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20.ハロルド・イゼンブルの計略⑥~協力者

前回の【あとがきQ】

ヒイロがステージ上のダンスで回転したのは何回?

【答え】8回

①ぐるり②バク転③脚回転×2④ぐるり⑤ロンダート×2⑥ぐるり

 とても熱く盛り上がったその夜、けれど、翌日のモーニング会場は冷え冷えとしていた。


「昨晩は、ずいぶんと()()()を過ごしたそうではないか?」

 カトレット子爵が水の入ったグラスを片手に、俺を見てきれいな笑顔を浮かべていた。


 いや、そんな誤解を!? ちょっと、待ってくれ、超怖ぇんだけど。


 前髪を上げた広い額には、幾筋かの血管が浮き出ていて、その目はちっとも笑っていない。


 誤解だ!と叫びたいが、気分が盛り上がって結愛に抱きついてしまったのは事実だし、しかも大勢の領民の前で――それは、誤解されても、おかしくないけど!


「申し訳ございませんっ! 祭りの熱気で、えっと・・、許しも得ずにご令嬢に触れてしまったことは、謝ります。ですが、私とご令嬢は、決してそういう関係ではないのです!」


 俺が謝罪と弁明をすると、子爵はすっと目を細めた。


「ほう? そういう関係ではない、とは、どういうことか?」

「私とご令嬢は、友人・・いや『同士』なのです。昨晩は、同じ夢と目標のために意気統合しまして。」


 自分で言っててもなんだか苦しいが、でも、俺と結愛の間には恋愛感情はきっとないのだから、――情はあるかもしれないけど、だから、これ以上言えることは、たぶん何もない。


「ほう、同士とやらは、人前で抱きつくものなのか?

 ――莫迦(バカ)な言い訳をするなっ! お前はいったい何なんだ!?」


「お父さまっ!!」

 娘かわいさで急に声を荒げた子爵の勢いに飲まれる俺を、助けに入ってくれたのは結愛だ。


「めんどくさいことを言わないでください。」

「め、面倒くさいだと!? ユーミラン・・・。」

 途端に勢いを失くした子爵は、しゅんと眉を垂れる。


「面倒くさいですわ。第一、ヒイロさまは私にとっては()同然。許すとか何とか、そんな次元の話ではないのです。ヒイロさまのなさる全てのことを私は受け入れるだけです。」


「・・・受け入れる? そんなっ・・・、ユーミラン!」

 ぱしっと言い切る結愛に、子爵は目を白黒させている。


 待って、ユメちゃん! またそんな誤解を受けそうな言い方を!?


「あのっ、私は、そんなつもりは一切・・・」

 つい口を差し挟んでしまった、その結果。

「何だと!? そんなことを言っておいて、娘にあんな無体なことをっ!」

「む、()()!??」


 ああっ、なんでなんだ!? どうして、ひどくなってくんだ!?


 助けを求めて隣を見れば、ハロルドは、やけに嬉しそうな顔で、手に持った一口大のクラッカーに白いディップを乗せていた。そのため、俺の視線に気づくと、非常に残念そうにそれを手元の皿に戻す。

 ごめんな。


 けれど殊勝にもハロルドはにこりと微笑み、頬を膨らます結愛の前で険しい表情をしているカトレット子爵に取りなしてくれたのだった。

「子爵――――、昨日、ご令嬢とタシエ卿の間に何もなかったことは、一緒に行動していた私が保証します。お望みであれば、協力者として、これからも監視して、ご報告しますが?」


 取りなし・・・いや、監視??


 だが、その言葉に、子爵はぴくと眦を動かした。

「いや、イゼンブル卿。・・・いや、それは、その話の続きは、後でじっくりと・・・。では、ユーミラン、お前はもう行きなさい。・・・タシエ卿、お前は、こっちだ。」


 はあ、ハルのおかげで嵐がやんだのは良かったけど(良かったのか?)それより、俺の扱い、なんか雑じゃねぇか?

 と渋々言われたとおりに席を移動する俺とは逆に、面倒ごとから解放されたとばかりに結愛は嬉々として部屋を出て行った。


 その後ろ姿を見送ってから、なぜか哀れむように俺を見る子爵―――


 これは、喜ぶべきか? 悲しむべきか、俺にはよく分からない。


 が、とりあえずの一段落で席に着いた時には、カトレット子爵はちょうどグラスの水を飲み干したところだった。


「それでは、本題を聞こうじゃないか。」


 子爵が冷えた目で話を促す。

 ハロルドは心持ち背筋を伸ばして、モノクルの位置をそっと直した。


「先日の子爵の話―――、正直あの場で、私は納得ができていなかったのです。これまで、私の提案する計画(プラン)に、反論する貴族や疑問を投げかける貴族は、いませんでした。分かりやすい利益を対価にすれば、私は、私の望む情報や結果を手に入れることができたのです。」


