表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/49

33.フェルメント帝国の秘宝②~皇都カトレット店1

 ルシアナ殿下のお茶会から数日


 俺は、お茶会で感じた違和感みたいなものが気になりつつも、毎日が忙しく、その時の出来事を、結愛やユーディと話し合うこともできないままに過ごしていた。


 ランカスト邸のファッションショーの後にオープンした皇都のカトレット店も、オープンからもう一月(ひとつき)だ。

 ソウル陣営では、開業準備の後始末とこの1ヶ月の販売戦略で、みんなが駆け回っていたのだ。だけど、それも、もう少しで、一息つきつつある。


 そういうわけで、俺は今日も、ソウル殿下の執務室で、その仕事―――ハロルドから頼まれた書類整理をしている。



「すげぇ。」

 資料に書かれた売り上げの数字を並べ見て、つい口から独り言が出た。


 売上額も顧客数も、天井知らずってこういうことか。

 前世日本で、俺のデビュー直後の数字を、プロデューサーから見せてもらったこともあるけど、比じゃないわ、これ。

 まぁ、売ってるものが違うから比較もできないんだけどさ。



 結果、結愛が準備したPR戦略は、全て大当たりだ。


 ビア酒、豆腐などのカトレット領特産の食品のほか、カトレット領の発酵菌研究所で育てたヤーグル菌や納豆菌を使った健康飲料や栄養補助食品、美容品に至るまで、皇都の令嬢やご婦人を中心に、(くち)コミでどんどんと購買層を広げている。

 それは、店舗や行事での試食・試用という形で、カトレット産だと大々的に打ち出すために結愛がデザインした独自のキャラクター『執事熊(カトラー)』とともに。

 カトラーは、小さな子どもから年配のご婦人まで大人気で、皇都店に定期的に現れるそれを一目見ようと、人々が押し寄せているのだった。



「すげぇ、なぁ。」

 天を仰いで、もう一度言葉にしたら、瞼の裏に笑顔の結愛が浮かんで、言葉にならなくなる。


「呆けてる暇は、ないぞ?」

 背中をぐいと押されて目を開けると、ソファの横を通り過ぎながらハロルドがソウルの執務机に向かうところだった。

 俺は、せいっと重い腰を上げると、その後ろに並ぶ。


「カトレット皇都店の売り上げは想定以上です。ピソラ商会からの顧客の流れも本格的に目立って参りました。」

 そう言って、ハロルドは、俺の整理した資料を出せと視線で促した。


「そうか。ほぼ予想どおりの展開だな。問題は起こっていないのか?」

 俺の手から資料を受け取って、さらさらと目を通したソウルが、俺らを順に見る。


「ピソラ商会からは、探りと妨害が入っていますね。」

「まあ、そうだろうな。」

 そう言ったソウルは目を瞑って腕を組んだ。


 そうやって、頭の中で考えを巡らせてるのだろう。

 ハロルドは少し口角を上げながら、言葉を待った。

 彼ら二人の阿吽の呼吸は日に日に増しているようで、俺もわくわくしながら、それを待つ。



 その時、背後から「あ!」と声が上がった。

 さっきまで、結愛からもらったアイマスクを付けて、ソファでうたた寝をしていたはずのシューだ。


「そういえば、俺、一昨日の演奏会で、カイル・デリートに声をかけられたよ。『ピソラ商会の件は、デリート家としても不本意だ』って、さ。」


 ソファの背もたれに両腕を乗せて、細い顎を載せている。

 少し寝癖のついた頭を傾けるシューは、今日も抜群にかわいい。


「なに? シュー。それで、絆されちゃったってわけ?」

「やめてよ、ヒーロ、そのにやけた顔。そんなわけないじゃん。あいつ、優しげな顔して近寄ってくんのに、目がぎらぎらしてんだもんな。冷静を装ってたけど、自分が主導してた事業が上手く行かなくなって、内心煮えくり返ってんだろうなぁ、とか思っただけだよ。そんで、わざわざ俺に声をかけてくるなんて、仲間を切るって言ってんのか、ほかに何かたくらんでんのかは、分かんないけどさぁ。」


