余談5 ダンカンの恋
アランの伴侶の話を聞いた俺はしんみりと涙を流した。
難しいものだと思う。
愛した相手が自分と同じくらい愛しているのか、むしろ愛してくれるのかすらわからない、確率の低い話だ。
俺は逸朗から愛され、その重い重い愛を受けた俺は、意外にもすんなりと彼を想うことができた。だからいま、幸せでいられる。
もちろんそこにお互いの努力や我慢や、いろんな頑張りはあるけれども、大変だとは思わないで済むのはやはり愛し合っているからだろう。
俺を限りなく愛してくれる逸朗に感謝の気持ちを込めてキスをしようと、俺は彼の肩に手をのせた。
すると…
「それで、気になって仕方ないんだが、ダンカンの相手はだれだ?」
がくりと気分が下がった。
「確証がないからまだ言えないってさっき…ん!」
乱暴に逸朗が唇を合わせてきた。息もつかないほどの荒々しさに身体の奥底から、また湧き上がるように情欲が疼いた。
「それで、だれなんだ?」
意識がいろんな意味で遠のきそうになった俺をやっと離した逸朗が眼を意地わるそうに眇めて覗き込んできた。
「たぶん、だよ、たぶん…」
朦朧とした意識で俺は逸朗に教えた。
「マカナだと、思う」
「はぁ?!」
その顔が面白くて、俺は弾けるように笑った。
ハワイでダンカンにマカナを紹介したときからおかしいな、とは思ってた。
それはジョシュアも同じで、いつものとおり
「マカナさぁん、宜しくお願いしますぅ!」
と言いながら腰をふりふりするばかりかと思っていたが、ダンカンは渋い顔で
「世話になります」
と正しい言葉で静かに言ったのだ。
これには隣で聞いていたジョシュアも、紹介した俺もその場で腰が砕け散るかと思うほど驚いた。
あとでジョシュアと額を寄せてひそひそと話したが、マカナが年上だから、という結論で決着を付けよう、ということになった。
もっともダンカンのほうが断然年上なのだけれど、見た目だけならまだ30前後だ。
当たり前のようにマカナもダンカンを子供のように扱うので、彼にも年齢制限があったんだ、となんとか自分を納得させた。
なのに、だ。
定例会の翌日、ホノルル中心街に土産でも買おうとダンカンとジョシュアを連れて出掛けたとき、本当に年齢問わずで、女性とみれば尻尾を振るダンカンを目撃し、マカナだけが特別なんだ、と認識した。
以来、俺はダンカンを観察し続けた。
日本に来てからもダンカンはマカナにだけは冷たかった。
冷たい、とは少し違う。
冷淡に扱うわけでも、失礼な態度をとるわけでも、そして決して優しくないわけでもなかった。むしろマカナはダンカンをよく気の付くお優しい方ですね、と褒めていたくらいだから、接する態度が違うだけで、やはり女性には優しいのだろう。
そう、しいて言うならマカナの前では無口だった。
余計な言葉を省き、必要最小限の言葉でしか伝えない。
でも俺から見て、それが本来のダンカンなのではないか、と思うようになっていた。
さらにダンカンは女性とみれば尻尾を振るような男だったのに、日本に来てしばらくするとその素振りすらみせなくなった。
これは俺もジョシュアも本格的にマカナに恋をしたのでは?と確信するだけのものだった。
ジョシュアが俺の騎士になってから、ダンカンとジョシュアふたりが護衛に付くことが多かったが、研究所勤めになってからは研究所ではジョシュア、自宅ではダンカン、というように護衛の棲み分けをするようになった。
研究所内を研究員でもないダンカンがうろうろすることを嫌がる職員が多かったからだ。
俺が自宅に戻るまでの間はダンカンとマカナが自宅を守っているようになった。
聞けばマカナはダンカンと一緒に日常の買い物をしたり、食事を一緒にとったり、普通に時間を過ごしているらしいが、なにを話すわけでもないダンカン相手にひたすら自分の話をしているらしい。
「こんなおばさんの話を聞いてて楽しいのかしら、と心配なんですよ。でもいつもたくさんの荷物を持ってくれるし、本当に助かってます。いい方ですね、ダンカンさんは」
と、ころころと笑いながらマカナは、まるで息子の友人を褒めるように言う。
マカナには子供がふたりいる。
ひとりは娘で、ピアノの先生をハワイでしている。
もうひとりは息子で、これはアメリカで会計士をしていると言っていた。
夫はいない。
ずいぶん前に別れたと聞いた。その原因はわからないが、寂しそうに睫毛を伏せた様子から辛い思いをしたことが察せられ、俺は口を閉じるしかなかった。
女手一つでふたりの子供を、家政婦として養ってくるのは大変だったろう、と俺が労ったとき
