2:ふわふわ
「あれ?」
そんな物悲しい独り身ライフを送っていたある日。
もう夕方なので店を閉めて帰ろうとしていたところ、店先にめちゃくちゃカワイイ子が座っていた。
「うわぁ、ちっちゃい子猫!うわぁ可愛い、ふわふわだめっちゃかわいぃぃ」
思わずしゃがんでじっと見つめてしまうくらいには可愛い。淡い褐色の毛に、黒の斑点のような縞のような珍しい模様だ。驚いたようにまん丸な目でこちらを見つめる様は、まるでぬいぐるみの様な可愛らしさがある。
触ったら怒るだろうか。
そっと手を出してみたら、警戒するように小さな牙を出されたので、無理はしないでおく。
「お前こんなところでどうしたの?迷子?お父さんとお母さんは?」
もしかして捨て猫だろうか。
どうしたものかと思ってみてみるが、子猫は逃げるでもなく近づくでもなく、こちらを観察するようにじっと見つめ返してくる。
「ササマキ君?どうかした?」
食べ物でも探しに店に戻ろうかなと思っていると、店の中からナガセさんが声をかけてきた。
「あ、めっちゃ可愛い子猫がいるんですよ。なんか珍しい柄なんですけど、なんの種類でしょう。何かあげたら食べてくれますかね?」
「え?子猫?」
ひょいっと店の中からナガセさんが出てくるのを見て、ほらこの子、と指差した先には。
「あれ?さっきまでいたのに逃げちゃったのかな」
先程までお座りしていた子猫の姿はどこにもなかった。
あー、残念だなぁと思ってキョロキョロ辺りを見回していると、ナガセさんが呆れたようにため息を吐いた。
「ササマキ君、ビスリーでは街中で珍しい動物を見たら獣人と思えって、ここにくる前に教わらなかった?」
「あ!」
そういえば、ビスリーに関する資料にそんな記載があった気がする。
「え、さっきの子すごい小さかったんですけど、迷子とかだったのかな」
「どうかしら。獣人がわざわざ獣型をとるときは、なんらかの目的がある事が多いらしいわよ」
「そうなんですか?」
「服をどうするとかの問題があるから、用もなく獣型にはならないんですって。だから、その子が助けを求めたり様子がおかしかったりしないなら、なにか用事の途中だったのかもしれないわよ?」
「へー」
さすが獣人の嫁、詳しい。
「じゃあもしあれが獣人の女の子とかだったら、俺撫でたりした時点でセクハラで訴えられてたかもしれませんね。気をつけないと」
「その前に引っ掻かれたり噛まれたりの手痛い拒絶があるだろうから安心なさいな」
「え、全然安心できないです」
そんな間抜けな会話をしながらシャッターを閉めて、その日はもう子猫の姿を見かけることのないまま、会社を出て自宅へと帰り着いたのだった。
「あ!またいた」
翌日。
今日は店番の日ではなかったので、いつもであれば裏の社員用出入口から帰宅するのだが、昨日の子猫がどうしても気になって表口まで回ってきていた。
そうすると期待通り、昨日の子猫がまた店の前に座っていたのだ。
ビスリーの支社ではトラブル回避のため、社員が暗くならないうちに帰れるよう定時は早めに設定されている。
とは言え、こんなに小さい子猫が一人でふらふらするのに適した時間とも言えないので、実際こうして座っていられると心配になる。
「お前どうしたの?誰か待ってるの?こんなに可愛いのに一人でいたら危ないよ」
少し距離を置いたところからそう話しかけると、くりくりの目をこちらに向けた子猫は、少し考えたあとゆっくりこちらへ近づいてきた。
そっと手を差し出すと、ふんふんと指先の匂いを嗅がれる。
「ううう、可愛い…」
静かに悶えていると、子猫は訝しげにこちらをみて、パッと駆け出してすぐに見えなくなってしまった。
「あー、」
逃げられてしまった残念感と、昨日より近づけた嬉しさと。複雑な思いで子猫が駆けていった方角を見つめる。
「また来るかなぁ。てか獣人って、獣型の時って人間と同じもの食べるのかな。今度ナガセさんに聞いておこ」
よっこいせ、と立ち上がってこの日は帰宅したのだが。
次の日も、その次の日もその子猫は店前に現れて、可愛いと悶える俺を揶揄う様にちょっと触れ合っては去っていき、また可愛らしい様子で店前に現れるのを繰り返したのだった。