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18.ハロルド・イゼンブルの計略④~視察・熱

前回の【あとがきQ】

カトレット子爵ヨナス・カトレットが、右手の人差し指で身体を打った回数は?

【答え】5回

①膝頭2回 ②腕を組んで3回

 翌朝早く、強い日差しを浴びて俺は目を覚ました。

 なんでこんなに眩しいんだ、と窓辺を見ると、建物の影が全くない窓一杯から射し込む朝の太陽だ。


 ああ、そうか、ここは、東京のマンションでも、皇都の宿所でもなかった、と飛び起きて、俺はバルコニーへと続くその窓を大きく開け放つ。


 カトレット子爵の屋敷の周りには、高い壁塀はなく、低い生垣のその向こうには、すぐに広い農園が広がっていた。


 バルコニーの手すりに寄りかかり、う~~んと身体を伸ばしながら、

「みんな早起きだなぁ。」

と朝から働いている人たちを眺めていると、ふと手を休めた一人と目が合う。


「ヒイロさま! おはようございます!」


 大きく手を降って、生垣を跳び越え、笑顔でバルコニー下まで駆け寄ってくるのは、結愛だった。


「ユメちゃん、朝から元気だね?」


 つられて笑うと、結愛は、両手をパーに顔を覆った。

「眩しっ!! ヒイロさまは、朝から、とっても輝いてますね!」


 全身に朝日を浴びている、そういうユメちゃんの方が、よっぽど眩しいよ。


 俺が目を細めると、彼女は口元に手を当てて、ふふっと笑う。

「今日は、領内の視察に行きますよ? 早く準備してください!」




 そうして、俺と結愛とハロルドは、昨日立ち寄った大規模農園、それから納豆製造工場、発酵菌研究所と巡った。


 結愛は、それらの施設で、まるで水を得た魚のように、きらきらと、その素晴らしさを語って回る。


 ⇩ ⇩ ⇩ ⇩ ⇩


 農園では、区画ごとに様々な植物が育てられていた。

 結愛はそのうち一番大きな区画に足を踏み入れると、「大豆を育てている」と言った。

 見れば、緑の葉の下、薄緑色のさやに3つ4つと膨らんだ大豆、つまり枝豆が房なりになっていた。


「これ、茹でてビア酒のつまみで食べるとサイコーなんです! この畑の大部分は納豆に加工する予定ですが、あの一角は、今晩、街で開かれるお祭りで出すのに収穫しました。さあ、次は工場に行きましょう。」


 ⇩ ⇩ ⇩ ⇩ ⇩


 そうして足早に農園を後にし、向かった先は煉瓦造りの大きな建物だ。

 中には、炉を炊いた大きな窯がいくつか、豆と水の入った大きな鍋が並び、温度の管理がされている小さな小部屋がいくつかあった。

 工場内では、同じ清潔な作業着に身を包んだとてもたくさんの人が働いていた。


「以前お見せした報告書の、製造工程と製造体制と作業環境を確認いただけるかと思います。わが領の工場は素晴らしいでしょう! もちろん、衛生管理だってばっちりですよ? それに、いずれ、生産ラインの機械化だって進めたいと思ってるんです! そうだわ! 工場見学で、本格的に観光プラン化するってどうかしら?」


 ⇩ ⇩ ⇩ ⇩ ⇩


 次の研究所では、白衣を(まと)った人たちが、学校の理科実験室にあったような器具を使ったり、うっすらと光を放つ眼鏡をつけて何かをじっと見ながら、手元のメモに書き込みをしていた。

