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28.ユーディ・ランカストの純情⑥~変わりたい

ごぶさたしてしまいました。

 久々のランカスト騎士団での鍛錬後、俺、ユーディ・ランカストが、邸内に足を踏み入れると、入り口に近い大ホールは、普段にない騒々しさだ。


 今晩、ここで、姉たちが言う『ファッションショー』とやらが、開催される。

 ヒーロクリフが言っていた『ステージ衣装』を中心とした新作衣装のお披露目ということらしいが、名目上は、ランカスト家主催の『夜会(サロン)』である。

 『ファッションショー』は、その夜会の最初の催しとして行うことになっているのだ。



 足を止めて大ホールを覗くと、姉さんたちが、使用人らの中を、戦場の騎馬の如く駆け回っていた。


「モデルの歩く道には、カーペットを敷いてくれ。ああ、そっちの赤いのだ。」

「飾り付けはここに! もう少し高い位置だぞ! おい、お前たちはあっちを手伝え!」

「料理はここに配置ね? ええ、そう。今日の中心はステージだから、こちらの装飾はほどほどでいいわ。」


 こんなに早い時間から張り切る姉さんたちを見て、ため息が出た。

 なんとなしに首の後ろを触ると、鍛錬で凝り固まった僧帽筋が手に当たる。

 それをぐっと押して、ほぐすと、火照った肌に滲む汗で、固い手の平が湿った。


 とりあえず汗を流そうか。

 ホールを後にして、部屋へと向かう。



 姉さんたちが中心に企画した今晩の『それ』では、ヒーロクリフとシューが衣装を変えながら、演奏をしたりホールを歩いたりするらしい。


 あの二人ならきっと見栄えが良いし、招待客も喜ぶだろうな。


 だけど、本当にそれだけで良かったのに、ヒーロクリフが「どうしても」と言い張って、ショーの最後は、イス様、ハロルド、ソウル殿下がそろって、登場する流れになってしまった。

 そして、俺も――――。



 何故なんだ。

 俺は「嫌だ」って何回も言ったのに、姉さんたちは全く聞いてくれなかったのだ。


 そもそも、口下手な俺が、姉さんたちに敵うはずがない。

 だけど、想像したら分かるじゃないか。

 この野獣みたいに大きな俺が、そんな所に出ても、場が白けるだけだ。

 恥をかくのは、わかりきっている。


 それに、ヒーロクリフだって。


「俺は出ない方がいい。」

 男同士なら分かるだろう、そう思って言ったら、あいつはこんなことを言う。


「個性も好みも人それぞれだよ、ユーディ。俺は、お前の体格も強さも性格も、すげぇかっこいいと思うし、羨ましいよ。俺に似合うものはお前には似合わないかもしれないけど、お前にしかできないものがあって、それは、俺には似合わないんだからさ。今度のファッションショーで、俺が、それを証明してやるよ!」


 そして、俺に用意された衣装は・・・・。


 ・・・あんな服で人前に出ろと?

 ・・・いや、もう考えるのはよそう。


 なんて言っても、もう遅い。姉さんたちの決定からは逃れようがないのだ。

 俺はソウル殿下の後ろに付き添い、終わった後には、また、「ほら、俺が言った通りだっただろう?」と言うしかないのだ。


 大きなタオルを掴み、頭部を覆って浴室から出る。

 髪から大胸筋に伝う水滴をタオルの裾でさっと拭いて、冷えた水を喉に流し込んだ。



 そういえば、俺の衣装もあれだけど、カトレット嬢に頼まれた『あれ』―――、用意したものを昨日見たが、本気だろうか。あんなものを着たいだなんて、可笑しな令嬢だ。



 彼女とヒーロクリフがうちを訪れた翌日、彼女が俺に差し出してきた手紙には、人とも動物とも違う、なんだかよく分からない生き物の絵が描かれていた。


「『マスコットキャラ』は絶対なんです! その日は、カトレット領から売り出すアイテムの試供品も配らせてもらおうと思ってて。それで、地方都市のアピールって言えば、やっぱ『ゆるキャラ』でしょう? あわよくば、二次的に、キャラクター製品なんかも販売しちゃってぇ。・・・」


「・・・・・。」

 俺の頭の中はずっと?だらけだったが、口をはさむ隙は全く与えられない。


「納豆なら、『〇ば~~る君』だけど、著作権侵害になっちゃうし、どんなのがいいかな、って昨日考えてたら眠れなくって、やっぱり『〇まもん』みたいな可愛いのがいいかなぁ、『カトリン』とか? でも、男の子キャラだから『カトッタ君』・・・蚊、取った? いや、害虫退治じゃないわ~~これ。それでそれで・・・・・。」


「・・・・・・・・・・。」

 耳から耳へと素通りしてく言葉に、俺はただ相槌を打つだけだったが、カトレット嬢のくるくる変わる表情につられて、俺の表情筋も、いつの間にか緩んでしまっていたようだ。


 少し離れたところにいるヒーロクリフの視線が痛いし、そろそろ仕舞にしなければ。


「・・・それで、これを姉に渡せばいいんだな?」

 そう言って、素早くその紙を封に戻した。


 だけど、受け取った姉さんたちも分からないことが多すぎて、結局、何度も何度も、手紙の仲立ちをすることになってしまった。


 その度に、ヒーロクリフが何か言いたげに見てくるのが、面倒くさかった。

 だけど、ようやく、もうこれで、カトレット嬢も、俺を解放してくれるだろう。

 これ以上ヒーロクリフに睨まれたり、ため息を吐かれるのは、正直ごめんだ。




 ラフな服を着て、昼食を取り、階下に降りると、会場の装飾はまだ佳境で慌ただしい。

 だが、姉さんたちの声が聞こえないところをみると、衣装室へと移動したのだろう。

 俺も、指定されたその部屋、衣装室へと足を向ける。


 衣装室には既に、姉さんたちと店のスタッフ、ヒーロクリフとカトレット嬢が入っていた。

 皆は、並ぶ衣装に夢中で、部屋に入った俺には気づかない。

 俺はほっとして、そうっと壁際に寄ると、息を潜めて皆の動きを眺めた。


 だけど――――、そのうち、俺は、ひどく息苦しくなってきた。


 誰も彼も、すごく真剣な表情で、部屋に並べられた衣装を1着ずつ見ながら、意見を交わしている。

 あの、変なこだわりを見せていたカトレット嬢も、彼女を気にしてばかりだったヒーロクリフも、目の前の仕事にはそんな素振りも見せずに真剣に向かい合っているのだ。


 その熱量――。

 この熱に比べたら、俺は、なんて、中途半端なんだろうか。


 ずっと剣を振り続けている。でも、それは、家が騎士家系で、俺が嫡子だから。

 ソウル殿下の護衛の仕事を選んだ。それは、自分が楽でいられるから。

 今日の舞台に立つのは、姉さんとヒーロクリフに言われて仕方なくて・・・。

 今の今まで、こんなに真剣な彼らの準備を、なんとなくで終わらせて、上手くいかなければ相手のせいとまで、考えていた俺。俺は――――。


 ぎりっと奥歯を噛んで廊下に出ると、自分の甘えに、両手で額を覆った。


 身体は強く大きくなっても、俺は、気弱だった昔と、ちっとも変わっていない。

 俺は、皆を影で守ってるんじゃなかった、皆の影に隠れているだけだった。


 額の前の両手をぎゅっと握り込んで、「変わりたい・・・。」

 そう呟いた。

読んでいただき、ありがとうございます。


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