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余談7 大輔のワガママとミーナの恋3

「相変わらず眼の覚めるような美人だね」


世辞抜きの感嘆が大輔の口から溢れた。

空港に迎えに来たのはアランだけでなく、その居城で居候を決め込んでいるミーナも来ていた。

久々にその艶やかな姿を眼にした彼が挨拶も抜きで思わず誉めてしまうほど、ミーナはさらに美しくなっていた。


まるで恋でもしてるかのように…


輝いている、と大輔は思い、はにかむミーナの笑顔に魅せられた。

こんな表情をボスが目撃していたらミーナの明日はなかったな、とジョシュアとダンカンは総身をぶるりと震わせた。

マカナは嬉しそうにミーナに挨拶をしている。

大輔のせいで周りに女性が少ないので、ミーナの存在が心強いのだろう。


「よく来たな」


弾む声で大輔の肩に手を置いたアランが自分の車に誘導した。

ジョシュアだけが大輔に付き従い、ダンカンとマカナはミーナの車に荷物やらを乗せていた。

ちなみにガブリエルも来ているはずなのだが、さすが影だけあって、まだ気配すら大輔は察知することができていない。


車に乗り込む前にちらりとダンカンを窺ったが、やはりあれだけの煌めきを発しているミーナに対して、いつもの彼ではなく、実に淡々とした態度でマカナを慮るように仕事をしていた。


その姿に感慨深げに彼は頷き、嬉しそうに微笑んだので、アランが不思議に思ったのか、眉をあげてみせた。

大輔はそれにはなんでもない、と首をひとつ振っておいた。

あとで話すこともあるかもしれないが、それは今ではないだろう。

思った彼ははしゃぐように道中観た映画の話をし始めた。


「お待ちしておりました、大輔さま」


アランの屋敷はパリ郊外の静かな農村のなかに、こじんまりとではあったが、威容を放つように存在していた。

城とも屋敷ともつかないそれは、要塞、と言われればそうだろう、と思うほどに武骨で誇らしげにあり、大輔は前に立つだけで畏敬の念を抱かされるような気がした。


玄関を開けて出迎えた男が慇懃に挨拶の言葉を口にした。

その男の雰囲気があまりにもゴードンに似ていて、もう逸朗と追いかけてきたのかと、大輔は危うく疑ったが、よく見れば彼は人だった。

会う人、遇う人ヴァンパイアだらけだった大輔にとってまさにヴァンパイアの巣窟とも言うべきアランの屋敷で人と遭遇するとは頭の片隅にも思い浮かばなかったので、思いがけない程の歓喜が彼を包んだ。


「人だ…」


黒瞳をきらきらに輝かせた大輔が呟くと、言われた本人がまったく表情筋を動かすことなく滑舌よく言った。


「よく言われますが、同じ人間から言われたことはございませんので、わたくしとしても大変貴重な体験でございます、大輔さま」


そして恭しく一礼をした。

そのやり取りに苦笑を漏らしたアランが出迎えた執事の背中を強く叩いた。


「これが当家の執事、シモンだ。ゴードン並に面倒な男だが、残念なことに優秀でな、結局こうして屋敷で一番偉そうな顔をしてる」


主の言葉を否定することなくシモンは頷き、大輔を促すように玄関の扉を大きく開けた。


「ゴードンほど熟練しておりませんが、今後とも人同士宜しくお願い致します」


そしてミーナの車から人と荷物が下ろされたのをみて、彼は眼を縋めた。

ほかは一切動かさず、口の片端をにやりと歪め、


「これはこれは、まだ人がおられるとは」


と、実に興味深げに囁いた。


「彼女はマカナ。俺の家政婦だから、いろいろと教えて上げてください。ちなみに彼女はまだヴァンパイアのこと、知らないので」


彼の小声を耳にした大輔がマカナの紹介をすると、彼女に向いていた視線が鋭く己を貫いた。思わず大輔はびくりと震えた。


ヴァンパイアといると、ただの人もこれだけの威圧感を持つのかな?


自分の横に立っていたジョシュアの袖を握り締めながら大輔は思った。その姿にほのほのとジョシュアは笑んだ。


シモンは年の頃でいえば40半ばだろうか。

少しだけ混じりはじめた白髪が、元のブラウンの髪と絶妙なバランスで整えられ、同じような髭を口許にたくわえている。

それがまた彼の表情を見事に消し去る道具になっていた。

背は人にしては高いのだろうが、周囲をヴァンパイアで囲まれていると低くみえてしまうくらいの体型で、それでも鍛えているのか、仕事がハードなのか、しっかりとした造りをしている。

ぴしりと一分の隙もなく着こなされた執事のお仕着せがよく似合う男だった。

胸元のハンカチーフまでが背筋を伸ばしているかのようで、アランが当主のわりには屋敷が整頓されているのは彼のおかげなんだな、と大輔はひどく納得した。


戸惑いつつ、屋敷の中へ入ろうとした大輔の傍に駆け寄ってきたミーナが彼の手を引いて、小声で囁いた。


「大輔さま、ダンカンがいつもの妖怪女好きじゃないんだけど、逆に気持ち悪いんだけど、どっか悪いの?」


それに彼は小さく笑い、どう答えようか、しばし逡巡したが、ゴードンをふと思い出したので


「ヴァンパイアに体調不良はないんじゃないの?」


と切り返しておいた。そして彼女の手を優しくほどいて玄関内に足を踏み入れた。


「お疲れでしょうから、まずは大輔さまのお部屋へとご案内致します。学会が始まりましたら、パリ市内の屋敷の方へ移っていただいてもいいように、そちらの準備も整えてございますが、通うのが大変でないなら、こちらの屋敷で過ごされても結構でございます」


シモンが言って、ぱんぱんと手を打てば、すぐに姿勢を正した侍女がふたり目の前に現れた。そして瞳を伏せたまま、大輔とジョシュア、そしてダンカンにこちらでございます、と荷物を受け取ってから、促すように部屋へ案内した。


見事に教育が行き届いている、と半ば反省するように大輔は思った。逸朗の一族はゴードンが優秀すぎてなんでも熟すので、侍女も侍従も育たない。

それどころか、侍女は逸朗の意向で雇われないし、侍従もゴードンが必要ない、と傍に置かないので、結局大輔の周りに護衛という名の少々態度に難あるヴァンパイアがいるだけだ。

ハワイでマカナのスカウトに成功したので、やっと家事全般に女手が入ったが、それ以降の女性加入のない、必要最小限の人員で回している逸朗の屋敷と違い、ここはまさに貴族の館だった。


はぁ、といろんな意味で大輔の口からため息が漏れた。


体裁を調えるなら、やはりこのくらいはしなくてはならないのだろうか?


そんなことを考えながら、大輔は案内されるままに自室となる部屋へと入った。


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