余談1 その後の定例会
単発で小話程度のものを書いていきます。
宜しければお付き合いください。
「久しぶりだね」
俺が部屋に入っていくと、穏やかな笑顔で、片手を上げて狼が俺を迎えた。
「うん。今日はありがとう」
言いながら俺は周囲に視線を彷徨わせ、
「あれ、ルカは?」
「渋滞にはまった、てさっきメールがあったよ」
スマホを操作して、狼がその画面を見せてくれた。そこには相変わらず丁寧な文面が律義に連なっていた。
ここは俺のラボがある研究所の1階のカフェ。
その奥に特別に俺専用の個室を用意してもらっているので、半年に一度の定例会はここで行われるようになっていた。
俺が会長になってからは定例会、の名の如く、ちゃんと定期的に、決まった場所で行う、秘密も何もない健全な会になっている。
話し合われることはほぼ世間話に毛が生えた程度のことだが、それでも異種族間の情報交換には違いない。
決して会の趣旨からは外れていないはずだ。
そして出席率の極めて低かった、というか皆無だった狼はいまや当然のように皆勤賞である。俺が来るより早く来て、ご機嫌で珈琲を飲んでいるのが常だった。
魔術会からは毎回ちゃんとルカが参加して、きっちり真面目に現状報告をしてくれる。俺たちのような世間話をすることはないが、わざわざルーマニアから日本まで来るのだから、それもまた当然のことなのかもしれない。
「大輔は最近どう?」
「小百合とはどうなの?」
二人同時に話を振り、視線を絡める。そしてぷはっ!と同時に笑った。
狼は最近、本当によく笑うようになった。
それをいえば、逸朗もゴードンも偽物ではない笑顔をよくみせるようになっている。
ヘンリーが大輔のおかげだな、と言っていたが、そんなに俺は笑われるようなことしているのか?と実は少し、考え込むこともある。
「小百合とは順調だよ。人狼の問題が解決してないのが、ちょっと困るとこだけど」
人狼の問題とは子孫を残せないことだろう。
もともとそれが原因でクレモンにいいように騙されて刻印を押されてしまうくらい、人狼のなかでは大きな問題だ。
「それなんだけどさ」
個室に入る前に頼んだジンジャエールをトレーに乗せたウエイトレスがノックのあと、静かに入ってきて、俺の前に丁寧に置いた。
その間、俺は口を閉じ、にこにこと彼女に笑いかけた。
「いまさ、ちょっと考えてることがあってさ、受精卵の遺伝子操作、してみようかって」
急いで来たので喉が渇いてた俺はそこまで言ってから、来たばかりのジンジャエールを半分くらい一気に飲んだ。
大学を卒業したあと遺伝関係の卒業論文を引っ提げて、逸朗関係の研究所に研究室を用意してもらって、そこで主任を任されていた。
といっても助手にジョシュアを雇っているだけの、本当に小規模な研究室なんだけれど、ヴァンパイアの研究を主にしているので、それ以外の人を入れるわけにもいかないんだ。
この研究室は通称Vラボ、と勝手にジョシュアと俺は呼んでいる。
いま、そのVラボで取り組んでいこうと思っているのが、受精卵を使った実験である。
「なんでかわかんないけどヴァンパイアは子供が作れないでしょ。遺伝的には人と同じなんだから、人工授精を考えたりしてるんだよね、もちろん代理出産ってことにはなると思うけど。それを人狼にも応用できないかって考えてるんだ」
残せないなら、人工的にでも残してしまえ、といういかにもバイオ系技術研究者が考えそうなことである。実に乱暴かつ神への冒涜と言われる所業だ。
「そんなこと、できるの?」
いつもより真剣な眼差しを向けてくる狼をみて、何と言われようとこうして切実に悩んでいる人がいるのだから、やるだけの価値はある、と俺は実感した。
「わかんない、でも可能性はなくはないって思ってる」
残りのジンジャエールを飲み干して、俺は備え付けのタブレットから珈琲を頼んだ。
「そうか、期待してるよ」
「うん、頑張る。ついでだけど、それで小百合との子供が持てるってことになったら茂さんはどうしたい?」
俺の質問の意味を捉えかねたのか、狼がぴたりと固まった。
そしてぎこちなく眼だけを動かして俺を見た。
唇が薄く開き、すぐに閉じる、を何回か繰り返したあと、片手で眼を覆ってテーブルに突っ伏した。
「…それが可能なら私は欲しい。でも小百合がどう思うか、わからないな」
大きなため息とともに吐露された言葉が俺の耳に痛かった。
小百合が子育てをする姿がまったく想像できないし、なにより逸朗の騎士になってからはわりと忙しく、諜報活動に邁進していると聞いている。
しかもそれが楽しいらしく、狼との時間も幾分か減っていると、文句を兼ねた報告がヘンリーから逸朗に齎されたところだった。
もちろん文句を言っているのは小百合ではなく、狼だ。
「小百合がほしいって言えば、考える?」
言いながら、ふと俺は想像する。
小百合の子育ては天地がひっくり返っても考えにくいが、狼が子育てをする姿ならいくらでも想像できる。いまですら彼の横に子供が座って世話をされているのが見ようと思えば見える気がするんだから。
「茂さんが育てれば、きっといい子になるよ」
にっこり笑った俺に狼は困ったように眉を下げた。
「でもさ、私と小百合の子供だと、人なのかな?人狼なのかな?」
それともヴァンパイア?