 ハロルドには珍しい、貴族特有の言い回しのない率直さに、俺は少し驚いて話を続ける彼を見た。


「私は、この旅に二つの課題を抱えてまいりました。一つは、最近我々の陣営に出入りすることになったご令嬢のことです。つまり、我々にとってのリスクとメリットを。」

「ふん、あれは自由に好きなことをしているだけだ。一見怪しく見えたとしても、貴方が危惧するスパイや工作など、できようはずもない。」


 迷うことなく返す子爵の言葉に、ハロルドは小さく頷く。


「ええ、それは昨日の視察を通しても、よく分かりました。彼女も、それからこの領も、一切の秘匿をする様子もないことに、むしろ私が不安を覚える程です。」

 言葉通りに眉を寄せるハロルドに、子爵はにっと笑い、テーブルの上で大きな焼けた手を組んだ。


「にもかかわらず、この領はあまりにも穏やかですね。情報統制が随分しっかりしていらっしゃる。」

 そう言ってにこりと笑うハロルドに、子爵の瞳には獰猛さが一瞬垣間見えたが、豪快な父親の顔で覆い隠した。


「ははっ。子が生まれる年になってから、こんなに鍛えられることになるとは、私も思っていなかったよ。まあ、あの子の繰り出すことに対応しているうちに、自ずとね。だが、そうやってずっとここで守ってやりたかったんだが、あの子は外に目を向けてしまった。――――これから私の手も及ばなくなる。さて、君らは、ちゃんとあの子を守れるのかね?」


 その言葉に、俺はぐっと唇を噛んだ。その問いに応えるには、俺にはまだ、そんな力も気概もないと思ってしまって、ただ頷くことしかできなかった。

 一方のハロルドも、やや苦しげな表情で、口を開く。


「――皇都では、私たちのできる範囲で、お守りいたします。」


 子爵はその返答に「まあ、いいだろう。」と、あっさり頷いた。

 自分の優位性に満足している様子で、「それで二つ目は?」と促す。


「二つ目の課題は、先日ご提案した件です。少し長くなりますが、お話してもよろしいですか?」

 ハロルドはわずかに身を乗り出すと、余裕綽々といった体の子爵と対峙する。

「ピソラ商会という、主に医薬品や美容品を取扱っている商会をご存知ですか?」


「ああ、健康食品や美容品を扱う我が領が、最近何かと競合することが多い商会だな。」


 『ピソラ商会』と聞いて、俺が転生したと気づいた日のことを思い出した。

 ピソラ商会は、帝国北部にあるデリート領がルーツの商会で、領地の山岳地で生育する希少な薬草の販売で有名だ。

 俺は、その商会の主な取引相手と、どんな物品をどの程度取引しているか、また、カイル・デリート小侯爵の商会への出入の頻度や、商会の従業員の様子、世間での評価などを調べて、ソウル殿下に報告したのだった。


「事前調査では、ピソラ商会の一部商品で不当な価格の吊上げ、そして、商会とデリート領の間で一部不正な資金の流れがあると見ています。我々はこの対処を任せられております。」

 そうか、俺の仕事はこうやって使われているのか。


 ハロルドの説明に、俺はつい頬が緩んでしまったけれど、子爵は、やや警戒した様子で眉間に皺を寄せる。

「国の行政部が動いているのではないのだな?」

「ええ、そうです。」

 ハロルドは涼しい顔で頷いた。


「我々の目的は、デリート領を保全すること。そのために、カイル・デリートの力を削がねばなりません。まずは、ピソラ商会側の弱みを握って、裏取引をするつもりだったのですが――。」


「ほう。――それで、デリート家の敵対勢力となりうるか、我らの力を図りに来たという訳か。」


 にやりと口角を上げる子爵に、ハロルドは深く頭を下げた。


「はい。力量を計り、私の計略で動いていただくつもりでした。ですが、貴方に指摘をされて、私のその考えは傲慢だったと、気づいたのです。私は、私自身が嫌っていた、父上と同じことをしようとしていました。――それから考えました。まだ、答えは見つけてはいないのですが、昨日一日ここで過ごして、素直に、駆け引きなしにただ、一緒に力を合わせたらどうなるのだろう、と、そう思ったのです。」


 ハロルドは、テーブルの上で組み合わせていた手をぎゅっと握り込んで、子爵を見た。


「もちろん、この領の独自の農場経営や研究施設などが、本当に素晴らしいということもあるのですが、何よりも、領主の意思と領民の生活が驚くほど近い。お互いを尊重していて、同じ目標に向かって、お互いに協力している・・・。その姿は、私の生きてきた世界と違って・・・羨ましく、思いました。どうか、その力を、私にお貸しいただけませんか。」


 いつも冷静沈着なハルが、こんなに開け広げに感情を交えて話すなんて、初めてなんじゃないか?


 そうして、ハロルドが、もう一度頭を下げたのを見て、俺はふと思い出す。


 アルテミアのデビュー前夜のこと――。

 サカキが俺たちメンバーに向かって、深々と頭を下げて言ったんだ。

「皆、ありがとう、それから、今までごめん。俺、一人で考えることなんて限界があるってこと、お互いの力を信じて出し切って、その先が果てしなく広がっていく、そんな自由、ここに来て初めて実感した気がするんだ。」と。


 ほんと胸熱だよなぁ、とうっとりする俺の前では、カトレット子爵が、満面の笑みを浮かべて、ハロルドに手を差し出した。


「惜しいな、『力を貸す』んじゃない。『一緒にやる』だろう? では、協力者として、こういうのはどうだろう?」


 そう言った子爵の『領主としての提案』に、ハロルドと俺は、大きく目を見開いた。

 そして、始めは慎重にも渋っていたハロルドだったが、子爵の余裕な態度と俺の励ましとで、最後には清々しい顔で頷いたのだった。

まいど読んでいただき、ありがとうございます!

次話でハロルドのお話は最終話です

クイズは、今回が最終問題です


【あとがきQ】

モーニング会場で、カトレット子爵、ハロルド、そして俺が、頷いたのは合わせて何回でしょう?

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