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余談4 アランの伴侶1

これも書きたかった話なのですが、短くしても長かったので、分けて投稿します。

お付き合いくださると嬉しいです。

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

ロルフとエミリアのシュナイダー家再興手続きが終わり、大輔はやっと気持ちが落ち着いた気がした。ずっと逸朗を付け狙う美女の存在に知らず知らず怯えていたことを、この段階になってやっと気付いたのだ。


これで自分から愛しい人を奪うような命知らずはしばらくないだろう、と思えば心だけでなく身体までウキウキと軽くなる。


「ご機嫌だな」


書斎から出てきた逸朗が彼のベッドで寝転がりながら書類を確認していた大輔のもとへ来て、相変わらずの仕草で彼の髪をくしゃりと乱した。


「うん、だってこれでロルフも幸せになれただろうし、アイスラー家との確執も薄まったじゃない?ヴァンヘイデン家は平和だよ」


それから大輔はころりと仰向けに横たわり、天井から降り注ぐ華奢なライトを眺めた。

しかしその瞳ははるか遠くの友人を眼にしているかのように切なく光を受けていた。

なんて綺麗なんだろう、とごく平凡な顔立ちであるはずの大輔をみて、逸朗はいつも感じる。


これだから心配で放ってはおけないのだ。


彼にわからないように逸朗はぶすりと表情を曇らせた。


「あとは茂さんの悩みを解決できればなぁ、て。いまのところラットの実験だと結果がうまく出てないんだよね。仮にうまくいったとして、臨床の許可が下りるのかわかんないし」


唇を尖らせて思い悩む大輔に逸朗はあり得ないほどの情欲を覚え、突き動かされる。

ときも場所も構わない。

ましてや今はだれ憚ることのない自室である。

躊躇いもなく彼は大輔に覆いかぶさった。


「ちょっと!逸朗、それはダメだよ…」


少しの抵抗のあと、すぐに大輔は彼を受け入れ始め…


「やっぱ、ダメ!ちょっと聞きたいことあるし!」


珍しく強い抵抗にあい、逸朗は僅かに訝しんだ。小首を傾げ、愛しの伴侶に瞳を揺らす。


「なんだ、聞きたいことは」


さっさと話して続きをする気満々の逸朗の手は少しも休むことなく大輔を愛撫し続けているが、それを巧みに避けながら彼は執拗に襲い掛かる手を叩いた。


「最近さ、イギリスの子たちもそうだけど、わりと伴侶を作ったり、真剣お付き合いをしはじめたりするじゃない?多いんだよね。ロルフもそうだし、たぶん、ダンカンも恋をしてるでしょ」


言って大輔は小さく笑った。

あのダンカンが?とはじめは思い、さらにその相手に勘づいて、あまりの意外さに大輔は腰を抜かすかと思った。おそらくダンカン本人はその気持ちに気付いてもないし、もっといえばその相手も鈍い人ではないのに、気が付かないようだった。

この本人すら知らない淡い恋心を知るのは大輔とジョシュアだけだろう。


「ダンカンが?」


驚きで思わず愛撫の手を止めた逸朗が、大輔から身を起こし、眼を見開いた。

それに満足して、大輔も起き上がり、髪をかき上げた。


「そ、あのダンカンが」


「相手はだれだ?」


顎に指をあて、意地わるそうに目を細めた大輔は唇を軽く尖らせる。

そして首をふるりと振った。


「まだ内緒。だって確信ないもん、でもたぶんそう」


妙に意味深な言い方をされた逸朗は、こういう焦らしはいらない、と心底思った。


あのダンカン。

妖怪女好き、と自他共に称される彼は女性であれば美醜も年齢も関係なく腰を、いや尻尾を振るような男である。

そして常に語尾に嫌らしさを過分に含む、甘過ぎる猫なで声で話す野郎でもある。相手が男だとわかれば、例え見た目が美しい女性であろうとも、ぞんざいな態度と言葉で距離を置くのが彼だ。

