余談9 僕らの日常
今日も今日とて僕は護衛。
明日も護衛。
昨日も護衛。
いつでも護衛。
大輔さまの行くところ、僕は必ずお側に控える。
それが仕事で使命だから。
仕事に行かれれば、僕は研究員に。
自宅へ戻られれば、僕はお払い箱に。
なぜならダンカンと護衛を交代しなくてはならないから。
ダンカンも妖怪女好きを無事に卒業し、いまは家政婦頭のマカナに夢中だから、彼女の前で格好つけるためにも、しっかりと護衛を熟すようになって、僕は不満だけど安心もしている。
本当は僕ひとりで護衛したい。
でも大輔さまが身体を心配して、
「いざというときのために休んで貰わないと俺が困る」
とおっしゃるので、僕はウィリアム様から賜った部屋で主とともにいないときは過ごしている。
もっとも同じマンション内の階下の部屋だけど。
今日も今日とて護衛だけど、今夜はダンカンと交代はしない。護衛は僕だけだ。
嬉しい気持ちはもちろんあるのだけど、ウィリアム様が大輔さまから離れないから、護衛はひとりでいいとのお達しだ。
ダンカンは自宅で長く拗らせた恋に悶えつつ、マカナと同じ空間で幸せな時間を送っているだろう。さっさと告白してしまえ、と僕は思うけど、
「やっと最近、自分の気持ちに気付いたんじゃない?」
と、楽しそうにダンカンを観察していた大輔さまが言うくらいだから、まだまだ彼の片想いは続くのだろう。
ぱしゃぱしゃと水音が響く。
いつもいつでもどこまでも大輔さまに甘いウィリアム様が伴侶のお強請りに負けて、露天風呂つき客室で、息抜きタイムを過ごされている。
ふたり仲良く露天風呂。
ウィリアム様がいらっしゃるから僕は傍ではなく、隣室で護衛中。
部屋食での食事中も大輔さまを膝にのせ、隙あらばキスをして、たぶんお風呂でもいちゃいちゃいちゃいちゃやりたい放題なんだろう。
ときどき困ったような大輔さまの甘い悲鳴が聞こえてくる。
お風呂の熱さだけでなく、蕩けてしまわれてるのだと思うと、僕の心がほのほのとした温かいもので満たされる。
ウィリアム様の溺愛は眼に毒だ。
そこに大輔さまがいればすぐに傍へ張り付き、腰を抱き、唇を合わせ、内腿を探る。
誰の眼があろうと気にせずに愛撫を止めないから、いつも大輔さまは身を捩って逃げる。みんなが見てる、と恥ずかしげに小声で訴えてもウィリアム様はちらりと周囲に視線を走らせ、
「誰もいないぞ、どこにだ?」
と言って止めようとはしない。
さすがは貴族。
使用人は人には入らないのか。
「あれは大輔さま以外が眼に入ってないですよ」
するとマカナが頬をほんのり赤らめながら僕らに囁く。
彼女も慣れたもので、多少は眼を泳がせるが、いつもの通りに彼らの前に珈琲を置く。
それが僕らの日常だ。
水音が幾分か激しく響き、抑えた喘ぎがそれに加わった。
なるほど、とひとりで納得して僕は遠慮してベランダから部屋に戻り、テレビをつけた。
観るわけではないけれど、聴覚の鋭いヴァンパイアが隣室にいると思えば、大輔さまも気が気でなく楽しめないだろうとの配慮だ。
明日の朝会えば、また大輔さまは光輝くような色気を纏い、眩暈の起しそうな艶然とした微笑みを浮かべて、照れたように
「おはよ」
と挨拶されるだろう。
その笑顔を拝謁できる僕はきっと世界一の果報者だと信じている。
ウィリアム様には相変わらずの遺恨が胸の奥で燻っているが、この上ない主と会わせてくれた僥倖だけは、心底感謝している。
おかげで僕の生活は色彩豊かで美しい。
そろそろかとテレビを消して再びベランダへと出てみると、果たして甘く官能的な時間を堪能されたらしいふたりの柔らかな話し声が聞こえてきた。
「ルカがね、例の学校をイギリスに設立したい、て言い出して」
「大輔魔法学校か?」
過分に意地悪を含んだ笑いがくつくつと響いた。
ぱしゃりと水音がしたので、大輔さまが温泉をウィリアム様にかけたのだろう。想像して、やっぱり僕は可笑しくなる。
「それはまだ決まってない!」
すぐに口を塞がれたのか、むぐ、と呻く声がした。
「とにかくイギリスなんだって!寄宿舎学校予定だって言うから、確か逸朗の一族が使ってない城がスコットランドにあったよね?あれを流用すれば建設費用がリフォームだけで済むんだけど」
しばらく無音が続く。
ウィリアム様が考えているのだろう。
おそらく使うことに文句はないはず。その見返りを何にしようか、必死に頭を回転させている。
「使うのは構わない」
やっと決まったのか、いかにも嬉しそうに許した。
「やった!」
「ただし…」
大輔さまが黙る。
ウィリアム様のただし、のあとは大抵が主にとって望ましくない提案が多いのだから。
警戒するのも当然だ。
「だだし?」
「護衛なしで、ふたりだけの時間が欲しい。近い内に逃避行を計画したい。もちろん、ふたりだけの秘密で」
どうしようか、一瞬迷い、しかし意を決して僕はふたりに声をかけた。
「聞こえております、ウィリアム様。しかもその計画は困ります。お控えください。ゴードン様が恐ろしいです」
これに大輔さまの羞恥の悲鳴と、ウィリアム様の快活な笑い声が応えた。
「なに、聞こえてるのは承知だ。おまえなら黙っているだろう?これが条件だ。そうでなければあの城は貸さない」
それはそうだろう、と僕は思った。
スコットランドにある城とは僕の記憶が確かならヘンリー様から聞いた、あの城のことだろう。
ウィリアム様の最初の伴侶が住まれていた城だ。
亡くなったあと、幾人かの手に渡ったが、なん十年か前に売りに出されたのを値段に糸目なく購入した、大切な城のはずだ。
だからこそ保存だけはしておいて、誰にも住まわせずにいたのだから。使ってないのではなく、誰にも使わせたくない、が正しいだろう。
うぅ、と大輔さまの唸りが聞こえ、すぐに諦めたようなため息が漏れた。
「ジョシュア、悪いけど、俺にはその城が必要だから、絶対黙ってて、くれるよね?」
断固とした意思をのせた主からの命令が下る。
それに逆らう僕ではない。
「命に代えましても。承知致しました」
見えてはいないのがわかっても、僕はその場で最敬礼する。
「さて、楽しみだ、どこにしようか、悩むな」
実に愉快そうにウィリアム様が言って、温泉から上がったらしい。扉を開けて部屋へと戻る音がした。
しばらくしてからこっそりと大輔さまが呟いた。
「ジョシュア、場所だけは言うから、なにかあったときは来てね」
その声に声にならない笑いを溢してから、僕は小さな声で囁き返した。
「それもまた承知しておりますよ」
やっぱり僕の主は素晴らしい。
誇らしくてまた僕のなかがほのほのとした。
少し重めが続いた気がしたので、ライトなものを、と書きました。楽しんでいただけたら、と思います。
いつも最後まで読んでくださり、感謝します。
ありがとうございました。




