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余談7 大輔のワガママとミーナの恋2

フランスで学会があることをアランに連絡し、その間、世話になること、そして世話になる予定のメンバーを伝えるようジョシュアに頼んだ大輔は早速学会遠征の準備に入った。


準備以外にも、逸朗の機嫌が日に日に悪化していくため、そのご機嫌伺いをより重大な仕事として大輔には課せられた。

どちらにしても学会から戻るまでは実験もストップさせることに決めたので、その程度のことはしっかりするよう、ゴードンからきつく言い含められている。


機嫌の悪い逸朗に四苦八苦していたとき、アランから連絡があった。大輔のスマホが鳴り、アランからだったので、歓び勇んで彼は出た。


「大輔か?学会のことは聞いた、楽しみにしてるぞ、もう屋敷の用意はしたし、マカナも来るなら使用人はそれほど要らないだろう?」


嬉しいのか、捲し立てるように矢継ぎ早に言って、アランは意味ありげに笑った。


「それにしてもよく許可が下りたな」


いろんな情報網から詳細な逸朗の様子を聞いているのだろう。その声には過分に面白がる不謹慎なものが含まれ、大輔は呆れたように大変だったんだ、と教えた。


「ゴードンから、素晴らしいリーサルウエポンを繰り出され、坊っちゃんも一撃でございました、と聞いてな、是非ともその手段を知りたいものだと」


くつくつ笑いながら、ゴードンそっくりに物真似したアランに大輔は冷たく切り捨てた。


「あれは俺にしか使えないよ」


そんなことはすでに情報取得済みだろう、と思っている大輔は揶揄う気満々のアランに少しだけ苛立った。


「しかも、それ、繰り出したあと必殺されるのこっちもだからね、かなり諸刃の剣だからね、もう絶対、使いたくないからね、頼まれたってしないからね!」


これには大笑いのアランが細々とした指示を出したいから、としばらく大輔はところどころで揶揄われながらも話をした。

その間、愛しの彼をアランに独占された逸朗の機嫌がさらなる急降下で、大輔はげんなりした。

早く仕事に行けよ、と態度で表すも、結局ゴードンが迎えに来るまで逸朗は電話中の大輔への執拗な愛撫をやめることはなかった。


うんざりするほど絡まれ、辟易するほど愛され、吐き気がするほど甘やかされ、これ以上ないほど蕩けるような日々を過ごし、大輔はほうほうの体でフランス渡航の日を迎えた。


このまま体力的に行けなくなるんじゃないか、はたまたそれを狙って逸朗もハードな愛し方をしてるんじゃないか、と疑う毎日だったので、その日の朝を迎えたとき、大輔は自分でも感動して泣くかと思った。

そんな主を横目にジョシュアは苦笑を漏らす。


ゴードンに至っては


「これでやっと坊っちゃんのお仕事が捗ります」


とあからさまな嫌味を言ってのけた。


俺のせいじゃないし…


幾分、納得しかねる嫌味に憮然としつつ、ごめんなさい、と思わず謝ってしまうところが大輔らしいといえば、らしい。

聞いていたマカナも眉を下げながらもくすくすと笑みを溢していた。


「行くのか?」


先程までしっかりと腕の中で愛する彼を監禁していたのに、白々しく逸朗がマンションのロビーまで送りながら言った。


「時間だからね」


外ではすでにジョシュアによって運び込まれた荷物を載せた車が待っている。視線を合わさず、大輔は必要な手荷物品の最終チェックをしながら答えた。


「…なるべく早く帰ってこい。でなければ私が行く」


低く辛そうに呟き、逸朗の瞳が伏せられる。

それをちらりと見てから、大輔は小さく吐息を吐いた。


「わかってる」


ぶっきらぼうに言ったあと、首を軽く傾けた。

思わぬ可愛らしい仕草に逸朗の胸がずきんと痛む。


「でも、俺、わりと食べ過ぎで胸いっぱいだから、空になったら連絡するよ」


淡々と早口で言い切ると、大輔はその長い腕に捕まる前に玄関から飛び出して車に吸い込まれるようにして乗り込んだ。

何を言われたのか、逸朗が理解する前に、大好きな人を乗せた車はスムーズに去っていく。


呆然と開け放たれたドアの前で、逸朗は立ち尽くしていた。隣に控えていたゴードンが顔をくしゃりと歪め、笑いを堪えているのがわかって、彼はか細く問うた。


「今のは…」


「坊っちゃんの節度ない愛情表現に食傷気味でございますので、しばらくは連絡も致しません、とわたくしは受けとりましたが」


言葉こそ丁寧だが、冷酷無慈悲にゴードンは主に伝えた。

そう思われても仕方のないくらいの濃密な日常だったのだから、これは誰でもない、主の非である、と。

逸朗には珍しくがっくりと項垂れて、残りのメンバーが出掛けるのを見送った。


「アラン様がシャルル·ド·ゴール空港まで迎えに来てくださるとのことですので、大輔さまはごゆっくりとお休みくださいませ」


今回の旅行費用は研究費から出ているのでプライベートジェットを使わないと大輔は決めていた。

せめてファーストクラスにして欲しい、と逸朗から頼まれたが、譲歩してビジネスクラスで手を打った。

おかげで大輔はフルフラットにしてご機嫌で手足を伸ばしていた。伸ばしていたのは手足だけではない。ずっと押し込められていた心も伸ばしきっていた。

これだけでも本当に贅沢だと、身体が軽くなったような気分で感謝した。


大輔の横にはジョシュア、後ろにはダンカン、そして前にはマカナと通路以外の周囲は完全包囲である。

これでパリに着けばアランが加わり、また大輔にはひとりの時間がなくなる。さらに逐一詳細な報告が逸朗へ送られるだろう。

気持ちが軽くなるのも無理はない、と穏やかな表情を浮かべて楽しそうに映画を選んでいる主を見て、ジョシュアは気の毒に思った。でもヴァンヘイデン家の当主補佐の伴侶なのだから、仕方のないことなのである。


大輔さまは大輔さまという方ではなく、ヴァンヘイデン家の重要な方なのですから、それはあの方の愛を受け入れた時点で諦めていただかねばならぬことなのです。


ジョシュアは思い、些か不穏なほどのため息を溢した。

ヴァンパイア特有の激情の中で、自分らしくあろうとする主の強さに感銘を受けつつ、学会会場にいる間くらいは普通の研究者でいさせてあげたい、と心から願った。


ひとりだけの時間を満喫したあと、パリに着いた大輔はダンカンたちが荷物を取りに行っている間にぱぱっとメールをひとつ、送った。


パリに着いた


たった一言のメールが、日本にいる逸朗の胸を鋭く射し貫き、血反吐を吐くかと思うほどの打撃を与えたなど、送った本人には想像もできなかっただろう。


隣でそのメールの文面を眺めていたジョシュアだけが、色気も感情もない、まるでダンカンから送られるような報告メールにボスがショックを受けるだろうと想像でき、微かに黒い笑みを漏らしていた。


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