だからこそダンカンは特定のだれかを作ることなく、ただひたすら女性全般を愛でていくのだと、大輔でさえ思っていた。

逸朗の愛情を知ったいま、それがとても可哀想だとも感じ、彼の長い人生を彩る出会いがあればいいのに、とも願っていた。

愛されることも、愛することも、辛いことはあるけれどもとても素晴らしいことだと、そして得られる歓喜の大きさも大輔はダンカンに知って欲しいと、ジョシュアからかつての彼の話を聞いて以来、思っていた。


「そうか、ダンカンが。意外過ぎて気分も飛んだ」


逸朗は白けたように鼻で笑うと、ベッドから立ち上がり、ゴードンに紅茶を持ってくるようにドアから怒鳴った。

呼び鈴があるのだから使えばいいのに、と大輔は思うが、最近の逸朗は少し行儀が悪い。

またゴードンが渋い顔でお小言を言うに決まっている。


果たして紅茶を運んできた彼は盛大に顔をしかめて逸朗に文句を言っていた。


「それで、話はそれだけか?」


ゴードンの説教など意に介した様子もなく、紅茶を口にしながら逸朗が眼を細めて聞いてきた。今更、その気にさせようとしても遅いぞ、と雄弁に彼の煌めく瞳は語るが、大輔はもとよりその気もないので、にこりと笑んだ。


「本当に聞きたいのはアランのこと。アランて伴侶、いたの?ずっとそれが気になってて」


アランはヴァンパイアの中にあって、だれよりも人らしい感情を大輔にぶつけてくる。

ちゃんと対峙した相手の感情をはかり、理解しようとする。

なんにでも完璧だと思っていた逸朗でさえ、出会ったばかりのときは大輔の気持ちなどお構いなしで、自分の感情だけを押し付けてくるようなタイプだったので、アランの人情の機微を解するその心根がどこから来ているのか、不思議に思っていた。

今の彼に伴侶はいない。

けれどかつての彼にはいたのではないか。

だからこそ人の気持ちに寄り添えるのではないか、と。

大輔は考えていた。

そして、もしもロルフのように手をこまねいているのなら、お節介だと嫌われようとも助けたい、とも思っていた。


ロルフのことでドイツまで勝手に飛んだ大輔だけに、逸朗はその思考回路が手に取るようにわかった。

ここではぐらかしても、結局は自分の思う通りに動くだろう、と考えた逸朗は諦めたように息を吐くと、私から聞いたとは言うな、と低い声で警告してから語り始めた。


「アランとは従兄弟同士で、私の母が彼を私の従者にするため城に住まわせ、兄弟よりも密接にともに育ってきたんだ。父が亡くなった失意の中、母がその喪失感に耐えられずヴァンパイアと恋仲になったのがきっかけで私はその男によってヴァンパイアにさせられた。このまま死んでしまえばいい、と思うほどの苦痛に2週間苛まされた私を見ていたアランがふらりと何処かへ出掛けていき、1ヶ月後に同じヴァンパイアに成って帰ってきたときはさすがに馬鹿か、と怒鳴ったよ」


寂しそうに一気にそこまで話すと、疲れたのか、紅茶をこくりと一口喉に流した。

そしてちらりと大輔の顔色を窺うように視線を送り、再度諦めたように言葉を繋いだ。


「あれは私がヴァンパイアになって50年は経っていただろうか。城から程近い村でちょっとした暴動が起きたので、アランとふたりだけで鎮圧に向かったんだ」


いつもは大輔しか映さない瞳がふいにかつての村を見たように彼の表情が苦々しくも若返ったように、大輔には思った。


「その村は…」


深い森に護られるように囲まれた、どちらかというと土着の人が作り上げたような風体の村だった。


こんなところに人が住めるのか、と馬から降りたアランは疑問に思いながらも、ひたすら道なき道を歩いた。さくさくと軽い足音が背後から聞こえ、ともに来たウィリアムも馬から降りたのだとわかった。

