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29.ユーディ・ランカストの純情⑦~ファッションショ―

「皆さん。今宵は、我がランカスト家の夜会にお越しいただき、ありがとうございます。我々ランカスト家の三姉妹は、帝国の騎士であると同時に、これまで騎士向けの服飾事業を手掛けてまいりました。そして今宵、新ジャンル『アイドルファッション』の初披露となります。それでは、『ファッションショー』の開幕です。皆さん、楽しい時間をお過ごしください!」


 ユリアン姉さんの発声で、夜会は開幕した。

 大きな拍手が湧き上がる。


 そして、会場中央部へと延びた舞台は、ぱぱぱあっと目映い光で照らされた。


-------------------------------------------------------------


 今日の夜会、客層は若い女性が中心だ。

 姉さんたちの友人や馴染み客のほか、流行に敏い高位貴族の令嬢方、そして、所々にそのパートナーがいる。


 開幕前、その会場で、俺は、もやもやとした気持ちのままに、舞台脇に立ち、会場の様子を眺めていた。


 俺の立ち位置から近い壁際には、料理やドリンクが並び、その中には、カトレット嬢が『試食品』として持ち込んだものも見える。夜会らしい華やかな装飾の中に、『豆腐』や『納豆』などが素朴に並んでいるのは、なんていうか不思議な光景だ。


 そこに、数人の令嬢が、足を止めていた。


「リシャルカ様、『豆腐』がございますわ。」

「まあ・・・! これが・・・豆腐? それでは、こちらの、()()、は・・・?」

「何かしら?」

「まあ、何かしら?」

「・・・わたくし、ハロルドお兄様のお土産を思い出しましたわ。」


 そんな会話も聞こえてくる。


 だけど俺が見ていることに気づくと、彼女たちは話を中断し、俺と視線を合わせないように、離れていってしまった。


 ・・・ああ、やはり怖がらせてしまうのだな。


 こんな(なり)だし、仕方がない。と自笑すると、ある種覚悟が決まった気がした。


 どんな心持ちでいようが、つまりは俺には失うものなんて元からないのだ。

 それならば、最後のチャンスと思って、「俺が証明する」と言った、ヒーロクリフの言葉に賭けるのもいいかもしれない。


 諦めにも似た開き直りでふうと息を吐き、舞台に目を移したところへの、先程の開場宣言だった。


-------------------------------------------------------------------------


 大きな拍手が鳴り止むと、舞台は目映い光が更に一段輝きを増し、そこにヒーロクリフとシューが現れた。


 二人は対となる黒と白の三揃えを着ている。

 背格好のよく似た二人、白の衣装に華やかなゴールドを飾り、ふわふわとした髪に甘い顔立ちのシューと、黒い衣装にシルバーの小物、すっとした(まなじり)にかかる一筋の艶めいた髪、颯爽と歩くヒーロクリフは、お互いにお互いを際立たせていた。


 シューが慣れた様子で微笑みを振りまくと、一方のヒーロクリフも次第に会場の視線を集めていく。


 ヒーロクリフが涼しい視線を会場の一角に流すと、そこから歓声があがる。

 ヒーロクリフがシューを見て。

 シューがふわんとウインクすると、より大きな歓声が上がった。

 そうして舞台は、だんだんと熱気を帯びていく。



 次に、再び舞台に現れた二人は、街で市民が着ているようなだぼっとしたシャツと腰と裾を絞った下衣(ズボン)という装いだった。

 素肌の見える首元や手首・足首には、異国風の帯とやや大振りの腕輪があり、大きく動くと照明を反射して宝飾が光る。

 まるで真夏の太陽を浴びているみたいに力強い眩しさだ。


「なあ、シュー、ここはすごく熱いな! 踊るか?」

 ヒーロクリフがそう言って笑い、舞台上でズボンの裾をたくし上げると、シューがにやりと袖をまくる。


「いいよ? じゃあ、俺が演奏するね!」

 シューは徐に、舞台脇に置かれた弦楽器を手に取り、タ・タ・タン♪と弾むようなリズムを奏で始めた。


 それは耳に馴染んだメロディー、

 街の収穫祭では定番のダンス曲だ。


 その音に合わせて、ヒーロクリフは、軽やかな足取りで、飛んだり跳ねたり回転したり――――その動きは、衣装に制限されることなく、むしろ衣装そのもののうねりが、彼の動きをより大きく見せていた。

 そしてそれは、演奏しているシューも同じで、踊るように軽やかに楽器をつま弾いている。


 動きと音を得たことで、舞台はますます目が離せなくなった。

 今や会場中の視線が二人を追っている。



 なんと、夢みたいな世界なのか!


 俺は夢中で。

 その熱気に、幼い時の皇宮で感じたキラキラ以上の輝きに、俺は胸が高鳴っていた。






「――ユーちゃん! ユーちゃんてば! 何してるの!? 早く! こっち」

 だからしばらく気付かなかったのだ。

 気付けば、ティリー姉さんが、俺の腕を力任せに引いている。


 ・・・・俺の出番、なのか?


 茫然としたままに、引きずられた先で、言われるがままに『俺の衣装』に着替えた。

 そして、あっという間に今度は背を押されて、ホールへと延びる舞台へ。

 大勢の招待客に囲まれた舞台中央から、ヒーロクリフが、俺らの名前を呼んでいる!?



「最後は、この方たちと共に!

 ソウル・ド・フェルメント殿下! 

 イス・ド・メルゼィ殿下!

 ハロルド・イゼンブル卿!

