19.ハロルド・イゼンブルの計略⑤~領都の夜ソロライブ
前回の【あとがきQ】
次の視察先、結愛の熱の大きいものから順に並び替えよ
【答え】
①大規模農園 < ②納豆製造工場 < ③発酵菌研究所
馬車を降りた俺らが向かった先は、開けた広場だった。
たくさんの人たちが行き交っているそこには、運動会みたいなフラグが屋根から屋根に張り巡り、人垣の向こう、中央の丸いステージでは、流しの楽団が演奏し、踊り子が舞を舞っていた。
そして、広場の周囲には、フードフェスも顔負けな程に屋台が並んでいる。
いかにもな冒険肉、焼けたソーセージ、ジャンバラヤ的な米料理、こてこてにデコッたクレープやパン、色鮮やかなフルーツ、ビア酒を始めとしたドリンク・・・
それに、射的や、アクセサリーショップまで。
「うっわあぁ、やっべぇ! めっちゃ、上がる!!」
興奮して叫ぶ俺の横を、結愛はするりと抜けて歩き出すと、その背後、周りに視線を向けながら、ハロルドが付いていった。
「えっ、ちょっと! 待って、待って!」
慌てて追いかけると、結愛は屋台の間を練り歩くように、店主たちと言葉を交わしていく。
「みんな、いつもありがとうね。今年も、いいの、揃ってる?」
「もちろんっすよ。皇都で流行のものだって、取りそろえてますよ?」
「お嬢様! おひとつ、どうですか? お嬢様のアドバイスで、今年は新しいフルーツも増えました!」
昨日から見てて感じるのは、結愛と領民たちの距離の近さだ。
俺は、前世の記憶を戻してからまだ一度も領地には帰ってないけど、うちの領では、『ヒーロクリフ』が街に出たことは数えるくらいしかなかった。
今日が祭りで特別な日だということも、もちろんあるかもしれないけど、ハロルドの指示で今まで幾つかの領地を訪れたヒーロクリフの記憶の中にも、ここまで活気のある街はひとつもなかった。
それは、ハロルドにとっても同じようで、領民から声がかかるたびに、どこか身構えるように結愛の対応を見ている。
「みんな。今年の特設ブースの評判はどう?」
屋台の並びの終わりまで来たところで、結愛は天幕の中の男性に声をかけた。
そこは他よりもちょっと大きい天幕で、数人の男女が大きな二つの鍋に向かって作業をしている。
天幕の外には、多くの客が列をなしていた。
「あ、お嬢様!! ごらんのとおり、とても、好調で!! まさに、狙い通りでしたね!?」
「ふっ、そうでしょう!? 夏の晩酌と言えば、これよねー!?」
テンションの高いそばかすの男と、鼻息の荒い結愛の前にあるのは、黄緑色のふっくらとした枝豆と、もうひとつ。
「ユメちゃん、これ・・・。」
「塩ゆでした枝豆と、冷や奴です! あ、ハロルドさまも、ぜひどうぞ!」
そう言うと結愛は、小皿に小さく盛られたそれらを、そばかすの男から順に受け取り、はい、はい、と、俺とハロルドの手に持たせた。
「さっぱりして、すごく美味しいですよ?」
湧水で冷えた白い四角形に、ショウガと似た黄色い薬味と、甘塩っぱい黒い液体がかかってて、懐かしさに涙が出そうだ。
うめぇ・・・。
その横で――――、ハロルドは恐る恐るそれを口に運んでいた。
そして――――。
ただ無言で食べ続けるハロルドを見て、「沼だわ。」と、にんまりと笑う結愛。
「このブースは、なんなの?」
「領主特設ブースってゆうか・・・、もともとここから、私の思いつきを領民に振る舞ったことからスタートしたこのお祭りなんですけど、年々規模が大きくなってて。」
俺に答えながら、大きなザルを抱えて天幕に入ってきた女性たちに気づいた結愛が、笑顔でひらひらと手を振ると、彼女たちはぱっと頬を赤らめて頭を下げた。
それから、きゃっきゃっと笑い合いながら、小走りに持ち場へと向かう。
領主館で昨日会ったメイドたちか、と脳内図鑑を繰りながら見ていると、結愛が嬉しそうに話を続けた。
「私って、思いついたら何でもすぐにしたくなるのに、飽き性なんですよね。少し先が見えたら、もう他のことが気になっちゃう。だけど、うちの領民たちは、お父様と一緒ですごいんです。私の思いつきを、代わりに真剣に考えてくれて、こうやって形にしてくれて、商品展開も、新製品の多くも、皆がいなければ、きっと何にもできていない。ここに来るたびに、皆の力が実感できて、嬉しくなるの。」
笑顔の店主や領民たち、そして広場の賑わいを嬉しそうに眺める結愛は、俺らに突拍子のないことを言ういつもの結愛とは違っていた。
ああ、今までの俺、ユメちゃんにちょっと冷たかったかもしれない。
分かってる気になってたけど、分かってなかったかも。
領地での彼女は、こんなに慕われてて、俺たちも、もっとちゃんと彼女と向き合って、力になってあげなきゃいけなかったんだなぁ。
これからはちゃんとしよう、と密かに決意する俺の横では、いつの間にか冷奴を5皿ほど平らげたハロルドが、満足そうに吐息をついていた。