もっともこの森を馬で走れば、すぐに立派な枝に頭を打ち据えられ、普通ならば生きてはいられないだろう。


木々の間を縫うようにして粗末な家が建てられ、なんとか村の風采を保つような有り様だった。

しかも暴動のあとがそこここにみられ、崩れた家や焼かれた木々が痛ましいほどだった。


鎮圧に来たが、すでに暴動は終わっていた。


とんだ肩透かしだな。


思ってアランは苦笑した。

まだ若く血気盛んなウィリアムがどれほど落胆するかと想像して、アランは僅かに口を歪めた。

これでも本人は笑ったつもりである。


『終わってるじゃないか』


果たして面白くなそさうにウィリアムが呟き、アランは頷くだけで応えた。

馬を適当な木に繋ぎ、だれかいないかと周囲を見渡したときだった。ふたりのすぐ横の、辛うじて体裁を保っていた家の窓から女がひとり剣を振り上げて飛び掛かってきたのだ。


アランが鞘ごと引き抜いた剣で躱すと、軽く腕を振って女を投げ飛ばした。ウィリアムは瞳を煌めかせ、薄く唇を開けて残忍そのものの微笑みを浮かべた。


ドレスというにはあまりにも粗末なものの裾を翻して、身も軽く着地した女は睚をきつく上げて忙しなくふたりを睨み付けた。


「あのときアランは恋をしたんだと思う」


思い出したのか、逸朗が柔らかく瞳を潤ませた。

そして己が伴侶に出会い、その瞬間に恋に溺れたことも同時に思い出す。


「伴侶に出会うとわかるものなの?」


大輔が隣に座り、逸朗の手をきゅっと握った。

その手の上に己の掌を重ね、逸朗は優しく微笑んだ。


「わかる。エミリアみたいに他のことに気を取られてる馬鹿はしらないが、大抵はわかる。私のときも一目でわかった」


「俺の前の…?」


見れば逸朗にとっては久々の大輔の瞳だった。

嫉妬で濡れて、微かに不安そうに揺れる、真っ黒な眼。

恍惚とした気分が沸き上がり、すぐに己を律する。


だから彼の髪を漉くようにして、流し、指先を耳に軽く触れさせた。


「彼女に会ったときは…なんというか、はるか昔から知っている、という感じだな。感情が高ぶって、自分の中に知らない自分が突然目覚めたような…愛慾があっても愛情がない、というか、だからかな、失ってしまったと思っても気が狂うというよりはひたすら喪失感に苛まされただけだった」


ふうん、と一言。

すぐに大輔の瞳が伏せられ、睫毛で隠れた。


「大輔のときは衝撃だった。やっと巡り合えた悦びで全身からすべての感情が噴き出すかのようだった。だから思わず腕を掴むなんて無粋なことをしてしまったが。もっとも男だったから、別の意味でも衝撃だったが」


それを耳にして、大輔はぱっと顔を輝かせて逸朗を見た。

愛おしそうに頬を撫でて、優しいキスを落とす。


「伴侶にしたときはもっと大変だった。これほどまで溺れ浮かれるとは思ってもいなかったしな。しかも伴侶に出会ったのは2度目でも伴侶にしたのははじめだろう?それはもう、周りからおかしくなったとは言われていたが、いま思い返せば仕方ないな」


大輔がふふふ、と笑みを漏らした。


「アランの相手は?」


「そうだったな、忘れてた」


押し倒そうとしてきた逸朗の機先を制するように話の続きを促した大輔に、せめてもの意趣返しに逸朗は深く抱きしめ唇を合わせた。受けた大輔の身体が僅かに快感に酔ったように震えた。


