余談4 アランの伴侶2
「それから私たちは馬に乗って変態伯爵のところまで3日間かけて行ってな、その間ふたりは本当に仲睦まじく過ごしていたんだ」
「アランのその姿、想像できるよ」
「そうか?ナタリーはお世辞にも綺麗な娘ではなかったぞ。ことが片付いたあとでアランが城まで連れてきて召使たちに磨かれたときの美しさは、さすがに私も驚いたが」
くつくつと笑いながら、逸朗はその姿を脳裏に思い浮かべた。
あれはまさに光り輝くようだった。
そしてそれを見たアランの、あの間抜け面はいま思い出しても笑いが込み上げ、止まらなくなりそうだ。
思った逸朗の脳裏に乗り込んだときに叫んだアランの言葉が蘇った。
馬で乗り付け、門前で名を叫び、用を問われ、躊躇いも恥じらいもなく
『私の婚約者候補を手籠めにしようとしたと伺った。これ如何に!』
身分はアランのほうが上だった。
侯爵の血筋なのだから。そして侯爵のウィリアムもその横にいるのだ。
慌てた様子で駆け付ける侍従がいっそ哀れだったくらいだ。
「結局な、期待したほどの大立ち周りはなくて、あっさりと謝罪があり、二度と手を出さないとの誓約も得たんだ」
幾分がっかりしたように逸朗は言って、大輔の髪を指で弄んだ。
その続きが気になる大輔はぐっと身を寄せて、先を強請る。
「婚約者候補だって大見得切ったからにはそれなりに対応すべき事態になって、アランとしてはすでになくてはならない人にもなっていたから、ナタリーに婚約を申し込んだんだ」
その夜は王室主催の舞踏会があり、お披露目も兼ねてナタリーは朝から磨き上げられて参っていた。されたことのないオイルまみれのマッサージに、高く結った髪、驚くほど締め上げられるドレスに、歩くことさえ難しいハイヒール、極めつけは厚く塗られた化粧だった。
こんな思いをしてまで参加しなくてはならない舞踏会に、いっそあのまま変態に手折られておけばよかったのではないか、とすら思っていた。
しかしドレスを着つけてくれた侍女が
『こちらのドレスはアラン様がご用意くださったものでございます。ほら、アラン様の瞳で色でございましょ』
と言った言葉で、ナタリーは急にそのドレスが惜しくなった。
いますぐ脱ぎ捨てたい、と思っていたのに、このエメラルドグリーンのドレスを脱がすのはアランしかいない、と感じた。
そしてそう感じてしまった己に驚き、彼に会ったときも恥ずかしさで紅潮して顔も上げられないくらいだった。
「それからふたりは無事に婚約してね、結婚式まであと少しってところでアランがヴァンパイアだと告白したんだ」
「それまで知らなかったの?」
驚いた大輔が擦り寄せていた身体を離そうとしたので、逸朗は彼の身体に回していた腕に力を込めた。あまりにも強く抱かれたので、うぐっと声が漏れる。
「浮かれてたんだよ、忘れていたんだ、ヴァンパイアであると話すべきだってことを。ナタリーがマリッジブルーになっていることすら気付かずに、アランは急き立てられるように本当に突然彼女に話したんだ」
逸朗が話してないのか?と聞いたからだ。
人を伴侶にして悩むヴァンパイアは多くいた。その命を長らえるべきなのか、見送るべきなのか。そしてアランも同じように悩むと疑わなかった。
けれど彼はそれ以前に己がヴァンパイアであることを失念していた。
逸朗に言われ、はじめて己が長寿の化け物で、愛しの伴侶は限りあることに思い至り、彼はあり得ないほど取り乱した。
そしてその乱れた心のまま彼女のもとに走っていったのだ。
「彼女の反応は?」
僅かに唇を噛んで、逸朗は口を開こうか、悩んだ。そして大輔の温もりを腕の中に感じて、その時のアランの半狂乱を理解する。
どれほどの狂気だったろうか…
失うわけにはいかない伴侶を抱きしめたまま、逸朗は事実を話し始めた。
「ナタリーはアランを愛していたと思う。けれど、ヴァンパイアほどの狂気を含んではなかったんだろう。ただ人として愛していた。だから人ではなく、ヴァンパイアという生き物で、伴侶となった暁には血が欲しいと願い、やはり長き人生をともに歩むためにいずれはヴァンパイアと成ってほしいと、願った」
けれど彼女はそれを受け入れることができなかった。
そもそもアランがなにを言っているのかすら理解できなかったかもしれない。
結果、ナタリーはアランを拒否した。
「どうなったの?」
躊躇う。
これを言ってしまっていいのか、逸朗は悩む。
しかし大輔には知って欲しい気持ちもあった。
それがヴァンパイアなのだ、と。
だから彼は最後の結末を、掠れた声で続けた。
「アランはショックを受けた。自分と同じ気持ちなら受け入れてくれると信じ切っていたから。けれど彼女は敬虔なキリスト教徒でもあったんだ。彼女のもとへ駆けて行ってから2日間も帰って来ないアランを心配して私は婚約を機に与えられた彼の屋敷に様子を見に行った」
逸朗はため息を吐く。長く辛いため息を。
あのとき見たことを吐露して楽になりたい自分がいることが許せなかった。
伴侶に愛され、伴侶に恵まれ、あまつさえヴァンパイアに成ってもいいと、一緒にいるためなら厭わないと、言ってくれる伴侶に出会う僥倖を得ている己が、楽になりたいと思うのはひどい裏切りのような気がした。
それでも逸朗は愛する彼へ、教えなければならない気がしていた。
「アランは自分の部屋で彼女を抱きしめ、泣いていた」
正確には、結婚後夫婦の部屋となるべき場所で、彼女の残骸を抱きしめ、辺り一面血まみれの中、最大級の音量で咆哮していた、だ。
拒否されたことが許せず、愛されてないと思い込み、己の愛の深さを思い知らせようとアランは感情のままに彼女を凌辱した。
その結果、ナタリーは形もなく壊れ、我に返ったアランの心も壊れていた。
「しばらくは再起不能のままダメになるかと思ったよ。けれど彼はあるとき子供を拾ってきてね。その子は瀕死で、仕方なくヴァンパイアとして生き永らえさせたんだが、その子を育てながら、以来、アランはよく死にかけを拾ってきてはヴァンパイアとして生かすようになったんだ」
それで多産のアラン誕生なわけだ。
大輔は彼が人を救えることもあるのか、と呟いたことを思い出しながら、彼の悔恨を思った。
どれほどの長きとき苦しく辛く、そして哀しい想いを重ねてきたのだろう。
なのに、彼はあんなにも優しい…そして強い。
大輔はその心を感じて、泣くことしかできなかった。
ナタリーが人のまま亡くなったのなら、自分と同じように彼女の魂と会えることもあるだろう。
逸朗ができるのは、それを願うことだけだった。
いつも彼には救われてばかりいるのに、それしかできることがないとは情けない、と逸朗の唇から切ない吐息が漏れた。