 この施設では、結愛は最も生き生きとしていて、器具の仕組みがどうとか、特許がどうとか、すごく長い時間をかけて、語ってくれた。正直、俺の頭には何も残らないほどに。


 けれど、白衣の研究者たちは、熱っぽく語る彼女の様子を生温かい笑顔で眺めては、時々その言葉に、うんうんと頷いている。

 孫娘を見るような、ありがたい教えに耳を傾ける信者みたいな・・・そんな感じで。




「なあ、ユメちゃん、視察先が偏ってないか?」

「えっ!? そうですか? 我が領の()()()()()ですよ? 領外の方は()()()なんですよ!?」


 長い夏の日、夕暮れがまもなくと迫る中、不本意とばかりの結愛から、真横に視線を移すと、ハロルドが馬車に揺れながら目を瞑っていた。


「なあ、ハル、お前が見たいって言ったんだよな? ほんとに、こんなルートで、よかったのか?」


 ハロルドはうっすらと目を開けると、ぼんやりとしたまま、車窓から流れる景色に目をやる。

「ああ・・・、いいんだ。」


 覇気のない声。

 今日のハロルドは、一日中、こんな感じだ。

 昨晩のカトレット子爵の言葉を聞いてから――。


 いつも冷静で、常に頭の中で緻密な計算をしていて、それでいて、どこか異常に責任感が強くて、ひとりで背負っている。

 そんなハロルドだから、今日の彼はどうだって普通じゃない。

 だけど、この夏の開放的な土地で彼の思考を揺らす出来事があったとしたら、それはハルにとっては案外悪くないんじゃないかという予感もした。




 そういえば・・・、と、俺は、前世日本でのある出来事を思い出す。




 俺が、アイドルグループ『アルテミア』のセンターに選ばれた直後のことだ。


 アルテミアのメンバーは、全国から選りすぐって集められただけあって、それぞれにすごく優秀で、一人でも輝いてる奴らばかりだった。

 初めて顔を合わせたときに「これから、この5人で活動していくことになる。」ってプロデューサーが言うのを、「まじかよ、俺なんかいない方が断然いいじゃん。」て思うくらいには、みんなかっこよくてスマートで、テレビで見る本物のアイドルみたいで、俺が地元の学校でモテてたっていうのも、思い返すと恥ずかしいくらいだった。


 特に、頭が良くてクールなサカキは、『アルテミア』というグループに、最初から強い信念を持っていて、どうなりたいか、何をしなきゃいけないか、って毎日のように主張していた。

 

 でも、みんなそれぞれプライドもあるし、集まって間もないし、そうしたら衝突だってする。


 むっとするシンと、にやにやするユウマにサカキが切れて、その大きな声にびくっと身体を震わせたトミーが、俺の顔をちらちらと見るから、仕方なく止めに入ったんだ。


「なあ、ちょっと落ち着けって。」

「落ち着けだって!? そもそも、俺には売れるためのアイディアも戦略もたくさんあるのに、どうして何の考えもない君がセンターなんだ!?」


 胸元を掴まれて睨まれた俺だって、ほんとにそう言いたい。

 ほんとうにそのとおりだよ。

 出来る奴が真ん中に立って引っ張った方がずっといいのに。


 そしたら、壁際でにやにやしながら俺たちのことを見ていたプロデューサーが、こう言ったんだ。


「このグループで、限界を突破していくには、ヒイロが最良なんだよ。サカキ、お前は確かに今のベストかもしれないけど、皆がまだ見えていない力を出せなきゃ、先にはいけないんだぞ。」


 それを聞いて、サカキは、黙り込んでしまった・・・とても深刻な表情で。

 それからというもの、サカキは、どこか力みが取れて、メンバーの観察を始めたんだよな。





 今のハルの顔、あの時のサカキの表情とよく似てるんだよなぁと、ぼんやりハロルドの横顔を眺めていたところで、結愛の言葉がするりと耳に入ってくる。


「ハロルドさまは、どうしたんですか?」

「ああ・・・、昨日、ちょっとな。」


 まだ前世の意識を半分残したまま、がたんと揺れた馬車に身体を支えると、向かいの席の結愛と、ふと視線が絡んだ。


「もしかしなくても、お父さまでしょう?」

 俺とハロルドを交互に見ながら、何かを見透かすようにそう言う結愛に、俺は今し方揺れた胸元をぐっと押さえる。


「・・・何か聞いた?」

「いいえ、特には。でも、今朝はすごく機嫌が良かったんです。」

「えっ? そうなんだ・・・?」


 昨日のやりとりに、機嫌が良くなる要素なんて、あったっけ?


 ずっとぴりぴりした緊張感しかなかったんだけど・・・。

 ああ、でも、時々すごく目が輝いてたわ・・・、笑ってたし・・・、俺のびびった顔とか、ハルの困った様子とか見て楽しむなんて、悪趣味っつうか、でも突き放すわけでもなくて、なんてゆうか、とらえどころのない人だったよなぁ。


「うちのお父さまは、すごいんですよ! だって、私がやりたいって言ったことは全部、仕分けて、形にしてくれるんですから! そういうことを10年以上もやってきたんです!」


 屈託なく笑う結愛を見て、俺は、昨夜の子爵を思い浮かべた。


 この世界で、こんな自由に、好きなことをしている――――そんなユメちゃんを支えてるカトレット子爵って、・・・・うん、尊敬するわ。大変だったろうな。


 感心8割、同情2割で頷く俺。

 そのとき、ふと隣の席から気配がして視線を向けると、ハロルドが、真剣な顔で結愛を見つめていた。

「・・・カトレット子爵は、何がどこまで見えているのでしょう?」


「?? お父さまの見ているものなんて・・・そんなの、本人じゃなきゃ分からないわ?」

 ハロルドの問いに、結愛は首を傾げる。


 ちょうどその時、石畳を進んでいた馬車が、がたんと動きを止め、窓からさっと外に視線を走らせた結愛が、にこりと笑った。


「さあ、着きました! 今晩は、お祭りですよ!? 難しいことは明日にして、カトレット領の夜を楽しんでください!」

今回も読んでいただき、ありがとうございました

視察先で、結愛が熱く語り出したため、間伸びしてしまいました

次話は、領内視察・後半です

早めに更新します


【あとがきQ】

次の視察先、結愛の熱の大きいものから順に並び替えよ

超簡単ですよね?

①大規模農園

②納豆製造工場

③発酵菌研究所

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