「おかげさまで私はセレブな方から気に入られることが多く、給金は普通よりも多かったんですよ」
とウインク交じりに自慢していた。
その表情が本当に可愛くて、ダンカンがこの人を好きになるのもわかる気がした。
もっともそれを髪の毛一筋ほどもダンカンはマカナに見せないし、マカナも感じていなかったが。
どうしてもダンカンの心が知りたくて、俺はマカナを誘って一日デートを企てた。
俺が動けばダンカンも否応なしに動かざるを得ない。
逸朗にマカナとデートする、と伝えたときは大々的に眉を顰められたが、マカナ相手なら、と一応の承諾は得た。
マカナはまだ日本に来てから観光をしていなかった。
もう数年も経つのに、何度か誘っても
「もったいないです」
とわけのわからないセリフで断るんだ。
マカナにはだれもヴァンパイアに雇われてるんだ、とは言わないが、俺と自分以外はどうも少し毛色の違う人種だな、とは薄々感じているようだったので、休日まで一緒に過ごすのは若干の抵抗があったのかもしれない。
その日はマカナの休日ではなく、俺の母への誕生日プレゼントを選ぶのに付き合ってほしい、と買い物に連れ立って行くことにした。
嬉しそうにマカナは頷いて、母の話を強請った。
俺は聞かれて、意外に自分の母親のことを知らないんだと、はじめて認識しながら、なにをプレゼントしようか、彼女と相談しながらデパートを渡り歩いていた。
その後ろをいつもなら面倒そうについてくるダンカンは、姿勢よく、そして周囲に警戒を配り、一言も無駄口を叩かず、歩いていた。
なにに一番驚いたって、どんなに可愛い子が横を通り過ぎても、どれほどの美人が彼の目の前で物を落としても、ダンカンは視線も寄越さず、じっと俺を…いや俺の隣のマカナだけを見つめていた。
その瞳に熱はなく、ただ直向きだった。
見方次第では、護衛をしっかり熟しているとしか見えない。
けれど俺のように疑っていると、マカナに対して愛情があるようにしか見えない視線だった。
買い物をして荷物をマカナが持てば、さり気無く彼女の手から荷物を受け取り、お茶をすれば、彼女にほど近い席に座り、会計の際はスマートに支払いが終わっており、歩道を歩けば車道側を彼女を守るように歩くダンカンは整った顔を無表情にして、実にかっこいい男だった。
これで惚れないマカナも凄いな。
俺はダンカンの恋の多難を嘆いた。
すでに子供も巣立ち、夫と別れてから恋愛もなく過ごし、彼女の中にはおそらくそういった感情が抜けてしまっている。
実際の年齢はべつにして、見た目年齢が30前後のダンカンに息子のような感情は抱いても、男としてみることはないのだろう。
それでもダンカンはマカナに恋をしている。
前から歩いてきた男がマカナにぶつかりそうになると、ごく自然に彼女の前に身体を出して接触を回避する。そのときのダンカンの鋭い瞳はすれ違う男を射殺してしまいそうなほど不穏に光っていた。
護衛対象の俺が同じことになっても、彼は俺の腕を引いて回避するし、相手に殺人ビームを飛ばしそうな睨みはない。
確実に彼の中でマカナへの想いは育っているようだった。
どうにかしてあげたい、でも俺は今回ばかりは手を出せない。
まず出そうと思うなら彼らがヴァンパイアという少し特殊な人だと理解してもらわなくてはならない。
ヴァンヘイデン家の一員として俺の感情のまま動くわけにもいかないことだった。だって俺は秘密主義種族の伴侶なのだから。
どうすればいいのか…
ダンカンの成就の道は細く長いし、俺の悩みは深く大きい。
ジョシュアに相談しようか、はたまたゴードンに話してみようか、考えながら、マカナを見た。
楽しそうに街を見渡し、嬉しそうにダンカンに語り掛けている彼女を。
そしてときおり彼女に視線を送り、はにかむように少しだけ微笑む彼を。
しばらくは俺の出る幕はないのかも、そう感じて俺は伸びをした。
人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじまえ。
きっといま、俺が動けば邪魔になるだけ。
だったら必要とされるまで、じっと我慢するのも俺の仕事だ。
一族の幸せをいつでも願う俺は、アランのことも、ダンカンのことも、見守る大事さを気付かされた気がして、心がくすぐったくなった。
じゃ、全員が幸せだと感じるまでは、やっぱり逸朗との過度な接触はみんなの前では控えよう。
そう考えて、ふいに笑いが込み上げる。
きっといまごろ、逸朗は寒気を覚えてくしゃみをしてるだろう。
とんだとばっちりだと、知れば怒る彼を想像して、俺はひそかにほくそ笑んだ。




