美里音の場合
リハビリがてらゆっくり投稿していきます。
楽しんでいただければ幸いです。
※プロローグ(全四話)が本日中に公開となります。
それは、いよいよ残暑も過ぎて、夏から秋に差し掛かろうとしている十月のある日のことだった。
昨日、久しぶりに雨が降ったからか、空は快晴でも少し肌寒く感じる朝。
冬にむけた衣替えにより長袖のシャツを着るようにしているが、この時期はブレザーを羽織るか判断が微妙なところであり、今日はそれも着て出てきて正解の日だったな、と歩きながら思う。
ちらりと見た公園の時計では八時を少し過ぎているが、今日は早く家を出たから遅刻に焦って走る必要はなさそうだ。
学校への道すがら、ふわりと風に吹かれて、胸元まである柔らかい彼女の茶髪が後方へとなびいたところで、ふいに後ろから声がかかった。
「美里音、おはよう!」
「おはー。美里音、今日は早いね」
振り返ると、クラスメイトの女子二人が小走りで駆け寄ってくる。
「おはよー、二人とも。今日はたまたま早く目が覚めちゃってさ」
あははと苦笑しながら、彼女――尾坂美里音は追いついた二人と並んで通学路を歩く。
美里音が通う高校は家から徒歩二十分程度の距離で、途中に駅があるため朝は電車通学の友人と顔を合わせることも多い。
昨日見たドラマの感想や今日の授業について三人で談笑しながら歩いていると、美里音の隣にいた友人の咲が話の流れで思い出したように声を上げた。
「あっ、そういえば今日、服装チェックの日らしいよ!」
「えー! めんどーい」
「ほんと? じゃあ悠美、折ったスカート戻さないと」
「まじでー、道端でなんてやだー」
そろってげんなりした声を上げるのも無理はない。
月に一度、校門付近で風紀委員による服装検査、いわゆる身だしなみチェックが行われるのである。
他校に行った知り合いに聞いても、目を丸くして「そんな制度があるんだね」と言われるので我が校が特殊なのか。
おしゃれに敏感な年ごろの女子学生としては、窮屈に感じるのも仕方がないだろう。
美里音は溜息をひとつ、手早くネクタイの位置を調整して鞄に着けていたキーホルダーをしまった。
校門前に到着すると、話の通り、二の腕に白い腕章をつけた数人の学生が素早く目を走らせて幾人かの学生へ声をかけていた。
何食わぬ顔で素通りしようとした三人だったが、「そこの君!」と声がかかってしまい、美里音はまたか……と思いながら振り返る。
「そうだ、君だよ尾坂くん。相も変わらず風紀を乱す髪色をしているな?」
何の変哲もない黒髪に、眼鏡をかけた男子生徒が仁王立ちをしてこちらを睨むように見ている。
正直なところ、こういったチェックで引っかかるのは初めてではない。
同行していた二人には先に教室へ行ってもらうことにして、美里音は笑いながら気負いなく返答する。
「もう、このやり取り何回目? 地毛だって言ってるじゃない」
「ふん、怪しいものだな。後ろ暗いことがないなら黒くすればいいだけのことだろう」
「太陽の下でより輝くこのあたしの美しい茶髪をわざわざ貴方みたいな没個性の闇に染めたくないでーす」
「自己肯定の塊か? というか没個性の闇っていうな!」
うがー! と憤慨している男子生徒とはここ最近何度も同じようなやりとりをしているが、彼については確か同学年で、風紀委員の副委員長だったはず……と残念ながら記憶もあいまいである。
つまりは美里音の中ではいわゆるモブの一人なので、はいはーいと適当に会話を流していると、ふいに副委員長が説教をやめ、後ろから別の気だるげな声がかかる。
「……はよ。美里音、今朝の占い見た?」
「おはよー、律。朝の星座占いならあたしは六位だった……よ」
またも振り返り、美里音は声の主である男子生徒――幼馴染の一人、駒戸律夏に朗らかに笑いかけ、その姿を見て思わず動きを止めた。
少し癖のある黒髪にこれまた少し寝癖をつけ、眠そうに目を細める彼の外見は幼馴染の贔屓目を除いても整っており、普段からそれなりに目を引く存在であるが、今この場で目立っているのは顔ではなく。
「~っ、駒戸ぉ! 服装検査の日に、よりによって真っ赤なカーディガンを着るやつがあるか!!」
