーミラン・カトレット、年齢非公表』って、なってるけど・・・」
ユメ 「えへっ。だって、その方が、読者が自己投影しやすいでしょ? ヒロインになりきって、推しメンとの妄想を・・・」
ヒイロ「えっ、ユメちゃんに、投影するの?(ほんとに?)」
ユメ 「はいっ! 領主の娘でやりたい放題、優しいお父さまに、納豆だって食べ放題ですよ!? 悪役令嬢でも、平民でもない、なんという恵まれ設定!!」
ヒイロ「・・・そう、なのかな?(でも、ユメちゃんがユメちゃんじゃないって、どんな感じなんだろう?)」
ユメ 「やだぁ、ヒイロさまってば! そんなに寂しそうな顔、しないでください! 私が私でいる限り、ヒイロさま推しなのは、変わんないですから、ね?」
ってことで、
ユメは本人希望による『非公表』です