余談7 大輔のワガママとミーナの恋5
あれほど己に尻尾を振り、すり寄り、接触過多だったダンカンが、腰を砕け散らせることもなく、姿勢を伸ばして立ち、護衛らしく眦をきりりと上げて、言葉少なに意思を示す姿にミーナは違和感しかなかった。
不思議に思って大輔に聞いても、妙なはぐらかし方をされて、彼女は些か不満だった。
あの甘ったるい喋り方も、腰を屈めて近寄ってくる姿も好きではなかったが、シュッとした凛々しいダンカンも好きにはなれない、と思った。
あまりにもヴァンパイアらしく、そして格好が良すぎる。
かつてモテたのだとジョシュアから以前に聞いたときには眉唾だと鼻で嗤ったが、妖怪女好きでないダンカンは確かに様子の良い男だった。
なんだか面白くない。
そんな勝手なことを思いながら、ミーナは使用人たちが食事をするキッチンに向かった。
喉が渇いたのだが、居候の身分としては部屋までワインを持ってきて貰うのに抵抗があったのだ。
こんなところが庶民よね、と彼女は自嘲気味に密かに笑う。
ミーナはこの村の出身だった。
両親はとうに亡い。
180年前にヴァンパイアに成ったのだから当然だ。村に住んでいたときは農夫の娘だった。美しいと評判の姉もいた。彼女の父は日に焼けた実に精悍な顔立ちの男性で、体躯もしっかりとしていたので、村一番の男だと村中の娘から求婚されていた。
しかも浮わついたところもなく誠実だったことから、心根で結婚相手を選ぶ聡明さもあった。
だからか、ミーナの母は平凡極まりないが、優しく思いやりに溢れた、よく働く妻だった。
姉は父親譲りの美貌を受け継ぎ、ミーナは程よく両親の良さを譲り受けた。
活発で明るい彼女は、少し身体の弱い姉を家に残し、毎日のように村中を走り回り、森を駆け回り、ときどきはアランの城に入り込んで冒険したりしていた。
そして土産話を姉に聞かせては笑わせていたのだ。
見慣れない少女が城を徘徊していて、目敏いヴァンパイアに見付からないわけはなく、みなが気付いていたが、領主のアランが
「構わん、悪さするわけでもなし、ああして楽しげにしているのを見るだけでも心が軽くなる。気にせず、可愛がってやれ」
と鷹揚に許すので、城のものたちは気付かないふりをしていた。台所を任されていた使用人の幾人かは余った菓子をやったりと可愛がったりもした。
貰った菓子を大事そうに胸に抱きしめて、ありがとう、と弾けるような笑顔を向ける少女はいつしか城の人気者になっていたからだ。
そんな幸せな日常を当たり前だと思っていたミーナに突然の不幸が襲いかかったのは姉が村の若い男から求婚されたことがきっかけだった。
村人のなかにも多少の序列があった。
やはり畑を大きく開墾してるもののほうが上で、さらに小作人を雇えるようになると、農夫というより商人だった。
農夫のなんたるかも知らないくせに、とミーナは思うが、村の序列に父親は逆らったりはしなかった。
姉を見初めた男が、その商人擬きの、貴族並みに偉そうにふんぞり返っている家の息子だった。
強引な求婚に姉は泣き崩れた。
6日あれば4日は寝込むような虚弱な身体で、大きな農家に嫁に行くのは彼女には負担だったのだ。
ましてや相手が村でも有名な醜男である。
金があるだけが売りの、性格すら誉められたものではない男である。
しかし姉にとっては美醜の問題ではなかった。
性根の醜さに男を毛嫌いした。
そんなところまで姉は父親に似ていたのだ。
姉の気持ちを考え、父親は領主であるアランに断りたいと相談した。
アランはそれを承認し、男の家に求婚は認めない旨を通達した。
事件が起きたのはミーナがホッと胸を撫で下ろし、やっと平穏を得たと久々にゆったりした気分でベッドに入った夜だった。
姉に懸想した男が領主を使ってまで断わられたことで村で要らぬ恥を搔かされたと逆恨みして、ミーナの家に火を放ったのだ。
あっという間に燃え広がり、ミーナは姉と両親を同時に失った。
