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余談7 大輔のワガママとミーナの恋4

「リーサルウエポンいちくんの効力にゴードンが大わらわらしいぞ」


夕食時、メインの鳩のローストを優雅に切り分けながら豪快に食していたアランが可笑しそうに言った。大輔はそれに眉を顰めてからゴードンが見たら説教を食らいそうなほど口に鳩を押し込んで咀嚼した。

後ろで護衛のふたりがくすくすと笑っている。

テーブルについているのはアランと大輔、そしてなぜか客人扱いを受けているミーナだ。

ダンカンもジョシュアも護衛なので、食事はあとでマカナたち使用人と共にキッチンで摂る予定だった。


詰め込んだものをなんとか飲み込んでから大輔はアランをちらりとねめつけた。


「行かせる気がなかったのに行かせて、行くまでの間仕事がおざなりで、俺からの連絡しない宣言ですぐにでも追いかけなきゃいけなくなって、今更仕事に追われてるからでしょ」


まったく面白くなさそうに鳩のローストに添えてあったマッシュポテトを頬張る大輔にアランはさらに大きく破顔した。


「わかってるじゃないか!」


ヴァンパイアには少食が多いなか、アランはよく食べる。

いまもぺろりと鳩を平らげた彼はシモンにおかわりを頼んでいた。頼まれたシモンは無表情のまま、給仕に指示を出し、ついでのようにほかのものにもおかわりを聞いた。

ミーナも大輔も首を振って断った。

これを2人前食べる胃袋がおかしいのだ、と言わんばかりの態度だ。


「それじゃ、ウィリアム様がこちらに来られるのも早いかもしれないわねぇ」


あまり興味なさそうにミーナが言い、その場の全員が心の中で頷いた。


「俺としては少し距離を置きたいんだけど、来たらパリの屋敷に逃げようかな」


炭酸水を一口含んで、ソースを流した大輔が呟いた。

それにはジョシュア以外のものが盛大に眉を顰めた。


「おまえはここに核弾頭でも持ち込むつもりか?」


真剣な眼差しを向けてアランが言い、ダンカンとミーナが大きく肯定した。


「逸朗て、そのパリの屋敷のこと、知ってるの?」


アランの妄言をさらりと無視した大輔は後ろに控えるシモンに聞いた。


「最近、購入したばかりのものでございますので、ご存じないかと」


場の雰囲気など意に介せずに淡々と答えたシモンの言葉に顔を輝かせた。そして茶目っ気いっぱいの瞳をアランに向ける。


「じゃ、俺はそこに逃げるから、みんなで内緒にしててよ」


楽しそうに言い切った大輔はメインの皿を下げて珈琲を持ってくるようにシモンに頼んだ。


「いや、大輔、それは無理な相談だぞ」


2皿目の鳩が運ばれてきたが、手をつけないアランに視線を送って、大輔が小首を傾げた。


「珈琲にはまだ早かった?」


「違う、ウィルに大輔の居所を言わないことを、だ。そんなことしてみろ、この屋敷が半壊になる程度で済めば喜ぶレベルの話だぞ?下手すりゃ、村ごと消し飛ぶ」


大袈裟だよ、と言おうとして、ミーナも護衛ふたりも怯えるような視線が定まることなく泳ぐ様をみて、大輔は口をつぐんだ。

しれっと感情を表にしていないシモンに片眉をあげてみせたが、非情にも無視をされた。

珈琲の指示はしてくれたので、大輔の前に無事に香り高い珈琲が運ばれてきた。


「そんなに怒る?」


その言葉に一斉に激しい同意があり、大輔は不貞腐れたように唇を尖らせた。


「考えてもみろ、あのウィルだぞ、あれが大輔恋しさに仕事押し退けてここまで来て、大輔は不在です、どこにいるかはわかりません、なんて言ってみろ、俺の命だってどうかと思うぞ!」


相変わらず鳩に手をつけないままアランが言い、大輔は冷めちゃうよ、と声をかけた。


「でも護衛でジョシュアは一緒だよ?」


「え、大輔さま、俺のことも連れてってくたざいよ」


後ろから抗議の声が上がるが、それには無情にも


「だってダンカンはすぐに逸朗に報告しちゃうでしょ」


と返された。その隣でともに学会参加予定のジョシュアが余裕の表情でにやにやしている。


「俺も殺される運命まっしぐらじゃないっすか…」


がっくりと項垂れ、ダンカンは壁に額をつけて長くない命を嘆いた。その背中を優しくジョシュアが叩き、大輔にウインクをしてみせた。


「とにかく俺は内緒にはしないからな!そうなったら俺もここから逃げるからな!しかも大輔と同じとこには行かないからな!」


声高に言って、アランはやっと鳩に八つ当たりするかのように食べはじめ、そのセリフでミーナは大いに賛成したように手を大きく上げて、アランについていくことを表明した。


「護衛がついているから大丈夫とかの話じゃないんですよ、大輔さま。あなたがいらっしゃるかどうかの話で、会えなければそれだけでウィリアム様は半狂乱になられるでしょうね、とみなさま仰るのですよ」


