王子が訪ねてきた
私の脳が情報を受け止めきれず、気絶したあと周りが騒ぎ出した。
お城の救護室につれて行かれ高熱と診断された。
そのため、私はそのまま屋敷へと強制送還されることとなった。
屋敷のベッドまで運ばれた私は、そのまま寝込んでいた。
情報を処理するのに三日三晩かかった。
少ないと思うかもしれないが、これでも持ち前の適応力を駆使し、頑張ったのだ。
それに、二十三年も生きていれば色々あるもので、黒歴史も思い出してしまった。
オタクで二次創作を描いてたこととか、友人にBLを教え込まれ、立派な腐女子になったこととか。
はあ、忘れておきたかった…
ちなみに今日は、私のお見舞いということで第三王子……ステファン様が来られる。
コンコンとドアを叩く音がした。来られたみたいだ。
私の体調を心配し、寝室にしてくれたのか。もしそうならありがたい。
「お嬢様、失礼します」
使用人がドアを開け、その後ろからステファン様が入られた。
そして私の横に椅子を持ってきてもらい座った。
「体調は大丈夫でしょうか?」
不安そうに私を見ている。
改めてこうやって見てみると、美形だな。
穏やかな目も、彼の人柄を象徴するようだし、白髪だってとても綺麗だ。
それに今日は正装だからより一層顔の良さが引き立っている。
まさに天使のような顔立ちだ。
まじまじと見ていれば記憶を思い出す前なら、惚れていたかもしれないな。
さすがに二十三年分を思い出したから七歳に恋はしないけれどね。
それより、体調がどうかだったか。
「もうずいぶん良くなりました」
私がそう言うと、ホッとした表情を浮かべた。
けれど、すぐに真剣な表情をされた。
「それは良かったです。ですが、私の浅はかな行動のせいで貴女に迷惑をかけてしまいました。責任を取らせてください」
浅はかな行動?庭ではなく動物小屋に案内したこと?
あれは浅はかではない。
自分の好きなものを紹介したいというのは、年相応で可愛らしいではないか。
「あれは、私が驚いて自ら転んだのです。むしろ迷惑をかけたお詫びとして、私からお城の方々に謝罪に伺いたいくらいです」
ステファン様が目をぱちくりさせる。
周りの使用人も驚いた顔をしていた。
最近屋敷ではこの顔が流行中である。
今まで身支度やらなにもかも任せていた私が、自分のことを自分でするようになったからかもしれない。
さすがに記憶が戻ったのに、任せようって気にはならなかったのだ。
ステファン様も、会った時の私とどこか違うような気がして驚いたのかもしれない。
ステファン様は、ハッとなり首を横に振り
「ですが、怪我は…」
と、私の額を見て言った。
これぐらいの傷で気にするのか。そこまで深くないのに。
自転車で何回もこけたことがある私にとっては軽いものだ。
私は額につけていた絆創膏を剥がした。
「気になさらないでください。こんなのそのうち消えますから。それに、こうやって隠せば誰にもわかりません」
私は前髪をパパッと払って、怪我を隠した。
そんな私を見て唖然とされた。
額に手をあて俯いてからため息をついて、私に向き直し一言。
「貴女が気にされなくても、社交界では不利になってしまいます」
そう言われた。
そうか、社交界というものがあるのか。
記憶を思い出すまでは当たり前だと思っていたけれど……
私に貴族らしいふるまいとかできるのか?
生まれてずっと庶民だったのに、そんなことができるとは思えない。
行かなくて済む方法はないものか……
「では、そういうことで。また後日参ります」
「あっ、はい」
ステファン様は椅子から立ち、この場を去った。
全然話を聞いてなかったけどなんの話だった?
そういうことでって?
あとで誰かが教えてくれるか。
とりあえず、今は寝よう。なんか疲れた。
すると、私は肩をガシッと掴まれた。
「おめでとうございますお嬢様!」
控えていたエマが勢いよく言う。
「なにが?」
「ステファン様とのご婚約のことです!第三王子でありながら農地をまかされ、頭脳明晰。我が国では次期王は現国王の指名制ですので、ステファン様が国王になられる可能性もあります。そうなればお嬢様は王妃に……本当におめでとうございます!」
エマは顔をずずいと近づけ言ってくる。
いや、それよりさっきなんと言った。婚、約?
「ねぇ、さっきの言葉もう一度言ってくれない?」
「はい。未来の王妃様も夢ではありません!ご婚約おめでとうございますお嬢様!」
どうやら聞き間違えじゃなかったみたいだ。
エマがいつもより興奮している。いつもはこんなに声も大きくないのに。
「誰と誰が婚約だって?」
「ユミリア様とステファン様です!」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
私がステファン様と婚約?未来の王妃……
やっと回復した体調がまた悪くなりそうだ。
主に胃のあたりが。
「エマ、ごめんなさい。一旦部屋から出てもらえるかしら?」
「承知しました」
エマは一礼して部屋から出た。