表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/49

10.シュー・ホランドの憂鬱④~第三楽章:救い~

 俺は、第二楽章を弾き終え、大きくはあっと息をついて、天を仰いだ。


 まるで、薄暗い水の中から遠い水面(みなも)を見上げるかのようだ。

 音楽への夢や希望がたくさんの細かい泡になって、遠ざかって行く。

 嫌だ、まだ消えないでくれ。


 俺は、薄暗がりの中、それらを掴むように、目に飛び込んでくる白い鍵盤を指で捕らえて、第一楽章のメロディラインを、丁寧に再現していく。

 そうすると、聞き慣れた美しい音の粒が並んで、俺の耳に入ってきた。


-------------------------------------------------


 年が明けて社交界の始まりに皇宮で開かれた舞踏会、俺は喧噪を逃げ出し、皇宮の石積みの外壁に寄りかかった。


 昨夜の侯爵邸のことを思い出して、気が滅入っていた。


 ガオと別れた日以降、ダイナー侯爵は、演奏会の終わりに、俺と二人になることを求めるようになった。


 次の演奏会の話をしながら、俺の手や身体に触れる。


「ああ、シュー。今日も、とっても良かったよ。可憐で、清らかで・・・。こんなに美しい君は、私が見つけ出したんだ。私だけのものだ。」


 そうしたら、俺は魔法にでもかかったように、身体が凍り付いてしまう。


 それに、昨夜は、それに侯爵夫人も加わって――。

 触られている感触と、耳元で囁かれる声を思い出して、また身体が冷たくなっていく。


 こんなときに思い出すのは、決まってガオだ。


 こうなることが分かってて、俺を誘ったのか?

 最初から裏切られてたのか?

 こんなんじゃあ、音楽なんて続けられないよ、嫌いになるよ、苦しい。


「・・・・・。」

 言葉にならない気持ちで、自分の身体を両腕でぎゅっと抱え込んだ、そのとき、穏やかな声が耳に届いた。

「・・・君、大丈夫か? 顔色が、ひどく悪いね。」


 目を開けると、月明かりの中、美しい容姿をした人物が俺を見つめていた。


 月光を纏った金糸の髪に、アイスブルーの涼やかな瞳、美しい顔立ちと高貴な佇まい。

 俺の壊れそうな外見と違う、全部が全部、正真正銘の『良いもの』。


「ソウル、第二皇子殿下・・・。」


『第二皇子』は、今日のような舞踏会に姿を見せることは稀だった。

 皇宮で遠くに姿を見ることはあったが、こうやって直接言葉を交わしたのは、これが初めてだった。


 ソウルは俺をじっと眺めてから、ふむ、と頷いた。


「俺はもう仕事に戻るところだ。一緒にくるか?」

「・・・・・。」


 言うだけ言って背を向ける彼に導かれるまま、俺は、距離を置きながら付いていく。

 ソウルが立ち止まったら俺も動きを止め、また歩くと歩を進めた。



 そうして暫く行った先――――、薄暗い廊下の途中、綺麗に紋章が彫られた一枚木の扉の奥、漏れる灯りに誘われて部屋に入ると、上着を脱いだソウルが、既に大きな執務机に向かって、ペンを動かしていた。


「自由にしてていいよ。俺も、好きにしてるから。」

机に向かったままのソウルが言う。


 俺は、部屋の中をぐるりと見回した。


 皇族の執務室とは思えないほど、質素な雰囲気だった。

 でも、よく見れば、ひとつひとつの調度品が、どれも仕立てのよい名品だと分かる。

 この部屋の主に似合うものだった。


 俺はその雰囲気に妙に安心して、部屋の中央にあるソファにすとんと腰を降ろすと、今度は、その座り心地の良さに、身体の力がふっと抜けていった。


 サラサラと、リズム良く動くソウルのペンの音も心地よくて、その夜、俺はただ何も言わず、その雰囲気を楽しんだ。

 



 それから、ソウルの執務室は、俺にとってのオアシスになった。


 その部屋には、物だけではなくて、優れた人が多く集まっていた。

 彼らは、いつの間にか部屋に入り込んだ俺を特に気にすることもなく、俺に何かを求めることもなく、ソウルのために動いていた。


 俺はずっとこの部屋(ここ)にいたくって

「ソウ様、何にも役割のない俺がここにいてもいいの? 俺、何でもするよ。」って、ある日聞いたけど、彼は「別に無理して何かをしなきゃいけないことはないんだ。」って言った。