 最後に、ユーディ・ランカスト卿!!」


 心の準備も整わないままに勢いで押し出された舞台上は、照明の眩しさでおかしくなりそうだ。

 心臓がばくばくと脈打ち、握りしめた拳の中に汗が浸みる。


 ぐらぐらとする視界の大半を占めるハロルドの赤い背中と肩が上下に動いている。


 ・・・赤い、衣装・・・

 そうだこれ、カトレット嬢が『やだ、メンバーカラー、萌え~♥』と言ってた、あの衣装だ!

 ああ、そうだ・・・。


 ハロルドの『赤い衣装』だと思い出して、俺はちらと自分の胸元を見る。


 俺たちは皆、それぞれに騎士服をアレンジしたような形の衣装を身に着けていた。

 そして、彼女が言う『メンバーカラー』。

 ハロルドは赤、ソウル殿下は青、イス様はピンク、シューは橙、ヒーロクリフは緑、そして今俺が着ているのは白だ。


 俺はもう一度、胸元をチラ見する。


 ・・・こんなに露出している必要はあるのか!?


 ソウル殿下とシューは首元までしっかり隠れているし、イス様とハロルドだって、わずかしか見えていない。なのに、俺のはなぜこうなのか。

 事実、鳩尾の下まで開いたスリットからは、割れた腹筋まで見えている。


 いつもの騎士服の詰め襟ではありえない頼りなさと、そして大勢の女性の目にさらされているというその事実に、言いようのない恥ずかしさがこみ上げてきた。


 ああ、なんてことだ!

 こんな獣みたいに見苦しいものが、若い令嬢方の視界に映るなど、ありえないことだ。


「ユーディのすごさは、やっぱり、この鍛えあげた肉体美です!」

 おい、何を言ってるんだ、ヒーロ・・・。


 悲鳴を上げる俺の脳内に、少し前に嬉々として語っていたヒーロクリフの顔が蘇る。


「そうか? でも、ユーちゃんは、ああ見えて、人一倍の照れ屋だぞ?」

 姉さん・・・。そう、ユリアン姉さんの言うとおりだ。俺は・・・。


「いいえ! 絶対に見せるべきです!! だって、ユーディは・・・。」



 あのとき、ヒーロクリフは何て言ったんだっけ?


 視界も頭の中も、ぐらぐらだ。

 舞台の回りからは、ソウル殿下やシュー、メンバーの名を呼ぶ声が、耳鳴りのように聞こえる。

 そして、その喧噪に、俺の耳は、一つの声を捕らえてしまった。


「・・・ユーディさまは」


 俺?・・・の名前だ


 思わずぎゅっと目を閉じた。

 きっとこの場に俺は似合わない、とかそんな言葉だろう。

 どんな辛辣な言葉だったとしても、平静でいなければ。

 がっかりされることには慣れている。


 だけど、その後に続くのは、こんな言葉だった。

「そのお姿は・・・! それは、反、則!!」


 反則・・・とは?


 急に意識がすっきりとして、ざわついている会場を見回せば、視線を伏せている者、逆に目を見開いている者、そしてどの令嬢の顔も一様に赤い?

 その赤さに気づいてしまって、俺の顔には、急速に血が上った。


「・・・き、きゃああぁ、ユーディさまが、可愛いっ・・・!!」


 可愛い・・・とは、なんなんだ? だって、そんな言葉・・・・。


 頭が沸騰しそうだ。

 俺は天を仰いで、熱の集まる額を太い腕で覆った。

 照明を遮るその陰から、俺は声が聞こえた後方の一角をちらりと見る。


 そこには、うさぎやリスみたいに小柄でおとなしそうな少女たちがいて、俺と視線が合うと、真っ赤になって「ひゃっ」と声をあげた。


 一体、なんだ。


「ははっ。ユーディ。すごく熱烈なファンがいるね!?」

 舞台の真ん中から動けずにいる俺の隣までやって来たヒーロクリフが、ぐいと背に腕を回して、にっと笑う。


「な? 俺の言った通りだろ。お前は、ありのままで、かっこいいんだ―――――いや、可愛い、なのか?・・・こほっ。とにかく、けして、ちぐはぐじゃない。お前は、お前のままでいいんだ!」


 そのヒーロクリフの言葉は、なぐさめの言葉にしてはあんまりできがいいとは思えなかった。

 でも――――どうしてだろうか、それは、たしかに今の俺の欲しかった言葉だ。


「お前は・・・なんで。」

「ほら、顔を上げて、笑ってみろよ。」


 そう言うヒーロクリフは俺の目の前で絶対的な自信を持って笑っている。

 俺は、そんなヒーロクリフと、このステージの熱に浮かされたのだ。


 額の腕を下ろし、遮るもののない視界に映る景色を見渡した。


 さっきの少女たちは、顔を赤らめて、きゃあきゃあと笑っている。

 この舞台の先で待つソウル殿下も微笑んでいて、なんだか嬉しそうだ。

 舞台裾にいる姉さんたちは、俺を見上げて誇らしそうに、笑顔で頷いていた。


 俺は、姉さんたちが俺を見て喜んでくれているのが本当に嬉しくて、

 ずいぶん久しぶりに、本当に心から、くしゃりと表情を崩した。


  ◆◆ ユーディ・ランカストの純情 fin ◆◆

読んでいただき、ありがとうございます

ユーディ視点のお話はここまでになります


結愛の販促活動とか

ルシアナ殿下との思い出エピソードとか

色々考えてたのですが、どうしても雑然とした感じになっちゃうので

ユーディの気持ちの変化に焦点を当てて

ここでいったんユーディ編は幕引きとしました


拾えきれなかったお話は先延ばしでお届けします


次回はファッションショー後のヒイロのお話です

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