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父が名のある宝石商を呼んでも、妹は興味を示すことなく庭で模擬剣を振るうのだった。
母は錬金術の材料という点でしかその煌びやかな宝石達を見ず、父は寂しげな顔をしていた。宝飾品や衣装は貴族にとってのステータスを表す為の物だ。当然、母も姉も喜ぶと思ったらしかった。
「だから言ったのに」
唯一、兄だけは宝石商を呼ぶのに反対していたらしい。僕の方に目を向けて、どれでも好きなのを選びなさい、と優しく言った。
「折角いらして頂きましたのに、申し訳ありませんね」
そう兄が声をかけると、宝石商は母の方を見ながら言った。
「いえ、単体のものを欲しがられるとは思いませんでしたが、持って来てよかったですよ。奥様、こちらはどうです?アクアマリン」
「まあ、綺麗。ダイアはある?あれが一番魔法耐性が高いから」
まだまだ若々しさを保つ母は、目を輝かせて言った。彼女は魔法具の製作において聖竜国での第一人者だ。研究費用と引き換えに父と結婚した。彼女は自由な研究ができれば、どんな醜い男と結婚してもいいと考えていたらしい。
「ブランシュに御守りを作ろうと思って。あの魔術学校から入学届けなんて、我が娘ながら凄いわ」
「母様、好きな宝石を選ばせてあげましょう。今妹を呼びますよ」
兄が広間から出ていった。
「坊っちゃんはどうします?」
宝石商の問いかけで母の方を見る。
「母様、私にも作って下さい。もうすぐ討伐隊の繁忙期ですから、私の方がよっぽど入り用ですよ」
「もうそんな季節なのか?早いな」
「この頃、蟲の魔物が大繁殖ですよ。何だか嫌な気配も感じますし」
宝石のことについては詳しくはないが、燃えるような赤が気に入ったのでガーネットを選んだ。母様にそれを渡すと、何やら思案し始めた。
「兄さん、私は別にいいのに」
「遠慮しないでくれよ」
扉の向こうから何やら話し声が聞こえた。兄と妹が来た。
「ブラックダイヤはありますか?」
妹はきらびやかな宝石を目にして、一番魔法耐性が高いものの名を口にした。
「ええ」
これが僕が覚えている限り最後の家族団らんだった。
☆
「ブランシュ、ブランシュ!!」
「ぅ、ヴぅ……ぐぇ」
ゴキブリを吐き続ける目を包帯で覆われた妹。鼓膜まで破られているらしく、ブランシュは呼びかけに応じない。
「遠征からわざわざありがとう、アル」
「兄さん、ブランシュは一体どうしたんだよ!?」
「アルヴァ・アングラレーク。シリウス・アングラレークは聞いたことあるんじゃないか」
「あの、辺境の地を任されているっていう?」
「そう。その娘に、ブランシュはこんな姿にされたんだ。もう一生歩くことも目が見えることも音が聞こえることもない姿に」
兄は泣きながらそう言った。苦労人だが、泣き言や弱い姿を見せない貴族である兄がだ。父や母も寝台に縋りついて、わが子を見ている。
「アルヴァを、妹をこんな姿にした女を許さない!!兄さん、嘆願書は?」
「もう書いた。捕まえろとの仰せだ。その後は国で利用した後、好きにしていいと」
読んでくださりありがとうございました。
主人公の方に視点戻します。