32.フェルメント帝国の秘宝①~ルシアナ姫の茶会
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「ランカスト邸の夜会は、とても楽しかったそうね? 今日は、そのお話をもっと聞きたくて、ここに来てもらったの。」
色とりどりの花が咲き乱れる温室の一角。
大きなティーテーブルで、天使と見間違うばかりの穏やかな微笑みを浮かべているのは、帝国第一皇女のルシアナ・ド・フェルメントだ。
温室内には、日本のエアコンにもよく似た微かな風が流れていて、秋晴れの中であっても充分に涼しい。
そして、楕円形のティーテーブルには、ルシアナ殿下のほかに、ランカスト家のユリアンたち三姉妹とユーディ、それから俺と結愛が座っている。
そう、俺たち6人は、この日、ルシアナ殿下から、皇宮本宮の温室に準備された、このお茶会の席へと、招待されたのだった。
皇宮付きの侍従が最初に注いでくれるお茶は、色濃く、注いだ瞬間から強く芳醇な香りが立ち上がる。
テーブル上には、季節の果実をふんだんに使った菓子の他にも、ハムやチーズといった軽食が多めに用意されていた。
「どう、ユリア? 貴女の好みに合うといいのだけど。」
注がれた紅茶に、すっと口を寄せたユリアンに、ルシアナはころころとした声をかける。
「ああ、私好みだ。嬉しいよ、ルシー。」
端正な顔を綻ばすユリアンに、殿下はふふっと綺麗な口元をすぼめた。
「貴女が喜んでくれると、とても嬉しいわ。パウリーとティリーも久しぶりね。」
「はい! ルシアナ様! 今日は、私たちまでご招待いただき、ありがとうございます!」
「いいえ。わたしが皆のお顔を見たかったのよ、今日は会えて嬉しいわ。」
ふわっと花が咲き乱れるように微笑むルシアナに、二人はぽっと顔を赤くした。
「ユーディ。あなたには、伝言役を頼んでしまって、申し訳なかったわね?」
次に彼女はユーディに視線を向ける。
長いプラチナ色のまつ毛の下で青い瞳が瞬くと、その瞬間ユーディは、ぴしりと身を固くしてしまった。
「いえっ。お役に立てて、光栄です。いつでもご用命ください!」
これは――――!
ご令嬢たちから、前もって、教えてもらってたことだけど・・・。
ルシアナ殿下に極端に心酔しているとも思える彼らを見て、俺は突如、警戒心が沸き上がる。
「なぁ、ユメちゃん・・・。」
だから隣の席に座る結愛に小声で呼びかけたのに、その結愛自体が、ルシアナ殿下をガン見していた。
「ほわぁ、ルシアナさま、麗し❤️~~。」
・・・ああ、ダメだ。俺だけは惑わされないぞ!
そう心に言い聞かせて、ちらりと視線を向けると、彼女は俺らの様子を観察していたようで、にこりと微笑んだ。
「タシエ卿、カトレット嬢も、来てくれて嬉しいわ。二人は仲がいいのね?」
「はいっ!! 私とヒイロさまは、一心同体ですから=3」
あぁっ!! また、なんて言い方をするんだ、ユメちゃんてば!
鼻息も荒く『一心同体』なんて言葉を使うけど、ユメちゃんのそれには、きっと深いイミなんてないのに。
ごほごほと咳ばらいをして取り繕う内心、そわそわと落ち着かないのを、お見通しでもあるかのように、ルシアナは、面白そうにくすくすと笑った。
「まあっ! カトレット嬢ったら! お熱いこと!」
そう言って、にこりと隙のない笑顔を作るルシアナ殿下は、
やばい、やばい、やばい。しっかりしないと。
だって、俺には、使命が! ご令嬢方の指名があるんだ!!
「う~~、ごほっ。いえ、ルシアナ皇女殿下。そのように、からかうのは、どうぞおやめください。え~~、本日はカトレット嬢と私までお招きいただき、誠にありがとうございます。」
にこり、と笑えば、ルシアナは笑いを止めて、青い瞳をぱちぱちとさせた。
「あら・・・、まあ・・・。」
じいぃと見つめられて、じわり変な汗が出そうだ。
その隣では、ユリアンが、飲んでいたカップを下ろして、何をやってるんだ?という目で俺を見ていた。
「ヒイロは素直な奴だと思ってたんだけど、私の勘違いか? ルシ―、気を悪くしないでくれ。」
「ユリアが、かばうなんて、すごいわね!」
「そうか? いつもは気のいい奴なんだけど、今日は君の前で、緊張しているのかもしれないな。」
「まあっ。相変わらず、私を喜ばせるのが、上手ね?」
「だろう?」
二人は、慣れた様子で軽口を交わしていく。
その間に、わだかまりみたいなものは、ひとかけらもない。
モレジア嬢とミアの警戒も嘘とは思えなかったんだけどな? どういうことだ?
