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余談2 ジョシュアとダンカン

ブラム・ツェペッシュは後ろ姿が長躯の美丈夫だった。

艶やかな黒髪を背中まで流し、長い脚は馬を跨ぐのすら軽々と熟した。指先まで美しい手に剣を持たせれば、だれよりも強く見惚れるほどの剣捌きをみせた。

弓をつがえる背中の壮麗さはまるで神を模した絵画のようだった。


ジョシュアはその後ろ姿にいつも惚れ惚れとする。

これほど美しい君主はほかにはいないだろう、と誇らしくも思った。そして美しさだけではなく、彼には民を思う美徳も持ち合わせていた。


「民あっての私だ。彼らがいなければ私の領地は成り立たない。この鎧も馬も剣も、彼らが私に与えてくれたものだ。だから大事にせねばならぬ」


威圧感のない柔らかな声を静かに、けれどよく通るようにはっきりと話す。

それがまた臣下として、どこまでも付き従いたくなるほど魅力的だった。

ジョシュアはまさにブラムに惚れ込んでいた。


ただその彼にも大いなるマイナス点がある。


「そうだ、ジョシュア」


優し気な声音で己の臣下を呼ぶブラムが後ろに控える彼に向き合うため振り向いた。


これですよ…


慣れているはずなのに、思わずびくりと身体を震わしたジョシュアは実に残念に思い、ついため息を吐いてしまう。


ブラムの顔は非常に強面なのだ。


逆三角形の三白眼は白目の配分が多く、せっかくの綺麗な紫に近い碧眼を損なっている。

そして高い鼻、といえば聞こえがいいのだが、実際は主張の強い鷲鼻である。

そこにせめて愛嬌のある唇であれば、まだ怖さを軽減できたのに、彼のは一文字に近いほどの薄い唇だった。

ヴァンパイア特有の白い肌がなおのこと彼の恐ろしさを増長し、背が高いことで上から見下ろすので、さらに彼を前にしたものたちは委縮してしまう。

そして極めつけは眉がないことだった。本来眉があるはずの場所は高く骨が隆起して皮がぴん、と張っているだけ。

よく見れば薄く眉らしきものが疎らにあるのだが、殆ど見えない。


本当に、なんて残念な、お顔であろう…


思ってジョシュアは気の毒になった。

大抵のヴァンパイアは見目が非常に美しく変貌する。そこに心がなくとも、ただ少し微笑むだけで舞踏会に来た令嬢方を腰砕けにできるほどに、麗しい姿になるはずなのに。

ブラムは変貌して、この強面だった。


変貌前は一体どれほどの強面だったのだろう、というのが、城のヴァンパイア仲間で持ちきりの話題になるほどだった。


「なんでございましょう?」


己の敬愛する主に返しながら、馬を傍まで進めた。

それに気を良くしたようにブラムは微笑み、しかしこの微笑みがまた獲物を前にした獣のようなものなのだが、再び前を向いて馬を軽く蹴って速足にした。


「今度、村の村長に招かれていて、食事に行こうと思う。護衛はおまえだけのつもりだが、どうだろう」


村長から何度も来てほしい、との手紙を受けていることを知っているジョシュアはどうせ噂の村一番の美人だという娘をあてがいたいだけだろう、と思いつつ、それはいいですね、と答えておいた。

どうせブラム自身が異常な強さを誇るのだ、護衛すら足手まといになるほどの強さを。

ジョシュアが行こうがほかのだれが行こうが、彼を護れる人などいない。逆に護られる側になるだけだった。

だからこそジョシュアは自分が指名されたことを誇らしくも思って胸が躍った。


「ではジョシュアと行くと伝えておこう」


機嫌よく言ったブラムの前に突然、投げ出されるように子供が飛んできた。

それは比喩でもなく、本当に森から飛んできたのだ。ジョシュアが警戒して剣を抜き、あたりを見回す。

ブラムは視線を周囲に這わせながらも無造作に馬から降りて、子供の傍に膝をついた。

背中を打ち付けて呼吸ができないのか、その子供は唸るだけで身動きひとつしなかった。


「大丈夫か?」


問うブラムの背後を守るべく、ジョシュアも急いで馬から降りて、あたりを警戒する。

森の奥のほうで幾分か人の気配がするが、道まで出てくるつもりはないらしい。ざわざわと木々を揺らす程度で、殺気もなかった。


ブラムが何度か背中を摩ってやると子供が大きく息を吸い、かっと眼を見開いた。

気が付いたらしい子供の態度にホッと安堵の吐息を漏らした。


「怪我はないか?」


見たところ大きな怪我を負っているようにはみえない子供を気遣うようにブラムが話し掛けたが、自分を覗き込む大人に驚いたように子供が短い悲鳴を上げた。


あぁ、顔が怖いから?


