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世界有数の先進国、日本。
この国がそう呼ばれていたのも、今は昔。
四十三年前の公永党による政権交代。その後、この国は荒みに荒んだ。
皇室撤廃を手始めに、外交、貿易の大部分は著しく制限される鎖国政策。
自衛隊は軍隊として明確化され、憲法第九条は撤廃。名実ともに日本軍が復活。
国民は常軌を逸した重税に苦しめられ、公永党による圧政は二十年の永きに亘った。
世界有数の先進国、日本。
この国がそう呼ばれなくなったのも、その頃からだった。
狂気の圧政に、国民がただ黙っている筈も無かった。
数多の民間団体と、一部の軍部が同盟し、日本政府に反旗を翻した。
それは俗に「終末の鐘」と呼ばれる、日本史上最大のクーデターだった。
当初は絶望的とまで言われていた叛乱だったが、政府に強い反感を抱いていた国軍兵が次々と反乱軍側へと寝返り、政府の戦力は次第に減殺。
そして、反旗を翻し七年の月日が経過した年の解夏。日本政府は完全崩壊を喫する。
反乱軍が内閣府へと襲撃をした際、重役達の部屋は蛻の殻であった。
そう、政府は逃げ出したのだ。…反乱軍の、日本国民の勝利…国中がそう信じ、歓喜した。
だがそれも、永くは続かなかった。
どん底まで低下した日本の国力。
完全失業率は実に六十パーセント。義務教育も私立学校も撤廃され、学を知らない子供達が蔓延していた。
誰が、誰がこの荒廃した列島の政に携わり、再び先進国として復興させるのか。
誰もが、嫌がった。
国民の大多数が民間による軍隊や、国軍へと所属しており、政治に興味を示す者は誰一人として居なかった。
だが、今の生活を変えたいという気持ちは誰しもが持っていた。
―俺が、俺が王になってやるよ
最初に名乗りを上げた人物であり、この国の運命を更に大きく変える切欠になった、この男。
名は、兼田壱郎。
当時、中堅規模を誇っていた民兵組織「鉞部隊」の隊長である。
兼田は日本人離れした巨躯に、優れた戦闘力を有していた。
民兵組織の長であった事もあり、統率力にも目を見張る物があったが、それは飽くまで戦場においての話。
兼田の政治は、公永党の圧政と何ら変わり様のない、稚拙で横暴な物であった。
王座に就き間もなく、兼田は暗殺された。
兼田暗殺を皮切りに、全国の民兵組織、国軍から自身が王になると名乗りを上げる者が激増した。
四十三年前の民度を保っていたのであれば、あるいは―。
―あるいはこんな事態に陥る事は無かったのかもしれない。
血と餓えと殺し合いを経験した日本国民に、平和的解決の概念すら思い浮かばなかったのかもしれない。
日本列島を支配せんと、散在していた多くの民兵組織が紛争を勃発する。
日本軍は瞬く間に数百数千の中隊、小隊へと解体し、この国は完全に分裂を決め込む。
―それから、二十年。
日本は、国際社会で国として認識されていないのかもしれない。
無政府状態が史上に例を見ない程長期間続き、人々は争う事はやめない。
争いの果てに見出す目的も、もしかすれば皆忘れているのかもしれない。
この日本列島における紛争が、戦う事が日常として享受している。
民兵組織「あさぎ」の隊長である俺も―
その一人なのかもしれない。