30.情報収集という名のアイ活普及活動
長くなったので、2話に分けて投稿します
ファッションショーが終わって、週明けの皇子宮の庭園では、一番大きな東屋に、いくつかの女子グループが集まっていた。それぞれの主要人物を先頭に。
アジェンダ侯爵令嬢、イゼンブル侯爵令嬢、モレジア伯爵令嬢・・・。
そして、沈黙を打つその中に白1点、肩身を狭くして座っているのが、ヒーロクリフ・タシエ――――しがない貧乏伯爵家の四男、この俺だ。
今朝、ソウル殿下の執務室に顔を出した後、先のショーの評判を情報収集しようと、この庭園にやってきたところ、アジェンダ令嬢のとりまきのひとりに声をかけられたのだ。
「まあ、タシエ卿。ちょうどいいところにいらしたわ。」と。
そして、引っ張られるように、連れてこられたのが、ここだ。
怖ぇよ。一体、何が始まるんだ?
前世のファンイベントみたいだったら、嬉しいけど、そんなわけないよな。
・・・いや、そんなことも、あるかもしれないのか?
こないだのショーは盛り上がっただろ?
だったら、俺のファン・・・・・いるかもな❤️
流行に敏感なご令嬢たちだから、アイドル文化も率先して広めてくれるだろうし―――――よし、これは、このまま押しだな。
目の前、三人の令嬢は、誰から口火を切ろうか、扇の奥でお互いを牽制し合っているようだ。
ならば先制だと、俺はにこりと、得意のアイドルスマイルで、切り出した。
「今日は皆に会えて、とても嬉しいよ❤️ ファッションショーは楽しかった? あっ、握手とサインなら、喜んで! ちゃんと皆にするから、心配しな・・・」
ずっと考えてたヒーロクリフのサインを、やっとぐっと!お披露目だぜ!!
と、うきうきと胸ポケットに手を伸ばした俺だったけど、その時、三令嬢の真ん中に座っていたアジェンダ嬢が、パチンと音を鳴らして扇を閉じた。
「少し、お黙りなさい!」
「はいぃっ! 黙ります!!」
高位令嬢ならではの圧に、思わず即答してしまった。
更に追加で、綺麗だけど鋭い視線が刺さって、俺は慌てて口をつぐむ。
ひぃ、やっぱ、怖ぇよ・・・。
「・・・さあ、貴女たち。言いたいことがあるのでしょう? 順に話してちょうだい。」
再び扇をぱさり広げたアジェンダ嬢は、この場のリーダーよろしく、両隣の高位令嬢に視線を送る。
「それでは、わたくしがお先に。」
軽く頭を傾けると、やや赤みがかるブロンドが、細い肩の上で揺れた。
その奥にある 大きなワインレッドの瞳をパチパチと瞬いたのは、どことなく幼さの残るリシャルカ・イゼンブル嬢――――ハロルドの妹だ。
彼女は、閉じた扇を膝上でぎゅっと握り込むと、口元をわずかに震わせた。
「ハル兄さまは・・・、ハル兄さまは、変わってしまいましたわ。あんなに、慎重なお方だったのに。」
確かに、それはそうだ。
あのカトレット領への旅を終えた後から、ハロルドは、シフトチェンジをしている。
俺は、自分の行動のキャップを外した今のハロルドをすげぇいいと思ってるけど、もしかすると目の前の彼女にとっては、大切な兄の、望まない変化だったのかもしれない。
「それは・・・、ごめん。でも」
実の妹の彼女にも、ハロルド自身が望んだその変化を、ちゃんと受け止めてほしいから!
俺は反論しようと手を挙げたが、リシャルカはぷるぷると頭を振って、それを制した。
「いいのです。」
「イゼンブル嬢・・・。」
「・・・うふっ、むしろ、大歓迎ですわ!!」
「・・・・・へ?」
リシャルカは可憐に微笑むと、白くて細い両指を合わせて、意気揚々と語りだす。
「あの赤い衣装といったら!! お兄さまのやる気に満ちた真っ赤な脳みそをよく表現していただけましたわ! わたくし、一言お礼申し上げたくて。」
「・・・・それは、よかった?」
話の急転回にとまどう俺に対し、彼女の表情は、ぱあっと輝きを増して、コロコロとした早口が展開される。
「それ以上に、あの『執事熊』ですわ! あの短い足にぽてっとしたお腹。くりんとした黒い瞳。とっても、とっても可愛いのですわ❤️ 今思い出してもキュン❤️としますわ! それに、あの子の配った『ヤーグル』という飲み物も、とっても可愛くて美味しかったですわ!」
「ああ~・・・。」
俺は、ファッションショーの最後を思い出して、小さく呻いた。
ユーディがすごく爽やかないい顔で笑って、堂々とステージを歩いた直後、現れたのがその『着ぐるみ』だった。
パンダや熊に似た形で、小麦色の頭に白くて丸い耳、ほんわかと丸い目に、とぼけた表情、白黒の執事服に『カトラー』と刺繍した緑色のサッシュを付けていた。
会場がひどくざわつく中、それは舞台上をミツバチのようにあちらこちらへ寄っては、手に持った銀のトレイから、観客たちに何かを手渡していた。
そして、全部配り終えた後、トレイをぽ~いと放り投げ、ぽてぽてと俺らの近くまで来ては、ぱたりと躓いて倒れたのだった。
「だ、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、その生き物?の喉元から小さな声が聞こえてくる。
「あ、足元がよく見えなくて・・・、ごめんなさい!」
その声は――、結愛だった。まあ、予想はしてたけど・・・。
横ではユーディが「ああ・・・。」と低い声を出し、舞台下ではユリアンさんたちが、そろって顔色を青くしている。
後で聞いたら、皇都のカトレット店で売る予定の新製品『ヤーグル(○クルトみたいな小さな発酵菌飲料)』を宣伝したいと、ユーディたちと一緒に内緒で用意して、サプライズ登場をしたらしい。
結愛は、「ヒイロさま! みなさん、勝手してごめんなさいっ!」って、平謝りしてた。
・・・けどさ!
そうじゃないんだよ。
だったら、事前に教えてくれたら・・・。
そしたら――――、転ばないようにエスコートぐらい、できたのに、さ。
思い出すと、なぜか、胸焼けしたみたいに重い気持ちになる。
つい口を尖らせた俺に、リシャルカが、ふふっと得意げに笑った。
「ねえ、ヒーロさん! あなた、カトレット嬢とお親しいのでしょう?」
「へっ? えっ・・・まあ、それなりには?」
何となく言葉を濁してしまう。
すると、リシャルカは不思議そうに首を傾げた。
「あらっ? そうですの? ・・・まあ、いいですわ。でも、お願いがありますの!」
「何でしょう?」
「わたくし、カトレット嬢とお会いしてお話したいんですの。本当はお兄さまにお願いしようと思っていたんですけど、なかなか会えなくて。だから、ヒーロさんに、間をとりもっていただきたいのですわ!」
そう言ってリシャルカは、また愛らしい微笑みを浮かべる。
まあ、そういうことなら・・・。
「喜んで!」
爽やかに笑えば、リシャルカは「お願いしますわね。」と、締めくくり、口元に扇を広げた。
ちょっと前の、あの興奮した様子とは違う、貴婦人然とした仕草で。
これは、友達にラブレターを渡してほしいと頼まれた男子高校生みたいな気分だな。
俺はつい、にまりと頬を緩めたのだった。
読んでいただきありがとうございます
井戸端会議の後半は、次話で