1.世界デビュー? いや、異世界転生(デビュー)だ
アイドルユニット『アルテミア』のセンター、俺『本庄陽』は、デビュー後初の五大ドームツアーの最終日、ステージ上の奈落に転落した。
「ああ~~、俺、死ぬな~~」
覚悟を決めた俺は――――、ゆっくりと目を閉じた。
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だが、衝撃は思いがけず、顔面にやってきた。
「いってえぇぇ。」
額を押さえて痛さに顔をゆがめていると、思いのほか近くから声が聞こえる。
「おい、ヒーロ、居眠りしてんじゃねぇよ。俺が頼んだ調査、ちゃんと、終わってんのか?」
そう問われて、ふと目を開けると、気品漂う超絶イケメンたちが、ソファで横になる俺を覗き込んでいた。
まず目に入ったのは、女の子がみんな大好きな、定番の『王子様』タイプの超絶イケメンだ。
配置の間違いがどこにもないほどに整った彫刻のような顔に、光り輝くサラサラな金髪と、透き通るアイスブルーの瞳、そして、ものすごく高そうな仕立ての服を上品に着こなしている。
表情の起伏は小さそうだが、さっきの口の悪さから言って、『ギャップ攻め』もありというところだろうか。
その左隣。
顔立ちはよく似ているが、色素がやや薄い灰金色の髪に、コーラルブルーの瞳。
『王子様』に比べると華はないが、その分、軽薄さが減って上品さが増し増しで、これはこれで真面目女子をがっちり掴みそうなタイプだな。
右隣には、長い紫髪に、ダークレッドの瞳。
かっちりとしたスーツ系の着こなしと片眼鏡の似合う、『インテリジェンス』なイケメンだ。
それにしても、なんで片方しかレンズがないんだ? 片目が悪いのか? いや、ファッションだろう、そうだろう。
だとしても、この男には、ビジューをつけたワインカラーのサングラスの方が断然似合いそうだ。
そして、3人の少し後方に、いかにも美少女な可愛い顔立ちの・・・うん、あれは男だな、俺のセンサーがそう言っている。
とはいえ、柔らかそうなカフェオレ色の猫毛の髪が細い首の付け根にかかって、つい遊び心が疼いてしまう。
それと、ファンタオレンジを煮詰めたら出来そうな、透明感があるのに深い橙色の両眼。
思わず覗き込みたくなる『可愛い系』美少年。
あともうひとり、遠く、ドアの近くに大きな人影が見えるが、遠いので後でじっくり観察しよう。
・・・と、人間観察をしている場合ではない。
いや、それにしても、全員が全員、有名な映画やミュージックビデオにも出演してそうな、超イケメンの外タレたちだな、すげぇ。
・・・あれ?
こんな外タレイケメンたちに囲まれてるってことは、俺たち『アルテミア』は、いつの間にか、夢だった世界デビューでも果たしたのか?
これこそ、『夢落ち』というやつかもしれない。
そういえば、マネージャーが、アメリカのテレビ番組からオファーが来ているとか、言ってたっけ?
でも、奈落に落ちたとこまでしか記憶にねぇし、なんか、すっきりしねぇな??
首をひねってふらふらしている俺に、金髪青眼の『王子様』は眉間を寄せた。
「まだ、寝ぼけてんのか?ヒーロクリフ」
ヒーロクリフ・・・
その名前には、聞き馴染みがある。
待てよ・・・。
ヒーロクリフ、ヒーロクリフ。
そう、たしかに、俺の名前だ。しっくりくる・・。
そして、目の前のこの金髪青眼のイケメンは――、フェルメント帝国の第二皇子、ソウル・ド・フェルメント。
ん?皇子?
何言ってんだ、俺。
でも、たしかに俺が仕えている、皇子殿下だ・・・、っ!!?
「で、ででで、殿下!!」
慌てて、ソファから立ち上がった俺との接触を避けるように、彼はひらりと身をかわすと、近くの一人がけのソファに腰を降ろして超絶長い脚を組む。
そして、束になった書類を俺目掛けて放り投げた。
「お前、なんか、いつもと、違うな。変なもんでも食ったか?」
いつもと、違う。
たしかに目覚めるまでの俺は、『目立たず覇気のない日和見の男』だった。
多少ある『やる気』も、ほぼ、周りの顔色を読むことと、誰かのごきげんとりに費やしていた。
生まれは、猫の額ほどの領地持ちである超貧乏伯爵家の四男、アピールのしどころもない、純然たる『俺』のプロフィールだ。
そんな俺がこの貴族社会で生き抜くために選んだ手段が、第二皇子陣営の使い走りになることだった。
第二皇子のソウル殿下は、ほかの皇子方より母方の地位が低いため、皇位争いからは一歩引いている。
でも実はとびぬけて能力の高い第二皇子は、皇宮や軍部で卒のない実績を残しながらも、目立ちすぎないように能力を調整しながら、政治の荒波をうまく受け流しているようだった。
俺はそこに活路を見出した。
皇子が生き抜くために必要とするもののひとつが『膨大で正確な情報』
それを、俺は提供しよう。
貴族社会の下層をさすらう俺は、相手の状況と顔色を的確に見抜き、ごきげんとりをしながら会話の隙間にそれとなく入り込んで、派閥の人間関係の細かな情報を手に入れることが得意だった。
それを武器に、『この方なら』と目をつけたソウル殿下から、じわりじわりと信頼を勝ち得て、ここまで来た!!
は~~、長い『自己紹介』だったぜぇ。
聞いてくれて、どうもありがとうな!!
きゅぴるん、とデビュー前のレッスンで身に着けた『アイドルスマイル』を浮かべた俺を、変な生き物でも見るかのような冷めた目で、ソウルが見ていた。
「で? 調査結果は?」
そして、俺の手元の書類の束を、指さす。
「――ああ、はい。この『カイル・デリート侯爵令息とピソラ商会の取引状況』の裏どりですが、・・・」
俺は、『本庄陽』が会ったこともない人物たちについて、実際体験したかのように頭に浮かぶ情報と、それが滑らかに口から出てくることに、不思議な感覚を覚えながら、ソウル殿下率いる第二皇子陣営のハイスペックな王侯貴族子息たちに、依頼を受けた調査内容(裏どり)の結果を報告した。
「やはり、噂は本当だったようですね、ソウ様。隙間を埋める情報もいくつかあって、疑問も解消できた。助かった、ヒーロ」
片眼鏡イケメンが、ソウルに頷いてから、俺に礼を言う。
「なかなかやるじゃん、ヒーロ。」
可愛い系美少年が、さっき俺が横になっていたソファにくつろぎながら、口笛を吹くように言う。
そうして、イケメンたちは、いつものそれぞれのお気に入りの場所へと散っていった。
俺は、さっき書類の束の角で小突かれたのだろう、まだずきずきする額に手を当てながら、む~~んと、唇を尖らせて周囲を見回す。
超絶イケメンたちにただただ狂喜乱舞する『本庄陽』の記憶と、高位イケメンたちの顔色をうかがう『ヒーロクリフ』の記憶。
見たことがないようで見たことのある、装飾に凝った室内と、窓から見える華やかな庭園。
そして、この額の痛み――。
これが夢ではないんだとしたら・・・
いったい、なんだ?
脳内にしっくりくる『単語』が浮かぶ。
――――俺はどうやら、今はやりの『異世界転生』をしたらしい。
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