ジョシュアがふと思い、主を気の毒に思う。

ジョシュアから見れば、主はとても心配そうな色を浮かべた瞳で優しい微笑みを口元に張り付けているつもりだろうが、おそらく傍から見れば、道を塞いだ子供に無礼を働かれたと怒り心頭で責め寄っているようにしか見えないだろう。


「どうした?どうして飛んできたのだ?」


怯える子供が少しずつ心配してくれていることがわかったのか、身体から力を抜いていく。

そして森の奥を指差して、逃げてきた、と小さく囁いた。

この森には最近、人攫いが出ると城へ報告が上がっていたことをジョシュアは思い出した。子供の神隠しだとか、森の奥の沼に吸い込まれたのだとか様々な憶測が飛び交っていたが、奴隷売買目的の人攫いだというのが実際だった。


おそらくこの子供もいずこからか攫われて売られる前に自力で逃げ出したのだろうと思われた。ブラムもすぐにその可能性に考えが至ったらしく、繊細な手付きで子供の髪を漉きながら、よく逃げ出して偉かった、と褒めていた。


「名はなんという?」


聞いたブラムに子供は躊躇いがちに呟いた。


「ダンカン」


それがジョシュアとダンカンのはじめての出会いだった。


あれから何年が経っただろう。

ダンカンは立派な体躯の青年に育った。

ブラムが親を探すため近隣の村を何度も行って探索したが、結局見つからなかった。ダンカン自身もどこから来たのか、そしてどこへ向かっていたのかもわからなかったので、ツェペッシュ領地内で預かることにして、そのままジョシュアと同じように騎士になった。


彼の強さは化け物級で、ヴァンパイアであるジョシュアにも負けなかった。

3回に1度はジョシュアから勝ちをもぎ取る。これでヴァンパイアにでもなれば1度も勝てないのではないか、とジョシュアは何度か思った。


ブラムはダンカンをヴァンパイアにするつもりはなかったようだが、本能的に彼を仲間に引き入れたいと思っていることはジョシュアにもわかっていた。

ほかならぬ己もダンカンをヴァンパイアにしてみたい、と願っていたからだ。


ダンカンは拗ねた子供で、しかも捩じれて育ってしまった。

どれほどの愛情をブラムが注いでも素直に受け入れずに、いつも斜め上の行動をとるような子供だった。

それがそのまま青年になり、可愛がられるほうが得策だと気付いてからは、いやらしいほどに愛想よく振舞うようになったが、その中身は変わっていなかった。

古くから彼を知る人たちにはダンカンは不愛想で尖がった口を利くが、青年期から知り合った人には


「あの子はいい青年だね、素直で可愛い」


と褒められる始末だった。

ブラムはそれを面白いとも可愛いとも思わず、ひたすら可哀そうだと嘆いていた。


「私がもっと愛していれば、あの子はもう少し素直な子に育ったかもしれない」


と何度も何度も呟き、ジョシュアを辟易させていた。


「ブラム様、あれはどんな育て方をしてもあれですよ、死なずに大きくなっただけ感謝してほしいくらいですよ。しかも剣術も馬術も習得して、手に職を付けたうえ、騎士にまでなれてるんですから、拗ねるほうが間違っています」


ブラムが嘆くたびにジョシュアは否定してきたが、おまえも可哀そうにひねくれて、と却って同情されてしまうのだった。


ジョシュアはその日もブラムの嘆きを聞き流したあと、馬場まで来て馬上で槍を振るっているダンカンを眺めていた。3日後には領内の騎士たちを集めた剣術大会があり、ダンカンはそのうちの2種目に選手として参加することになっていた。

その練習を兼ねた鍛錬の最中だった。

ジョシュア監修のもと、ダンカンひとりが馬場で練習をしていたのだが、あまりにも見事な槍捌きにほかの騎士たちが集まり、馬場をぐるりと囲む騒ぎになっていた。

それを目にしたブラムが興味本位で近寄ってきた、そのときだった。


ジョシュアはブラムが来るのを視界に入れたので、すぐに馬場から周囲に視線を張り巡らせた。すると100メートルほど先の大木の上から殺気を感じたので、ほぼ無意識にブラムの腕を引いた。その直後、彼のいた場所目掛けて矢が飛んできた。

