85 逸朗、悩む
何もかもに決着がつき、懸念することがなくなった今、逸朗は大きな悩みを抱えていた。
もう大輔を害するものはない。
ふたりの関係を脅かすものもない。
マカナへの懐き方に少々不満はあるものの、不思議なことに逸朗はさほど彼女に妬くことはなかった。母のように大輔が慕っているからかもしれない。
己の中にこれほどまで、人を愛する気持ちがあるとは考えもしなかった逸朗は今まで伴侶を得てきたヴァンパイアにかなり冷淡な眼を向けてきていた。
それで身を滅ぼしたものたちを愚かなものよ、と蔑んでもきた。
けれど今になってその気持ちが痛いほど理解できる。
人を伴侶として、その限りある命にどう向き合うべきか、悩むヴァンパイアを無駄なことに時間を割くバカだと罵ってきたが、まさにいま、己がその悩みに溺れそうになっている。
隣で軽い寝息を立てている愛しい人に視線をやり、今さっきまで堪能していた官能的な時間を思い起こすと、逸朗は大輔を失う恐怖で気が狂いそうになった。
大輔が人として逝くとき、それを受け入れられるわけがない、と強く思う。
己の腕から大輔がいないなど耐えられるわけもなく、もう二度と彼の声を聞けないのだと考えただけでもこの世のすべてを壊して回りたくなる。
どうしたらいいのだろう。
大輔をヴァンパイアにして、長い先をともに過ごすべきなのか。
その魂が生まれ変わるのをただひたすら待つべきなのか。
大輔を再び得られるなら、逸朗は何年でも、何十年でも、何百年でも、何千年でも待てると思っているが、果たして彼の魂を愛しているのか、ふと疑問に思った。
逸朗がこよなく求め、愛するのは大輔であり、その魂ではない。
新しい器に入った魂と出会ったとき、逸朗は己がそれを大輔と受け入れ愛すことができるのか、甚だ自信がなかった。
きっと大輔と比べてしまうだろう。
似たところを探し、違うところを嫌悪し、そのものを愛することができない気がする。
そう思ったら、逸朗は目の前の大輔を失う恐怖で身動きが取れなくなる。
きっと彼にこの先もずっと一緒にいたい、と伝えたら、嬉しそうに笑んで受け入れるだろう。
けれどヴァンパイアと成った大輔は今の大輔のままでいられるのだろうか。
あの高い体温を感じることもなく、彼の中に入ったときの温もりも得られなくなる。
姿は変わり、彼の魂も失うだろう。
そしてあの特別な血をもっていることで、大輔は己と同じ進化したヴァンパイアに成るはずだ。
それは私の愛した大輔なのだろうか、と逸朗は思う。
彼の悩みは深い。
どうすべきなのか、出ない答えに毎晩のように氷のように冷えた胸を痛めていた。
一晩中、大輔の顔を眺めながら悩んでいた逸朗に、目を覚ました大輔があふりと欠伸をしてから、おはよ、と声を掛けた。
その瞬間に溢れ出す恋情に、逸朗は呼吸が止まりそうになった。
「おはよう」
なんとか挨拶を返して、唇を重ねる。
徐々に熱くなるキスに、大輔が喘いだ。一気に逸朗の中の情欲が燃え上がる。
「どうしたの?」
問う大輔を強く抱きしめ、絞り出すように逸朗は吐露した。
「大輔を失う恐怖に夜も眠れない…」
微かに震える彼の身体を大輔は包むように背中に手をまわし、小さく笑った。
「俺はどこにもいかない。俺も離れたくない」
そして逸朗の瞼にキスを落とした。
「もしも逸朗がいいっていうなら、俺はヴァンパイアになってもいい。だから怖がらないで。今はこのまま、大事にしていこう」
大輔の言葉に逸朗が眼を見開く。
慌てて離れ、大輔を覗った。
「その時が来たら、逸朗が決めて。俺はヴァンパイアに成ってもいいと思ってるから」
それからくすりと笑い
「できればアランを造り手に選んで。彼の血は優秀だから。逸朗の次に」
そして彼は嬉しそうに逸朗に抱きつき、愛しの彼を求めた。
寝起きで声が掠れた大輔が瞳を輝かせて囁いた。
「いちくん、愛してる」
一瞬、全身の毛穴が広がるような衝撃を受け、そのショックに身体が凍った。そして逸朗はあとからあとから沸き上がる欲望とも愛情ともつかない激情をぶつけるように大輔の唇を貪った。
この世のものの中でなにより尊い伴侶をやっと手中にしたと、このとき確信した。
目眩く快楽のときは穏やかで、慎ましやかな幸せに彩られたものだった。
これからもきっといろいろあるだろう。でもふたりで支え合って乗り越えていけばいい、そうお互いに想いながら慈しむように抱き合う。そして永遠に続けばいいと願うこの大事な大事な時間をいまはただ享受すればいい、と大輔は思った。
ありがとうございました。なんとか完結しました。
これからまだ気が向いたら、ほかの人の後日談とか書けたらいいな、と思っています。
一旦、これで完結です。
本当にありがとうございました。




