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31.アイ活普及活動という名の情報収集

「次はわたくしですわね。」


 リシャルカの次に口を開いたのは、アジェンダ嬢の左隣に座る、マデレイネ・モレジア伯爵令嬢だ。

 彼女のグループの中には、普段、俺とよく話をしてくれるミアという子がいて、その彼女がモレジア嬢の後ろで、顔を赤くしてそわそわしている。


 こ、これは・・・!

 俺の普段の地道な活動がとうとう実っちゃったんじゃないの!?


 俺は、そわそわしながら次の言葉を待った。

 そんな俺に、モレジア嬢が放った言葉は――――。


「ずるいですわっ!!」

「ありが・・・、ん? ずるい!?」


 期待してた言葉と違うぞ!?

 膝上で扇をぎゅっと握り締めるモレジア嬢の後ろでは、ミアが真剣な顔で大きく頷いている。


「ずるいですわ、あなた! ユリアン様と、あんなに親しげでいらして。」

「え・・・、ユリアンさん? なんで?」

「なんで、って。頭に手を当てて、思い出してごらんなさい。ユリアン様は、素敵でしょう?」

「ああ、そうだな。かっこいいよな。」

「それですわ! ユリアン様は、並の男性よりもずっと美しくてかっこいいのですわ。 そのユリアン様が、貴方のために、あんなに親身になって―――!」


 感極まったモレジア嬢は、ふらっと上半身が揺れる。


「だ、大丈夫か!?」

 彼女を支えようと思わず出た手は、その先に、後ろから支えたミアの、にこりとした笑顔に制された。


「―――まあ、ありがとう、ミア。」

「どういたしまして、マデリー様。」


 俺は浮いた自分の手を見て、がっくりと肩を落とした。


 これは、俺のファンイベントなんかでは、なかったのだ。


 そんな俺に、ミアがいつもの調子で慰めてくれる。

「タシエ卿は、いい人ですから、ちゃんと大丈夫ですよ。」


「ミアちゃん!? いい人って・・・ちゃんと大丈夫、って何!? 慰め方が軽いんだよ、今日は特に・・・。ああっ、俺のファンはいないのかな? ミアちゃんは、どう?」

 俺は半分本気で縋っているのに、またいつものね?という顔で、ミアは笑った。


「私は、ユーディ様に一票ですわ。あの逞しいお姿に、あのとても恥ずかしそうな笑顔が、」

 『最高』という彼女の言葉に重ねて、まるでコーラスのように、後ろから、きゃあっと女の子たちの歓声が上がった。


 ・・・はぁ、ユーディ、良かったなぁ。

 大きなコンプレックスを抱えて、ずっと縮こまっていたユーディが、今回のショーで、何か吹っ切れて、そしてこうやってちゃんと受け入れられていることは、素直に嬉しいけど。


 まぁ、いいか。

 元々この世界で前世の意識を取り戻したとき、ハロルドやユーディ・・・、彼らのプロデュースがしたいと思って始まったんだからさ。


 気を取り直してにこりと笑うと、見計らったかのように、ミアは話を続けた。

「それで、マデリー様と私がお慕いするユリアン様とユーディ様のことで、貴方に忠告したいことがあるのです。」


「忠告?」


「ええ、マデリー様?」

 そうやってミアから話を譲られたモレジア嬢が、顔の前で扇をばさりと広げると、後ろに群がっていた多くの令嬢は、さっと場を離れた。

 そして、その場に残ったのは、モレジア嬢にミア、アジェンダ嬢とリシャルカと、あとわずか数人を残すのみ。その統制の取れた動きに感心しつつ、急に物々しさに包まれ、俺はごくりと息をのむ。