美里音の後ろにいたモブ……失礼、風紀副委員長が爆発した。
律夏はシャツの上に堂々の赤一色を暖かそうに羽織り、ボストンバッグを斜め掛けしており、ブレザーの上着はというと右手で無造作に持ち右肩に背負っている。
「え、これですか? 今日のラッキーカラーだったんですよ」
「ここで足止めを食らってる時点でラッキーからは程遠いと思うが?」
さも不思議そうに首を傾げた律夏の腕を、こめかみをひくつかせた副委員長ががしっと掴み連行していった。
テンポのよいその一連の流れを今日も見送った美里音は、他の風紀委員にあっさり通してもらい教室へ向かう。
服装検査の日は、全く遺憾ながら、ここまでが予定調和の朝の一ページであった。
そう、美里音は慣れているので髪の色のことで突っかかられてもこれっぽっちも気にしないけれど。
律夏はいつもこの日だけは美里音が一部に絡まれることを知っていて、毎度それとなく庇ってくれるのである。
***
その後、律夏は鐘が鳴る直前に教室へ戻ってきた。
着替えたのだろう、ベージュに変わっていた律夏のカーディガンを見て、美里音は朝会終了後にお礼を言った。
「律、いつも助けてくれてありがとう。ラッキーカラー赤だったのにごめんね」
「問題ない。ラッキーカラーは筆箱でも事足りる」
「ふふ、そっか」
そう言って律夏がちらりとバッグから取り出した筆箱は、いつもの黒ではなくこれまた赤一色だ。
本来なら大して気にも止めないであろう占いを持ち出して、彼が無表情ながらおどけてくれたのがわかって、暖かい気持ちになった美里音は笑顔を零した。
「おーい二人とも、一限は理科室に移動だぞー」
タンタン、と近くの机を軽く叩いてこちらに知らせてくれたのは、二人のもう一人の幼馴染の女子、高梨晶だった。
持っていく教科書の準備をすでに終えた晶がせかすように教室の出口へ向かうので、美里音と律夏も急いで席を立つ。
移動の間に美里音が赤いカーディガン事件のことを伝えると、晶は「律らしいな!」と大笑いした。
「ちなみに私の今日のラッキーカラーは白らしいぞ」
「ええー、あたしも朝ちゃんと色まで記憶してくればよかったなー」
普段占いに興味のない晶まで話題に出すものだから、美里音は波に乗れなかったようで口を尖らせる。
しかし晶は首を軽く横に振った。
「ああ、朝の占いじゃなくてな。昨日道端に小さな店を構えていた老人に言われたんだ」
「何それ怪しい」
「それも、フードを深くかぶって顔が見えないおばあさんでな、一方的に声をかけられたんで驚いた」
「不審者にもほどがあるな」
あっけらかんと言う晶に対し、聞けば聞くほど怪しさの増す人物に美里音はそわそわした気持ちになる。
律夏も隣を歩きながら目を細めた。
晶は髪が短くボーイッシュな見た目で口調もかっこいいが、れっきとした女子であるがゆえに、心配にもなる。
幼馴染たちの何か言いたげな様子を知ってか知らずか、晶はからからと笑いながら続ける。
「なんでも予言が下ったから教えてやるとかなんとか」
「予言?」
「あ、教室着いたし昼休みに詳しく話すよ」
「えー、わかった」
最後に小さな爆弾を落とし、晶は席に着くため離れていった。
小さいころからお互いに振り回し振り回され過ごしてきた三人なので、こういったことも日常茶飯事である。
特にこの手の不思議な話や事件などのイベントは、晶からもたらされることがままあるのだ。
仕方がないといったように肩をすくめて着席した律夏を見ながら、美里音も苦笑しつつ自分の席へ向かう。
変な人に絡まれて心配な気持ちもあるけれど、『予言』という響きに心魅かれるのも確かだ。
そういった話は、実は美里音にとってたいそう大好物なのである。
教科書を開いてシャーペンを用意しつつも、好奇心旺盛な隠れオタクである美里音の頭の半分は、さっそく想像と妄想の世界へと旅立っていった。
<簡易登場人物紹介>
尾坂美里音
:本作主人公その一。かわいい顔して隠れオタク。
よく背後から声をかけられる。
駒戸律夏
:本作主人公その二。寡黙ぎみクールイケメソ。
服や小物は単色のものを選びがち。
高梨晶
:本作主人公その三。天然快活ボーイッシュ。
なぜか事件に巻き込まれることが多い。




