2
女性は俺の二の腕辺りの服の布を引いて、女性が現れた扉を開けた。そこは部屋ではなく、道が続いているようだった。坑道のような、土と岩だらけの舗装されていない道。薄暗く、冷たく少し湿ったような風が頬を撫でる。
女性は服を放すと顎で俺に歩くように指示した。俺は歩き出した女性の後に続くが元の体より歩幅が小さく駆け足でないとついていけない。女性は俺のことなどどうでもいいようで、後ろも見ずに早足で歩いていた。俺は暗闇の中、女性の姿を見失わないようにするので精一杯だった。
「あの…」
ようやく女性の早足にも慣れ、脳裏にあの少女の姿がチラつく。あれは何なのだろうか。いや、人ではあるだろうが、あの惨状はいったい何なのだろうか。生きていたのだ、あんな状態で。俺は悲鳴を上げたことに酷く苦いものを感じた。
「あの…」
先程から話しかけても、無視して女性は歩いていく。道は鉱山を連想させるようなトンネルで、数メートルに一つ光がある。薄暗い中、別れ道が多くある道を女性は迷わずに進んでいた。
「いッ」
舗装された道では無いため、尖った石を踏んでは足裏が傷つく。
今更、戻れない。どの道を通ってきたか分からない。
俺は少女を置き去りにして逃げたのにどこかでほっとしている自分がいる。
「…すいません」
『チッ』
どう考えても好意的では無い態度。偶に返って来るのは舌打ちである。
どうしろって言うんだ。
女性は殆ど足音を立てずに歩きながら、時折こちらを振り返る。気まずいとかそういうレベルじゃない。ここまでされるようなことを女性にした覚えが無い。不安と遣る瀬無さと怒りで、俺は無言になった。
しばらく歩き続けると、出口が見えてきた。女性は先に外へ出ると、俺が外へ出るまで待ち、地下への道を簾のようなものを立てかけて塞いでいた。
「うわ~」
行き先は森の中だった。空には月のようなものが浮かんでいた。星座には詳しくないが、ここはどこなのだろうか。
冷たく湿った風が頬を撫でた。多分、そうやって久々の外に気を取られたのがいけなかったのだろう。
――グサッ!!
背中に激痛が走り、俺は泥濘に崩れ落ちた。女性は忌々しげにこちらを見下ろすと、何やら言った。
鼓動がするたびに、脳内に送られる燃えるような激痛。俺が刺された場所に手を伸ばすと、血がべっとりとつく。
「痛ッ、え?」
俺が何したってんだよ、ここまでされるようなことしてないだろ。泥に塗れながらも、俺は腹這いで逃げ出そうとした。ふざけんなとか狂ってるとか、言いたいことがあるはずなのに、口からは浅い呼吸がヒューヒューと漏れるだけ。
燃えるように熱い。
俺は死ぬんだろうか。
熱い。痛い熱い。
俺は恐怖で女を見れずに、殺虫剤でのた打ち回るゴキブリのように遠くを目指した。
女が動いた。一歩一歩、俺が恐怖で顔を歪ませているのを面白がるように近づいてくる。
俺をどうするつもりなんだ。
怖い。嫌だ、来るな、怖い。俺は女から目を背けた。死の恐怖が迫ってくることに耐えられない。
「いぎ―ああああああああ!!!」
右足の脹脛に激痛が走る。剣を抜くと血があふれて地面へ伝っていく。女は笑っていた。嗜虐に満ち溢れた、恍惚とした笑みだった。
「ヒッッ」
俺はその顔を見て、息を呑んだ。
「ひぃ、ぃい、なんだよぉ、も、なんなんだよぉ」
いやに甲高い声で、俺は泣き言を漏らした。
女性は笑い叫びながら、血濡れたナイフを振り上げた。
「やめ―――
女はナイフで俺の左手を地面と縫い付けた。
――いあ゛あ゛あアあ、あ゛あああ」
彼女はとても楽しそうだった。俺に馬乗りになり、動きを封じた。ナイフを傷口を抉りながら左手から抜き取ると、右膝でぐりぐりと地面に押し付ける。
「うがああああ」
死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ!!
女がナイフを振り上げる。右耳から激痛が走る。俺は無我夢中で右手でナイフを奪った。
死にたくないしにたくない死にたくないッ!!
振り回すと、女の首筋に当たった。
『――?』
女性は茫然としていた。目を見開いて、口をパクパクと動かす。
やがて顔を歪め、断末魔を上げる。
俺の上に女性は倒れ、血を吐きながらビクッビクッと体を震わせる。
生温い血が顔にかかるのも気にならない、ただその様子を俺は見ていた。
この時の俺には彼女がなんと言っているか分からなかった。後に思い出して考えてみると、彼女はこう言っていた。
「お前なんか産まれなければよかった」
「お前のせいで、人生めちゃくちゃだ」
「人間以下の悪魔が」
読んでくださりありがとうございました。