「暴動だと聞いていたが、実際は違ったんだ」


突然襲い掛かってきた女は白人にしてはやや肌の色が濃く、波打つ髪は金色の光を発していた。ブラウンの瞳は恐怖に怯えた色を浮かべつつも決して引かない強さを見せつけている。睨み合ったまま、しばしのときが過ぎ、我慢比べに負けたようにアランがふいに表情を緩めて、彼女の前に跪いた。


『すまない、私が驚かせてしまったか。害するつもりはない。この村で何が起きたのか、教えてくれないか?私たちは村を助けに来たのだ』


いまだ野生の猫のように、フーフーと毛を逆立て背中を丸くして威嚇してくる女にアランは手を差し伸べた。


『私はアランという。名はなんというのだ?』


アランの言葉に幾分警戒を解いたらしい女が肩の力を抜き、持っていた剣を足元に転がした。そして上目遣いにウィリアムに視線を送ってから、アランをじっと見つめた。


『…ナタリー』


小さな声を聞き逃すことなく受け取ったアランは嬉しそうに笑うとナタリーか、と呟いた。


『神の生まれた日、か、よい名を貰ったな』


その言葉でナタリーは弾けるようにはにかみ、アランに抱きついた。そして村で起こったことを息継ぐ間もなく捲し立てはじめた。


彼女の子孫はやはり土着の民が混じっていた。

迫害を受けたものたちが一団を作って森へと逃げ、そこで狩猟民族として生活していた彼らに受け入れられ、そのまま民として生きてきた。

ナタリーも女として生まれたが、狩猟生活のため、槍も矢も剣も馬も、罠さえも技術として身に付け、ここで暮らしていくつもりだった。

ところが彼女の可憐な美しさに目を付けたものがいた。

ヴァンヘイデン家の領地より北に位置する地を賜った同国の貴族だった。

アランもウィリアムもその者を知っていたが、可憐な花を手折ることを至上の楽しみとするような趣味の悪い変態としての認識だったので、極力関わらないようにしていた人物だった。

しかしナタリーはこの地を離れる気も、ましてやその変態に手折られるつもりもなかったので、断固として首を縦には振らなかった。

その結果、村に軍隊がやってきて壊滅させられたのだ。

ナタリーはそのとき村長の願いで、森の辺境にまで狩りに出掛けていて無事だった。

ひとりで途方に暮れていたとき、ふたりが現れ、今度こそ自分を攫いに来たのだと勘違いした彼女は純潔を奪われるくらいなら死んでもいいから戦おうと、剣を手に取った、と話し終えた。


「それからどうしたの?」


聞いた大輔に逸朗は茶目っ気たっぷりのウインクを返した。


「アランがなにをしたと思う?」


考え込んだ大輔にここぞとばかりに彼はちょっかいをかけて遊ぶ。それを適当に躱しながら、突然ぱっと顔を輝かせた。


「その貴族のとこに殴り込みだ!」


嬉しそうに言った大輔があまりにも可愛すぎたのか、逸朗は耐えきれずに彼を力強く抱きしめ、深くキスを交わした。

ことの展開についていけない大輔は眼を白黒させている。


「話を聞き終わったアランは私に目配せをして…」


ウィリアム、と低く呼ばれた彼はアランの言わんとすることを察し、思わず肩に力を入れた。ヴァンパイアとしての身体の使い方に慣れてきた頃でもあり、その強さに己でも高揚し、そしてどのくらいの力があるのかを試したくて仕方のなかった時期でもあったウィリアムは従兄弟が目の前の美しいとは言い難い風体の女のために戦いに行くと決断したことを喜ばしく受け止めた。

鎮圧にふたりだけで来たのも、ヴァンパイアとして戦いたかったからである。

それなのに戦もなく帰るのはウィリアムには理不尽かつ、かなりの欲求不満だったのだ。


『私も当然行くぞ』


意気揚々と口にしたウィリアムにアランは頷き、ナタリーの手を引いた。


『それではナタリー嬢、私と参りましょうか』


ナタリーは輝く瞳をアランに向けて力強く彼の手を握り締めた。


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