2.こんな逸材を放っておくなど神への冒涜に他ならない
『異世界転生』かぁ・・・。
あ~あ、やっぱり、陽は、ライブで奈落に落ちて死んじゃったんだろうなぁ。
・・・死んじゃったなら、『アルテミア』の世界制覇も叶えられないんだなぁ。
戻れっかなぁ。
でも、俺、ここに来るまでに、神様から
「この世界の平和のために力を貸してください!」とか、
そんなお願いされてねぇしなぁ。
こんな時の定番的には、戻れないんだろうなぁ。
空いていたソファに、とぷんと座り込んで、ぽかんと天井を見上げる。
向かいのソファの可愛い系美少年が、うさん臭そうに、俺をチラ見した。
けど今は、かわいこちゃんを気にしてる余裕もねぇんだ。ごめんな。
う~~ん、この『ヒーロクリフ』って奴と『陽』が、別人だって感覚も全くねぇしなぁ。
手のひらを広げて見る。
それから、ん?と思って、胸、肩、頬と、ぱたぱたと触っていく。
あれ? これ、まるっきし、『俺』じゃん。
ぱっと立ち上がり、部屋に置かれたガラス張りの書棚に駆け寄ると、きれいに磨かれたガラスに映る俺の姿が見えた。
この顔、身体、髪形も全部、『本庄陽』だった。
ガラスじゃ、色合いまでははっきりしないけど、でも黒髪に黒眼っぽい。
日本人の中じゃあ、彫が深く整った顔立ちの俺も、この部屋の他のメンツに比べたら、日本人らしいのっぺり顔で、どうにも華が足りなく感じる。
はあぁ~~と、ため息が出た。
半分は、安心のため息、あとの半分は、せっかくの異世界なのに、っていうため息だ。
・・・まぁ、仕方がないか。俺なら俺で。
ソファに戻って、また、とぷんと座る。
ソウルを始めとしたメンバーたちが、怪訝な顔で俺の動きを目で追っていた。
「なぁ、俺、前から、こうか?」
「前からこう、って何の話?」
「いや、見た目が、さ。」
可愛い系美少年に話しかけると、つまらないものを見るような視線を向けられた。
「見た目とか、今更気にしてんの? 今日のお前、何かに憑かれてるんじゃねぇ? いつもみたいに、ひよってないしさ。」
うん、そういう反応なら、俺の見た目は前からこうなんだろう。
それに、『憑かれてる』ってのは、いいところをついている。
本庄陽の入ったヒーロクリフは、今までとは違うだろうからな。
それにしても、中性的な可愛らしいお顔に、この態度と毒舌!
甘さの奥に潜む、痺れるような棘!!
「ああっ!! 君は、サイコーだな! シュー。」
俺と一緒にアイドル活動しようぜ!!
思わず熱のこもった目で見つめてしまったらしい。
シューは、身を固くして、ソファの端にぴゃっと寄った。
そのどん引きした様子でさえ、逆毛を立てた猛獣の子どものようで、俺のテンションがぴこ上がる。
そんな彼、シュー・ホランドは、外務大臣の長子だ。
ヒーロクリフの記憶によると、大臣の前妻の血を濃く引く彼は、外交に必要な交渉術は不得意なようで、早々に後継の座を異母弟に譲って、日々趣味に高じている。
彼の趣味は、芸術全般だ。
その中でも特に音楽、楽器演奏については、難易度の高い楽曲も初見でこなす、前世で言えば『絶対音感』の持ち主で、彼の奏でる音色は、天使のような容姿も相まって、天上からの福音のよう、そして作曲もなんなくこなす。
そんな大天才である。
まさしくアイドルじゃないか!!
俺のきらきら光線の圧から逃げるシューは、ドアの前が定位置の、ひときわ体格の大きな男の傍に駆け寄って吠えた。
「ユーディ、あいつキモイ! なんとかしろ!!」
そんなところも、ますます子猫のようで、なんとも言えない・・・。
俺がうっとりと眺めていると、避難先の大きな男は、隠れるシューをちらりと見てから、眼光鋭く俺をぎょろりと睨んだ。
彼もまたワイルドなイケメンだ。
名は、ユーディ・ランカスト。
帝国騎士団のひとつ、ランカスト騎士団の団長、ランカスト侯爵の子息だ。
彼自身も将来有望な騎士で、今はソウル殿下の近衛騎士でもある。
身の丈は190cmに届く頃。白い騎士服を着ていても分かる程の胸板の厚さと四肢の太さ。それから詰襟に隠れた太くたくましい首と血管が浮き出るほどに脂肪の少ない額。短く切りそろえたチェリーレッドの髪と濃い眉に、切れ長の緑の瞳。
まるで、往年のM伏氏さながらの超一流アスリートのようだ。
「――悪いが、シュー。キモイだけでは、なんともならないな。放っておけ。」
ユーディは、地響きのような低音ボイスを発してから、脇差の剣にかけていた右手を下ろした。
あっぶねぇ~。転生直後に切られたくなんてねぇ。
ヒーロクリフの「空気読め。身の程をわきまえろ。」という小言が、頭の中に響く。
俺は、ソファで腰掛ける姿勢をぴっと正してから、もう一度ゆっくりと周囲を見回した。
ソウルと片眼鏡イケメンは、すでに何事もなかったかのように、大きな執務机で難しそうな話をしている。
二人近くに寄って小声で話し合う様子は、イケメンたちの秘密を見ているようでどきっとする。
そして、もうひとり『王子様落ちの上品紳士』は、世界にひとりでいるかのように、窓辺のチェアで読書に耽っていた。
柔らかな金髪と白い肌が、日の光の中で存在感を少し霞ませて、うっすらと目に優しい。
部屋中どこを見ても、見れば見るほど写真集のようだ。
こんな素晴らしい逸材がそろっていて、どうしてなんだ!
彼ら自身の魅力がすごい分、今ひとつ抜け切れていないと思うのは、俺だけだろうか?
彼らの魅力をこのまま埋もれさせてしまうなど、まさに神への冒涜だ!!
――そうだ! これこそ、俺が転生した意味なのでは?
この第二皇子グループのメンバーの魅力を最大限に引き出して、ユニットとして輝かせること、それが、使い走りとして生きてきた俺『ヒーロクリフ』のつとめ。
だって俺は、前世で、史上最強のアイドルと呼ばれた『本庄陽』なのだから。
強い使命感を胸に、俺はソファから立ち上がると、ソウルの前に進み出た。
ヒーロクリフが叫ぶ「空気読め」の三連呼を無視して。
「ソウ様! 俺ら、アイ活をしましょう!!」
続けて読んでいただき、ありがとうございます
次話も、どうぞ
【あとがき小話】
『かわいこちゃん』というのは、死語らしい
でも、ここはあえて使います!