ジョシュアが子供に言い聞かせるように柔らかく言った。半分は笑っているが、残り半分で呆れてもいた。

呆れるのは主ではなく、彼を溺愛し過ぎているボスに、である。


そんなのわかってるよ、と拗ねた表情で呟いて珈琲を飲む主を彼はほとほと気の毒に思った。

人の身でヴァンパイアの深い愛情はいかほどに重いだろう、と内心ではため息がが漏れる。

やはり同じように考えたのか、アランも瞳を和らげて大輔をみた。


「あれの懸想は人にはキツいだろう。大丈夫かとずっと懸念してたが、やはり重たくなったか…」


同情深く口にされた言葉に大輔は一瞬きょとんとした。

そしてあぁ、と口のなかで納得すると、思わぬ笑顔で周囲のヴァンパイアを魅了した。

それは恋するものの、煌めく顔だった。


「逸朗が重いなんて思ってないよ。いまも寂しいし、やっぱり傍にいたいもん」


言って、彼は瞳を伏せた。睫毛が僅かに震えている。


「でも、自由がないんだ。あれもダメこれもダメ、なんでもダメ、やるなら一緒、それが俺は嫌なんだ。俺だって一応は大人の男だし、自分でやれることだってひとりで行けるところだってあるよ。だけど全部許可制でしょ?なんか俺は指示待ちしてるだけの感じがして、すごく嫌なんだ」


アランから見れば、というか、ヴァンパイアから見れば、逸朗は感嘆に値するほど伴侶に自由を与えている、とこの場にいる全員が思っている。

ダメだと言いつつ、結局こうして大輔が行きたいといえばフランスにも来させている。

確かに護衛と称して監視もあり、世話役という名の管理もある。さらに屋敷の提供者であるアランは密告屋でもある。

自由であるようで、彼にはひとりの時間がない。


しかしそれでも大輔はここに伴侶もなしでいるのだ。


己が人であったときをすでに思い出せないアランだが、大輔の境遇を不自由だとは思えなかった。

それはワガママではないのか、そう考えたとき、無言だったシモンがふいに口を開いた。


「大輔さま、確かにお辛いでしょう。ご自分の足で歩まれたいのですね。ですが、どうやらヴァンパイアという方たちは一族でひとつの考え方をするもののようでございますので、その伴侶となられたからには覚悟も必要かと存じます。ウィリアム様の愛情を受け入れられているようでございますので、その考え方もあなた様の懐に入れてしまえば宜しいのですよ」


無表情かつ感情も込められてないものだったが、それは同じ人だからこその言葉で、大輔はすんなりと頷けた。

目から鱗、の気分で、あの溺愛が嫌なのではなく、個人がないことが理不尽だったのだと、でもすでに自分は一族の枠に入れて貰っていて、そこでの役割があるんだ、とわかっていたのに、ここではじめて理解できた気がした。


いま、自分が理不尽だと腹が立っている感情はワガママなんだ…


そう思えば、大輔は逸朗が心を砕いて己を自由にしようと、なるべく人であることを尊重しようと努力していることが感じられた。一族の一員だと思っていたのに、こんなにも大切にされて受け入れて貰ってたのに、と自分の未熟さに大輔は固く唇を噛んだ。


「まぁな、確かにウィルは過剰な溺愛ぶりだが、それもしばらくすれば落ち着くだろうよ」


少し待ってやってくれ、と庇うように言ったアランに、大輔はさらりと返した。


「あれでも落ち着いた、て、つい最近、言ってたよ」


驚愕に息をのむ音がそこここから発生したが、もう大輔は気にしない。

逸朗が彼の範疇を越えて努力しているのに、伴侶の自分が我慢できないなんて、情けないじゃないか、と気付けたのだから。


振り向いてジョシュアに笑いかけた彼は


「焦らしちゃおうか!」


と囁いて、デザートが来る前に伴侶にごく短いが、なかなかの破壊力あるメールを送った。

その文面に視線をやったジョシュアは苦笑を漏らした。


さすがは僕の主です。


声には出さずに絶賛した。

己の、未だに蟠る心情を察する主が誇らしかった。


すぐにでも逢いたいよ、大好きだよ、いちくん。


きっと今頃、いますぐフランスに行くと大騒ぎしてゴードンから強い叱責ときつい仕事量を押し付けられているであろうボスを想像して、ジョシュアは残酷なまでに可笑しかった。


こういう苦しめ方も悪くない。


そう、なかなか悪くない、とジョシュアは晴々と感じた。





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