「最近、ルシアナ姫が、本宮に居を移されたのは、ご存じかしら?」

 静けさを取り戻したその空間で、モレジア嬢が発したのはその問いだった。


「俺は、ちょうど皇宮にお戻りになられた日に、お会いしました。」

「ええ、そうでしたわね。その時、ユーディ様とご一緒だったのでしょう? 何かお気づきになられたことは、ございますか?」

「――――そうですね。ルシアナ殿下といえば、離宮に長くお過ごしと聞いていましたが、ずいぶんユーディと親しいようでした。」


 あの日、ユーディと結愛を見つけたこの庭園の入り口で、俺はルシアナ殿下とユーディの会話を聞いていた。


「しばらく会わないうちに、とても大きくなったのね。」

 そう言った殿下は、跪くユーディの髪に懐かしそうに触れていた。

 そして、ユーディが殿下を見つめる目にあったのは、恋心にも似た憧れ―――ではなかっただろうか。


「ええ、そうね。ルシアナ姫が子どもの頃、姫様の側近の護衛騎士をしていたのが、ユリアン様だったの。」





 そこから、続く話はこうだった。


 ユリアンさんは、当時、同世代の子どもの中では誰よりも強く、ルシアナ殿下と同じ年齢の少女であるにもかかわらず、筆頭護衛に選ばれた。

 二人はいつも一緒に行動していて、幼馴染みではあるけれど、少し違う、『姫と騎士』、そんな言葉が似合う関係だった。

 ユリアンさんは、ルシアナ殿下を何よりも大切にし、殿下はユリアンさんを誰よりも頼りにしていた。

 そんな二人の姿は、当時の子どもたちの憧れで、まだ幼かったモレジア嬢も、いずれ皇宮で彼女たちの傍で仕えたいと思っていた。


 だが、彼女たちが14歳の頃、ルシアナ姫は皇宮を離れて暮らすこととなった。

 行き先はランカスト侯爵邸だ。

 母方の実家でもなくて、叔父のメルゼィ公爵家でもなくて、皇女が暮らすには格が低いのではないか、何か事情があるのではないかと、当時はなにかと噂になっていた。


 そしてそれから約3年後、彼女はまた皇宮に戻ることになる。

 その際、ランカスト侯爵は半年の謹慎処分、そして、ユリアンさんの護衛騎士解任を伴って。

 一方のルシアナ殿下も、それ以降、公の場で顔を見かけることがなくなり、社交界の話題としては禁忌のひとつとなったのだ――――と。




「わたくしは、あの時、とても心を痛めましたわ。子どもながらに、どうして?と理解ができなかったことを覚えています。けれど、あの方は、戻ってこられました。――――ここだけの話ですが、わたくし、心配なのです。お慕いするランカストの皆様が、また理不尽な思いをされるのではないかと・・・。ねえ? ミア。」


 モレジア嬢が、その瞳を潤ませて斜め後ろに立つミアを見上げると、彼女は優しく微笑み頷いた。

 そしてミアは、姿勢を改めて、真っ直ぐに俺を見る。


「そこで、貴方なのです、タシエ卿。」

「俺?」

「はい。貴方は、ランカストの皆様や、リシャルカ様のお兄様、ソウル殿下方――――皆様と、とても近しくいらっしゃるでしょう?」

「えっ? そうかな?」


 まじか! 周りからもそう見えちゃう?

 へらと、つい口が緩むと、ミアは一瞬眉を寄せ、ふぅと息をついた。


「そういうところですわね。あまり品がいいとは言えませんわよ? でも、つい気を許してしまいますわね・・・。だから、きっと、皆様も同じなのでしょう。ですから――――」

 ミアはそこで言葉を切って、再度俺を真っ直ぐに見つめた。


「皆様が信頼する貴方に、お願いするのです。皆様がご無事であるよう、見ていていただきたいの。」


 ミアはそう言って、ぐっと、唇を一つに結んだ。

 そんな彼女の手を、モレジア嬢がそっと握る。


 ああ! ファンイベントがどうだと浮かれてた俺の頬を叩きたい。

 何かを大切に思う女の子たちの気持ちって、やっぱり、いつ見ても、なんて尊いんだ!


 また静寂に包まれたその場で、最後を締めくくるのはアジェンダ侯爵令嬢だった。


「それに、貴方は、ちゃんと自覚しないといけません。先日のファッションショー、それからカトレットのこともそうですわ。貴方が巻き起こした動きは、きっと貴方が思っている以上に大きな流れになって、今後どうなるのか、わたくしたちも予想できない・・・。でも、貴方には何かが見えているのでしょう? こうなった以上、その先へ―――わたくしたちの知らないそこへ、無事に皆様で辿り着いてほしいのです。途中で沈んでしまうのは、許しませんわ。だから、今後、必要であれば、情報提供は惜しみません。――――これが、わたくしたちの総意です。」


 これは、彼女たちのせいいっぱいの思いだ。

 俺は、ぐっと唇を噛みしめ、大きく頷いて応えた。


「ありがとうございます。必ず・・・、やりとげてみせます!!」


 そう誓った俺に、アジェンダ嬢は、扇をぱさりと広げてひらひらと振る。


「・・・・わたくしたちの話は以上ですわ。」

「あ、はい。今日はありがとうございました。」




「――――ところで、タシエ卿?」

 俺がもう一度頭を下げて立ち上がったその時、目の前のアジェンダ嬢から、そんな小さな声が聞こえた。


「はい?」


 視線を向けると、広げた扇の奥で、アジェンダ嬢は、そっと視線を逸らす。

 そしてそのまま、彼女は、んんっと咳払いをして、ちらと俺を見た。


「貴方、その服、ユリアン様に作ってもらったのでしょう? とてもよく似合ってるわ。」

「えっ、服?」

 なぜか唐突にそんなことを言われて、俺は彼女の視線の先――――俺の胸元を触る。


 先日のショーの試作品のうちの一着を、今日の俺は着ている。

 モデルのこととか、企業の広告塔だとか、色々前世のことを話したら、「それ、いいな。わたしたちの服もそれで頼む。」そう言って、ユリアンさんが送ってきたものだ。


 前世のスーツにも近いそのシルエットをすごくいいと思って選んだんだが、さすがアジェンダ嬢だ。

 流行には敏感だ。


「分かってくれるんだ!? さすが、アジェンダ嬢だよね。俺、すげぇ嬉しいよ。」


 素直に喜ぶ俺に、アジェンダ嬢が「え・・・ええ。」と小さく呟いて頬を染めたことに、俺はこのとき全く気づかなかった。

読んでいただき、ありがとうございます

井戸端会議、後半でした


【根っからの究極フェミニスト(筆者称号)】のヒイロは、

図らずも、いや並々ならぬ努力なんだけど、

努力とは全く思っていない行動の末、

いつの間にか、女性たちは気を許して応援してしまうのです


罪深い

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