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6:苦労を垣間見た

 軽く自己紹介をして、支社長に使用許可をもらっていた会社の応接室に、クロアちゃんとお父さんを案内した。


 初めは怖すぎてヤバいと思っていたけど、頭を下げてくれた瞬間、「なんだ、ただの娘思いのいいお父さんじゃないか」と恐怖がすんなり抜けてしまった。


 応接室には、社内便で届いた服が箱に入れて置かれていたのだが、クロアちゃんはそれをめざとく見つけてパアァっと顔を明るくさせた。


「わぁ!服!いっぱいある‼︎」

「まだサイズ大きいのとかも混じってるから、あとで合わせてみましょうね。お父さんとお話ししてるから、クロアちゃん服見てていいわよ」

「うん!」


 ナガセさんがクロアちゃんの興味を服に釘付けにしてから、お父さんと向かい合って座っている俺の隣へ腰を下ろした。


「…クロアが、あんなに服欲しがってたなんてな」

「その、家では…?」

「そんなそぶり、見せたことなかった。いや、オレが気付けなかっただけかもしんねぇ。我慢、させちまってたんだろうな」


 お父さんは、落ち込んだように巨大な肩を落とした。


「クロアちゃん、お父さんに苦労かけたくなくて、黙ってたみたいなんです。俺たちはまだ付き合いが浅かったから、逆に言いやすかったんでしょう」

「そうか…。見ての通り、オレは女心をわかってやれるようなタマじゃねぇ。あんた達があいつの言葉、聞いてやってくれなかったら、オレはずっと理解してやれねぇままだったろう。ありがとな」


 そういって、クロアちゃんの方を見るお父さんの目には、しっかりとした愛情が感じられる。それに、なんだかとても安心した。


「ヒト用の古着ではありますが、よかったら持って帰ってあげてください。新しいものを買うにしても、どんな系統が自分に合うかを確認するのにも役立つと思いますし」

「ああ、助かる。取り寄せんのも大変だったろう。そうだ、コレ、ヒトは好きなんだろ?礼として受け取ってくれ」


 そう言ったお父さんは、その巨体で目立たなかったが、持ってきていた大きな風呂敷をドンと机の上に乗せた。

 パサリと風呂敷が広げられると、木箱が10個くらい重ねてある。そしてクロア父がその一つを開けると、黄金の輝きが目に飛び込んできた。


「あー!」

「わー!」


 思わずナガセさんと二人で声を上げてしまった。びっくりしたクロアちゃんがまん丸な目をこちらに向けたので、はははと笑って誤魔化す。


「すごい!これクリスタルビーの巣蜜ですよね。こんなに立派なもの、初めて拝見しました」

「わー、やばい美味しそう」

「ねー、美味しそう」

「そんなにか?」


 持ってきてくれたクロア父は、なんだか不思議そうにこちらを見ている。


 確かに、獣人から見ると普通の蜂蜜とそんなに変わらないのだろう。でも、魔力の高いものが特別美味しく感じるヒトからすると、普通の蜂蜜とは全く異なるのだ。


「他の蜂系モンスターとは違って、クリスタルビーは巣や蜜に魔力を溜め込む性質があるんですよ。その高純度の魔力が、ヒトにとっては、なんて言うか、美味しいお酒みたいな感覚なんです。しかも魔法の素材としても超一級品で、でも採取が難しくて出回る数が少なくて、庶民にはとても手が出る代物じゃ、ないんです、けど…」

「これ、本当に頂いてもよろしいんですか?古着とは釣り合わなくて、逆に申し訳ないです」


 驚きから覚めると、あまりの高級品に尻込みしてしまう。


「女房が死ぬまでは、オレは冒険者やってたんだ。今は危険を冒せねぇから普通の仕事をしてるが、蜂蜜くらいならまだ取りにいける。オレにゃ蜂の毒針効かねぇから、まぁ楽な方だしな。これはあんた達にと思って取りに行ったやつだから、遠慮すんな」

「ほ、ほんとうに…?嬉しいです。ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 俺たちが喜んだのを見て、お父さんは満足そうだ。


「あ、あとひとつ、えっと、ルーヴさん?に頼みがあるんだが」


 お父さんが少し言いづらそうにナガセさんを見る。


「はい、なんでしょうか」

「その、オレは親戚もいねぇし、仕事場も男ばっかりでな、その。クロアも、そろそろ女っぽくなってくる年だろ?だから、男にゃわかんねぇ事とかで、困ることがあると思うんだ」

「あー、なるほど」

「その、もしよかったら、あいつの相談とか、のってやってくんねぇか。負担になんねぇ程度でかまわねぇから」


 大きな体を小さくしてナガセさんに頼む姿からは、必死さを感じる。

 それをナガセさんも感じたのか、安心させるように微笑んだ。


「ええ、大丈夫ですよ。幸い社内には猫系の獣人の子もいますし、ヒトではわからないこともその子に相談できると思います」

「ああ、すまんな、ほんとうに助かる」


 心底ホッとしたように息をつくクロア父を見て、男親が一人で女の子を育てる苦労を垣間見た気がした。自分も男なので、役立たずで申し訳ない。


「あいつには、小遣い持たせるようにしようと思うんだ。無駄遣いはしねぇだろうし、男にゃ頼みづらいもん、買わなきゃいけなくなんだろうから」

「そうですね、なにか困るようなことがあれば、都度相談させてください」

「ああ、よろしく頼む。恩にきる」




 和やかにクロア父との話し合いは終わり、嬉しそうに服を眺めているクロアちゃんにみんなの視線が移行する。


「クロア、遅くなるしそろそろ帰るぞ。とりあえずサイズが合うやつ、直し屋に出すから、帰ったら着てみろ」

「うん‼︎」

「直し屋?」


 なにそれ、と疑問符を浮かべる俺にナガセさんが説明してくれる。


「看板見た事ない?獣人も尻尾ある人とない人とか、結構体格違ったりとかするから、サイズ直しの専門店があるのよ」

「へー。…俺、買いだめしてからこっちきたんで、そういえば服屋にすら行った事なかったです」

「ま、3年くらいの赴任だとそんなもんかしらね」

「3年?」


 クロアちゃんがキョトンとこちらを見るのに、そうだよ、と頷く。


「もう2年半は過ぎたから、あと半年弱で、俺トウワコクに帰らなきゃならないんだ」

「かえる…」


 かえ、る…と繰り返したクロアちゃんの大きな目に、ぶわっと涙が盛り上がってギョッとする。

 あっという間にぽろぽろ溢れだす涙を、慌ててハンカチで拭う。


「ク、クロアちゃん、まだ帰るまで時間あるから!すぐじゃないから‼︎」

「うぅ〜っ」

「こら、クロア。困らせるんじゃない」


 ぽろぽろ泣いているクロアちゃんを、お父さんがひょいと片手で抱き上げる。


「すまんな、帰って落ち着かせるから気にすんな」

「いや、せっかく服で喜んでたのに、泣かせちゃってすみません…」

「まぁ、帰ったら服思い出して機嫌直すだろ。今日はほんとにありがとな」


 そう言って、両腕にクロアちゃんと服を持ったお父さんは、重さを感じていないかのようにスタスタ歩いて帰って行った。


「…俺、タイミング悪いからモテないんですかね」

「ノーコメントで」


 その後ろ姿を見ながら、自分のタイミングの悪さを責めてずーんと落ち込んでしまったのだった。




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