 その優しさと居場所のおかげで、俺は気持ちのバランスがとれて、侯爵邸で嫌なことがあっても、何とか普通でいられた。




 それから暫くして、そこに新しい住人が加わった。

 ヒーロクリフという男だ。


 そいつのことは、正直嫌いだった。

 いつも身体を小さくして、人の顔色を見ていて、自分に自信がない。


 ソウ様やハルが言うには、『多少優秀で、多少見どころがある。身の程をわきまえているから、リスクが低い。』ってことらしい。

 でも、『卑屈な奴、美しくない、何でこんな奴がここに?』って、思ってた。


 だけど、最近、急に変わったんだ。


 まず、あいつは今まで気にもしていなかった自分の見た目を、()に聞いてきた。


「見た目とか、今更気にしてんの?」


 正直、お前ぐらいの容姿だったら、俺もこんなに苦労しないのに・・・。

 むかついて、嫌みを込めて返事をしたら、今まで、あいつ自身も避けていたはずの俺に、なぜか執着してきた。


 そして、それからは、出逢うたびに、うざいくらいに俺に話しかけてくる。


 何を言われても自信に溢れてて、内容はともかく、自分の意見をはっきり言う。

 だからなのか、地味なはずなのに、やたらと目につく。


 何よりも、あいつの言った言葉が、俺の中にずっとひっかかっていた。

「パフォーマンスって、もっと自由で楽しいものだ!」


 そんなことあるか?

 音楽は、形式があるから美しいのだし。

 それに音楽を・・、音楽で舞台に立ち続けるには、自由に好きなだけじゃあ、やっていけない・・・。


 だけど、あいつは、言葉のとおり、いつも好きなように歌って踊って、楽しそうにしている。


 それに最近、ヒーロとよく一緒にいる、カトレット子爵令嬢。


 彼女は、なんだかもっとすごくって、「ヒイロさま!これ、見てください!」と、よく分からない道具を持って飛び込んでくる。

 礼儀も形式もあったもんじゃない。

 「え!? 何これ? 超面白れぇ!」と彼女を迎えるヒーロは、懲りずにひどい目に合っている。


 でも、それが、失敗作であっても、成功しても、二人は驚き、悲しみ、よく笑っていた。


 ――そういえば、中でも、『あれ』は、面白かったな。


 ピアノみたいなのに、ちょっと違う。

 鍵盤の上にたくさんの部品がついていて、カトレット嬢がそれをくるくると回して鍵盤を押すと、いろんな音が出た。

 俺は、新しい道具を初めて目にした幼い子どもみたいに、夢中になってしまった。


 その時、俺は思ったんだ。


 ああ、『自由』って、こういうことなのかな。

 もしも、大きな舞台で演奏する機会が失われたとしても、こんな風に遊ぶように音楽をするのも、楽しいかもしれない、と。


 ダイナー侯爵のおかげで今の俺があるのは事実だ。

 だけど、我慢して、音楽が苦しくなってまで、ダイナー侯爵の用意する舞台にしがみつく必要があるのかな。

 もうすぐ、侯爵との2年の契約期間が終わる。


 もういいじゃないか、次で終わりにしてもらおう。




 そう心に決めて、俺はダイナー侯爵に申し出た。

 でも――――、彼は目を細めて、こう言ったんだ。


「何を言ってるんだい、シュー? 私は舞台を用意して君は私の言うことを聞く。これからもずっとって、君、同意してるよね?」


「・・・・・!」

 ああ、まただ。

 反論しないといけないのに、ダイナー侯爵の声を聞くと、俺は身体が冷えついてしまう。


「・・・、うん、でも、そうだな。どうしても、もう嫌だっていうなら、君にも機会(チャンス)をあげようか? 次の演奏会の後、私と一晩、一緒に過ごす、というのは、どうだろう? はい、と言ってくれたら、契約期間を見直してあげよう。君が言う『自由』のために。どう? 同意する?」


 俺は――――

 ここから早く逃げ出したくて

 そして自由が欲しくて――


「はい」と言ってしまった。

今回も読んでいただき、ありがとうございます

シューは、大変よくがんばりました

ヒイロとユメが、彼の救いに、ちゃんとなれますように・・・

次話をお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