 背もたれに乗せた腕を肘に変えて、伸び上がるように体勢を変えたシューが口を尖らせる。


「他に、何か言っていたか?」

 そう言いながらソウルがソファに移動したのに従って、ハロルドと俺も空いた席に座った。


 シューも体勢を戻して、にかりと笑う。

「ソウ様とイス様のことをしゃべってた。あと、カトレット嬢のことも少し。」


「この件に皇家がどれだけからんでいるか、もしくは、事業の主導者がどちらなのか、探っているということだろう。あの男らしい。デリート家がこんなに早く表に出てくるとなると、ちょっと厄介ですね。」

 ハロルドがため息をついて、ソウルが頷く。


 俺が前にした調査でも、カイル・デリートは柔和で人当たりが良い反面、隙がなく頭も切れる人物だった。

 その男が、ソウ様やイス様だけでなく、ユメちゃんに目をつけたかもしれない、と思うと、今すぐでも店に駆け付けたいほどに、俺は心配でたまらなくなる。


 そうでなくても、昨日、店に来た客が、わざとらしい大声でありえないクレームを言い出すって事件があったばかりだ。

 その時は、ちょうど店にいたユメちゃんが令嬢らしくない物言いで論破して、その客は退散したらしいのだが、俺たちは警戒を強めることにしたのだった。


 そのため、今日は、ユーディが数人の騎士を引き連れて、店の周囲の警護にあたっている。

 だから、昨日の今日で、危険なことはないとは、思うのだけど・・・。


「しばらくは、ユーディに任せるしかないな。その間に俺らは、もっと情報収集をして対策を練ろう。」

 ソウルはそう指示すると、ハロルドとともに席を立った。


 残された俺は、ともに立ち上がりかけたシューを呼び止める。

「―――そういえば、今日、イス様は? 最近、あんま執務室(ここ)にいないよね?」

「イス様は、さっき『僕も店の方見てこよう』つって、出かけたよ。」

「ふうん、そうなんだ・・・。」


 しばらく前に、執務室横のいつものたまり場で、イスが怠そうにソファで足を投げ出していたことを、ふと思い出す。

 「どうしたのさ?」って聞いたら、「別にぃ。ただ、最近なんか健全すぎて、居心地が悪いっていうかねえ・・」と、いつものように毒を吐いていた。

 だけどどこか表情はぎこちなくて、いつものイスよりもずっと大きな壁を感じて、俺は心がざわついたんだった。


 ・・・どうしよう、なんかすげぇ心配になってきた。


「なあ、シュー。俺も、ちょっと店に行くわ。」


 急いでソファにかけた上着に手に伸ばしたちょうどその時、扉の外から大きな声が聞こえた。

 そして、扉が開くと、ユーディと一緒に店に行っているはずの騎士の一人が、駆け込んできた。


「大変です!! 店で、暴動が――・・」


 その先を最後まで聞かずに、俺は、開いた扉の隙間から外へと飛び出した。

読んでいただき、ありがとうございます

年齢紹介 第2弾も、お楽しみください!


【あとがき小話】

ヒイロ「ソウル陣営のわちゃわちゃ組のヒーロクリフとシューです! いえぃ」

シュー「何その自己紹介?」

ヒイロ「ああ、そう睨むなって! ほんと、可愛いんだから」

シュー「はいはい。ところで、ヒーロは19歳だって、既に公表済みだよな。」

ヒイロ「だな。5話(ep6)な? ふふん、俺のことは、ヒーロ兄さんと呼んでくれていいんだぜ?」

シュー「は? ヒーロにか? 俺が尊敬するソウ様とハルは、そう呼んでもいいけど、お前はな~~。」

ヒイロ「何だよ? ダメか? お願いだよ、シュー! 兄さんと呼んでくれよ~~❤️」

シュー「やだね、俺はお前を、絶対、兄さんとは言わねぇ。たとえ、2歳年上だとしてもな。」


ってことで、

ヒイロ19歳、シューは最年少17歳です

ちなみに、わちゃわちゃ組のもう一人、イスはその間の18歳です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