それはブラムの頬を掠めて飛んでいき、あろうことか馬場の馬の腹に見事に刺さった。

それに驚いた馬が当然の如く暴れだし、馬上のダンカンが宙に高く放り出された。


あっという間の出来事だった。


馬場に打ち付けられたダンカンの首があらぬ方へと曲がり、静まり返った空間を冷え冷えさせるほどの骨折の音を響かせた。

ジョシュアの総身に一気に冷や汗が噴出したのがわかった。


途端に引き寄せたブラムの口から低い悲鳴が咆哮のように溢れ、一斉に囲いを飛び越えて騎士たちが馬場へと乱入した。

ジョシュアは迷い、何度も視線をダンカンと大木に往復させたが、多くの騎士がダンカンを介抱する姿を見て大木のほうへと駆け出した。

ブラムを害そうとしたものを捕らえることに決めたのだ。


しかし逡巡の時間が長すぎたのか、ジョシュアが駆け付けたときにはすでに影もなく、結局だれが主を狙ったのかもわからず仕舞いだった。


馬場に戻ったときにはダンカンは虫の息で、だれもが成す術なくおろおろするばかりだったのだが、そのときブラムが彼を抱き上げ、ものすごいスピードで城へ運び込んだのを見て、ジョシュアはダンカンがヴァンパイアとして生まれ変わるときが来たのだと確信した。


ジョシュアが追いかけて城の、ブラムの部屋に入ったとき、虚ろな瞳を天井に投げているダンカンにブラムは必死に声を掛けていた。


「ダンカン、いまから私がおまえを治す。だが、いままでのおまえとは違うものになる。治ったときには今以上の苦しみがあるかもしれない、それでもよいか?!」


答えが返ってくるわけもないダンカンに、ブラムは必死で同じ説明を繰り返す。

ジョシュアはその必死な姿に感極まって、叫んでいた。


「彼の面倒は僕がみます!彼の世話も僕がします!だからブラム様、頼みます!!」


その言葉でブラムは動いた。

己の血をダンカンに分け与えたのだ。


それから5日間、ダンカンは苦しんだ。

死にかけの身体がどんどん修復されてはいくが、それに比例して血への渇望も増していく。

ジョシュアにも記憶のある、激しい飢えが彼に容赦なく襲い掛かっていた。

ジョシュアは牢に入れられた罪人を処刑目的で連れ出してはダンカンに与えた。

ほぼ人の姿を成さないまま、獣となった彼は嬉々としてそれらの貢物を襲い、飲みつくした。

これ以上、飲んでは人に戻れなくなると判断したジョシュアは彼とともに牢へと入り、今度は彼を抑えるために戦った。

元が強いダンカンを抑えるだけでも一苦労で、ジョシュアは何度、殺されるか、もしくは殺してしまうか、と冷や冷やした。

それでも最後には彼は人に戻る意思を示した。

人に戻る、というが、戻れるわけではなく、人化する、というだけなのだが、ダンカンがそれを選び、彼は人の姿を手に入れた。


今までより背がかなり高くなり、眼付きに精悍さが増し、少年と青年の狭間にいたふっくらした頬は細く色白になった。

筋肉質な体躯を持つ美丈夫に生まれ変わっていたのだ。


その麗しい見目と気さくな態度に驚くほどモテるようになったダンカンはやはりひねくれた性格が仇になり、女ならだれでもいい、でも、だれのことも本気にならない、という面倒な性質を手にした。

これにもまたブラムは己がヴァンパイアにしてしまったせいだ、と深く嘆き悲しんだが、成った本人は至って普通だった。

むしろ苦しかったときは別にして、戦うのに適した身体を手にしたと大喜びしていたのをジョシュアは知っている。


それからダンカンの人攫い狩りが始まった。

傷一つなく帰ってくるが、その衣服に血が残っているのをみると、治っているだけで怪我を負っているのは一目瞭然だった。そして城の周りからは人攫いはいなくなったが、それが原因で、この周辺で戦争が勃発するようになっていった。


「なんで?」


実験をしながら話を聞いていた大輔がジョシュアに質問した。

ジョシュアは新しい主に視線を向けて、メスシリンダーで調製した試薬を渡しながら答えた。


「いずれにせよ、始まる戦争だったんですよ。人攫いは軍人育成のための子供が高く売れることに目を付けて奴隷売買をしていたのですがね、売られる子供が少なくなったのをきっかけに、奴隷商から買うのではなく自身で攫うことを目的とした戦争を起こし始めたんです。国と国の奴隷確保合戦ですよ、バカバカしい話です」


そしてその戦で伴侶をなくし、ブラム様は狂われた…


ジョシュアは心で思って、哀しそうに笑った。


「ダンカンの性格の複雑さがちょっとわかる気がするけど、それからずっと世話役って、ジョシュアも苦労したね」


ジョシュアの作った試薬をさらに別の試薬に混ぜながら大輔が同情した。

その言葉にちょっとだけ眉を顰めて、彼は囁いた。


「あの子の存在に救われていたのは僕かもしれません。そうでなければブラム様亡きあと僕は…」


けれどその呟きは誰の耳にも届かなかった。


ずっと書きたかったふたりの馴れ初めです。

今回、書けて嬉しかったです。

読んで下さり、ありがとうございました。

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