「この組み合わせはシンプルながらも奇跡のようだ。」
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいです。―――少しは気分が良くなりましたか? ハロルドさま。」
ハロルドの手元をちらりと見遣って微笑む結愛に、ハロルドは、ばつが悪そうに眼鏡の位置を直した。そして、そのまま広場の賑わいを見渡すと、やがて、珍しくも、ひどく爽やかな笑顔を結愛に向ける。
「―――ええ、とてもいい気分です。君に感謝します、カトレット嬢。」
「そうですか? それなら、良かったです!」
微笑みながら熱く視線を交わす二人に、俺は「よいしょ」と大きく掛け声を発して席を立った。
「なあ! せっかくだから、もっと見て回ろうぜ。ほら、ステージのダンスも終わったみたいだし。」
さっきまで、流しの音楽に合わせてペアで踊っていた10数組の若い男女がステージから降り、楽団のメンバーたちが飲み物を煽っていた。
そんな中、照明が照らす舞台の上、ドラムのように打楽器が並ぶその奥から、野球選手のようにがたいのいい男が、袖をまくり、ハンティング帽を脱ぎながら、大きな声で結愛を呼んだ。
「お嬢様。夜も更けてきました。いつもの、お願いしてもいいですか?」
流しの楽団の他のメンバーも、その場で腕を伸ばしたり、サスペンダーを緩めたり、音をきろきろと出しながら、笑っている。
「そうね! 始めましょう!」
そう応じた結愛は、頭にターバンのように布を巻いた弦楽器奏者のエスコートで舞台に上がると、周りからは、「お嬢様~!!」と囃し立てるような歓声が沸き起こる。
結愛は歓声に応えながら、舞台の右側に置かれた台の前に向かうと、にこりと笑って、よく響く声を出した。
「みんなーー! カトレット領・夏祭り名物『アルテミックライブ』!!
今年は、一味いえ、格別に違うわよっ!! 一緒に楽しもうねっっ!!」
その結愛の一声で、ひときわ大きな歓声が上がる。
その熱気に、俺の心臓がばくんと音を鳴らし始める。
結愛が、台の上、いつかのピアノキーボードもどきを操作して流れるメロディーは、『アルテミア』のライブ必須のダンスナンバーだった。
俺と結愛が歌ってたら、シューがさくっと音取りしてくれたものだ。
その音源に合わせて、流しの楽団が伴奏を始める。
「お嬢様、今年もぶちかましましょう!!」
エスコートした奏者がにやりと笑い
「ええ、お願い!」
と結愛が答えた。
そして、結愛はステージ下の俺に視線を向けると、感無量といった様子で、その大きな黒糖の瞳を潤ませて、右手を差し出した!!!
「ヒイロさまっ!!!!!」
結愛の導きで俺はステージに上がると、「おおぉぉぉ!」と腹の底から雄たけびを上げる。
その叫びが、広場の周りの建物にこだまし、何事かと人垣が膨らんでいく。
伸ばした腕を音に合わせて波のようにうねらせると、エイトビートのリズムに合わせて、タップを踏む。足を交差させてぐるりと回り、空気を切るように両腕を激しく動かすと、その勢いでバク転だ。
腕で支えて両脚を振り上げ、ブレイクダンスのように大きく2回脚を回す。
胸から起き上がって、複雑なステップを刻みながら腕を突き上げ、またぐるりと回転した。
「♪ああ 熱くなる鼓動が これは 俺たちの愛 弾けろ この思い♪」
呼吸の乱れを抑えてサビを歌い上げると、高くジャンプしてロンダートで続けて2回転、それから、すぐにステップを踏んだ。
最後のダンスをして、もう一度ぐるりと回ると、じゃんと音が止まった。
はあ、と大きく息を吐いて顔を上げると、ステージの回りの観客は数倍に膨れ上がっていた。
俺自身の激しい鼓動とこだまする大きな歓声で、耳がおかしくなりそうだ。
左手の甲で額から滴る汗を拭って、目と耳に焦点を合わせていくと、俺の耳は聞き慣れた呼び声をとらえる。
「・・・・ヒイロさま」
「・・・ユメちゃん・・・。」
顔を真っ赤にしてぽろぽろと涙を流している結愛に、俺は感極まって、思わず両腕を広げ抱きついた。
「ありがとう! ありがとう、ユメちゃん!!」
「ヒ・・・ヒイロさまっ、・・・わ、わたしっ、やっぱりぃ・・! ヒイロさまが、一番っ! 誓って! ・・・一生、絶対に、ついていくっ!」
ああ!! 俺の背中でぎゅっと握りしめる結愛の手に、鼓動が熱くなる。
ステージの周りでは、「きゃああああ♥」という悲鳴のような歓声が沸き上がっていた。
読んでいただき、ありがとうございます
ヒイロの見せ場ともいうべき回です
(ほっとくと隠れがちだけど、本当はヒイロさまはめちゃくちゃかっこいいのですよ? 結愛談)
そして、ヒイロよ
殊勝なことを言ってるけど、結愛には騙されるなよ の回でもあります
ということで、次話をお待ちください
【あとがきQ】
ヒイロがステージ上のダンスで、回転(バク転、脚回転なども含む)したのは何回でしょう?