そのあとも二人は気の置けない会話を続けていたが、俺が見ていることに気づくと、ルシアナはまた、にこりと微笑んだ。
「タシエ卿―――――、ユリアの事業が成功したのは、貴方のおかげですって? それに、ソウルとも、何か楽しいことをしているみたいね? 社交界の名だたる令嬢たちとも、ずいぶん親しいって、聞いているわよ。」
長く離宮にいたとは思えないほどの情報量をすらすらと並べられて、俺はとまどいが深まる。
それに、どことなく刺々しいしな。まいった。
ただの美しい皇女さまというわけでも、ないのかもしれない。
「ありがとうございます。ですが、服飾事業の成功はユリアンさんたちのお力であって、俺はただお手伝いをしただけです。ソウル殿下方とは、確かにアイドル活動を始める予定ですし、ご令嬢方には応援してもらいたいと思っていますが・・・。」
だったらと、俺は彼女の反応を警戒をしつつ、言葉を紡いでいく。
すると、ルシアナ殿下は不思議そうに首を傾げた。
「あの・・・?」
「そう・・・。ずいぶん素直に言うのね? それに、謙虚だわ。」
「・・・・・・?」
トーンダウンした口ぶりに、見つめ合うこと、しばし・・・。
「・・・ぷっ。ははっ。そんなに警戒しなくても大丈夫だと、さっき私が言っただろう?」
ユリアンが吹き出して豪快に笑った。
「彼は、君の大切な者に危険を及ぼすような奴では、ないよ。」
「・・・・・。」
この話題は終わりとばかりに、テーブル上の軽食に手を伸ばすユリアンに対して、ルシアナは、人形のような冷えた青い瞳のままに、俺を見つめた。
俺が彼女を警戒しているように、彼女もそうなのか?
そして、その警戒は今も緩んでいない?
ルシアナ殿下は、チーズとハムを口に頬張るユリアンにもう一度視線を送ると、不安げに綺麗な海色の瞳をゆらりと揺らした。
「ユリアがそう言うなら・・・・・分かったわ。ねえ、ユーディ?」
「は、はいっ!」
「貴方が、頼りよ。ソウルたちに危険がないよう、しっかり守ってね?」
突然名を呼ばれそんなことを言われて、ユーディの頭部は首まで一気に赤く染め上がった。
「はい! 必ず! 全力で対処いたします!」
「ふふっ。よろしくね。」
と、ルシアナが微笑み直したところで、俺のわだかまりを他所に、その後のお茶会は終始穏やかだった。
ショーの後ユリアンさんのお店がすごく繁盛してること、オープンしたばかりのカトレット店の商品のことなどで盛り上がって、それから、俺たちのアイドル活動の話題も――――。
その時々に、ルシアナ殿下は、さっきの警戒が何だったのかというほどに、俺の話も興味深そうに聴いてくれたのだが――――、その帰り、俺の心は、再度ざわつくことになる。
別れの挨拶を済ませて、温室を出た直後に聞こえてきた、殿下とユリアンの会話のせいだ。
「・・・ルシー。私はやっぱり反対だよ。君が心配なんだ。」
「でも、ユリア。わたしは、ずっと我慢していたわ。もう、いいでしょう?」
振り向くと、閉まっていく扉の向こう、ユリアンが、俯くルシアナの手を握っていた。
「・・・だったら、ちゃんと面と向かって、言葉をかけてやればいいのに。」
「そう、そうよね。・・・でも、わたしには、やっぱりその資格はないと思うのよ。」
その先の会話を遮るように、温室の扉が閉まった。
音の聞こえなくなった透明なガラスの先、咲き誇る花の中には、俯くルシアナをそっと抱き寄せるユリアンの姿があった。
読んでいただき、ありがとうございます
【あとがき小話】
この章では、登場人物の年齢を紹介します
まずは、ルシーとユリアでスタート!
ルシー「ねぇ、ユリア? 私たちも、もう33よ? それなのに二人揃って、未婚だなんて。貴女、いい人はいないの?」
ユリア「私は、ルシーの幸せが一番だからね。」
ルシー「まあっ、ユリアったら、貴女やっぱり、私を喜ばせるのが上手ね。でも、私知ってるのよ? 貴女が昔から、モテモテでよりどりみどりだってこと。」
ユリア「そうか? ルシーの気のせいじゃないか?」
ルシー「いいえ! 若い時は、団員のおじさま達に。今は部下たちが貴女のことを目で追ってるのを、私知ってるのよ? それだけじゃないわ。社交界の令嬢たちも貴女に夢中なの。気付いてるでしょう?」
ユリア「それを言うなら君だって。君の姿を見て顔を赤くする男達を、私は何人も知ってるぞ?」
ルシー「・・・そうだったとしても、本当に恋しく思う人が私を見てくれないなら、同じことよね?」
ユリア「ルシー・・・。」
ってことで、ルシアナ殿下とユリアンは、現時点で、同級生で共に33歳
ちなみに、パウリーは28歳、ティリーは27歳
ユーディは、24歳です
大人になっても、年の離れたお姉さんたちに、かわいがられて(いじられて?)るユーディなのです