口にしない疑問に俺は軽く頷いた。
「それは俺も考えてたんだよ。ヴァンパイアDNAがゲノムにあれば可能性としてはあるからね。でもそうなると血中にウイルスはないはずだから、あるだけで発現しない、って感じじゃないかって。人狼の可能性はかなり強く出ると思うけど」
実験すらしていない時点の、予備的な机上の空論を話してるわけだから、どんな可能性だってあるし、どれも出来ないこともある。
そのときノックの音が響き、静かに開けられたドアからルカが入ってきた。
「遅くなってすみませんでした。相変わらず日本の渋滞は凄いですね」
「……」
挨拶を返そうとした俺と狼は呆気に取られて口を噤んだ。
ルカが気まずそうに俺たちを見てから、ぺこりと頭を下げた。
「たまたまここの入り口で会ってしまって、えっと…参加したい、って」
そう言ったルカの後ろにはご機嫌な表情を浮かべた逸朗が珈琲を3つ持って立っていた。
「人と人狼と魔術師が揃っているんだからヴァンパイアがいてもいいだろう」
悪びれもせず、するりとルカの後ろをすり抜けた逸朗がテーブルに珈琲ののったトレーを置くと、当たり前のように俺の横に座った。
すぐにその手が俺の腿に触れ、ゆっくりと撫で始める。
「えっと、来てくれてありがとう、ルカ。まず座って」
引き攣る顔を無理やり笑顔にした俺が彼に椅子を勧めた。
狼が肩を震わせて笑い出したいのを抑えている。
ルカは戸惑いを隠さずに、逸朗から一番遠くの席に腰を下ろした。
半年前の定例会のときにはだれよりも先に来て、珈琲を飲んでいた逸朗に3人で開いた口が塞がらない状態だった。
その前のときも途中から乱入し、その前も、その前も、その前も…
気付けばいつでも逸朗がいて、彼がいるとルカが怖がるので、参加しないように今回もかなり頼んだのに…やっぱりこうして俺の傍から離れなくなる。
逸朗の独占欲はいつまで経っても変わらない。
ジョシュアと研究を一緒にする、と宣言した時もしばらくラボに入り浸るくらいの彼だから、本当は自分に括りつけてでも一緒にいたいのに、俺の自由にさせているんだと、だからこうして乱入できるときはしてしまうんだと、理解はしているが、妙に気恥ずかしい思いをするので、俺はちょっとだけ腹が立つんだ。
「逸朗、仕事は?」
冷たく聞く俺に彼は眉を上げて
「これも仕事だ」
と言い切った。
これはもう諦めるしかない。いつも通り、定例会を始めよう。
「じゃ、ルカの報告を聞かせて」
「はい、いま魔術会では魔導書の編纂をしています。禁術は載せないで、クリーンなものだけを纏めたものを作って、入門書のようにしていこうかと考えています。それにともなって魔術学校を開設しようかと思っています」
「それは表立って?」
「いいえ、各地を回り、素質のありそうな子をスカウトする形になると。将来的には各小学校に適性を確認するテストを、それとわからないように実施してスカウトをしたいと僕は考えています」
魔術を使う人材不足が魔術会の現在抱えている問題の一つだ。その問題解決には確かに効果的だろうと思うが…
「魔術学校の開設費用は確保できたの?」
それには首を振ってルカが答えた。眉尻が下がり、いつも以上に幼くみえる。
「逸朗、俺の個人資産から融資可能?」
逸朗が興味なさそうにしつつも頷いた。
伴侶になってから、俺の知らないところで俺の資産が出来ていた。ゴードンの指示のもと、俺は世界的な企業のいくつかを占有し、その利益を得ていたらしい。
いまのところ個人的研究費として遠慮なく使っている。それを今回、融資しようと考えたんだ。
「じゃ、俺が出すね。草案できたら教えて、俺もわかる範囲で意見したい」
言えばルカのブルーの瞳がキラキラとする。
その表情が本当に可愛くて、思わず笑みが漏れてしまうんだ。
「ありがとうございます!じゃ、学校の名前は…」
「あぁ、やめて、俺の名前は付けないでね!」
食い気味にルカの言葉を遮ると、俺は力強く却下した。逸朗がにやつくのがわかった。
「ほかには?」
「はい、最近ヴィクトー様から禁術の指導が始まりました」
禁術とは決して使ってはいけない魔術である。
教えるヴィクトーもその禁術で身を滅ぼしかけた過去を持つので、思い切ったことをするな、というのが俺の気持ちだった。
