12.シュー・ホランドの憂鬱⑥~幕間:シューの音楽~
ぎらぎらとしたシャンデリアの輝くダイナー侯爵邸のホールは、少年2人の演奏が終わって、今は休憩時間だ。
ブルーグレーのシャツとパンツに白の上着を合わせた俺は、柔らかなミモザ色のドレスの結愛と一緒に、壁際に立ち、ホールの様子を眺めていた。
「なあ、ユメちゃん、いや、カトレット嬢。俺たちって、たしかに、この世界の住人なんだよな?」
「なんですか? 急に・・・。えっと、タシエ卿?」
ふふっと笑う結愛に、後ろ腰で組んだ手を、ぎゅっと握り込む。
「こほっ。上手く言えないんだけど、こんな衣装に着飾っちゃってさ、こんなパーティに参加してるって、なんだか映画の撮影みたいだろ? だけど、全然違和感を、感じないんだ。こういうの、分かる?」
ホール中央の黒いピアノを囲んで、きらびやかな衣装の貴族たちがざわざわと歓談し、若くてスマートな使用人たちが飲み物を配っている。
その景色を見ながら、俺は独り言のように呟いた。
結愛は俺をついと見上げ、それから俺と視線の先を合わせる。
「そうですねぇ。言われてみれば、たしかに映画みたい。ヒイロさまは、つい最近まで前世で生きてたんだから、それなら、両方混ざって感じても、おかしくないのかな。」
「ユメちゃんは、違うのか?」
「はい。私が前世を思い出したのは、ずっと小さい子どもの頃なんです。」
そう言って、にこにこと幸せそうに笑う結愛に目を奪われていると、結愛は真っ赤になって、パサリと口元に扇を広げ、俺の視線を遮った。
「でも、私、今と~っても、嬉しいんです! まさか、こうやって、ヒイロさまに誘っていただけるなんてっ! 本当に、夢のようです!」
「あ・・・ああ。それなら、良かった。・・・・・それにしても!」
なんか、落ち着かねぇ。
普段見慣れない、結愛のドレス姿のせいなのか?
俺はなんとなく目のやり場に困って、もう一度ピアノの方を向いた。
「えっと、シューは・・・まだかな? あいつ、俺、すげぇ、心配なんだ。」
「はっ、そうですよね! 私ったら、つい、デート気分で浮かれちゃって・・・。あ、そういえば私、今日は念のため、ちゃんと秘密兵器だって、持ってきてるんです!」
「・・・え? 秘密兵器?」
結愛の放った物騒な言葉を繰り返したちょうどそのとき、ホール内が一瞬シンとして、直後、一斉にざわめき立った。
黒の衣装に身を包んだシューの入場だ。
普段と違って、大人めいた格好のシューは、笑顔を浮かべているのに、張り詰めた緊張感を漂せていた。
シューは、大きな歩幅でピアノの前に向かう。
そして、一礼すると、ぐるりと周囲を見回した。
壁際に立つ俺らに、ふと目が止まったように感じたのは、気のせいだろうか?
その後、彼は、ぐっと唇を噛むと、譜面台に楽譜を広げた。
そして、始まったシューの演奏は、最初の一節から、圧倒的な音の量と響き、強くて美しいメロディ。
思い浮かぶのは、波のように押し寄せる憧憬と悲哀――――。
神懸かったような、シューの演奏と、熱気が届くほどの汗と息づかいに、会場が魅了されていた。
脳みそも心臓も、身体に流れる一滴の血でさえ、ぎゅっと鷲づかみにされて、どくどくと脈打っている。
なんだこれ、なんだこれ。
俺はまばたきするのも忘れて、シューの動きを追っていた。
そして、最後の一音が消える時、黒い空間の中には、天も地もなく、ピアノとシューと俺だけ・・・。
わあぁぁぁ、という歓声に、ふと我に返る。
いつの間にか濡れていた頬を見て、ユメがそっと声をかけてくれたけど、
もう、俺は・・・。
「だ、だってさぁ・・・。」
シューの演奏は、本当にすごいの一言だった。
だけど、それはまるで彼自身の葬送曲のようで――――。
シュー、お前、一体、何を抱えてる?
虚ろに呆けているシューの姿から、視線が外せなかった。
しばらくして、シューはそんな俺に目を留めると、会場からの拍手と熱い視線が注がれる中、かつかつと早歩きで俺の目の前までやって来た。
そして、不自然に口角を上げ、下手に明るい口調で笑う。
「・・・やあ、ヒーロ。・・・ははっ、お前、泣いてんの?」
「だ、だって、お前・・・っ!」
泣きそうなのは、お前の方じゃないか・・・。
「・・・ほんと、ばかだなぁ・・・。ヒーロ、あのさ・・・。」
シューは、何か言いかけたけれど、それを飲み込んで「やっぱ、いい。」と首を振る。
俺はとっさに、シューの手首を掴んだ。
今は絶対、この手を放しちゃ駄目な気がして・・・。
「なあ、シュー。俺と一緒に、帰ろう? 俺、待ってるからさ。」
そう言ったけど、だけど、そんな俺らに水を差すように、シューの肩の向こうから――――整った髭が印象的な男がやってきて、ごてごてと派手な指輪のはまった手をそこに載せた
「何してるんだ、シュー。」
男性の声を聞いて、一瞬動きを止めたシューは、苦々しげに表情をゆがめる。
「ダイナー、侯爵・・・。」
シューが侯爵と呼んだその男は、俺と結愛をじろじろと見ながら、その自慢の髭に触っている。
「君たちは、シューの友人か? 悪いけど、シューは、これから、私たちと話がある。君たちは遠慮してもらえるかな? シュー、こちらに来なさい。」
シューはぎろりと侯爵を睨むと、手首を掴んだままの俺の手を振り解く。
「っ・・・分かって、るよ。・・・じゃあな、ヒーロ、カトレット嬢。今日は来てくれて、俺、嬉しかったよ。・・・なあ、俺の今日の音楽、ちゃんと覚えててよ?」
吐き捨てるような口調でそう言うと、シューは、俺たちに背を向ける。
「シュー!!」
去っていく背中に呼びかけても、シューが立ち止まることはなかった。
「ヒイロさま。」
後を追おうとする俺を、引き留めたのは結愛だ。
左の手指を軽く掴まれ、見下ろすと、結愛は口を固く引き結び、俺を見上げていた。
俺は、そんな結愛と目を合わせ――――、二人、同時に頷いた。
今回も読んでいただき、ありがとうございます
次話でシューのお話は最終話です
【あとがき小話】
この作品を書くきっかけは、某アイドル事務所のこと
特に、このシューのお話では、それを直接表現したところもあります
賛否あるでしょうが、このお話については、あくまで、一娯楽作品として
過程と結末を、楽しんでいただけたら幸いです
悪いようにはしません・・たぶん