本来ならミーナも死ぬところだったのだが、荒れ狂う炎のなか、崩れる瓦礫を蹴倒してアランがミーナを助け出したのだ。
轟々と燃え盛る炎に照らされたアランがあまりにも神々しく美しいので、ミーナは天国に来たのだと思った。
そして彼女は、この不幸な夜にはじめての恋に堕ちたのだった。
孤児になったミーナはアランの設立した院で成年になるまで過ごし、その後はパリに働きに出た。
村でときどき見掛けるアランに胸をときめかせる日々にサヨナラをして、彼女は新しい生活に飛び込んだが、彼の美しさに勝るものはなく、いつまでも初恋が燻ったまま、妙な縁でヴァンヘイデン家のものによってヴァンパイアへと造り換えられた。
そのとき彼女はパリにいて、貴婦人方のドレスを仕立てるお針子だった。
仕立ての良い服を着た紳士が店に来て、ミーナの可憐な美貌に目を付けた。
しかしアランを想う気持ちが薄れることのなかったミーナはどれほど口説かれようと彼に惹かれることはなかった。
ある日、彼がアランの縁戚のものだと知ったミーナが一度でいいから城で開催される舞踏会に行きたいと願い、叶えてくれたら一夜だけ共にしてもいい、と伝えた。
どうせ叶わない恋ならせめて最高の思い出だけでも作りたい、と焦がれた彼女は己の身を捧げてでも、アランとの時間が欲しかったのだ。
自分でデザインして縫ったドレスを纏い、アランとダンスを踊ることを夢見た彼女は紳士の甘言にのり、先に一夜を過ごしてしまった。
その夜、彼女はヴァンパイアとされてしまったのだ。
それを告白され、もう共にいるしかない、と言われたミーナは発狂するかと思うほどの苦しみを味わった。ヴァンパイアなら誰しもが一度は通る苦行である。
そして正気に戻った彼女は男から逃げるように生まれ育った村へと帰ってきた。
途方に暮れて無意識に城へ続く道を歩いていたとき、アランに拾われたのである。
そして彼女はヴァンヘイデン家のヴァンパイアとして、その責を果たすことになるのだが、アランが逸朗ほど仕事を押し付けることもないので、ミーナはひっそりと城で慣れたお針子をしてきた。
いまでも彼女は時間があれば針仕事を熟す。
たまたま欲しいものがあり、パリに出掛けた際にヴィクトーに拐かされたが、彼女自身は実に地味にやってきたのである。
ダンカンと知り合ったのも、この城だった。
そういえば初対面から強烈だったな。
そんなことを思い出しながらミーナはキッチンの前で足を止めた。
中から楽しげに話すマカナの声と、ぼそぼそとしたダンカンの声が聞こえてきた。
なんとなく邪魔をするのが憚られ、そっと覗いたミーナは彼の表情に、あぁ、そうだったのか、と納得した。
食器を洗いながら話している彼女の横で、洗ったものを拭いている彼がいるだけの光景なのに、ミーナはダンカンがマカナに恋をしていると直感した。
男っ振りよく、美しい姿勢で彼女の横に立ち、整った顔をはにかませ、熱を帯びないよう注意しつつも直向きな感情をのせた瞳を注いだ彼は誰がどう見てもマカナに対して溺れていた。
激変の理由がわかって、ミーナはとても満足した。そしてそんな彼を微笑ましくも感じた。
いいじゃないか、やっとダンカンにも春が来たんだ。
そう思ったら嬉しくて、どうやらこの事実に勘づいているらしい大輔と話したくなって、彼女は彼の部屋に足を向けた。
彼の部屋なら、すでに飲み物が用意されてるだろう、と考えながら、溢れる喜びに頬が緩むのを止められなかった。
長くなりましたし、あまり内容のない話でしたが、なんとか終わりました。
お付き合いくださり、ありがとうございました。
大輔のワガママにミーナの恋を題材に、ふわりと書かせて貰いました。
あのあと学会に参加し、後日駆け付けた逸朗に束縛され、たぶん幸せな時間を大輔は過ごしたと思います。
ミーナはアランの傍で居候とはいえ過ごし、夢が叶いつつあるのでしょう。踊ることができたら、それに勝るものはないと思います。
いつかそれも書ければいいな、と思っています。