暴力的だったり、他者の命に係わるものだったり、破壊的なものだったり、様々あるらしいが、禁術も先人たちの開発してきた大切な魔術のひとつなのだから、使わないことを前提だったとしてもやはりそれを継ぐ人は必要だろう。
「これに関しては長のみの相伝という扱いで、魔導書編纂はしないつもりです。いずれ僕が次期長に継げばいい、とヴィクトー様も考えておられるようです」
すべてを報告し終えた安心感か、それとも学校建設資金の目途が付いた安堵感か、ほぅと息を吐いてから、美味しそうにルカは珈琲を飲んだ。
「私のほうもとくに変わりはないし、ウィリアムはどうだい?」
突然話を振られた逸朗は視線だけを投げるように狼に寄越し、ふん、と鼻から息を吐いた。
彼の手は俺の腰に回っており、執拗に指先をシャツのなかへと這わせている。
「こちらもとくに報告するようなことはない」
ヴァンパイアのみの話ならいくらでも報告すべきことはある、と俺は知っている。
でも秘密主義種族ヴァンパイアは他種族に多くを語らない。だから俺も黙って珈琲を飲み干した。
「そっか、じゃ、今日はこれまでだね。人狼のほうも変わりはないし。ルカもご苦労様。今夜は…」
「はい、ヘンリー様がお部屋を提供して下さると申し出てくれたので、今夜からはそちらにお世話になります。明日は大輔さまが観光案内をして…」
嬉しそうに言っていたルカが急に怯えたように口を噤んだので、不思議に思った俺が彼を見たら、その視線は逸朗に釘付けになっており…
横をちらりと窺った俺は大きくため息をついた。
「逸朗…」
「…なんだ?」
「眼だけで数人の人を殺せそうなビーム出してる」
「そんなことはない。至って機嫌はいい。ちょっと聞いてないことを耳にしただけだ」
拗ねた表情を浮かべ、視線を伏せた逸朗が呟いた。
「明日ね、ルカとデートするんだ、いいよね?」
「デート!」
慌ててルカが両手を振って否定したが、その言葉を聞き漏らすわけもない逸朗が、ぎろりとルカを睨みつけた。
狼がまた肩を細かく震わせて、笑いを堪えている姿が視界に入った。
「そ、デート。せっかく来たんだもん、観光くらい、いいでしょ。昔はデートっていえば、俺にとっては可愛い女の子とお茶したり、ご飯いったり、映画見たり、ぶらぶら散歩したり、をいったけど、性別関係なくなったもん、観光もデートになるでしょ」
にやりと笑って言ってやる。
真っ赤な顔を俯けてルカはびくびくしていた。逸朗の独占欲の強さはハワイの定例会のときにかなり怖い思いをして知ったらしいので、仕方ないのかもしれない。
「観光なら構わない、ただし、私も行く」
ぶっきらぼうに言う逸朗に、俺はゴードンから聞いていた出張の話をしたが、それには首を振って否定した。
「そんなもの、どうにでもする。私も行く。デートとはなにかしらのスキンシップがつきものだ、そんな観光に大輔だけで行かせられない」
ぶすっとしたまま、なにを言っても引かないぞ、という態度で逸朗は俺から顔を背けた。
狼がとうとう我慢しきれずに噴出した。
ルカも必死で手を振って否定するが、逸朗は頑なに無視をしている。
俺はギブアップした。
「わかった、じゃ、デートなし。観光だけ。しかも茂さんと小百合にも行ってもらう、これでどう?」
今度は狼が眼を見開いたが、俺は見なかったことにする。すぐに小百合にメールをして、明日の予定を取り付けた。
逸朗はしばらく顔を背けたままだったが、さすがに明日の出張を反故にするわけにもいかないことに思い至ったのか、渋々ながら認めることにしたようだった。
「まぁ、それなら、行ってくるがいい」
あからさまにルカがほっとした表情を浮かべた。
「じゃ、そういうことだし、茂さんもよろしくね」
この一言で定例会は閉会した。
いろいろある各種族の問題は次回まで持越しになったが、すぐに解決つくものでもないのだから、仕方ないだろう。
でもせっかく小百合と狼が揃うのだから、俺は子供の件を小百合に聞こうと思った。
そのとき小百合から実に簡素なメールが届いた。
明日は空けるわ。楽しみにしてる。さゆ
花より団子、俺も現金だ。
男だけの観光よりも小百合ひとりが参加することで、急に楽しみになったけれど、これは逸朗にバレないようにしないと、あとが面倒だ。
思って、俺は彼の腕に凭れた。




