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24.ユーディ・ランカストの純情②~三人の姉とコンプレックス

 俺、ユーディ・ランカストは、姉のユリアンに抱きつかれた、小柄な少年姿のカトレット嬢を目にして、思わずぐっと拳を握った。

 あの白いシャツとルビー色のチェックの短パンは、俺のものだった。

 そして、ユリアンとパウリーとティリー、三人の姉に「可愛い」と言われて照れている、幼い俺の姿がかぶる。


 感傷的になるんじゃない。

 俺に似合わないこんな感情は、早く消し去ってしまえ。


 もう一度ぐっと拳を握ると、腕の筋肉がごりっと動くのを感じて、俺は冷静さを取り戻した。


-------------------------------------------


 俺が生まれたランカスト家は、代々続く騎士家系だ。


 このフェルメント帝国では、家門が所有する騎士団は3つあって、我がランカスト騎士団は、その中では最も小規模だ。

 ほかの2つの騎士団は数百人規模を誇り、国営の帝国騎士団と共に任務に就いたり、皇族の護衛や帝国騎士団の要職を兼ねたりと、華やかで、政治の中枢にも絡んでいる。


 一方のランカスト騎士団は、団員が100名にも満たず、大半が、脈々と続いてきた古参の家臣出身の騎士である。

 信頼関係が厚くアットホームなのはいいが、父をはじめとして、みな野心もない。

 大切な人やランカストの地を守るためには恐ろしいほどの力を発揮するが、ただそれだけで、この平和な世では放っておけば脅威もない、『役なし騎士団』と、ある意味、ほかの騎士団からは舐められている。


 そんな騎士団を束ねる我がランカスト家では、代々、純粋な肉体的な頑強さが、最も尊ばれてきた。

 その結果、男も女も、体格はひときわ大きい。


 そんな中で、姉3人の後の末子として生まれた俺は、待望の男子ということもあって、大事に育てられ・・・、ではなく、とことん激しく鍛えられて育った。


 父と一緒に幼い頃から剣を振り、早朝から日が落ちるまで、身体を鍛えに鍛えた。

 母からは、次期侯爵としてのふるまいを徹底的に躾けられた。


 幼い頃の俺は、姉たちに比べると、身体が小さく、病気がちで、気が弱かった。

 父の言うことが全然上手く出来なくて「もう嫌だ」って泣いて、激しい訓練で、熱を出すこともしょっちゅうだったし、母に厳しく叱られた時も、ずっと泣いていた。


 そんなとき俺の側にいてくれたのは、年の離れた姉さんたちで、代わる代わるにやってきては、優しくしてくれた。

「大丈夫だよ。私たちが代わりに強くなって、ユーちゃんのこと、ずっと守ってやるから。」


 その言葉のとおり、姉さんたちは同年代の見習い騎士の中でも圧倒的に強くて、家長の子として既に騎士たちの真ん中に立っていた。

 大好きな姉さんたちは、強くて優しくて、かっこよくて、俺のあこがれだった。


 そんな姉さんたちに一緒についていくために、俺は毎日必死になっていた。

 そうしたら、泣き虫だった俺は、いつからか、ほとんど涙を流さなくなっていた。





 そんなある日、7歳の頃だ。

 僕は父さんに連れられ、姉さんたちと一緒に初めて皇宮にやってきた。


 僕はさっきから、家とは違う夢のような世界に、きょろきょろとしていた。

 綺麗で色とりどりの花に溢れた皇宮の庭や廊下を歩く女の人たちは、皆、ひらひらしてて、綺麗な『ちょうちょ』みたいだったから。

 それにさっき、挨拶した皇子さまたちも、たくさん飾りのついたきらきらした服を着ていて、まるでお星さまみたいだったなぁ。


 僕は嬉しくて嬉しくて、手を繋いでいるユリアン姉さんを見上げた。


「姉さま、女の人たちも皇子さまも、みんなとっても綺麗だね。」

「ああ、そうだな。」

「僕も、あんなきらきらの服、着てみたいな。」

「そうか。ユーちゃんは可愛いから、きっとよく似合うぞ。」

「ほんとう!? そしたら、僕も、綺麗になったら、皇子さまたちと、もっと仲良くなりたいなあ。」


 僕が何気なく言った言葉にも、姉さんは、にこにこと相づちを打ってくれる。

「ああ、なれるとも。そうだなあ。じゃあ、家に帰ったら、姉さんが、ユーちゃんに似合う、とっておきの服を用意してやろう。」


 姉さんたちは、僕との約束をいつもちゃんと守ってくれるから、この日の僕のお願いも数日後に叶えられることになる。





 ――――鏡の中の僕は、とても嬉しそうに笑っていた。


 白いシャツとルビー色のチェックの短パン、黒のサスペンダーはぴしっと背中に沿って、首元の白いタイと袖口には、ランカスト家を象徴する紅玉の宝石、靴も普段履きの野暮ったいブーツではない革靴だ。

 鏡に映る僕は、皇宮で見た皇子さまみたいだった。


 僕は、右を向いたり左を向いたり、僕の姿を鏡に映した。


「ユーちゃん、すごく可愛いよ!」

と、パウリー姉さまがほっぺを真っ赤にして言えば、

「うんうん、皇子さまにも勝っちゃうんじゃない?」

と、ティリー姉さまが胸を張る。

「ああ、とても、よく似合ってるぞ。首回りは窮屈じゃないか?」

ユリアン姉さまが、服の着こなしをチェックしながら、心配そうに言った。

「ぜんぜんっ!! ありがとう、姉さま! 僕、これ、とっても好きだ。」

僕が笑うと、姉さまたちも、とっても嬉しそうに笑った。



 そして、それからも姉さんたちは、たくさんの素敵な服を、僕に用意してくれた。

 僕がそれらの服を着て見せると、姉さまたちはいつも大喜びで、僕はますます嬉しくなった。



--------------------------------------------------



 可愛いと言われ、鏡の前に誇らしく立っていた子どもの頃は、遠い昔だ。


 俺の身体は、いつの間にか、はちきれんばかりの筋肉を持て余し、「似合わない」と言われてからは、野獣のようなこの姿はひどく醜く思えて、鏡を見ることもなくなってしまった。


 けれど、時々、姉たちに、どこからか調達してくるお洒落な衣装を目の前にお願いをされると、拒否もできず、一縷の望みを持ってしまう。

 でもやっぱり、それに身を包んでも、お互いにがっかりするだけだ。


 姉たちのことは今も大好きだ。

 喜ばせたいと思う。

 でも、期待に応えられないから。


 ――――――だから苦手だ。


 それに、世の中の女性たちが皆、残念な目で俺を見ているかと思うと、社交界に出るのも怖くて・・・。

 だから、華やかな場所にはあまり足を運ばないソウル殿下の護衛という仕事は、俺にとっては、すごくありがたい。

 皇子殿下を守る、ただその1点に集中すればいい。

 父や母、姉さま、家門の皆には申し訳ないけど、ほかの騎士系家門の後継者のように、要職を目指さない俺を、許してほしいと思う。


 ソウル殿下の陣営は、普通に言って、女性たちに好まれる容姿の男性ばかりだし、みんなには、優れた才能がある。

 その中にこんな俺がいて、正直浮いているのではないか、と思う。

 だけど、俺は彼らを影で守る役割なのだから大目に見てほしい。


 ―――――そうして、俺は今日も、いつもの場所から皆を見守っているんだ。

読んでいただき、ありがとうございます!

次もユーディ視点のお話です。

お楽しみに!

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